27 and 35


スパイダーマイルズ・ドンキホーテ海賊団アジト。

ロー、ベビー5、バッファローがよそ行きの服を着たまま何か話し込んでいる。
その神妙な顔つきに、通りがかったドフラミンゴは首を傾げた。

「どうしたお前ら、めかしこんで。
 まだパーティーには早いだろ」
「あ、若様」

の誕生日会は身内だけで行われる。
食事が豪華になり、良いワインが出るのと、
ケーキが振る舞われるので、少しの贅沢を許される日でもある。

ファミリーは虫干しも兼ねてよそ行きの服を着るのが
なんとなくのしきたりとなっていた。
しかし、今はまだ日も明るい。夜会までには時間がある。

「若、トレーボル様って甘いものが好きなのか?」

バッファローが問いかけた。

「・・・ん?」

ドフラミンゴはしゃがみ込み、子供達に視線を合わせる。
順を追って説明して見ろ、というポーズだと気づいて、
ベビー5がおずおずと説明しだした。

「あの、私たち、ディアマンテ様にいつも連名でワインをあげてもらってたけど、
 毎年それはどうなんだろうと思って・・・。
 トレーボル様に他に欲しいものないのかって、聞いてみたんです」



「欲しいもの?」

は本を捲る手を止めた。
ファミリーの年少者達に問いかけられ、首を捻っている。

「だすやん!」
「必要としてくれるなら何でもします!」
「・・・誕生日だから」

バッファローとベビー5に半ば無理矢理付き合わされたローが、
ぶっきらぼうに言うと、は頷いた。

「ああ、もうそんな時期か。
 この年になると余り盛大に祝うのもどうかと思うんだが、
 ドフィはこの手の催しが好きだからなァ。
 んー・・・」

は少し悩むそぶりを見せるが、
はた、と何かに思い至ったらしい。

はうっすらと微笑んだ。

その笑みは、敵の頭を刎ねとばしたり、
相手を交渉事で追いつめる時と同じ物だった。

「そうだ、お前たちに付き合って欲しい場所があるんだ。
 私の誕生日の昼過ぎに、よそゆきの格好をしておきなさい」

ロー、ベビー5、バッファローはごくりと唾を飲んだ。

機嫌が上向いた様子でまた本に目を落としたを見て、
3人は目配せし合う。
作戦を練ろうと書斎を後にした。

「な、何だと思う?」

不安げに切り出したのはバッファローだ。

「どこかにおでかけするのかな?」

「・・・おれたちがどこまで実戦で出来るのか試すつもりじゃねぇか?
 いかにも言いそうだろ『誕生日に教育の成果を見せてくれ』とか」

ローが腕を組みながら言った言葉に、
バッファローが「ありえる・・・」と頷いた。

「でも、よそ行きの格好しろって言ってたでしょ。
 戦うならいつもの服でいいじゃない」

ベビー5に、ローは淡々と言った。

「トレーボルは殴り込みに行く時はいつも着飾ってるだろ」
「ああ、敵に舐められない様にって・・・そういうことだすやん?」

とりあえずそのつもりでいようと、覚悟を決めた3人だったが、
が当日、彼らを率いて訪れたのは、3人の予想を裏切る場所だった。



「・・・”アイスクリーム・パーラー”」

ドフラミンゴはバッファローの告げた言葉を反芻した。
ベビー5が頷く。

「そうなの。最近出来た、ソフトクリームとサクランボの看板で、
 いつもバッファローが買ってるとこより、ちょっとおしゃれな感じのとこ」
「・・・微妙に味の違うチョコレートのアイスを4つ頼んでた」
「今まで見たこと無いくらいはしゃいでただすやん」

