11 and 19
雑談の最中、その月がの誕生月だと聞いて、
ドフラミンゴは憤った。
「・・・知らなかった。なんでもっと早く言わない?」
「おや?言ってなかったかな?」
はそうだったか?と顎に手を当て首を傾げていた。
そもそも、がどのような生い立ちで、どのようなものが好きなのかさえ、
ドフラミンゴは良く知らない。
頬を膨らますドフラミンゴを前に、は腕を組む。
「まぁ、今までも余り大々的に祝ったりはしなかったからな。
去年はディアマンテやピーカ、ヴェルゴ達と
ちょっと豪勢な食事を取るくらいだったしねぇ」
「誕生日なのに?」
「所詮はただ生まれただけの日だよ、ドフィ。
他の連中も、同じ様に思っているはずだ」
は何でも無い様に言ってのける。
ドフラミンゴはサングラスの下、目を眇めた。
『あなたが生まれて来てくれて、嬉しいわ、ドフィ』
ドフラミンゴの母は、誕生日が来るとそう言った。
ドフラミンゴには、慈しまれた記憶がある。
しかし、はどうだろうか。
はドフラミンゴが考えているうちに、
もう別のことに気を取られているようだった。
詰み上がった本と書類を見比べている。
・・・過去がどうだとしても、が居なければ
ドフラミンゴはこうして生きては居ないだろう。
”家族”なら、祝って当然だ。
まして己を救い上げた恩人なら。
ドフラミンゴは一人頷き、ヴェルゴと組み手をしようと工場跡へと向かった。
※
「ああ、トレーボルの誕生日? そう言えば今月だったか」
ヴェルゴはあっけらかんと言う。
確かにヴェルゴもあまり誕生日を特別視しているような態度ではない。
「・・・何か贈ったりしねぇのか、お前は」
「え? ああ、おれはディアマンテとピーカと連名でケーキとワインだ。
ドフィもカンパするか?」
ヴェルゴの誘いにドフラミンゴは首を横に振る。
それを見て、ヴェルゴは少し驚いたようだった
「個人的にあげるつもりなんだ?」
「・・・何かおかしいか?」
ドフラミンゴが口をへの字に曲げるとヴェルゴは少し慌てた様に手を振った。
「いや、トレーボルに何かをあげるのって結構難しいだろ?
ボスだし、女だし、良くわからないんだよ。
生半可なものをあげても喜んでくれるかどうか・・・」
「・・・」
ドフラミンゴは黙り込む。
確かにヴェルゴの言うことも分かる。
しかし、ヴェルゴらと連名で贈るのは抵抗があった。
「何だったら喜んでくれるかな・・・敵対勢力のボスの生首とか?
おれだったら切り捨ててやれると思うが」
「・・・お前剣士じゃねェだろ」
「——そうだった。でもめった打ちなら得意だ」
ドフラミンゴはため息を吐いた。
確かにはそれでも、生首でも喜んではくれるだろう。
しかし、ドフラミンゴは首を横に振る。
「・・・贈り物にそれはどうなんだ?
大体誕生日にリボンつけて贈るにしては・・・悪趣味だろ」
「そう?」
ヴェルゴは「良いアイディアだと思ったんだけど」と首を捻っている。
「相談ならおれよりディアマンテの方が適任かもしれないな。
おれたちの中でトレーボルと一番付き合い長いの、ディアマンテだから。
ケーキとワイン選ぶのもいつもあいつだし」
ヴェルゴの言葉に、ドフラミンゴは頷いた。
確かに、その通りかもしれない。
ドフラミンゴは組み手を終えてから、ディアマンテの元へ足を運んだ。
※
ディアマンテは酒を煽っているところだった。
気まぐれにダーツを手に取り、ワインボトルを傾けては1本矢を飛ばしている。
「トレーボルに何を贈ったら喜ぶか?
