幽霊とパンクハザード
サニー号は早速新世界の異常気象の洗礼を受けていた。
波は大荒れ、雷雨に火の海、麦わらの一味一行は舵取りに四苦八苦しながら、
何とか困難な新世界への航海に対応し始めている。
「すごい高波だし、近くに見える島の火山は爆発してるし、雷は止む気配もないし、
とんでもないわね、新世界!」
は雨が体をすり抜けていくのにも構わず、遠くの島を伺う。
ルフィがその横に立って、火山の噴火に歓声をあげていた。
「よしっ、あの島に上陸するぞ!!!」
ルフィは手を掲げて告げるが、ナミがそれに待ったをかける。
「待って!!! よく聞いてルフィ!
あの島は3本ある記録指針がどれも指し示してない島なの!
こんなのは”異常”!」
ナミがルフィを止めようとするが、好奇心に駆られたルフィは止まる気配がない。
船のヘリから身を乗り出して目の前の島で待ち受ける冒険に心を奪われていた。
「だって見えてんだぞ!? もう指針なんかどうでもいい!」
「無理よ! これ以上近づけないっ!
“火の海”なのよ!? 意味がわからない!!!」
ナミが半ばヤケクソ気味に叫ぶ通り、サニー号の行く海は燃えている。
「一体何が燃えているのかしら・・・そういう異常現象ということ?」
が首を傾げていると、深海魚を切り出していたサンジが
「タイムアップだ」と呟きながら甲板へと戻って来た。
ひとかたまりの大きな魚肉を抱えていたが、
まだサニー号と繋がれた深海魚に身は残っているはずだ。
しかしサンジは残念そうにため息をついた。
「おいルフィ、釣ってきた深海魚だが、切り出した分を除いて海で全部丸焦げだ」
「ああ、引火しちゃったのね」
「あああああああ・・・!!」
ルフィは悲しみに叫んだ。
船一番の大食漢でもあるルフィはがっくりと肩を落とす。
「魚が海で燃えた!? そんなことあるのかよ、船は大丈夫か!?」
「サニーはスーパー敗けねェ! 保証するぜ!」
ウソップの心配にフランキーは胸を張って応える。
「敗けなくてもおかしいでしょ、この海!?
見てよあの魚の骨、骨! 骨!!」
ナミは海面に浮かぶ魚の骨を指差して叫んだ。
「え? 呼びました?」
「ウフフ、骨違いだわ」
「呑気か! そこ音楽家コンビ!!!」
とぼけたブルックにが笑っていると、ナミがイライラと突っ込む。
そこにいつもと違うつんざくような鳴き声が響き渡った。
何だ何だと一味の大半が声のする室内に移動すると、でんでん虫が泣いている。
ルフィが戸惑っているのを見かねて、サンジが言った。
「『緊急信号』だ。誰かが助けを求めてるんだよ!」
「じゃ、出ればいいのか?」
受話器を取ろうとしたルフィにロビンが忠告した。
「『緊急信号』の信憑性は50%以下よ!
海軍の罠である可能性も高い。盗聴の危険もあるわ!」
しかし、ルフィはその忠告に構わず、通信を始めた。
「もしもし、おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」
「出るの早ェし! 喋りすぎだろ、アホー!?」
ウソップがルフィの後ろ頭を叩く。
通話が始まってもでんでん虫は泣き続けている。
そして開口一番、必死の形相で叫んだのだ。
『助けてくれェ!!!』
「!」
通話が始まったのに気づいたのか、でんでん虫の声に安堵の色がよぎる。
しかし、語られる言葉の数々は不穏なものばかりだ。
『あァ、寒い・・・ボスですか?!』
『仲間たちが、次々斬られてく・・・!』
『サムライに殺される!!!』
ルフィが状況を確認しようと質問をぶつけた。
「おい!? お前名前は!? そこどこだ?!」
『誰でもいいから助けてくれ、ここは
”パンクハザード”!!!』
島の名前を告げた瞬間、でんでん虫が断末魔の叫びをあげ、通信は途切れた。
「・・・事件の匂いがするぞ!」
「ええ・・・殺人事件だわ。容疑者は、”サムライ”!」
ルフィが顎に手を当てて呟くのには同意して頷いた。
「――今のも演技で、罠かもしれない」
「ヨホホ、ロビンさんさすがに冷静ですね」
ブルックが感心していると、ゾロが声をかける。
「”侍”っていやあ、ブルック」
「ええ、その”侍”でしょう。『ワノ国』の剣士の呼び名です」
ワノ国とは新世界にある世界政府非加盟の鎖国国家だ。
