29 and 37


その催しは盛大に行われた。

ドフラミンゴと、ドンキホーテ最高幹部の誕生日は豪勢に祝われるらしい。
ビジネスを兼ねることもあれば、身内のみで催しが行われることもあると言う。

今回はビジネスも兼ねているらしく、
トレーボルの誕生日会はドフラミンゴの所有する、
恐ろしく贅沢な客船の上で行われた。

モネは絢爛な会場で行われる策謀の渦巻くパーティに目を回しそうになっていた。
まさしくそこは政治の世界である。

モネが入団したのは、海賊のはずだ。海の荒くれ、略奪者であるはずだった。
それを承知の上でモネは妹、シュガーと共にドフラミンゴの手を取ったのだが、
置かれる環境はモネの思っていたものとは違っている。

先日ドフラミンゴから、
この日の為に下された命令が最も予想外だったかもしれない。

『着飾り、周囲をよく見聞きしろ』

モネはその命令に忠実に従っている。
胸元で金色のビジューの輝く、髪の色に合わせた黄緑色のパーティドレスは今日の為に誂えたものだ。
シュガーもモネとお揃いのドレスを着て、船内を見回していた。

モネはあまりキョロキョロしないほうがいい、とシュガーを窘める。
この催しの主役がこちらに近づいて来たのが分かったからだ。

トランプのクラブをモチーフにしたアクセサリーで着飾ったが、
シャンパングラスを片手にモネらに微笑みかけた。
ドロップ型のサングラスから透ける目が、面白そうに細められている。

普段から装いに気を配っているではあったが、今日は一層素晴らしく見えた。
黒いドレスがよく似合っていた。
格別に美人であるとか、際立つ容姿をしていると言うわけでもないのに妙に目を惹くのだ。

「やぁ、モネ、シュガー。おまえ達この手の夜会は初めてだろう。
 どうかな?慣れて来たかな?」

「お気遣いなく・・・。
 お誕生日、おめでとうございます、トレーボル様」
「おめでとうございます」

モネに次いでシュガーも挨拶してみせた。
は常の様に口の端をつり上げる。

「ああ、モネ、シュガー、どうもありがとう。
 と言っても、この年になってはあまり喜ばしいとは思えないのだがね」

冗談めかして言うだが、モネもシュガーもの年齢を知らない。
思わず口を噤んだ姉妹を見て、はそのことに思い至ったらしい。

「そう言えばお前達は私の年を知らないか。
 私は今日で37になる」

「えっ!?」

思わずモネとシュガーは唖然とを見た。
は首を傾げてみせる。

「おや、思ったよりも若かったかなァ?」
「ち、違います!」
「・・・本当に?もっと若いと思ってた」
「シュガー!」

失礼だろうとシュガーを叱るモネを見て、
はくつくつと喉を鳴らし笑っている。
どうやら機嫌は損なわれていないらしい。

「べへへ、褒め言葉として受け取ろうかな。
 それから・・・、モネ、シュガー、今日見聞きしたことはよく覚えておいでよ。
 ウチは海賊にしては少し特殊だ。こう言う場の雰囲気を覚えておいて損は無い」

「・・・はい、わかりました」

念を押され、モネは頷いた。
もドフラミンゴも、無駄な命令をする人間ではない。
末端がその意思を汲み取れるかどうかも良く見ている。
おそらくは試されているか、なにか、下準備のような物を兼ねているのだろう。