店に着くや否や、うきうきと4人分のチョコレートアイスを頼むを見て、
恐らくこれはシェアした方が良いのだと3人は悟っていた。

おずおずと申し出るとは破顔した。
『お前達がそう言うならありがたくいただこうかなぁ』
そう言ってスプーンを握るはいつになく上機嫌だった。

ローも、ベビー5も、バッファローも、
せっかくのアイスクリームだったのだが、
あまり味が分からなかった。

何しろ目の前でチョコレートアイスを頬張る
ピストルを握り、仕込み杖を振るい、悪魔の実の能力を惜しげも無く使い、
立ちふさがる敵は容赦なく薙ぎ払い、切り捨てて来たのだ。
その姿に畏怖を覚えるとともに、憧れる者も少なくはない。

その人が、噛み締める様にアイスクリームを食べていた。

——今まで抱いていたイメージと違いすぎる。

3人はアジトに戻ってからも狐につままれた心地で居たのである。

「おれはてっきりどこぞの戦場に付き合わされるのかと・・・」
「それに、結局お金は全部トレーボル様が出してくれただすやん」
「これ、ホントにプレゼントになったのかなって思って・・・若様?」

いつの間にドフラミンゴは額に手を当てて俯いていた。
心配そうにベビー5が呼びかけると、「大丈夫だ」と
短く返事をして、軽く頭を振った。

「・・・一人だと入り辛かったんだろう」

ドフラミンゴの言葉に、誰かが「なるほど」と小さく呟いた。

確かに連れて行かれた店は、が一人で入りそうもない場所だった。
年少組を連れて行くことで「子供にせがまれたから」という
大義名分を掲げることが出来るわけだ。

・・・そこまでしてチョコレートアイスが食べたかったのか?という、疑問も残るが。

ドフラミンゴは小さく口の端を上げた。

「フフフッ・・・おまえ達相当いいプレゼントを贈ったと思うぜ。
 他の誰にも出来ないからな・・・。
 は体面を気にする。他の奴らには黙っておいてやれ。
 さもなくば、」
「さもなくば?」

頭に疑問符を浮かべる3人に、ドフラミンゴは真面目な顔で忠告する。

「ダーツの的にされて遊ばれるぞ。
 つまり、折檻だな」

「黙ってるだすやん!」
「私も!」

ローも黙って頷いた。
の折檻は恐ろしいし惨いのだ。

想像するだけでも背筋がぞわぞわする、とローは腕を擦った。
ベビー5も話題を変えようとドフラミンゴに問いかける。

「若様は何を贈るんですか?」
「アクセサリーだ。恐らく今日の宴会でつけるだろう」

ドフラミンゴは何でも無い様に言った。

「え?もう渡したの?」
「ああ、日付を跨いだころに、・・・おっと、長話だったな」

ドフラミンゴはベビー5の頭を撫で、足早にその場を立ち去った。

ローはなんとなく、引っかかるものを感じていた。

 ドフラミンゴの奴、トレーボルと0時過ぎまで一緒にいたのか?



夜会は年々華やかになる。
ファミリーの規模が拡大するに応じてのことなので、
ある意味では当然と言っても良かった。

最高幹部とドフラミンゴが祝っていたころと違い、
はケーキには一番最後に手を付ける様になっている。

「余っているなら仕方ない」「せっかくだから・・・」
そういう言い訳めいた枕詞をつけなくては面子が保てないと
思っているのだろう。

付き合いの長い最高幹部とドフラミンゴは、
その話題に下手に触れるとが機嫌を損ねるので何も言わないでいるが、
ディアマンテはいつもニヤニヤしていたし、
ピーカは素直に食べれば良いのにと呆れていた。

ドフラミンゴは小さくため息を吐く。

こう言うところがの狡さである。

ドフラミンゴがに出会って17年が経つ。
10代の頃は、なんとかの気を引こうと様々な手を使った。
それこそ、誕生日でなくとも物を贈ってみたり、2人きりで出かけようと誘ってみたり。
あるいは、がどういう反応をするのかが見たくて、
別の人間と関係を次々に結んだこともあった。

はドフラミンゴの振る舞いを、単なる気遣いや家族への愛情と解釈した。
『不平等になるからディアマンテやピーカ達にも同じ様にしてやれ』と言われた時には
『そう言うことじゃない』と怒鳴りつけそうになるのを何とか堪えたものだ。

