哀れ? 彼女は娼婦 02

幼いトラファルガー・ロー、椿に出会い、狂人を知る


その女は一見、荒事とは無縁そうな出で立ちで現れた。

結い上げられた黒髪にトレンチコート。良く磨かれた踵の高い靴。
タイトスカートとそろいのジャケットを中に着ていた女はぐっと大人びているものの、
よく見ればそこまで自分と年が変わらないことに気がついた。

そして、彼女が食卓に現れた瞬間に、
一度場が静まり返ったのはローの気のせいでは無かっただろう。

「ああ、帰ったのか、
「遅くなってしまってごめんなさい。少々後始末に時間を取ってしまったんです。
 詳しい報告をしたいのですが、・・・食事の後でお話ししましょう、ドフィ」
「わかった。時間を作ろう」

簡潔に交わされた会話だった。
黒い髪に紫色の瞳。整った顔を見上げていると不意に視線があう。

「あら?随分と怪我をしている子が居ますね、どうしたんです?」
さん、その子はロー。一週間前にウチに来たの」
「ヘぇ・・・。ありがとう、ベビー5」

と呼ばれた女はベビー5の頭を撫で、礼を言う。
ベビー5は頬を赤く染めてはにかんだ。
はローにまた視線を戻し、軽く目を細めて笑ってみせた。
優し気な、おおよそ海賊とは思えない女である。
その柔らかな雰囲気はローの故郷のシスターを思い起こさせた。

「私は。主に潜入任務をしています。
 ・・・あなた、コラソンの洗礼を受けたのかしら?
 そう気に病むことは無いですよ。
 彼は子供に対する愛情表現が拗じ曲がっているだけだから」
『だんじて ちがう』

コラソンがに紙を見せるが、は軽く一瞥しただけだった。
それを見て、トレーボルとディアマンテがはやし立てる。

「ベヘヘッ、が最初に来たときもコラソンは殴ったな」
「全然堪えなくてすぐに諦めてたがな」
「愛情の裏返しだと思えば、大抵のことは許せます。そうでしょう?」
「・・・相変わらず頭のネジが飛んでるざます」
「冷たくするのも好きのうちですよ、ジョーラ。そんなに私のことがお好きですか?」
「気色悪いわ!?どれだけポジティブざます!?」

揶揄うような声色だ。
はくつくつと笑いながら、ローを値踏みするように見つめる。

「ところであなた、小麦粉の山にでも突っ込んだの?
 肌が白くなってしまっているわ」

冗談なのか本気なのか、見当違いのことを言って手を伸ばしたに、
マッハバイスが声をかけた。

、それは小麦粉じゃないーん!」
「”珀鉛病”ざます!!うつったら大変っ!」

一度手を止めてが振り返ると、バッファローが叫んだ。

「えー!?うつる病気!?気味悪ィ、お前すぐ出てけだすやん!!!
 も離れたほうが良い!」

ローが苛立ちに奥歯を噛んだ瞬間、ドフラミンゴがテーブルを叩いた。

「ジョーラ、噂程度の知識を口にするな、見苦しい」

そのままドフラミンゴがジョーラを嗜めるが、それでもバッファローはローに寄るなと騒いでいる。
それを呆れたように一瞥したドフラミンゴは、一心に自分を見つめるローに、問いかける。
生き残りはいるのか、どうやってスパイダーマイルズまで逃げて来たのか。
ローは何でも無いことのように言った。

「わからねぇ。逃げるのに必死だった」
「死体の山に隠れて国境を越えた」

淡々と交わされた会話に、誰かが息を飲んだ。
グラディウスがローにTPOをわきまえろと抗議して、
ドフラミンゴがローの返答に笑みを深める。

「何を恨んでる」
「もうなにも、信じてない」

ローは続けてコラソンに復讐の呪詛を投げかけた。
だがコラソンは気に留めた様子も無い。むしろ反応したのはベビー5だ。
威勢良く食って掛かるベビー5にはたかれたローはその眼光でベビー5を泣かせていた。
子供達のやり取りを見て口を噤んでいたはローに声をかける。

