"死者の女王"


ルフィは藤虎と戦いながらも、途中で巨人傭兵ハイルディンに捕まり、
藤虎の手からは逃れることができた。
本人は不服そうだが、ここで大将と戦っている場合ではないと、
コロシアムの戦士たちは口を揃え、一丸となって麦わらの一味を船へと案内する。

オオコロンブスのヨンタマリア大船団が橋をつなぎ、皆の船を霧の中に隠していたのだ。

一行が乗船したのはオオコロンブスの主船。ヨンタマリア号。
その上でコロシアムの戦士たち、
キャベンディッシュ、バルトロメオ、サイ、イデオ、レオ、ハイルディン、オオコロンブスを筆頭に、
5600人の海賊たちが麦わらの一味の傘下にしてくれと頼み込んだ。

だが、ルフィは当然のようにそれを「窮屈」だと言ってのける。
たとえ大物たちに狙われようとも、自由に冒険ができなければ意味がない。

「おれは海賊王になるんだよ!!! 偉くなりてェわけじゃねェ!!!」

ルフィにとってはこの言葉が全てだったのだ。

親分にならなくとも、大海賊にならなくても、
必要だと思った時に助け合えればそれでいいと、ルフィは笑う。

それにますます7人の曲者は感激したようで、各々が勝手に”子分盃”を掲げ、
ルフィは結局大船団の船長となってしまったのである。 

そして宴会が始まった。

「・・・複雑な気分だな全く、負けた相手の船で宴会に参加するのはよ」
「ウフフフフッ」

とドフラミンゴは宴会の中心からは少し外れたところで言葉を交わす。

「しかし。冗談は抜きでここから先は苦労するぜ、
 なんせお前はこのおれを潰したんだからな」

ドフラミンゴの言う通りだ。
つい先ほども、船団に攻撃を仕掛けて来た団体がいた。
彼らはルフィやローの首を狙ってはいたが、
の名前も出し、討ち取ろうとしていたのである。

もっとも、彼らは藤虎の瓦礫での攻撃で一網打尽になってしまったのだが。

まるで加勢するようだった、とは思い返しながら、
ドフラミンゴに問いかける。

「そうね・・・兄さん、この後情勢はどうなると思う?」

「今の海に”頂点”と呼べる奴はいない」

ドフラミンゴはビールを煽った。
早速幽体でも覇気を使いこなしているドフラミンゴを注意深く伺いながら、
は首をかしげる。

「海賊の中なら”四皇”、”七武海”、”最悪の世代”が我こそは海の王者と台頭し、
 世界政府の有する”海軍”こそが海の覇者だと名乗り上げる。
 民衆の意思の象徴”革命軍”にも油断ならねェ猛者どもがいるだろう」

ドフラミンゴは楽しげに、ジョッキを掲げるルフィを見た。

「歴史の底に燻り続ける”Dの一族”もまた姿を表すハズだ。
 誰が誰に加担し、誰が誰を裏切るのか・・・それに、安心しろよ
 お前の嫌うマリージョアの天竜人はいずれ引きずり降ろされる」
「! 一体、どういう・・・」

は瞬いた。ドフラミンゴはそれに口角を上げてみせる。

「ゴールド・ロジャーが世界で初めて”グランドライン”を制して25年。
 宿敵”白ひげ”は王座につかず、その椅子の前に君臨した。
 ・・・その白ひげは死に、今はどうだ?
 膨れ上がる海賊たちの数に対して、がら空きの玉座が一つ!
 さァ、、問題だ・・・これから、何が起きる?」

は腕を組み、眉を顰めた。

「権力闘争、覇権争いが始まるのね・・・全ては引っ繰り返される」
「フフフフ、フッフッフッ・・・!
 新聞社は大忙しだ。さぞ面白ェニュースで溢れかえるんだろうよ」
「・・・兄さん、撫で回すのはやめてよ、そんな歳じゃないわ」