さぁな。いつも煙草吸ってるからライターとかか?」
ディアマンテは少し考えてからそう言った。
ドフラミンゴはなるほど、と頷く。
その様子を見てディアマンテは腕を組んだ。
「トレーボルのことだ。
別に何を贈ってもドフィからだったら喜ぶだろうよ。
気楽に考えていいと思うけどな」
「・・・そういう訳にも行かないから聞いてるんだ」
ドフラミンゴはいつになく真剣である。
ドフラミンゴの性格を把握して来ていたディアマンテは眉を上げた。
あまりこう言ったことに悩むようには見えなかったのだ。
しかし、ディアマンテは考える。
ドフラミンゴにとって、は恩人である。
悪魔の実を食べさせ、銃を与え、家を与え、
自ら戦術を指南し、ドフラミンゴの”家族”となった。
それ以前もなにかとドフラミンゴを気にかけていた。
父親を殺させたのも他ならぬだが、
それさえもドフラミンゴに取ってみれば、
道を切り開いたということになるのではなかろうか。
なら、感謝のようなものをに示したいと思うのも無理は無い。
ディアマンテはなるべく真面目に応えてやろうと、
少々酔った頭で考えを巡らせる。
の好きな物と言えば。
「あとは、チョコレートだな」
「・・・チョコレート?」
ドフラミンゴはディアマンテの言葉を反復した。
そう言えばはチョコレートを「贅沢な食べ物」と言っていた。
ディアマンテはドフラミンゴの半信半疑の反応に無理も無いと頷いている。
「意外だろ? あいつはチョコレートに目がないんだ」
「そんなにか」
ディアマンテは「そんなにだ」と苦笑している。
「おれ達は連名でワインと、チョコレートケーキを贈る。
あいつが年相応の顔するのはチョコ食ってるときくらいだ。
・・・いっつも気ィ張ってるからなァ、トレーボルは。
女で若いってだけで、ナメてかかって来るバカの多いこと。
まぁ、そういう奴の首が繫がってた試しはねェけど」
「へぇ・・・」
ドフラミンゴは笑って頷いた。
しかし苛立っているのかこめかみには青筋を浮かべている。
「そう言う訳で、多分チョコレートをドフィから贈られれば、
トレーボルなら1週間はご機嫌だろうよ」
ディアマンテの言葉に、ドフラミンゴは何か思うところがあったのか、
小さく頷いてディアマンテに礼を言った。
「フフ、ありがとう。参考になった」
「おう。ところでドフィもやるか、ダーツ」
勧められるがまま赤い矢を手に取って、ドフラミンゴは半ば適当に投擲した。
スパン、と音を立てて矢は真ん中より少し上、赤い部分に刺さる。
ディアマンテは口笛を吹いた。
「20のトリプル!最高得点だ!」
「フッフッフッ、お前も酔ってなきゃ狙えるだろ」
ドフラミンゴは肩を竦め笑った。
ひとまず今年に何を贈るのかは決まったところだった。
※
「誕生日おめでとう、トレーボル」
「ありがとう」
そんな平凡なやり取りでその日の夕食は始まった。
は帽子を脱いで、笑っている。
ディアマンテに差し出されたケーキの箱を見ると、その笑みはより深まった。
と言うよりも、それはまさに、”破顔”という言葉がぴったりの表情だった。
こんなに嬉しそうなは見たことが無い。
「チョコレートケーキだ・・・!」
「おう、好きだったろう、トレーボル」
「ああ、そうだとも!勿論さ・・・! ありがとう、お前達!
べへへへへ!嬉しいなァ・・・!」
「喜んでくれて良かった」
「本当に」
頬までうっすらと染まっているように見えた。
なるほど、いつも大人びていたが、
今日は確かに19の少女らしい顔を見せている。
しばらくその顔をまじまじと眺めていたが、
ドフラミンゴは軽く咳払いをし、に近づいた。
「トレーボル。これはおれからなんだが・・・」
「ああ、ドフィ、ありがとう!開けてもいいかな?」
「勿論」
未だチョコレートケーキの余韻にの声は弾んでいる。
その後に物を贈るのはいささか不安でもあった。
ドフラミンゴの選んだのは金色のジッポライターと、薔薇の細工の美しいチョコレートだ。
はサングラスの下、目を瞬き、やがて美しく微笑んだ。
「素晴らしい贈り物だ・・・嬉しいよ」
心底から染み入る様に言われて、ドフラミンゴはうっすらと頬を染めた。
喜んでくれた。
それだけで安心した。
何か言わなくてはと、ドフラミンゴは言葉を探す。
「ディアマンテから、トレーボルはチョコレートが好きだって聞いた。
なんでそんなに好きなんだ?」
「・・・ディアマンテ」
はディアマンテを軽く睨む。
拗ねたような表情だった。
「本当のことだろう? ”身内”ならみんな知ってる」
「はァ、・・・そうだな。
いいさ、いつかは知られることだ」
肩を竦めたディアマンテには軽く息を吐き、ドフラミンゴに向き直った。
「昔、私の住んでいた街に1つだけショコラティエがあってね。
何十種類ものチョコレートがガラスケースに飾られていた」
の声色には、懐かしむような響きがあった。
「幼い私にはそれが、なんだか良くわからなかった。
食べ物と聞いて驚いたものだ。煌びやかで、細工に富み、美しかった。
その時の私には、きっと一生縁のないものに見えた」
はドフラミンゴの贈った薔薇のチョコレートを掲げた。
ちょうどこんな風に、と笑っている。
「15の頃、金銭に少し余裕ができて、気まぐれで似たような店に入った。
それでも余り贅沢は出来なくて、目についた一つだけを買った。
今でも覚えているよ。
”ボンボン・ショコラ・ポルセラーナ”」
その声は陶酔しているようだ。
「——素晴らしかった」
その時味わった感動を噛み締める様に、は呟く。
黙って聞いていたドフラミンゴの頭を緩く撫でて、
は苦笑した。
「べへへ、つまらない話をしたね。
立場上、欠点にもなり得るので信の置ける連中にしか明かさないんだが」
「欠点?」
チョコレートが好きなことで、何の欠点になると言うのだろう。
首を捻るドフラミンゴに、は腕を組んで言い辛そうな顔をする。
「いや、」
「なんでチョコレートが好きなのが欠点になるんだ?」
「うん・・・」
ディアマンテがニヤニヤとを笑っている。
はそれに苛ついたように眉を顰めるが、
ドフラミンゴ、そして話を聞いていたヴェルゴとピーカが
不思議そうにの返事を待っているので、
やがて観念した様にため息を吐いた。
「・・・格好悪いだろう、海賊の船長をやるような女が、
チョコレートで喜んだりするのは。
・・・面子が立たない」
照れた。
あのが。
ドフラミンゴの驚愕も他所に、
ディアマンテが吹き出した。
「・・・おい、何がおかしい?」
「ウハハハハハ!!!
