幽霊と心臓


麦わらの一味とローは一時的に協力を結ぶことになった。

子供たちの安全を確保するため、チョッパー、ロー、が薬の確保。
ルフィとロビン、フランキーはマスターの私兵たちと交戦し、
騒ぎを起こしてロー達から目を離させる撹乱の役目。
ナミとウソップは子供達を見張る役目、とそれぞれに分担して動き出す。

シーザーの研究所、裏口まで、ロー達はオペオペの能力を使って移動していた。

チョッパーとはローの能力に歓声をあげる。

「お前の能力便利だなー、ワープか!? 今の!!」
「もうほとんど超能力の域だわ、オペオペの実。
 ところで・・・”オペ”の範疇が広すぎないかしら?」

はしゃぐ一人と一匹にローは窘めるように告げる。

「黙ってろ、もう研究所裏口だ。
 メイン研究室には、おそらくシーザーと、その秘書モネがいる」

ローの計画は単純なものだった。

「おれはなるべく速やかに二人を拘束する、
 お前らはそのあと薬のことを調べればいい」
「心臓を握られているのなら、危ないんじゃない? 大丈夫?」

が不安そうに尋ねると、ローは淡々と返した。

「シーザーとモネはおれの心臓を持ち歩いていない。
 それに、・・・こっちが先に腕を落としちまえばどうってことはない」

チョッパーはゴクリと唾を飲み込む。

「ぶ、物騒だな」
「・・・確信があって、言っているのね?」
「ああ」

頷くローからは確かに自信が感じられた。
その辺りはきちんと裏を取っているのかもしれない。
は安心して頷く。

「なら信じるけど、危なそうだったら援護するからね!」
「・・・余計なことはするなよ」

訝しげな表情のローに、は「心外だわ!」と頰を膨らませた。

「私こう見えて空気も読めるし、色々できるんだから!
 透明になったり、脅かしたり、ひやっとさせたり、眠らせたり、
 あとはこのトランクを武装硬化で固めてから殴るとか、
 首を跳ね飛ばす幻を見せたりとか・・・」