「ロー、手当をしましょう。私の部屋にいらっしゃいな」

瞬間、ぴた、と再び食卓の空気が凍った。

「おいおい、幾らなんでもそれは不味いぜ・・・相手は10歳のガキだ」
「お前には恥も外聞もないのか!?のG・・・!」

セニョールとラオGがを嗜めるような言葉を口にして、
ピーカとジョーラは忌々し気にを睨んでいる。
ジョーラの手はデリンジャーの耳を、バッファローも同様にベビー5の耳を塞いでいた。
ローは幹部達の過剰とも言える反応に戸惑う。当のは苦笑していた。

「私は手当を申し出ただけじゃありませんか。そう過敏になる話でしょうか?」
「ウハハハハ、そりゃお前、日頃の行いが悪すぎるのがいけねぇよ」
「ベーッヘッヘッへ、おいロー、には気をつけろ。
 そいつはどうしようもない色狂いだ。
 気を抜くとお前なんざぺろっと食われちまう」

ローがぎょっとした様子での表情を伺った。
は清楚な出で立ちで表情も柔らかい。
だが色狂いだと言うことを取り立てて否定する様子もなかった。
紫色の瞳がゆるゆると細められる。

「あら、ロー、どうしたんです?そんなに驚いた顔をして・・・。
 私がいかにも優し気で、人畜無害そうに見えたのですか?
 それにしても、その歳でその意味が分かるの?・・・早熟だわ」

いつの間に近づいて来たのだろう。白い指に顎を撫でられている。
カッとローの頬が熱くなった。揶揄われているのがわかるし、
それが良く無い事態を引き起こしかけているのは分かっているが、
不思議とその場を動くことが出来なかった。

「覚えておくと良いですよ、ロー。
 海賊なんかになるような人間はね、みんな頭がおかしいし、どこかぶっ壊れてるんです。
 それに、何も信じていないのならそれは立派なアドバンテージになるでしょう。
 良かったですねぇ、あなた。海賊に、向いていて」

の紫色の瞳の奥に、隠しきれない狂気と官能が渦巻いているのを
はっきりと読み取ってしまったローは僅かに後ずさった。
の周囲だけ、しっとりと空気が湿ったように感じる。
その笑みは絵画や彫刻のように美しいのに、同時に酷くおぞましい。

この女は狂っている。

。その辺にしておけ」
「・・・失礼いたしました、若様」

まさに鶴の一声だった。
ドフラミンゴからその声が投げかけられると、
指はローの元から容易く去っていき、重かった空気は霧散した。
ローは随分と呼吸が楽になったような気がして心臓のあたりのシャツをぎゅっと掴んだ。
ばくばくと心臓が暴れている。警戒で距離を取るローをは見下ろして笑った。

「あら、怖がられてしまったわ。
 フフッ、アハハハハッ!今更だわ、それが最初に取るべき態度なのですよ、ロー」
「・・・」

ローはベビー5を睨んだのと同じようにを睨め付けるが、
その視線をまっすぐに受け止めた挙げ句、微笑んで見せるに、薄ら寒さを覚えていた。

「私の部屋に来るのが嫌なら自分で手当なさいな。廊下を出て、左にまっすぐ。突き当たりを右。
 二つ目のドアが医務室よ。必要な道具は揃っているはずです。
 私にちょっかいを出されたくなければいきなさい。
 あなたの格好は食卓に居るには相応しく無いわ」

バッファロー、椿についてローに忠告する


「なんなんだ、あの女!」

自身で怪我の処置を施しながら悪態をついているとバッファローとベビー5がやって来た。
流石医者の息子であると、ローの見事な手際に感心していたベビー5がその悪態に答える。

さんのこと?」
「あいつ頭がおかしい」
「にーん・・・ファミリーの皆、誰も否定しないと思うだすやん。
 多分本人も」

バッファローがしみじみと頷く。
ベビー5は困ったように眉を顰めた。

「私はさん、好きだけどなぁ。
 バッファローと同い年なのに、ずっと大人っぽいし、お姉さん!て感じ!」
「えっ!?」

ローがバッファローを驚愕の眼差しで見る。
意外と歳が近そうだとは思ったが、バッファローと同い年には見えない。
バッファローはそういう反応に慣れているのか、大げさにため息を吐いてみせた。