おまけにはドフラミンゴの交友関係について全く咎めなかった。
それどころか、自ら適当な女を探して充てがおうとさえしたのだ。
それをきっかけにドフラミンゴは馬鹿馬鹿しくなって派手に遊ぶのを止めた。

そして、20代にもなれば気がついた。
不毛なのだ。
諦めればずっと楽になれる。

欠点を探した。諦める理由も、嫌う理由も。

欠点らしい欠点はいくらでもあった。
は残酷で、傲慢だ。
優しさや、安らぎをに期待する方が間違っている。
苛烈で執念深く、しつこい。馴れ馴れしい。
その癖肝心なところは鈍感で、無神経だ。

それなのに。

ドフラミンゴに対して、ある意味で”無関心”なだが、
熱のある視線をくれる時があった。

ドフラミンゴがの言う”悪のカリスマ”に相応しい振る舞いをした時だ。
敵を薙ぎ払い、騙し、殺した時、計略を張り巡らせ、それが成就した時、
は微笑むのだ。
満足気な、崇拝と恍惚の混じった、その顔がドフラミンゴを離してはくれない。

その上、チョコレートに目がなかったり、
言い訳しながらチョコレートケーキに何度も視線を送ったり、
頬を薔薇色に染めてみせたりと、稀に見せるの可愛げのようなものが
ドフラミンゴを懊悩させた。

恐るべきことに、あれはの素である。素であるから困るのだ。

ドンキホーテ・ドフラミンゴを、こうまで骨抜きにする女は、
恐らくそうはいないだろう。

はワイングラスを持ってドフラミンゴに近づいた。
耳には昨晩贈ったイヤリングが揺れている。
トランプのクローバーを形作るのは、ブラックダイヤモンドと、金だ。
は笑う。

「イヤリングをありがとう、ドフィ。
 早速身に付けてみたのだが、どうかな?」

「――良く似合っている」



その声を聞いて、ローははた、と顔を上げた。
それは本当に、ドフラミンゴの声だったろうか。
感情がさざ波だつのを堪えるようなそんな声だった。

最高幹部の中でも、は一際ドフラミンゴに一目を置かれている。
女であること、がドフラミンゴに次いでの実力者であることも
理由の一つだろうと思うが、
それにしても彼らの距離感は近いのだか遠いのだか微妙なところだ。

時々本物の家族の様に見えることもあれば、
恐ろしくビジネスライクな関係に見えることもあった。

ロー以外のファミリーは「そういうもの」と刷り込まれているらしく、
誰も表立ってやドフラミンゴの奇妙な雰囲気に入り込もうとはしない。

ドフラミンゴもも、微笑んで話し込んでいる顔は常の通りだ。
会話は弾んでいるらしい。が口元を抑えて笑っている。

「ベヘヘ、素晴らしい贈り物だった。夜会も年々豪勢になっているよねぇ」

「フフフ、トレーボル。
 お前は『誕生日なんざ単に生まれただけの日』だと言うが、おれはそうは思わない。
 ドンキホーテ・ファミリーがここまで成り上がったのも、お前の功績あってこそだ。
 それに報いなくては、”家長”として失格だろう?」

ドフラミンゴは首を傾げてみせる。
はなるほど、と一人頷いていた。

「そういうものか」
「お前だって、おれの誕生日は盛大に祝ってくれただろう」

ドフラミンゴに、は眉を上げた。

「べへへ、そりゃあドフィ、お前は特別だもの。
 皆を導く我らの王だ。
 皆がお前の為に力を尽くし、誕生日を祝うのは当然のことだ」
「そう思うか?」

ドフラミンゴは口角を上げる。
は頷いて、そうだ、と一人呟いた。

「・・・今日のガトーショコラは、ドフィの手配だろう」
「・・・気づいていたのか?」
「べへへ、近頃ケーキを選ぶのがディアマンテではないことはね。
 あいつはそれなりに洒落者だが、甘いものはあまり得意じゃない」
 