それでもなお外海に轟く”侍”という剣士たちの強さは
底知れないものがあるのだとブルックは語る。
しかし通信相手のいる島は”ワノ国”ではなく、”パンクハザード”だ。
おまけにでんでん虫の念波のことを考えると、
”パンクハザード”とは先ほどまでサニー号から目視できていた、
火山のある島である可能性が高い。
「よし! 今の奴助けに行くぞ!!!」
もともと上陸に乗り気だったルフィだが、今の通話でますますやる気が増したらしい。
ナミやウソップ、チョッパーといった常識人のメンツが怖がるのをよそに、
上陸準備を始めていた。
※
公平なくじ引きの結果、上陸組はルフィ、ゾロ、ウソップ、ロビン、の5名に決まった。
ナミの作り出した雲の道を偵察用の小舟ミニメリー号で通り、
その島の入口へと向かう。
「見るからに、”関係者以外立ち入り禁止”って感じね」
パンクハザードと書かれた鉄の看板が一行を迎える。
黄色と黒の鉄板と、鉄格子で作られた壁、
”DENGER”、”KEEP OUT”の目印があちこちで踊っていた。
「間違いないわね、名前が一致した」
「さっきの緊急信号はやっぱりこの中からなのか」
ゾロが鉄格子越しに中の様子を伺うが、格子の先にも壁があり、
容易に中を覗くことはできないようになっている。
「あ、おい皆見ろよ!」
ウソップが発見し、指差した看板には
世界政府、そして海軍のマークが描かれていた。
「では・・・この島、政府の所有地なのかしら」
が顎に手を当てて呟く。
ウソップもの意見に頷いていた。
「つまり誰か居たとしても政府側の人間だ!
無駄足だったな、帰ろう」
ウソップは帰りたそうだが、ゾロがルフィに声をかける。
「どうする、ルフィ?」
「ん〜、行こう!」
「了解」
ルフィに頷いて扉をゾロが切り捨てた。
「君達犯罪なんですけどー!?」
「今更よ、ウソップ。行きましょう!」
はふわふわとパンクハザードに足を踏み入れる。
幽霊であるには関係がなかったが、
暑さに耐えられなくなったのかゾロとルフィ、ロビンは上着を脱いだ。
何しろどこもかしこも燃える島。その気温は灼熱のように暑い。
「は良いよなー、涼しそうで」
「ウフフフフッ、まぁね」
ルフィが涼しげなに羨望の眼差しを向けた。
は肩を竦めてルフィのそばに寄った。
少しでも暑さを和らげるためである。
一行は眼下に広がった燃える町並みを見渡した。
熱でコンクリートは溶け、建物はおおよその原型をとどめているものの、
建物としての役目を果たせそうにない。
「おそらくこれは民家じゃないわ。
ここには以前・・・政府の施設があったようね」
「大層に封鎖してあんのは、ここが燃えて危なくなったからか?
それとも元々やべェ施設なのか、」
「この島を”記録指針”が示さないというのも引っかかる・・・」
ロビンとゾロが周囲を観察し、それぞれに感想を述べた。
もそれに付け加える。
「政府所有の施設で、”記録指針”が示さない島、”立ち入り禁止”と”危険”の文字・・・、
考えられるのは、政府の実験施設、軍事施設、工場、武器庫とか?」
「どれもありうるわ」
の考察にロビンが頷いた。
しばらく一行は周囲を観察しながら、緊急信号を送ってきた人間を探す。
どれくらい進んだだろうか、目の前に立ち塞がるものがあって、一行は足を止めた。
「なんだあれ!?」
見上げると大きな頭蓋骨が横たわっていた、その巨大さに一行は息を飲む。
「巨人・・・?!」
「いや、巨人よりもデカいぞ」
その正体を暴く間も無く、辺りに羽音と唸り声が響いた。
地響きが聞こえ、振り返った一行の目に映った光景に、皆驚愕する。
「え?! ええー!?」
「あれ、いるんだっけ!?」
「いや、空想上の生物だ! 存在するわけねェ!!!」
「だけどこの姿・・・!! そうとしか思えない・・・!!」
それは巨大なトカゲにも見えるが、トカゲと決定的に違うのは
頭に生えた角と、そして背中にあるコウモリのような翼だ。
は畏怖と好奇心の混ざった声をあげる。
「神とも、悪魔とも呼ばれる獣、・・・ドラゴン!」
空想上の生き物、ドラゴンがそこに居たのだ。
※
見た目通り凶暴だったドラゴンに襲われた一味一行だったが、