が指折り数えて告げた言葉に、
チョッパーは呟く。

も大概物騒だな・・・」
「ウフフフフッ、海賊ですもの。状況と相手次第だけど!」

朗らかに笑うが言っていることは朗らかではない。
ローは何か考えるそぶりを見せた。

「だったら、お前は透明になってくれ。
 合図したら解くことはできるか?」
「ええ。もちろん」

は二つ返事で頷く。

「では・・・”透明化”」

の体が雪の中に溶けていく。
ローはその様子を黙って見つめていた。

「ちゃんと着いていくから安心してね!」
「・・・わかった」

ローは静かに息を吐き、再び研究所まで歩いていると、
眼下での海軍とマスターの私兵達との争う声に動揺が走っていることに気がついた。

何事かと目を凝らして見ると、ルフィ達、撹乱部隊が戦場のど真ん中で暴れていた。
ローは驚愕に目を瞬き、思わず悪態をつく。

「あの、バカ、誰が海軍まで相手にしろと言った!?」
「あら、でも、大騒ぎした方が撹乱にはなるでしょう?」

能天気なの声にローは深いため息を吐き、ぼそりと呟く。

「・・・勝手にしろ」
「なんとかなるわよ。ウフフフフッ!」



ルフィが敵を引きつけているせいだろうか、
ロー達はシーザーの研究室まではさほど苦労もなく移動することができた。

無骨な鉄造の部屋に、バーカウンターとソファ、本棚が不釣り合いに備え付けられている。

カウンターではモネが書き物をしているようだった。
ローが訪れたのを横目で見て告げる。

「”マスター”なら居ないわよ?」

ローはソファへチョッパーの入った袋を置いた。

「そうか、どこへ?」
「さァ、趣味の悪い人だから、表の戦闘でも見物してるんじゃない?」

モネは振り返らずに答える。
ローは鬼哭を肩にかけ、静かに告げた。

「この島で見たいものは色々と見て回った。
 おれはボチボチここを出るつもりだ」

ローの言葉に、モネはさほどの感慨もなさそうに頷く。

「そう、淋しくなるわね」
「ちょっとお前の”能力”を借りてェんだが、一緒にいいか?」

ローが親指で扉を指差すと、モネはかけていた眼鏡を外し、
揶揄うように笑った。

「あら、デート? 嬉しい」
「・・・」

ローは無言で扉まで足を進める。
モネはそれを見て面白そうに笑った。

「ふふ・・・愛想のない人。なに?」
「・・・お前、幽霊を見たことはあるか?」

モネは、意外そうに目を見開く。
ローの方から雑談のようなものを振ってくるのは珍しい。
モネは炎の島に偵察しに行った時のことを思い出していた。

透明な、ガラス細工のような女性が、麦わらの一味のそばに浮かんでいたのだ。

「・・・麦わらの仲間に、それらしいのを見たけれど、
 それがどうしたの?」
「あれは過去の亡霊でな。記憶を失っている」
「え?」

ローは振り返らず、淡々と幽霊について語る。

「失くした記憶を求め船から船を彷徨っているんだ。
 そのせいか、味方以外の完全な記憶を持っている生者が妬ましいらしく、
 敵相手に”一番思い出したくない記憶”を見せるんだと」

モネは訝しむように眉を寄せる。

「・・・なぜ、今、その話を私に?」

ローは振り返り、モネの後ろを指差した。

「お前の後ろにそいつが居るからだよ」

モネは素早く振り返った。しかし、そこには誰も居ない。
思わず胸を撫で下ろしていた。
ローに揶揄われたのだろう。意趣返しのつもりだろうか。

「ロー!・・・揶揄うのはよして、
 正直あなたがそんな冗談を言うのは意外だった、」

モネが振り向くとふわふわとした髪の幽霊が、モネの目と鼻の先で微笑んでいた。

「ばぁ!」
「っ!?」

は悪戯っぽく笑ってモネの体を通り抜ける。
その冷ややかさにモネが息を飲み、後ずさると防御する暇もなく、
両翼と足が切り落とされる。

「な、っ」

は腕だけを実体化すると切り落とされた翼と足を
器用にまとめてロープで縛り、その上に海楼石の錠を落とした。

「ロー先生、即興でお話作るの上手なのね。
 思わず私もドキドキしちゃった。
 ウフフ、久々に幽霊らしいことをした気がするわ」

楽しそうに笑うに、ローは眉をあげる。

「お前にアホほど娯楽小説を読まされたせいだ。
 それにしても、。お前幽霊のくせに全然怖くねェな」

ローの指摘にはムッとした様子だ。

「いいじゃない、役に立ってるんだから!
 ・・・やっぱり血糊とかあった方が良かった?」

怖くないことに自覚があるは顎に手を当てて考えこみ始める。

「誰がそこまでしろって言った?!
 ・・・いや、・・・もういい。トニー屋、出てきていいぞ」

ローはに付き合うのは止めようと軽く頭を振り、
様子を伺っていたチョッパーに声をかけた。

「お、おう」

チョッパーは頷いて、研究室の中を探し始める。
ローはモネの中途半端な拘束を見て、腕を組んだ。

「・・・非能力者を連れてきた方が良かったか」

「ロープで拘束した上から海楼石の錠を置くだけって言うのは
 いささか心許ないけど
 ・・・一応無力化できてるんだから良いんじゃないかしら。
 雪になってしまう様子はないし。一応効いてるには効いてるんでしょう」

