真夜中のワルツ
は真夜中に目を覚ました。
起き上がると、ルフィ、ウソップ、ロシナンテ、
キュロス、ベラミーらが床に倒れるにように眠っていた。
起きているのはゾロ、フランキー、ロビン、ロー、そして生首のドフラミンゴだ。
「お、目が覚めたか」
の目覚めに最初に声をかけたのはゾロだ。
は状況がよく飲み込めず、寝ぼけ眼のまま、ぐ、と腕を伸ばす。
この感覚はずいぶん前に味わったきりだった。幽霊のくせに疲れている。
フランキーが自分を修理しながら笑みを浮かべた。
顔の皮がめくれ上がって恐ろしい形相になっているが、それでもどこか爽やかだ。
「大金星だったな、!」
「ふふふ、みんな無事よ」
ロビンが安心させるように言うと、は瞬き、
そして緩やかに微笑んだ。
「ああ、よかった・・・、それにしても、眠るなんて久々で」
は軽く頭を振ると、ドフラミンゴが口角を上げて見せた。
「あァ、そりゃ良かった、でだ、。
いつまでおれを生首にしておくつもりだ?」
「ちょっと気分転換に散歩でもしてくるわ。
幽霊なのに頭が重い気がして・・・変ねぇ」
「おい」
ごく自然な態度で無視されて、
ドフラミンゴはを咎めるように呼びかける。
「あら何、ドフィ兄さん?」
まるで「いつから居たの?」とでも言わんばかりの態度である。
ドフラミンゴは妹から向けられるキラキラとした笑顔の圧で黙った。
は首を傾げてみせる。
「回りくどい言い回しじゃわからないわ」
「おれを元に戻せ」
「嫌よ。『私に命令しないで』・・・なんてね、ウフフフフッ!」
気のないそぶりで肩を竦めてみせるに、ドフラミンゴは深く息を吐いた。
この様子だと当分は生首のままらしい。
真夜中の外出だが、皆快くを送り出してくれるようだった。
ロビンがひらひらと手を振る。
「気をつけてね」
それに頷くとはキュロスの家の扉を、静かに通り抜けた。
※
星明かりがカルタの丘を照らしている。
月は欠けていたが、それでも十二分に明るい。読書ができそうなくらいだ。
植物に愛された島とあって、みずみずしい芝生の他にも美しい野花が咲き誇っている。
はほう、と息を吐く。
当てもなく一歩踏み出したを、声が追いかけてきた。
「どこへ行く」
は瞬くと、相手に気取られない程度に肩を落とした。
振り返ると仏頂面のローが腕を組んで立っている。
「言ったでしょう? ちょっとその辺りを見て回るだけ、」
「お前の”ちょっと”は信用できねェ」
「まぁ!」
遮るように言われた言葉には心外だ、と眦をつり上げたが、
やがてため息をつく。
「・・・でもこれまでの行いを振り返れば、それもそうね」
何しろ今日はかなりの無茶をしたし、ローにも少しどうかと思うようなわがままを言った。
自覚があるのか少々乾いた笑みを浮かべ、は顔を上げる。
「では、少々お付き合いいただけるかしら」
ローは頷いて、の横に連れ合って歩きだす。
少しの間を置いて、話し出したのはだった。
「感傷的な気分だったのよ」
ローは黙ってに目を向ける。
「パンクハザードであまりに一気にいろいろなことを思い出したし、
状況はめまぐるしく変わった。
そして私はこの美しくも脆く野蛮な王国を、王様ごと完膚なきまでに叩き壊したわ」
皮肉めいた言い回しである。
ローは目を眇めるが、咎めようとはせずにただ尋ねた。
「後悔してるのか?」
「・・・それがちっとも!」
の声色は明るい。
「こういうところが合理主義の怪物と言われる所以なのかしらね」と、は苦笑する。
「私はドフィ兄さんを取り戻した。宣言通り、手段は選ばなかっただけのこと」
ローは腕を組んだ。
明日からドレスローザは復旧、復興に忙しくなるだろう。
だが伝え聞く限り、ローには当初の予定よりも物事はうまくいったように思える。
「ドレスローザ国民の負傷者は少なくはないが、この規模の混乱なら多くもねェよ。
小人の姫”マンシェリー”の回復能力で、怪我人も治せるらしい。
建築物の被害もそう大きくもない」
”鳥カゴ”は伸縮が可能だ。
ドフラミンゴは追い詰められれば平気で国民を皆殺しにすることも厭わなかっただろう。
デービー・バックファイトの間はとの問答に集中するため、
”鳥カゴ”が縮まることはなく、
また”パラサイト”によって操られる人間の数も随分減ったのだと言う。