チームプレイでドラゴンを出しぬき、最後にはゾロが首を両断して見せた。
パンクハザードの探索を再開しようとする一行だが、
ルフィはドラゴンとの戦闘中に見つけた
”喋る下半身だけの生き物”を気に入って腰につけて遊んでいる。
「おい、来て見ろ!」
ルフィを差し置いて探索を再開していたゾロが、建物の上へと4人を呼び寄せる。
そこから見える景色は、灼熱の燃える土地とは全く異なるものだった。
「ゆ、雪山ァー!?」
「雪山というか、氷の山だな、ありゃ」
「異常だわ・・・こちらには活火山があるというのに」
大きな湖を挟んで向かい側、
つららのような形の白く険しい山と猛烈な吹雪が距離があってもよく見える。
ロビンがなるほど、と一人呟き、腕を組んだ。
「一つ、謎が解けたわね」
「・・・そうか! でんでん虫の『寒い』って声、
殺人侍とその犠牲者はあっち側にいるんだ!」
ウソップが気づくと、ルフィは移動しなくては、と建物を駆け下りていった。
ゾロとロビンもそれに続く。
とウソップもそれに習ってひとまず地上に降りようとしていたが、
ふと、の耳にドラゴンのものとは違う羽音のようなものが聞こえて、顔を上げる。
「・・・え?」
「ん?」
が立ち止まったのにつられるように、ウソップも足を止め、
の視線の先を追った。
遠くの建物の上、翼をはためかせ、笑う女が居た。
と目が合うと、彼女は少し驚いた顔をしたような気がしたが、
その表情を見定める間も無く、飛び去ってしまう。
「・・・おい、、見たかよ、今の!?」
ウソップが我に返り、に問う。
はコクコクと何度も頷いて見せた。
「ええ、ええ! あれは天使・・・いえ、ハーピーだったかしら?
確かに居たわ!」
「どうかしたのか?」
いつまでたっても降りてこない2人を見かねてか、ゾロとロビンが引き返してきた。
はハーピーが飛び去った方向を見つめている。
「手足が鳥の、女の人がこちらを伺っていたのよ」
それを聞いて、ゾロはうんざりしたように眉を顰めた。
「手足が鳥?・・・またわけわかんねェ生き物が居たのかよ。
下でもルフィがケンタウロスを見つけて声かけてやがるんだ」
「ケンタウロス!? 上半身が人間で、下半身が馬の?」
「どうなってんだ、この島は!?」
ケンタウロスの登場に驚くウソップとだったが、
ロビンはハーピーのことが気になるらしい。
「・・・偵察されてたのかしら? 私たちを捕まえて食料にするため?」
「発想が恐ろしすぎるわ、ロビン」
が苦笑して、建物の上からルフィの居る方へと目を向けた。
金棒を持った”ヒョウ”の体のケンタウロスと楽しそうに談笑するルフィが見える。
「本当にケンタウロスね・・・いえ、下半身は馬じゃないみたいだけど」
「マジだ・・・あいつ勧誘してねェといいが」
ウソップはこれまでのルフィの行動を鑑みてか、心配そうな声を上げた。
「それにしても、変な島ね。異常な地形、天候、
ドラゴンやハーピー、ケンタウロス、下半身だけの生き物。
そういう島なのかしら・・・。
とりあえず、みんなに連絡を取って見たらどう?
結構な時間が経ってるし、心配させるのは良くないわ」
「そうだな、そうしよう」
の提案に、ウソップは頷くと、子でんでん虫を取り出した。
ダイヤルを回す前に、子でんでん虫が鳴き出す。
「噂をすればだな」
「おう・・・もしもし? こちらウソップだ!」
ゾロに頷いてウソップが受話器を取る。
『あっ繋がった! もしもし? ルフィさんたち無事ですか!?』
その声はブルックだった。
どうも切羽詰まって居る様子だ。
話を聞くと、どうやら船番組もトラブルに見舞われたようだ。
ブルック曰く、いつの間にか深い眠りに落ちていたところ、目を覚ましたらそばに誰もおらず、
あたりの景色は一変して雪と氷の世界。
おまけにサニー号に忍び込んで積荷を盗もうとした連中がいたのだという。
ブルックは全員倒してしまったので、その正体は分からずじまいだ。
『みなさんお揃いの、ガスマスクのようなものをつけてますがね』
「なら、意識を失うようなガスを撃ち込まれたのでは?」
「なるほど・・・じゃあ、皆攫われてしまったのかしら」
がロビンの言葉に心配そうな顔をする。
「書き置きもないならその可能性があるわね」
「きっとそうだ!