「言っとくけどが異常だすやん、あの人が若に連れてこられたのは13の時だけど、
 その時から”ああ”だった。
 子供嫌いなコラさんでさえ一回を殴ったきりもう二度と暴力は振るわなかっただすやん。
 たぶん子供って感じじゃ無いからだし、
 殴られた後にがとんでもないこと言ったから・・・」

言いよどむバッファローに、ベビー5が無邪気に言った。

「”女子供を殴って興奮する殿方は、そう珍しいわけでも無いから安心して良いのですよ”
 ってコラさんの手を握って言ってたね。若様すっごい笑ってたけど!
 あとは耳塞がれて聞こえなかった!」

ローがあんぐりと口を開けたのを見て、バッファローが頷く。

「当たり前だけどコラさんドン引きしてたし、
 が居るとおれたちにさえ近づいてこないだすやん・・・」

思い返しているのか、遠い目をしていたバッファローがベビー5に言った。

「ベビー5、また耳塞いでて欲しいだすやん」
「えっ、い、いいよ!」

バッファローが頷くと頬を染めたベビー5は硬く耳を塞いでみせた。
それを確認したバッファローはローに向き直り、
必要な情報だから話しておく、と口を開いた。

「ロー。は潜入先の相手を誑かして情報を引き出してくる優秀な人でもあるから、
 皆から一目置かれてる。けど、皆からすこし距離を取られても居る。
 は狂ってるし、相手を狂わせるのも得意だからっていうのもあるけど、
 それが一番の理由じゃない。
 は若の情婦だすやん」
「・・・は?」

確かに大人びていたし、美しくもあったが、
いまだその顔には幼さが残っていたのを思い出す。
バッファローは唖然とするローに、いつになく真剣な眼差しで忠告した。

「若はを自由にさせてるように見えるけど、
 に誑かされた潜入先の相手は必ず殺してるし、
 もし万が一にちょっかいだしたら、・・・ちょっかいだされたら、
 間違いなく若に殺されるか、程度により半殺しかっていうのがファミリーの皆の意見だすやん。
 弟のコラさんでもを殴った後、釘を刺されてたんだ。
 ロー、お前気をつけろ。が冗談でも部屋に来いって言ったんだ。
 危ないだすやん。まじで」

ドフラミンゴ、椿に対して思索する


「フフフッ、珍しいじゃねえか。
 お前が冗談でもガキを誘うのは。見所があったのか?」
「ッ、ふ、ふぅっ、ん。フフ、あの子、あなたに良く、似ています、から、ッ、
 かわいらしくて、つい、ん、んんッ」
「へぇ?」

ドフラミンゴは口淫させているの頭を撫でたが、
次の瞬間にはその髪を乱暴に掴んでいた。
おおよそ優しさというものが感じられない仕草で揺すると、
は目を細めて、しかし少し苦しそうに笑った。
その顔に煽られて、ぐ、と力を入れると、は啜るように舌を絡め、
うっとりと、その口で何もかもを受け止め、微かに背筋を震わせる。
ずる、と小さな口から陰茎を引抜くと、は咳き込み息を整えた。

「ケホ、っは、はぁ、ふ、妬いていらっしゃるの?」
「・・・さァな、よく分からない」

ドフラミンゴは素直にそう言った。は少し驚いたようで、目を瞬いている。
あどけない表情だ。
このような顔を見せると、確かにはまだ小娘なのだと思い出すことができるのだが、
いかんせん、はもう子供ではない。
ローを早熟だと揶揄っただが、本当に早熟なのはの方である。
こんなにもいやらしく、欲望に貪欲な子供が居てたまるものか。

自身の太ももに乗せたの頭を撫でながら思索に耽る。
平凡な黒髪は、しかし良く手入れされているのか艶やかだ。
はされるがまま、動かなかった。

「ドフィはとても素直ですね。
 分からないことを分からないと言える方は、そんなに多くは無いのではないかしら」
「そうか?」

首を傾げるドフラミンゴには微笑んでいる。

「素直なのは良いことですわ。自分を偽っても、なにも良いことは無いですもの」
「フフ、お前は素直過ぎるがなァ、
「これでも我慢を覚えたのですよ、ドフィ。他ならぬ、あなたのために」