モネが表情を窺う様に、を見上げる。
するとその後ろに、ドフラミンゴの姿が見えた。

「ここに居たのかトレーボル」
「おや、探させてしまったかな、ドフィ。すまないねぇ」

ドフラミンゴはモネとシュガーに目を止めた。

「フフ、随分華やかだなァ」

シュガーとモネに笑いかけるドフラミンゴに、
思わずモネは赤面している。
は愉快そうに笑った。

「べへへ、モネは初々しくて可愛いねぇ」
「ト、トレーボル様・・・!」

に揶揄われ、慌てる姉を呆れた様にシュガーは見ていた。
そのままドフラミンゴとに視線を移し、ぽつりと呟く。

「若様とトレーボル様、同い年くらいに見えるのに」

さっとモネの顔から血の気が引いた。
シュガーは素直だが、それが長所になるときと、そうでないときがある。

シュガーの食べた悪魔の実の能力はドフラミンゴにとって必要不可欠。
殺されることは無いだろうが、罰を受けることはあり得るだろう。

はさほど気にしていないようだが、ドフラミンゴはどうだろうか。

モネの懸念を他所に、ドフラミンゴはシュガーと目線を合わせると、
ニィと口角を上げて、その頭を優しく撫でた。

「そうか、そう見えるか。フフフフフッ!」
「・・・そう言えば、昔はよく『早く年を経りたい』と言っていたねぇ、
 今でもそうなのか?」

の疑問を受けて、
立ち上がったドフラミンゴは心無しか上機嫌に答える。

「さァな。ただ、おれとお前が似たような年に見えるのは、
 お前が若いからだろう、

シュガーはドフラミンゴにこくこくと頷いていた。

「私のことはトレーボルとお呼びよ。
 しかし、・・・見た目のことは自分ではよくわからないのだがねぇ」

は不思議そうに首を傾げると、耳飾りが光った。
トランプのクラブがモチーフのイヤリングだった。
ネックレスやブレスレットとデザインは揃えられている。

ドフラミンゴの視線が耳に注がれたのに気づいてか、は頷いた。

「近頃はアクセサリーをデザイン揃えで頂いているからねぇ、
 このままだと私を飾るものが全てドフィからの贈り物になりそうだ」

が軽く言うと、ドフラミンゴも冗談を重ねるような口調で笑う。

「フフフ! そうなりゃいいと思ってるぜ?」

モネとシュガーは呆然と2人のやりとりを眺めていた。

「べへへへへ! 揶揄わないでおくれよ、ドフィ」

はドフラミンゴの腕を軽く叩き、喉を鳴らすように笑い出した。
ドフラミンゴは笑みを深めるばかりである。

それから取引相手に声をかけられて、
とドフラミンゴはモネ達に手を振って歩き去って行った。

モネはしばらくその背を目で追っていた。
シュガーがモネの手を引いてみせる。

「・・・お姉ちゃん」

モネは我に返りシュガーに目を向けた。

「若様、多分冗談じゃなかったよね?」

「シュガー、あなたは素直で良い子だけど、
 世の中には黙っておいた方が良いこともあるのよ」

モネはシュガーの手を硬く握りしめた。
シュガーはその手を握り直す。

モネはグラスを片手に笑うを見た。
遠ざかってしまえば、その目が笑っているのか、冷えきっているのかさえ、分からない。

モネはの立場を反芻する。

ドンキホーテ・ファミリーの最高幹部の一人、ドフラミンゴの参謀。
ドフラミンゴとは古い付き合いだと聞く。
先ほどのやり取りからも、ドフラミンゴのへの扱いは格別であるように思う。

しかし、はどこまで分かっているのだろうか。

モネは硬く目を瞑り、自身に課された任務を果たそうと耳を側立てた。
胸の内に薄暗いもやを抱えながらも。



ドンキホーテ海賊団海賊船 船長室。

モネを船長室に呼び出したドフラミンゴの手には、
先日まとめた夜会の報告書が握られている。

「モネ、お前にはドレスローザ王宮に、侍女として潜入してもらいたい。
 能力者であることも隠してだ」

こうしてドフラミンゴがモネに潜入任務を課したと言うことは、
モネは部下として、ドフラミンゴに期待されているのだろう。

「はい、若様、仰せの通りに」
「フフフッ、期待してるぜ、トレーボルもお前をよく褒めていた」
「・・・トレーボル様が?」

ここでの名前が出て来て、モネは首を傾げた。
ドフラミンゴは常の笑みを浮かべたままだ。

「勤勉でよく気がつく有能な部下だとな。
 トレーボルは滅多に手放しで誰かを褒めることはねェんだぜ、
 気に入られたなァ、モネ」

「あの、本当に、私を?」

モネの訝し気な表情を見て、ドフラミンゴは笑みを解いた。

「ん?なんだ、身に覚えが無いか?」
「はい、特に、・・・格別にお褒めいただくようなことは、何も」

たじろぐモネを見て、ドフラミンゴは暫く何か考えていたようだが、
やがて静かに笑い出した。

「フッフッフッフッフッ!」
「若様?」

額に手を当て、ドフラミンゴは軽く首を横に振る。

「フフフフフッ、いや、悪い、
 トレーボルは昔から人の本質を見抜く。
 お前を褒めたのも、そのせいかもしれねェ」

「・・・そういうことでしたら、光栄です」

モネははにかみ、膝を折った。
ドフラミンゴは有能で忠義深い部下の頭を眺め、退室を促す。
モネは一礼して出て行った。

扉が閉まると、ドフラミンゴは笑みを解いた。

ドフラミンゴは思索に耽る。

いったいどこまで、は分かっているのだろうか。

が良く褒めた、お気に入りの部下を、
今までドフラミンゴがその近くに置いたことはない。
女であっても男であっても遠ざけた。

子供染みた嫉妬であることは充分に承知していた。

そして他ならぬの審美眼に適った彼らは確かに有能で、
ドフラミンゴの課した任務を見事にこなしてくれる。

ファミリーの規模が拡大するに従い、仕事は増えた。
例えば情報収集であるとか、重要人物の監視であるとか、
そういう任務に、彼らは適していた。
感情のまま彼らを遠ざけても、誰も損をしなかったのだ。