だが、がどう思っているかは定かではない。
13年前から思っていたが、どうもには完璧主義のきらいがある。
ローは眉を顰めた。
「お前は最低限の犠牲で済ませた。
今回一番身を切ったのは、お前だろう、。
寿命を何年縮めたんだ?」
はバツの悪そうな顔になる。
「・・・少しだけ、」
「嘘吐くな」
噛み付くような声に、は観念したように手を挙げた。
目をそらしながら、小さく答える。
「・・・半分」
ローは目を見開くが、やがて深く息を吐いた。
「だと思ったんだ。あんなデタラメな能力・・・」
呆れたように呟かれた言葉に、は首を傾げる。
「デタラメな能力なのは、あなたとそんなに変わらないと思うんだけど、」
「そういう話じゃねェよ」
ローは少々考えるそぶりを見せたが、やがて立ち止まり、
真剣な面持ちでに向き合った。
「・・・いいか、よく聞け」
「はい」
一切の余談を許さないような声に、は思わず居住まいを正す。
背筋を伸ばしたに、ローは低く唸るように宣言した。
「絶対にお前を、おれより先に死なせない」
「・・・はい?」
は瞬いた。
「おれの持っている技術と知識の全てを持ってお前を健康にしてやる。
”寿命”? そんなもんにおれが負けるか、おれを誰だと思ってんだ」
どちらかと言えば「今すぐお前を殺してやる」の方が似合うような表情である。
ローはそれから立て板に水を流すようにスラスラと意見を述べた。
「ウチの船にメディカルチェックのための機材は全部揃ってる。
言っとくがおれは患者を甘やかさねェぞ。黒脚屋に言って食生活から整えさせて貰う。
あとトニー屋にカルテを貰うからその時口添えしてくれ。
必ず一週間に一回はおれが直々に診察してやるからな、・・・なんなら1日1回でも構わねェ」
は目を白黒させていた。
話の骨子が、いくら考えてもわからない。
「うん? あの、」
「なんだ?」
「ロー先生、一体なんの話をしてるの?」
「・・・回りくどかったか?」
ローは腕を組んで「しょうがねェな」と言う顔をした。
それから「バカでもわかるように話してやる、」と前置く。
がそれにむ、と頬を膨らませるが、が何か言うよりも先に、ローが口を開いていた。
「おれはな、おれの最後を看取らせる女はお前って決めたんだよ、」
「は」
まるで息が止まったような心地だった。
いつもならゴーストジョークに変えられそうだったが、今のにそこまでの余裕はない。
「初耳なのだけど!」
「ああ、今言った・・・だから長生きしてもらわねェとなァ?」
ローは底意地の悪い笑みを浮かべる。
は絶句したのち、深く息を吐いた。
「・・・あなた、本当に私のことが好きなのね」
ローはそれに当たり前のように返す。
「じゃなかったら死んだ人間のために
遥々北の海からドレスローザまで来ねェよ」
「・・・ええ。・・・全く。・・・そう。・・・ええ?
・・・思い至らなかったわ」
頭を抱えたをローは鼻で笑った。今更の話だ。
そして、組んでいた腕をほどき、柄でもないがある提案をして見せる。
「だから、・・・胸くらいは貸すぞ」
煩悶していたが、弾かれたように顔を上げた。
呆然とローを見上げる頰に、髪の毛が影を落とす。
ローは目を眇めた。
「どうせ一人で泣き喚いて、何食わぬ顔で戻ろうとしてたんだろ」
はぽかんと口を開け、繕うように口角を上げようとして失敗した。
唇が震え出した。
みるみるの目に涙が浮かび、あっという間に大粒の涙が落ちた。
金色の霧の中を通り、実体を取り戻したは刺青の入った胸に飛び込む。
「なんでよ! なっ、なんでっ、わかるの・・・っ!?」
しゃくりあげて泣き出したを、ローは受け入れる。
癇癪を起こす子供のように、はローの肩を叩いた。
「わたしっ、うまくやれてた! 完璧だった、はずなのよっ!
笑い方もっ、何度も! れんしゅう、したんだからっ・・・!」
「分かるんだからしょうがねェ」
「ぅ、う、ッ」
嗚咽して、は首を横に振る。
それから言葉が、堰を切ったようにこぼれ出す。
「怖かったっ・・・! 怖かったよ・・・!
ここに来てから、何をしても薄氷の上を歩いてるみたいでっ、
間違ったら、全部・・・ダメになるからっ!、怖かったのよ・・・!!!」
「ああ」
「っ、簡単に、みんなの命なんか、背負えないわよぉ・・・!