の口からとは最もかけ離れた”我慢”という言葉が出て来て、
ドフラミンゴは笑った。
だが、最初に聞いた、の狂うきっかけと、その顛末から見れば、
確かには”我慢”しているのかもしれない。

を身請けする際に店主から聞いた身の上話は
が語ったおぞましい物語と殆ど一致していた。

メイドの女達はを見るや否や床に跪いてスプーンを突っ込んでくれと泣きながら懇願し、
執事の男達はを見るや否や縋り付いてその口から罵りの言葉をくれと焦燥し、
の兄弟姉妹はにその自慰行為の観覧を要求し、
の父親はのすらりとした脚なしでは
その祖末な陰茎を硬くすることも出来なくなった。

そしてに傾倒するようになった人間は、
が去るとその命を断つか、度を超した色狂いになって破滅するか、
そのどちらかを選ぶことになったようだ。
を娼館に送った”まともな”母親でさえ、今はこの世には居ない。
を狂信する人間に酷い暴行を受けた末に死んだと言う。

つまり、幼いは的確に人間の欲望を引き出してはぶっ壊れるまで遊んだのだ。
恐らく、それがにとってのなによりの快楽だったのだろう。
それは今でも大して変わらないに違いない。

最初の仕事では、理知的で目の上のたんこぶだった、敵ながら一目置いていた商売敵の男を
色狂いでギャンブル狂いのクズにまで堕落させて、
ドンキホーテファミリー幹部達の度肝を抜いてみせた。

”見た目によらずとんでもない悪女だな”とか”歳の割にもの凄い毒婦だ”とか
そんなようなことを言った誰かの感想を拾ったのか、
が心底不思議そうな様子で言い放った言葉は、
ドフラミンゴの脳裏に今でも焼き付いている。

『皆様私を悪女とか、毒婦とか、そんな風におっしゃいますけれど、
 私はそんなにいけないことをしたのかしら?
 誰しもがその心の内側に仕舞いこんでいる欲望を引き出してあげただけなのに。
 それってそんなに悪いことなのかしら。
 だって皆様ごらんになった?
 血にまみれながら泣き叫ぶ女の腰を抱き、ルーレットの会場まで行こうとしたあの方。
 その息の根が止まる瞬間まで欲望にとりつかれていらっしゃった・・・』

『命が終わるまで、とても気持ち良さそうでしたよ?』

うっとりと微笑んだは美しく、そしておぞましかった。
その日から、ファミリーの連中はを正しく理解したのだろう。
骨の髄からの色狂い。自覚に欠ける稀代の毒婦。
ドフラミンゴが今、を御すことができているのは、
ドフラミンゴの王としての資質故か、それともがドフラミンゴの闇と欲望を好むのか
そのどちらかか、あるいは両方が理由だろうとドフラミンゴは踏んでいる。

これが成人したらどんな悪魔になるのだろうか。
ドフラミンゴはその口の端をつり上げた。
きっと、よりドフラミンゴに相応しく、美しくなるに違いない。

「ドフィ?」

長考していたドフラミンゴに、は首を傾げる。

「フフ、お前が年を重ねたら、どんな女になるんだろうな、と思っていただけだ」
「そうですね、私はもう少し背丈が欲しいですけれど、どうかしら、
 両親はさほど大柄と言うわけではありませんでしたから」
「へぇ?そうなのか?どのくらいが良いんだ?」
「280㎝くらいかしら・・・?」

の言葉にドフラミンゴは一度唖然とし、それから腹を抱えて笑った。
冗談を言ったつもりではないのに笑われて、は珍しく膨れっ面になっている。

「もう!そんなに笑うこと無いじゃない!冗談じゃないのに!」
「フフッフフフフフッ!おれに釣り合うようにか?
 お前本当におれが好きだな!」

くしゃくしゃと髪を乱暴に撫でると
は膨れっ面を保とうとして失敗したような顔になっている。
照れているのだ。

「好きじゃなかったらここにはいません!」
「!フフフッ」

まだ幼い毒婦はまったく可愛いものである。