故に時折、ドフラミンゴはこんな考えが浮かぶことがあった。
はドフラミンゴの感情を全て承知の上で掌で転がしているのだと。

”あの”のことである。
まったく的外れな仮説と言う訳でもあるまい。

しかし、一方でそうではないことも薄々は分かっていた。

は手放しで褒めた、お気に入りの部下が居なくとも惜しむことをしない。
部下に限らず”恋人”と呼んだ男達をドフラミンゴが遠ざけ、
あまつさえ首謀者の分からぬよう密やかに殺し、彼らが死んだことを伝えても、
は軽く眉を上げて、口先ばかり一言二言悲しんで見せ、
次の瞬間別の話題に移ってみせる。
そしてそれっきり、の口から死人の名前が出ることはない。

は人に執着しない。
それはドフラミンゴが一番よく知っていることだった。

船長室をノックする音がして、ドフラミンゴは思索に耽るのを止め、入室を促した。
がハイヒールを鳴らしながら入って来る。

「すまないね、ドフィ、ちょっと見てもらいたい書類があるんだ」
「構わないが、・・・なァ、トレーボル、モネに潜入任務を言い渡したぜ」

は淡々と頷いてみせた。

「なるほどねぇ、我々の計画の足がかりとしては、良い人選だ。
 モネならきっと成功させてくれることだろう、慧眼だな、ドフィ」

「お前が褒めていたからだ」
「それでもドフィ、お前がモネに任せると決めたのだろう?」

は微笑む。
その首に、贈ったネックレスが小さく煌めいているのを見て、
ドフラミンゴはサングラスの下で目を細めた。

「トレーボル、お前はおれの全てを肯定すると言うが、
 おれが間違いを犯すとは思わないのか」

口をついた、余りにもらしく無い言葉にドフラミンゴは半ば自分でも唖然としていた。
すぐに取り繕わねばと顔を上げると、の白くなった顔があって、目を瞬く。

「思わないよ」

の手がドフラミンゴの頬に触れた。

「ドフィは常に、ファミリーを思い、抱く野心に相応しい行動をしている。
 その選択は正しい。誰が間違いだと断じようとも、だ。
 ——お前の選択を、間違いになどさせるものか」

その言葉に、ドフラミンゴは眉を顰めた。
はドフラミンゴに優しく言った。

「らしくないじゃない、ねぇ、そんな弱気なことを言うだなんて。
 疲れているのかな?
 ・・・無理も無い、お前は成すべきことの為に、努力し続けている。
 私は知っているとも。いや、私だけではない。
 家族の皆も分かっていることだ。
 少し、仕事をセーブしようか?」

「・・・すまない、良いんだ、気にしないでくれ」

は俯いたドフラミンゴの胸の内に、
どのような感情が渦巻いているのかも知らず、その唇に笑みを浮かべて見せた。

「時には不安にもなるだろうよ。私にも身に覚えがあることだ。
 だが、以前も口にしたかもしれないが、我々はお前の為なら何だってするよ。
 他ならぬ、お前の為ならねぇ」

はドフラミンゴの頬から手を離す。

「お前の代わりは、どこにも居ないんだから」

耳朶に吹き込まれた言葉に、ドフラミンゴは瞠目し、そして目を閉じる。
ドロップ型のサングラスから透ける、切れ長の眼差しが、今は和らいでいた。

は人に執着しない。
愛着も、情動もルクリスの中には何も無い。
破壊衝動と冷徹な意思が、炎の様に燃えている。

しかし、のくれる期待と言葉の中に、僅かな感情の残滓を見つけ、
それに触れたとき、ドフラミンゴは己の心臓に、
決して癒えることの無い傷があることを思い出すのだ。
痛みとともに深い喜びを反芻させるのは、無自覚に傷を付けた女だけである。

「——トレーボル、話は変わるが、
 きっとお前程そのネックレスが似合う女は居ないだろうな」

ドフラミンゴは常の通り、歯を見せて笑ってみせる。

ドフラミンゴの背にが居る。それだけで良かった。
だから何度でも、と出会ったことを喜び、祝うのだ。

「べへへ!それはそうさ、これはドフィが私の為に選んだものだし」

は常の調子を取り戻したらしいドフラミンゴに笑みを深めた。

「私は”トレーボル”なのだからねぇ」