ブルックはガイコツだから死体だと思って見過ごされたんだな」
『あー、なるほど・・・それで私一人無事で。ラッキーでした!』
ブルックが無事ならばすぐに助けに行くこともできるだろう。
ロビンは誘拐犯のアジトや、関係者を補足するべきだ、とブルックに問いかけた。
「敵は全員攫った気でいる。・・・あたりに建物や人気はない?」
『いやーロビンさん、全部見えてるような推理力。
実際建物、スゴイのあるんですよ! レストランには見えませんね』
ブルックはロビンの推察を肯定した。
はそれに考えるそぶりを見せる。
「敵の活動拠点というわけね。でも、相手が組織なら合流した方が良くないかしら」
「そうね・・・。ブルック、私たちそこへ急ぐから待ってて」
通話を終えると、ゾロが腕を組んで呟く。
「敵は政府側の人間か?」
「さァ・・・人間ならまだマシだ」
「確かに。この島で会う動物、普通じゃないもの」
がため息を吐くと、タイミングを見計らったように、
地上から激しい物音が響き始めた。
4人が驚いてルフィの居る方へ目を向けると
ルフィがケンタウロスと喧嘩をしたのか、
その蹴りをケンタウロスに叩き込んだところだった。
そこに躍り掛かるもう1匹のケンタウロスを、ロビンが関節技でなぎ倒す。
「喧嘩でもしたの?」
「襲ってきたんだよ! せっかく友達になったのによ」
ルフィが残念そうに肩を落とした。
倒れた2匹のケンタウロスを見て、ゾロは怪訝そうな表情を浮かべる
「ヒョウに、キリンか・・・」
「ケンタウロスにも色々いて楽しいな!」
「空想上は馬だし、存在するのはおかしいし!」
ウソップが「訳がわからない」と呟く。
「そうねぇ・・・悪魔の実の能力者、というわけではなさそうだものね」
はかつてミホークの言っていた言葉を思い出していた。
『グランドラインにおいて、伝承の怪物や妖怪の正体は
”悪魔の実を食べた人間”であることが多い』
しかし、ケンタウロスの彼らはそれに当てはまらないようだ。
「おい、見ろよこの子でんでん虫、”CC”って文字が入ってる。
こいつら野生のケンタウロスじゃねェ。
多分何かの組織だ」
ケンタウロスの腰にくくりつけられていた荷物をあらためて出てきた
子でんでん虫を取り出し、ウソップは真面目な面持ちを作った。
「とにかくもう火の海に引き返してもサニーはねェ。
嫌でも氷の土地に行かなきゃならなくなった。
・・・目的変更。仲間救出に氷の土地へ!」
「皆大丈夫かしら。あと、私たちにも問題が、」
が困ったように言うのを聞いて、ルフィが首をかしげる。
「なんだ?」
「氷の土地は目視でも吹雪が確認できるのよ。今の格好じゃ寒いに決まってるわ。
トランクがあるからロビンにはお洋服を貸すことができるけど。
でも私の持ってる本格的な冬物は多分、生身だと探索には向かないわ・・・」
が持っていたトランクを叩いて見せるとロビンは「ありがとう」と
頷いてから、それでもウソップやゾロ、ルフィの服のことを考えると、
防寒具が必要だと頭を悩ませる。
「・・・途中冬服売ってないかしら」
「冗談抜きでこの格好じゃ死ぬぞ」
「とりあえず行くしかねェだろ、
・・・獣がいるなら毛皮が手に入るんだがな」
掛け合いを続けながら、一行は湖のほとりまで移動する。
湖のほとりは極端な温度差に風が吹き荒れていた。
湖は岸の近くに行くにつれその土地の影響を受けるのか一味のいる側は
燃えており、向こう岸には氷が浮かんでいる。
ウソップが種を撃ち出し、ボートとオールの代わりの植物を成長させた。
移動手段を得た5人は早速ボートに乗り、対岸を目指す。
そこに、岩が投げ込まれた。
「危ねェ!!!」
「さっきのケンタウロスだ」
灼熱の土地にいるヒョウのケンタウロスを見て、ルフィが身を乗り出して叫ぶ。
「おーい! やっぱりおれの仲間になりたくなったのかー!?」
その言葉を聞いて聞き捨てならないとゾロとウソップが怒り出した。
「また勧誘してたのかてめェ!」
「珍獣をことごとく仲間にしたがる癖やめろ!!!