お前は本当にチョコレートに関すると人が変わるなァ!
まるで小娘だ!」
「・・・うるさいなァ、お黙りよ、
なんなら黙らせてやろうか?ええ?」
不機嫌にその声色が低くなる。
ドフラミンゴはなかば呆然と目撃した。
の耳が赤い。
ディアマンテはまだ笑っている。
「・・・ヴェルゴ、ディアマンテが近頃凝っていただろう。
ダーツをもっていらっしゃい」
「ええ?何する気?」
怪訝そうに聞いたヴェルゴにはうっすらと微笑む。
「勿論ダーツさ。眉間が60点、心臓が50点、手足は10点・・・」
「おいおい、よせよ!ほんの冗談だろうに!」
慌ててディアマンテが取り繕う。
はディアマンテの胸ぐらを掴んだ。
「そうか、冗談か。べへへ、笑えないなァ」
「悪ィ、悪ィって!この通りだ!」
平謝りするディアマンテに、はため息を吐いた。
「私のも”冗談”さ。お互いジョークがヘタクソだ。
次からは皆が笑える冗談を言える様にしなきゃねェ、
なァ?・・・ディアマンテ?」
「はァ・・・おっかねェ女だよ、全く」
手を上げて降参だと言い募るディアマンテに、
は胸ぐらを掴んでいた手を離して笑う。
「べへへ! 海賊の頭だ。怖く無くてどうする?」
「ウハハ! 違いねェ」
笑い合う2人を他所に、ドフラミンゴは額に軽く手を当てていた。
部下に敵の生首を喜ばれるのではないかと思われているようなが、
チョコレートに目がないことを揶揄われて本気で照れて、怒っている。
・・・なんだそれは。何が目的だ。素なのか。計算なのか。
ドフラミンゴの様子に気づいたヴェルゴが走り寄って来る、
「あれ、ドフィ、熱でもある? 顔赤く無いか?」
「・・・なんでもねェ、放っといてくれ。
おれの顔色は元からこの色だ」
「ええ・・・?」
無理があると思う、とヴェルゴが言うので
ドフラミンゴは水差しから一杯を飲み干し、頭を軽く振った。
「どうした、ドフィ? 具合が悪いのかな?」
ヴェルゴとドフラミンゴのやり取りに気づいたらしい、
が声をかけて来る。
「どう見ても顔が赤いと思うんだけど、どう思う?」
「おや、本当だ」
ヴェルゴに頷いてはドフラミンゴの首に触れる。
「熱は無さそうだがねぇ、大丈夫か?」
「へ、いきだ。平気だから、トレーボル。寄り過ぎだ」
ドフラミンゴを案じているらしいは、
いつものやり取りも切り出して来ない。
首を傾げながら距離を取った。
「あまり無理をするでないよ?」
「・・・大丈夫だ」
ドフラミンゴは再び頭を振り、改めてに向き直った。
「トレーボル、」
「なんだい、ドフィ?」
は至って普段通りの振る舞いに戻っている。
それでドフラミンゴは少々落ち着いたらしかった。
用意していた台詞をなぞる。
「お前が生まれて来てくれて、良かった」
は小さく息を飲んだようだ。
それから緩やかに口角をあげる。
「・・・ありがとう、ドフィ。
べへへへへ!」
ドフラミンゴの頭を撫で、は声を上げて笑っていた。