正解だと言いたいのだろう。機嫌よくの頭をぐりぐりと撫で回した
ドフラミンゴの手を払いながらはため息をこぼした。



宴を終え、一行は次の島”ゾウ”を目指す。
バルトロメオが率いるバルトクラブ海賊団が、一味一行をゾウまで導くことになったのだが。

「ウフフフッ、フッフッフッフ!!!」

は腹を抱えて笑っている。
ウソップが呆れたようにその船を見上げた。

「おかしいだろお前ら!!!
 なんでウチの船よりルフィが乗ってそうなんだ!!!」
「そう言って貰えると嬉しいべ〜」
「褒めてねェよ!」

麦わらの一味とロー、ドンキホーテ兄弟の前にあるのは
バルトクラブ海賊船、”ゴーイングルフィセンパイ号”である。
船首にはルフィを模った像が笑みを浮かべている上に、
いたるところに麦わらの一味をリスペクトしたデザインが施された船だった。

は目に浮かんだ涙をぬぐいながら、その船を改めて眺める。

「いえ、すごいわよ、これ! チョッパーのツノとか、
 ちょっと目つきが悪いけどメリーの顔とか、デザインのあしらいが素晴らしいわ!
 まさにファンの鑑だわ!」
「恐縮だべ〜!」

バルトロメオは頰を染めて照れたように頭をかいた。

「この船に乗るのか・・・」
「ああ・・・」

一方でローは死んだ魚のような目になっている。
ドフラミンゴもそれに同意するように頷いていた。
渋々の体で、彼らは船に乗り込む。

バルトロメオはを前にもじもじと人差し指を合わせていた。
はそれに気づき、首をかしげる。

「私の顔に、何かついているかしら、ロメオさん?」
「じじじじじじつは、ソウルキングのコンサートで一度・・・お見かけしてるんだべ!!!」

バルトロメオは意を決したようにに告げた。
これにはも目を丸くする。

「まぁ! じゃあ、あのコンサート会場に居たのね!?」

「その通りで・・・! “レディ・ゴースト"のMCは癒されるっつーか、元気を貰えるっつーか、とにかく!
 ファンだったんだべ・・・まさか本当に幽霊で、しかも麦わらの一味だったとは!!!!!
 あのシャボンディの演出! 痺れたべ・・・ささささささサイン・・・サインして、」

「却下だ」
「な!? なんでお前がしゃしゃりでるんだべ!!! トラファルガー!!!」
「ロー先生、さすがにそれは過保護よ・・・」

色紙とペンをに差し出したバルトロメオの前に、ローが割って入った。
当然のごとく怒り出したバルトロメオに、
は苦笑しながらも、色紙とペンをとってサラサラとサインする。

「ウフフッ、まさか自分がサインを書くことになるとはね」
「ああ〜・・・あああああ、あり、ありがとうございます〜!!!」

そして勢いづいたのか、麦わらの一味全員に、バルトロメオはサインを強請りに行ったのである。
一行からサインを集めたバルトロメオは、ルフィのビブルカードをいつでも見えるような装置に入れると、
改めて船員たちとともに、ルフィの乗船を歓迎し始めた。

「ぶおォ〜!!! 改めましてようごぞ、
 ごのぶねにご乗船いただき、重ね重ねありがとう存じますだべー!!!」
「ボス!!! 眩しくて顔を見られねェ!!」
「そりゃ左に同じだべ!!」

