我儘幽霊の立てた作戦


時は遡り、パンクハザード。

「私が欲しいのは、”Happily ever after”
 めでたしめでたしで終わる結末」

はそう言って作戦を語り始めた。
突拍子もなく、上手くいく根拠も薄い、まるで綱渡りのような作戦を。

「私はドフラミンゴに、”デービー・バックファイト”を持ちかけるつもりよ」

「”デービー・バックファイト”・・・?」

の提案に、皆一様に首をかしげた。
もちろんそれが何なのかは知っている。
だが、ドフラミンゴにそれを仕掛けるとは、どういう事なのだろうか。

「そう、海賊のゲーム。ルフィたち、一回やったことがあるんでしょう?」
「あァ」

頷いたルフィに、は目を伏せた。

「・・・悔しいけど、私とドフラミンゴの間には、天と地ほどの差があると思う。
 単純な戦闘能力はもちろんそうだけど、海賊としての経験も。
 だからまず、私とドフラミンゴが”対等”にならなきゃダメなの。
 デービー・バックファイトなら、なんとか勝負になるかもしれない」

はどういう手順を踏むのかを説明する。

まずモネとシーザー、ヴェルゴとの人質交換の場でデービー・バックファイトを持ちかける。
賭ける対象は人質3人と自身だ。

また、ゲームの内容は「3つの問いかけ」をして、ドフラミンゴに答えさせるという、
通常のものとは違う変則的なルールをは考えているらしい。

「でもよ、あれは、船長同士の同意が必要なゲームだろ?」

ウソップの指摘に、皆難しい顔をした。
サンジもそれに続くように、首をひねりながらルフィに目を移す。

「それにお嬢さんの考えてる方法だと、
 ルフィがドフラミンゴに問題を出す必要があるな。
 ・・・」

 まずそういったことに、ルフィは向いていない。

麦わらの一味、ルフィを除いた船員の心は図らずも一つになった。
自身も少々無理があるとは思っているのか、おずおずと
ルフィに提案する。

「・・・ルフィ、お願いできる?」
「ん~、」

ルフィはなぜ仲間たちが微妙な目を向けてくるのかはわかっていなかったものの、
どうもの提案に納得しかねるのか、真面目な顔で言った。

「でもよ、これはお前の喧嘩だろ。おれが出しゃばるのは違うぞ」
「・・・」

は俯く。ルフィの言うとおりである。
兄妹喧嘩なら、自分の手で直接決着をつけたいと言う気持ちも、もちろんある。

「どうしても、デービー・バックファイトじゃなきゃダメなのか?」

チョッパーが首を傾げている。
は前髪を掴み、頷いた。

「・・・、他の方法だと、被害が大きくなりそうで。
 なるべく、ドレスローザの人たちは巻き込みたくないし、」
「そりゃあ、それに越したことはねェが、」

フランキーもの意見には頷いたが、
どうもデービー・バックファイトと言う方法に問題があるような気がしてならないと
渋い顔をする。

一旦意見が膠着し、重苦しい沈黙が漂った時、
膝を打ったのはルフィだった。

「わかった! じゃあが船長になればいいじゃねェか!」

「え?」
「は?」

間抜けな声を上げる皆をよそに、ルフィは自分の思いつきに満足げに頷いている。
被っていた麦わら帽子を取り、に差し出した。

「ゲームやる時だけ、この帽子を貸してやる!
 ゲームの間はが船長だ!そしたら問題ねェだろ!」

は目を見開く。

ルフィの被る麦わら帽子。
それがどう言う経緯で彼のトレードマークとなったのかは、もよく知っている。

赤髪のシャンクスから預かった大切な帽子、宝物。
海賊旗にも掲げられた、ルフィの海賊としてのシンボル。

「、ルフィ・・・」

は思わず呼びかけたが、当のルフィ本人はいつものように朗らかに笑って、
に麦わら帽子を差し出している。

「お、おいおい。本気か!?」

ロシナンテは麦わら帽子の意味はわからないものの、
船長の座を一時的とはいえ、譲ると言い切ったルフィに目を白黒させていた。
ローも絶句した様子で、ルフィを唖然と見つめている。

だが、それとは対照的に、麦わらの一味は落ち着いていた。

「確かにそれなら大丈夫だと思うわ。一時的な船長権限の譲渡。いいんじゃない?」

ロビンが簡単に言うが、はまだ戸惑っていた。
そこに、ゾロが鋭く問いかける。

「・・・、お前”絶対”負けない自信はあるか?」
「え、」

ゾロは厳しく、にその責任を突きつけた。

「おれたちは全員船長にてめェの命を預けてる。
 全部背負って立つだけじゃねェ。負けねェ覚悟はあんのかよ」
「・・・!」

は息を飲む。
ゾロの言葉は重く、に響く。
だからこそ、は誠実に答えた。

「ごめんなさい、嘘は吐けない・・・”絶対に負けない”とは言えない」

ゾロのこめかみに青筋が浮かぶ、だが、はなおも言葉を続けた。

「だけど、手段は選ばないわ。どんな手でも使う。
 必要なら鬼にでも悪魔にでもなってみせる!
 私はみんなの信頼を”裏切ったりはしない”!! ”絶対”よ!!!」

しん、としばしの沈黙が過ぎる。
ゾロとは睨み合うようにお互いを見つめていたが、
やがてゾロの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