ウチには骨とか幽霊とかロボとかがいるだろうが! 我慢しろ!!!」
はそれを聞いて目を釣り上げた。
「人のことを珍獣みたいに言わないでよ!?
確かに・・・一味の半分くらいは人外というか
私も含めて、そうなんだけど!」
「・・・一応認めるんだな、そこは」
「ふふふ」
呆れるゾロと楽しそうに笑うロビンだったが、
岸に居たケンタウロスが角笛を吹く。
「ボスー!!! 侵入者がそっちへ! 始末してください!!!」
「ボス?」
ウソップがケンタウロスの言葉にハッと顔を上げる。
緊急信号のでんでん虫も、『ボス』に助けを求めていた。
「何か現れたわよ、向こう岸に、」
目を凝らしても雪風に阻まれてその人相は確認できないが、
武器を構えたケンタウロスの集団が見える。
「じゃあ、緊急信号はあの”ボス”に向けて発信してたのか!?」
集団から鉛玉が一味の乗る船めがけて飛んでくる。
ルフィがすかさず体を膨らませ、鉛玉をはじき返した。
「”ゴムゴムの・・・風船”!!」
「バズーカを撃ってきたわ!」
「船を沈める気だ!」
とウソップが思わず叫んだ。
はキッと前方を睨み、空中へ浮かぶ。
「私一人なら向こう岸まで移動できるわ、なんとかしてみる!」
しかし、それに待ったをかける声があった。
ルフィである。
「待て! おれあいつらと友達になりてェ!!!」
「ええ!?」
ルフィの目は好奇心に輝いていた。
それを見てウソップが声を荒げる。
「おいルフィ、考え直せよ! あいつら砲撃してきてるんだぜ!?」
「だってケンタウロスだぞ! イカす!!!」
「ふざけんな!!!」
さすがにゾロもルフィを怒鳴りつけている。
がオロオロとその様子を伺っていると、
好機と見たのか、ケンタウロスの集団が一斉に銃撃してきた。
「言ってるそばから!!!」
「うわああああああ?!」
船が大きく吹き飛ばされ、以外の4人が湖へ叩きつけられる。
「皆!!!」
ゾロがルフィを抱え、ウソップがロビンを掴んでなんとか浮かび上がった。
「ぎゃー!!! 冷てェ!!! 反撃する暇はあったぞルフィ!!!
オメーが友達になろうなんて言ってるから・・・!!!」
「ごめん、もういい、友達にならなくて、」
噛み合わない歯の根を鳴らしながらウソップがルフィに抗議すると、
ルフィは反省したのか虚ろな目で頷いた。
ケンタウロスの集団が格好の餌食だとバズーカを構える。
「狙い撃ちにされる・・・! 仕方ない、短縮版をお見舞いするわ」
はケンタウロスの集団を睨む。
深く息を吸い込み、声を張り上げた。
「『死にゆく者の魂を あなたのもとへ届け給え!』」
異国の城の幻が、吹き上がる黒い霧とともに立ち上り、消える。
「『”トゥーランドット”!!!』」
「!?」
が手を払った瞬間、
ケンタウロスの集団の半分が崩れ落ちた。
「何だ!?」
「今何した、あの幽霊!」
泡を吹いて倒れた仲間を心配するケンタウロスの集団を見て、
は苦々しい表情を浮かべる。
「やっぱりちゃんと歌わないと、
効果が半減しちゃう・・・!」
「・・・よくも仲間を!!!」
銃を構え直したケンタウロス達を前に、が体を強張らせると、
声が響いた。
「ヨホホ、お嬢さん、半分も倒せるのなら十分ではありませんか」
「ブルック!!!」
騒ぎを聞きつけたのか姿を現したブルックに、
はぱっと笑みを浮かべた。
「おのれ、何者だこのガイコツマスク!」
「撃てー!!!」
ケンタウロス達がブルックへと銃口を向け、引鉄を引いた。
焦るだったが、ブルックは動じない。
「ブルック、避けて!!!」
「ああ、忠告が遅れまして、銃身を凍らせましたので・・・」
引鉄を引いた瞬間ケンタウロス達の持っていた銃が爆発した。
「撃てば暴発しちゃいますよ」
戦う前から勝負はついていたのだ。
はホッと胸を撫で下ろす。
そして、湖から必死に地上へと泳ぎ着いた4人が
凍えながらもケンタウロス達に啖呵を切った。
「やってくれたな半人半獣共!」