「全員このノリか・・・」

バルトクラブはまさしく麦わらの一味ファンクラブのような様相を見せていた。
ウソップがどこか疲れたように突っ込んでいる。

腰を落ち着けたルフィはサボの作ったビブルカードを
7人の曲者たちに分け与えたことを思い返しているのか、
樽の上に腰掛けしみじみと呟く。

「やー・・・楽しい宴だったな。あいつら好きになった」

「バルトロメオ、とにかく”ゾウ”へ急げ」

ローがバルトロメオに告げたのをきっかけに、
一味の議題はゾウへと先に向かったサンジたちのことに移った。

「ちゃんと島についてるかな?」
「ナミがいるから航行に問題ねェが、ビッグ・マムの船がどうなったかだな・・・」

ウソップとフランキーの会話を聞いて、は新聞をめくるゾロへと目を写した。
ゾロは先ほどから新聞を持ったまま固まっている。

「新聞に何かあったの? ゾロ?」
「・・・おい、ルフィ、どうやらおれたち懸賞金上がってんぞ?」
「え? 今話をそらさなかった?」

が怪訝そうに首を捻るが、懸賞金が更新されたとあって、
ルフィがあげた歓声にそれはかき消された。

「えー!? 本当か?!」
「あれま! ご存知ねがったですか?! じゃ、おれの部屋に手配書あるんで、どーぞ、どーぞ!」

バルトロメオの部下たちが赤絨毯を敷いて一行を案内する。

「おい! トラファルガー、おめェのは捨てたが”5億”に上がってた。
 あとお前の連れは”1億5千万”だった」

「ああ、そりゃどうも・・・額なんかどうでもいい」
「いや、よくねェ、よくねェよ・・・5億ってお前・・・」

額に対してこだわるところを見せないローと裏腹に、ロシナンテは随分落ち込んだ様子である。
そして何を思いついたのか指を立ててみせる。

「・・・もう一回王下七武海にならねェか? そうすりゃ狙われねェ!」
「できるわけねェだろ!?」
「だよな・・・」

思い切り突っ込まれてロシナンテは肩を落とした。
そうこうしているうちに、バルトロメオの部屋に一行はたどり着く。

額に飾られた手配書を見て各々が歓声をあげた。

ルフィもローと同じように5億。
ゾロは3億2千万。
この二人はどちらも懸賞金が上がったことを喜んでいる様子だ。

ロビンの賞金は1億3千万、フランキーは9千400万ベリー。
ロビンは少々肩を落としている。フランキーは億越えにならなかったことが悔しいらしく、
素顔で2億ベリーにまで懸賞金をあげたウソップに絡んでいる。

サンジの手配書が似顔絵から写真に変わったり、
ナミがグラビアさながらのセクシーな写真で写っていたり、
チョッパーが未だにペット扱いだったり、
ブルックの手配写真がライブポスターだったりと、
ここに居ないメンバーの写真にもそれぞれが感想を述べている。

だが、端にあったの手配書に目を写した時、皆言葉を失った。

「『死者の女王(キラー・クイーン) ドンキホーテ・ 懸賞金4億ベリー』」

自身も唖然として額縁に飾られた自分の顔を眺めている。

「ていうかなんだこの額!?」
「初頭手配でこれは・・・!?」

フランキーもロビンも半ば呆然としていた。

「えっと、・・・ところでこれ、心霊写真と言って差し支えないのでは・・・?」

がなんとか絞り出した言葉はいつものゴーストジョークだ。

「違うだろ!!! そこじゃねェよ!!! 額をみろ額を!!! ゴーストジョーク飛ばしてる場合か!?」

ウソップに突っ込まれたは額に手を当てて、首を横に振った。

「なんだかくらくらしてきたわ・・・、確かに藤虎には懸賞金を吊り上げろと言ったわ。
 言ったけど・・・、せいぜい1億くらいかと・・・私、そんなに悪いことしたかしら・・・?」

だが、がどこか呆然としながら言った言葉に、皆が沈黙した。
ドレスローザ、そしてパンクハザードでがしたことを振り返っていたのだ。

SADを爆破し、ドフラミンゴに喧嘩を売り、ドレスローザの闇の根幹を暴き、
ドフラミンゴの首を刎ね、その身柄を手中に収めた。
その上海軍や世界政府に喧嘩を売ったのが、ドンキホーテ・の今回の戦績である。

皆の視線に、さすがにも頷かざるを得なかった。

「・・・したわね」

しかし、皆が目を丸くしている中、ゾロはどこか冷静に見える。
はそれに気づくと目を眇めた。

「ちょっとゾロ、新聞貸しなさい」
「いや、見ねェ方が・・・」
「いいから!」

ゾロから半ばひったくるように新聞を奪い、記事を眺め回したは、その目を白黒させていた。
新聞では有る事無い事が誇張して書かれ、は悪し様に罵られていたのである。

「『冷酷無慈悲の大悪霊』『兄殺し』『首狩り姫』『実年齢37歳のおそるべき毒婦』・・・!
 なんなのよこの書かれようは!!! 特に最後!!! 年齢関係ないでしょう!!! 失礼しちゃう!!!」