両手両足をもがれ、ソファの裏側に背中をもたれたモネは
悔しそうにローを睨んでいる。

「ロー・・・やはりあなた・・・!」
「悪いがおれには時間が無い。手段を選んでる暇もな。
 多少手荒だが、さっさと吐いてもらおうか・・・おれの心臓、どこにある?」

ローの尋問に、モネは不敵な笑みを浮かべた。

「ふ、ふふ、私がそれを、言うとでも?」
「お前の心臓はおれが預かっている。忘れてたか?」

ローの手には心臓が握られている。

ローがそれに軽く力を込めただけでも、モネは苦しみ、のたうち回った。
しかし、モネは口を割る気配がない。

しばらくその様子を痛ましげに見ていたは目を眇め、首を横に振る。

「・・・ロー先生、無駄だわ。
 彼女はきっと死んだって心臓の在りかを言わないでしょう。
 根気強く探すべきか、それともシーザーに聞くべきじゃないかしら」

汗だくになり、唇を噛み締めながらも痛みに耐えるモネを一瞥し、
ローも頷いた。

「・・・確かに、一理あるな」

は哀れむようにモネを見下ろす。

「それにしても・・・随分シーザーに心酔しているのね」

モネはの言葉に意外そうな表情を浮かべると
再び口角を上げた。

「私が? シーザーに? ・・・ふ、ふふふふ、さァ、どうかしら?」

意味深な言葉には首を傾げ、ローは眉間の皺を深くする。
はしばらく考えるそぶりを見せた後、おずおずとモネに質問した。

「あと、その、ロー先生とは、どういう・・・」
「え?」
「は?」

あっけにとられたのはモネだけではなかった。
は視線を彷徨わせている。

「いえ、デートをするような仲なのかと・・・」

ローは帽子のつばを下げる。

「・・・

はブンブンと首を横に振った。

「ええ! ごめんなさい、ちょっと気になっただけだから!
 そんな場合じゃなかったわね! ええ! ええ! そうでしょうとも!
 お姉さん、ロー先生の心臓はどちらにあるのかしら!?
 教えていただけたらとっても嬉しいのだけど!!!」

妙に饒舌にモネに問いただし始めたに、
モネは黙り込んだ。

「・・・」

口を割らないためというのはもちろんのこと、
緊張感のかけらもない幽霊に出し抜かれたことが、
割と本気で腹立たしかったせいでもある。



うんともすんとも言わなくなってしまったモネに、
ローとはシーザーを迎え撃つ方向で話を進めていると、
シーザーの部下が人を入れた檻を持ってきた。

部下の一人が手足を無くしたモネを見て目を丸くしているところを、
ローが叩き斬る。

「は!? ローさん、なんで・・・!」
「・・・運が悪かったな」

ローが気絶した部下を端に寄せていると、
は檻の中を確認して声を上げた。

「ルフィ! フランキー! ロビン! それに、海兵さんたち!?
 捕まっちゃったの!?」
「お、か。いやー、シーザーのやつに窒息させられちまってよ」

ルフィは捕まっているというのに随分余裕があるようで笑っている。
ロビンもルフィと海兵たちが捕まっている状況を見て何か懐かしそうに目を細めていた。

「なんだか懐かしいわね、あなたたちが同じ檻に居ると・・・」
「そうそう、おれとケムリン、アラバスタでお前らに捕まったことあったよなー」
「黙れ貴様ら!!!」

スモーカーが呑気な二人を怒鳴りつけている。
は頰をかくとまずフランキーの鎖を解いた。

「ええと、とりあえず海兵さんたちはそのままで、
 あ、そうだ、フランキー、海楼石の錠で彼女をちゃんと縛ってくれない?
 シーザー側の人間で、ロギアの能力者らしいから」