「こちとらサメごときに食いちぎられるような鍛え方してねェんだよ!!!」
しかし4人は自分の体を抱きしめて、寒さに耐えている。
髪は凍りつき、震えて居た。
「鍛えても寒さにゃ強くなれねェがな」
「・・・凍るっ!」
「だけど見て、私たち運がいい、彼らとの出会いに感謝しなくちゃ」
それぞれケンタウロスの集団を値踏みするように見定めている。
「おれは右から4番目のやつ」
「おれはその隣のがいいな」
「暖かそうな服!!!」
ギロ、と集団を見据える4人の目は殺気立っていた。
そのあまりの真剣さに、ケンタウロスの集団はゾッとしたようで、たじろいでいる。
はそれを見て愉快そうに笑い、頷いた。
「ああ、そうね。海賊ですもの。”欲しいものは奪ってこそ”だわ。
・・・今回の場合、海賊というより、追剥のような気もするけど!」
※
ルフィ、ゾロ、ウソップ、ロビン、、ブルックの6名は
ケンタウロスの集団を見事に下して見せた。
そして彼らから防寒着を剥ぎ取り、
ボスと呼ばれていたワニのケンタウロスに乗って、
彼らの本拠地へと向かっていた。
その最中、遠くで轟音が聞こえて、は思わず身を竦める。
「わっ!? 何の音!?」
「すげー音だったな、サンジ達かな・・・?
おい、ワニタウロス、本当にウチの仲間達のこと知らねェのか?」
ルフィはワニのケンタウロスに問いかけるが、冷たくあしらわれていた。
「黙れ、おれは何も口を割らん」
「まあ、いいけどよ。だったら早く走ってくれ」
傍若無人なルフィの振る舞いに、
ワニのケンタウロスは悔しそうに眉を顰める。
「・・・屈辱だ、こんな若僧に負けるとは・・・、この追剥共っ」
「反省の色がねェな、このワニ男」
ゾロがため息をついている。
その横ではウソップがどさくさに紛れて自分もコートを奪ったブルックへ
率直な疑問をぶつけていた。
「ブルックお前肌ねェのに寒いわけねェだろ」
「気分ですよォ!」
「・・・私もコートに着替えた方が良かったかしら」
確かにブルックもと同様に気温の変化をさほど苦にしないが、
皆がコートを着ているのなら合わせたい気分だったらしい。
もそれにつられて悩ましい、と腕を組んでいる。
「ナミ達もあの格好のまま攫われたのなら可哀想ね。
凍傷で手足がもげてなきゃいいけど」
「やめろ!」
「ロビン・・・発想が怖すぎるわ」
相変わらずのロビンのネガティヴな予測に
ウソップとがそれぞれ感想を漏らした。
はコホン、と咳払いをして、気を取り直し、明るく微笑む。
「とにかく、ワニタウロスさんには本拠地まで送って貰って、
それからゆっくり探せば見つかるわよ。
皆戦闘になったって、ちょっとやそっとで負けるわけないもの」
「それもそうだ」
ゾロは笑って頷いていた。
ワニのケンタウロスが本拠地へと進むにつれて、
雪の中に瓦礫や、木片のようなものが混じり始める。
「この荒れようは・・・」
「穏やかじゃねェな、戦闘でもあったのか?」
そこら中にバラバラになった船の残骸らしきものが散らばっていた。
木片の端に海軍のマークを見つけてウソップが叫ぶ。
「これ軍艦じゃねェか?!」
「海軍が来ているのかしら?」
「えー!? さっきまでここには何もありませんでしたよ!?」
ブルックが様変わりした状況に慌てている。
は辺りを見渡した。人らしきものは見当たらないと思っていたが、
船の影になっていて見えなかっただけらしい。
「あそこ、誰かいるぞ!」
ルフィが指し示した先を見て、は息を飲む。
2年前のシャボンディ諸島、そして新聞で、その顔を見た。
まだら模様の帽子と黒いコート、手には身の丈ほどの刀を携えている男が、
雪と瓦礫の中に佇んでいる。
まだ、他人の空似かもしれない、同姓同名の別人かもしれないという思いは拭えないが、
やはり、は奇妙な懐かしさを感じていた。
込み上がる感情を抑え、目を眇める。
「・・・トラファルガー、ロー」
帽子の下、影になっていてローの表情は伺えないままだったが、
その時確かに、ローはを見ていたのだ。