なんで、ルフィは、平気なのっ・・・!?」
「船長だからな」
「私、ドフィの、兄さんの! ・・・!
兄さんのくび、首を、刎ね、・・・ぁああっ! 本当はっ、そんなこと、したくなかった!」
「・・・知ってるよ」
「う、ぁあ、っ、なんでっ、私に、首を刎ねさせるような、
っことばっかりするのよ! ドフィのばかァ!!!」
「心の底から同意する」
はそれ以上はまともな言葉にならず、ただただローの背を掴み、泣き喚いていた。
6歳の頃から満足に泣けなかったは、今やっと、涙を流すことができていた。
まるで氷が溶けるように。
※
「あの、・・・お恥ずかしいところをお見せしました」
散々泣いたは落ち着いたのを通り越して、落ち込んだ様子でローに謝る。
ローは何のことかわからず首を傾げた。
「いや? 別に」
「あなたが良くても私が嫌なのよ、こういうのは! かっこ悪いったらありゃしない!」
ぷりぷりと怒り出したに、ローは黙った。
麦わらの一味の影響か、の表情は大分豊かになっている。
は一つ大きなため息を吐くと、ローから少々の距離を取り、
手を差し出した。
「・・・手を貸しなさい、ロー先生。いえ、ロー」
「?」
「あなたも少しはかっこ悪いところを私に晒すべきだわ!」
何が何だかわからない様子のローに、は意味ありげに目を細める。
「私が教えたワルツのステップは覚えていますね? ロー?」
まるで神経質な教師のような物言いである。
ローは虚を突かれたような顔をした後、グッと眉を顰める。
「おい、10年以上前に数えるほどしかやってねェだろ、覚えてるわけが、」
「それはいけないわ! 練習しましょう」
「、お前な・・・」
「いざという時に足なんて踏んでごらんなさい。
台無しよ! レディに恥をかかせるつもりかしら!」
「いつだよ、いざって時って。・・・」
聞く耳を持たないに苦笑して、ローは差し出された手を取った。
は満足そうに微笑む。
「ウフフ、じゃあ、まずは右足から、」
がステップを踏み始める。ローもつられるように動き始めた。
最初はどこかぎこちなかったが、しばらく経つとコツを掴んだのかそれなりに様になっていった。
「そう、その調子! やっぱり背が伸びたから、昔とは全然違うわね」
「そりゃ、13年も経てばな」
「ウフフフフ! 私の腰ほどしか背丈がなかったのに」
「追い越せた」
ローの声にはどこか安堵したような響きがあって、はそれを面白がった。
「あら、背丈なんて私は全然気にしないのに」
「お前が良くてもおれが嫌なんだ」
はゆったりとしたメロディの鼻歌を歌いながら、
野花を器用に避け、くるくると芝生の上で踊る。
ローはそれに付き合ってやった。
ワルツなんて柄じゃないことは分かっているし、いざって時はそうそう来ないが、
今日くらいはの好きにさせてやりたかった。
星と月の明かりに照らされた二人は、芝生の上で真夜中に踊る。
疲れるまで、あるいはいつまでも。時々二人で笑いながら。
※
「ふふふ」
読書をしていたはずのロビンは瞼を閉じて、小さく笑う。
「覗きは悪趣味だぜ、ニコ・ロビン」
その声にロビンは片目を開けた。
片眉を上げ、揶揄するようにドフラミンゴが笑っている。
晒し首のような状態で喋るドフラミンゴからは、
”憑き物が落ちたような”雰囲気さえ感じさせるのだから不思議だ。
どちらかといえばドフラミンゴは”取り憑かれた”人間だと言うのに。
それにしてもこの言い草だとドフラミンゴは
ロビンがハナハナの実の能力者と知っているのだろう。
その能力で概ね何ができるのかも。
「ふふ、いえ、失礼。とても素敵な光景が見えたものだから、つい」
「・・・へぇ? 何が見えた?」
「あなたは気に入らないと思うけど」
ロビンの指摘にドフラミンゴは唇をへの字に曲げて、不機嫌そうに黙り込んだ。
だいたいどんな光景なのかは察しの良いこの男の事だ。
想像がついているのだろう。
ロビンは真夜中に踊る二人を影から覗き見て、
幼い頃読んだ絵本の挿絵を思い出していた。
シャンデリアもきらびやかなダンスホールもなく、
踊っているのは王子様でもお姫様でもなく、海賊の二人だったが、
おとぎ話の主人公たちに負けず劣らずの、素晴らしい景色だった。
「”Happily ever after”、上出来なんじゃない、?」