カマをかけてみたんだが当たったねぇ、と笑うに、
ドフラミンゴは苦笑する。
未だにの観察眼は衰え知らずだ。
は軽く肩を落とした。

「この年になって未だにチョコレートに一喜一憂するのは自分でもどうかと思うが、
 ガキの頃に覚えた衝撃のようなものが、抜けないんだよねぇ」

ドフラミンゴはサングラスの下で目を細めた。

「そういうものは誰にだってあるだろうよ」
「そう言って頂けるとありがたいなぁ」

はワイングラスをテーブルに置き、煙草に火をつけた。
白い息を吐いて、手に取った煙草の、火のついた先端を眺めた。

「ドフィは気づいてるだろうが、私は割と形から入る主義でね。
 ・・・煙草だって最初は格好つけたくて吸ったんだ。
 いつしか止められなくなった。
 ところでドフィ、お前はいつの間に禁煙したんだっけ?
 随分吸っていないだろう」

「フッフッフッ、20になってからは数える程度だ。
 ここ1年は全く吸ってねェな」

ドフラミンゴの言葉に、は感心したような顔をする。

「へぇ、えらいねぇ、私は禁煙出来た試しが無いなァ・・・」

はドフラミンゴを見上げた。
サングラスから透けた目が、何か企んでいる風に細められたのが見える。

「ねぇ、ドフラミンゴ」

その声には有無を言わせぬ響きがあった。
の手が、ドフラミンゴの首に伸びた。

煙草を咥えさせられる。

「ベヘヘへへッ! これで禁煙破られたり、だ。
 また1年頑張れ」
「・・・トレーボル、」

ドフラミンゴはサングラスの下、一度目を見張り、
そして硬く目を瞑って、深いため息を吐いた。

「気に入らないなら気に入らないと言えばいいだろう。
 あとお前、酔ってるな?」

「さァ? べへへ!
 そりゃあ、ワインをいただいているんだから、多少はねぇ」

は愉快そうに笑い、ディアマンテに呼ばれてワイングラスを手に取り、
ドフラミンゴの元から去って行った。

一部始終を目撃していたローは、
ドフラミンゴとの奇妙な近しさを、
ロー以外のファミリーが『そういうもの』と捕らえている理由を
なんとなく理解出来た気がした。
深く考えても無駄なのだと直感が告げていた。

 それに、トレーボルが馴れ馴れしいのは今に始まった事じゃないし、
 誰に対してもあの態度だ。

ローはバッファローに呼ばれ、そちらに目を向けた。
それまでに考えたことは、いつしか忘れてしまっていた。



ロシナンテは夜会を抜けてベランダで煙草を吸っていた。
調子に乗ってディアマンテがしこたまワインを勧めて来るので辟易したのだ。
別に酒は嫌いではないが、醜態を晒すのはゴメンである。
まして海賊の前などでは。

一人静かに一服していると、誰かがベランダに足を踏み入れた。
セニョールあたりかと思い振り返ると、
ドフラミンゴだったのでロシナンテは目を瞬いた。

ロシナンテはドフラミンゴが煙草を吸うのを、その日初めて見たのだ。
灰皿を探して来たのだと言う。

『めずらしい』
「フフフフフッ、そりゃそうだ。禁煙してたんだよ」

いつになく投げやりに言われてロシナンテは首を傾げる。
機嫌が悪いのだろうか。
それにしては覇気が無く、消沈しているようにも見える。

ロシナンテはその煙草がに押し付けられたものだと、すぐに気がついた。
煙の香りと、それから。

『トレーボルか?』
「そうだ、何で分かった?」
『くちべに ついてる』
「ああ・・・」

喫煙者で化粧をしているのはロシナンテとくらいのものである。
ドフラミンゴは煙草を持つ手を額に当てた。
余り見ない類いの仕草である。嘆く様にも祈る様にも見えた。

「フフフッ、おれも焼きが回ったもんだな・・・」
『なにが?』
「なんでもねぇよ。フッフッフッフ!」

後のドフラミンゴは常の調子を取り戻した様に見え、
ロシナンテと軽い雑談をしてその場を去った。

灰皿には口紅の付いた吸い殻が1本、残されたばかりだった。