ゾロは、その反応が予想できたのかため息をつく。

怒りが収まらないのかは頬を膨らませた。
ワンピースの裾がの心情と呼応するように燃えている。

「それに『悪霊』とか『兄殺し』はわかるわよ、ほぼ事実だし!
 何なのよ『首狩り姫』って!
 まるで私が猟奇殺人者みたいじゃないの!?」

「いや、お前・・・全部大概だと思うぞ・・・そんで事実と認めるのかよ・・・」

ロシナンテが力なく突っ込む。
ドフラミンゴも腕を組んで首を捻った。

「・・・執拗におれの首を狙ってたからそんな風に書かれるんじゃねェのか?」
「好き好んで切ろうとしてたんじゃないもの!」

の言葉に、ロビンが尋ねた。

「ちなみにどういう理由だったの?」
「え?・・・持ち運びやすいし、首から上があれば意思疎通ができるし、
 あと反撃されたら困るから、安全だと思えるまで手足がないほうが便利というか、」

が指折り数えて告げた理由に、一行は一歩引いている。

「お前・・・」
「さすがに不憫になってくるぞ、おれは」

ローやルフィですら憐憫の視線をドフラミンゴに送っていた。
ドフラミンゴは乾いた笑いを零す。

「フッフッフ、お前の自業自得だ、・・・」
「はァ・・・」

も諦めた様子で、新聞をドフラミンゴへと手渡した。
ドフラミンゴもパラパラと新聞を流して読む。
すると、手配書が一枚床に落ちた。どうやらバルトロメオが取り忘れていたらしい。

「おれの懸賞金も復活してんのか。・・・7億ベリー、過小評価じゃねェか? なァ?」
「なにィ?!」

ドフラミンゴの新たな手配書にロシナンテが声を上げる。
ドフラミンゴが新聞を読み進めると額の理由を見つけたらしい。

「・・・ドンキホーテ・の能力により幽霊になっていること、
 ドンキホーテ海賊団が解散したことなどから懸賞金が7億で収まったと。なるほどな。
 小僧どもより上ならまァ、面目も立つか・・・」

ローとルフィに目を向けて笑ったドフラミンゴに、ルフィがムッとした様子で食ってかかる。

「あっ、お前今バカにしただろミンゴ!? 言っとくけど戦ったらおれが勝つからな!」
「抜かせ若造」

鼻で笑うドフラミンゴにルフィがぷりぷりと怒り出した。

「はァ!? そんなこと言うならおっさんだろお前なんか! ”変なグラサンのおっさん”!」
「なんだと、このくそゴム・・・!」

「どうでもいい」

こめかみに青筋を浮かべるドフラミンゴに、ローは呆れた様子で呟いた。
も「大人げないわね」とため息をこぼしている。

そして、ロシナンテが何に気がついたのか声を荒げた。

「あああ!? ついに兄妹全員賞金首になっちまったぁああああ!!!
 センゴクさんにも天国の親父とお袋にも会わせる顔ねェよぉ・・・!」

床に手をついて嘆くロシナンテに、ドフラミンゴが声をかける。

「・・・海賊なんだ。どのみち全員地獄行きだろ? 顔合わせなくて済むぞ、ロシー」
「うるせェドフィ! 気持ちの問題だ、こう言うのは!!!」

そのやりとりに笑みを浮かべたは、改めて額入りの手配書を見て、首を捻る。

「それにしても、やっぱり心外だわ『死者の女王』だなんて・・・、
 ソウルキングと対になってるのはいいけど、私は女王様って柄じゃないのに」

「いや、結構ハマってると思うぞ」

ウソップの言葉に、その場にいた大半が心中で頷いていた。