ロビンとルフィの錠を解いているフランキーはモネを見て頷いた。

「ん? ああ、わかった」

ルフィ、ロビン、フランキーが檻から出て、代わりにモネが檻に入れられた。
苦々しげにを見るモネに、は軽く肩を竦めてみせる。

ローは扉のそばで腕を組み、成り行きを見守っていたが、
何かに気づくとを呼び寄せた。

「・・・誰か来るぞ。、」
「ええ、わかったわ。”透明化”」

ローの言葉には頷いて透明に姿を変えた。

扉を荒々しく開けて入ってきたのはシーザーだった。
苛立っている。

「モネ、どうなってる!?
 ”スマイリー”の扉が開いてねェぞ!!!
 ちゃんと指示を出したんだろうなァ?!」

シーザーの目に入ったのは檻の中にいるモネと海兵たち、檻の外にいる麦わらの一味だった。

「よォ、実験の調子は良くねェみたいだな、シーザー」

扉の横にもたれ、不敵な笑みを浮かべてシーザーを揶揄するローに、
シーザーはワナワナと震え始める。

「な、なんだこの状況は、」
「”武装硬化”」
「ん?」

シーザーが聞きなれない声に不思議そうな声を上げるや否や、
檻の中からモネが叫んだ。

「マスター! 後ろ!」

しかしシーザーが振り返るよりも早く、それは振り下ろされた。
武装硬化で鉛のように黒く光るのトランクの角が、
シーザーの後頭部を直撃する。

フルスイングで殴られた格好のシーザーは衝撃に耐えられず、撃沈していた。
は若干血の滴るトランクを持って朗らかに手を振る。

「フランキー! 海楼石お願い!!!」

あまりの絵面の酷さにフランキーは呟く。

「スーパーに容赦ねェな、・・・」
「痛そ〜。カドで殴っただろ、お前」

ルフィが「うわー」という顔でシーザーをつついていた。
シーザーは完膚なきまでに気絶している。

「ええ、ペローナちゃんが敵はなるべく角で、”頭”か”すね”を全力で殴れって・・・」

はハンカチで血を拭うと笑って答えた。
フランキーはシーザーに海楼石の錠を嵌めながらも、
の答えにこめかみに汗を浮かべている。

「なんちゅう実践的な護身術だよ」
「そもそも彼、生きてるの?」

ロビンが首を傾げて言うと、フランキーは「ギリギリ生きてるぞ」と頷いた。
ローはバケツに水を汲んでいたかと思えば、つかつかと檻に入れたシーザーに近寄った。

「”メス”!」

シーザーから心臓を抜き取ったローは足元にあるバケツの水をシーザーに浴びせかける。
気絶していたシーザーは叩き起こされる格好で、しばらくむせかえっていたが、
目の前に心臓を持ったローがいるのを見て、自分の穴の空いた胸を確認し、奥歯を噛んだ。

「な、てめェ、ロー! やっぱり裏切りやがったな!?」
「最初からお前の味方になった覚えはねェよ」

ローはシーザーに冷徹に言い放つと、目を眇めて問いかける。

「おれの心臓は、どこにある?」

シーザーは一瞬怯えたようにも見えたが、すぐに口角を上げて、
不敵な笑みを浮かべて見せた。

「・・・シュロロロ! ロー、お前は先んじて行動したつもりだろうが、もう遅い!」

その不穏な言葉に、ローは訝しげに眉を顰める。

「そもそも、どうしておれ達がお前を泳がしていたと思う?」

シーザーの問いに、ローは心臓を持っていない方の左手の拳を握る。

「——検討はついてるよ。
 大方、おれがどれだけ策を練ろうが、”お前ら”がどれだけ油断してようが、
 無駄だってことを証明するためだろう。・・・結局慢心に終わったな」

その言葉に、扉から誰かが返事をよこした。

「それはどうかな」

皆の視線がその男に集中する。
坊主頭にサングラスをかけた男だ。
黒い手袋で左手に竹竿、右手に心臓を握っている。

「心臓の在りかが知りたいんだろう、ここだよ」

「!」

ローは眉間に皺を寄せ、奥歯を噛む。
檻の中のたしぎとスモーカーが困惑した様子でその男を見つめていた。

「ヴェルゴ中将!?・・・これは、一体・・・」
「どう言うことだ?!」

は唖然とヴェルゴを見つめていた。

こめかみがズキズキと痛んでいる。
今まで思い出した記憶が、頭の中でぐるぐると巡る。
最初に思い出した記憶が、何度も何度も再生される。

「・・・ヴェルゴ?」

ヴェルゴは周囲を見渡し、に気がつくと顔色を変えた。
何度か唇をわななかせ、やがて振り絞るように尋ねる。

「なぜ、君が、」
「なぜ? なぜですって? あなたの、”あなた達”のせいよ」

はうっすらと笑みを浮かべる。
空中に浮かぶ、のスカートは今や燃え盛る炎のように揺らめいていた。

「・・・自分の名前よりも、美しい思い出よりも、
 あの鉛色の空と、荒れ狂う海が背後に迫りくる恐怖こそ、私は最初に思い出した。
 それから思い返したわ。
 忌まわしい記憶を、何度も何度も何度も・・・!」

の手が銀色の剣にかかった。

「覚えていたわよ。あなたのことは、」

剣を引き抜き、怒りを込めて、幽霊は叫ぶ。

「よくも私を殺してくれたわね、ヴェルゴ!」