「・・・ま、及第点だろ」
「おう、そんだけ啖呵切れんなら十分だ!」

ゾロに続いて、フランキーがサムズアップしてみせる。

「ヨホホホ! 大丈夫ですよ、お嬢さん。
 あなたの柔軟な発想と、タブーを持たない行動力は、なんていうか、そう!
 ”悪魔的”です! あなたは幽霊ですけれど!」

ブルックはいつも通り、ギターをかき鳴らしながらおどけていた。

「しょうがない、付き合ってあげる!」
「怪我は治せるけどよ! あんましねェように、気をつけろよ!」

ナミは腰に手を当てて苦笑し、
チョッパーは医者としてを気遣うそぶりを見せている。

「よし!
 ここはキャプテン・ウソップが”船長”としての心得を教えてやろう!
 ありがたく聴きやがれ!」

ウソップがハキハキと提案する。普段なら一番に心配するような事柄なのにだ。
それを見たサンジが喉を鳴らすように笑い、そのままに笑顔を向けた。

「みんなこう言ってるぜ?
 ”レディでゴーストなキャプテン”。いい響きじゃねェか!」

麦わらの一味は皆を信じている。
は目尻をぬぐい、笑いかけた。

「みんな・・・、ありがとう・・・!」

それに、麦わらの一味は笑顔で答える。

「あ、あと、お願いがあるんだけど、」
「ん? なんだ?」

は何か思い出したようにルフィに尋ねた。

「ドフラミンゴを仲間にするか、捕虜にする許可が欲しいの」

「ん?」
「え?」
「あ?」

それぞれがの提案を飲み込むのに時間がかかり、そして。

「はあああああああああああああ?!?!?」

各々叫ばずにはいられなかった。
は顔の前で両手を合わせ首を傾げてみせる。

「ダメ・・・? お願い! 面倒は私が見るから・・・!」
「いや、いやいやいやいや! 拾ってきた犬じゃねェんだからよ!?」

ウソップがブンブンと首と手を横に振っている。
こめかみに汗を滲ませたローが、難しい顔をしてに尋ねた

「・・・3つ謎かけを出して、ドフラミンゴに答えさせるっていうのはわかった。
 で、お前が勝ったとして、大人しくドフラミンゴが着いてくると思うか?」

「そこは大丈夫、私がドフラミンゴを幽霊にするから」

胸を張ってみせたに、またしばしの沈黙が過ぎる。
皆頭に疑問符を浮かべていた。

、お前そんなこともできんのォ!?」
「ええ、ちょっと危ないんだけど、大丈夫!」

ロシナンテの声が驚きのあまり裏返っている。
の言うことに心当たりがあったのはブルックだ。

「まさかピオニアでお嬢さんが言ってた”とっておき”というのは・・・」

「ええ、私が食べたものを食べると、その人は一時的に幽霊になるのよ!
 そういう神話があって、できるんじゃないかと思ったの!」

ブルックは「はァ~、そう言うものなんですか~・・・」と半ばあきれた様子で頷いていた。

「前から思ってたけど、もうなんでもありよね、悪魔の実」

ナミが腕を組んでため息をつく。当のは苦笑していた。

「ウフフ、だからちょっと条件が厳しいのよね。
 まず相手は必ず私が口にしたものを食べなきゃいけないし、 
 ・・・まぁ、他にも色々。だけどその分効果は抜群なの!」

が何か誤魔化したことにローは気がつき、眉を顰めた。
だがローが疑問を投げかける前に、は”とっておき”のメリットを説明し始める。

「幽霊になってる間は悪魔の実の能力は使えなくなるし、
 私が覇気を込めて命令したら、必ず言うことを聞かなきゃならないのよ、
 たとえ私よりも格上の覇気の使い手であっても!」

「それは・・・!」

ロシナンテとローは思わず声を上げた。
の言うことが本当ならドフラミンゴを完全に無力化させることができる。

「確かに強力だ、・・・成功すればの話だが」

ローの言葉に、は頷くと、ずい、とルフィに迫った

「だから! ドフィ兄さんの手綱はちゃんと!
 この私が責任を持って! なんとしてでも引いておくので! お願いするわ!!!」
「お、おう・・・?」

ルフィがの圧に押されているのを見て、ゾロが呟く。

「突拍子もねぇことをテメェはよくもまァ・・・」

だが、が突拍子も無いことはこの場にいる全員知っていることだった。
こうして、パンクハザードの作戦会議はまとまっていったのである。



ドレスローザ、カルタの丘、キュロスの家。

ドフラミンゴを幽霊にし、デービー・バックファイトに勝利したは今、眠り続けている。
幽霊は眠らないと常々言っていただが、幽霊のまま意識が戻らない状態だった。
覇気を用いてローが診察したが、容体には特に問題がなく、原因は極端な疲労らしい。

ローたちはとドフラミンゴが立ち去った後、
らを追いかけようとしたトレーボルやモネたちを下してみせた。
それからすぐに、彼らは待ち合わせ場所にしていたキュロスの家へと向かった。

そこで幽霊のまま床に倒れ伏した
いつの間に戻されたのか生首のまま途方に暮れていたドフラミンゴの姿を見たとき、
ローたちは寿命が縮まるような思いをした。特にベラミーは飛び上がるほど驚いたものだ。

最後までに振り回された格好である。

ようやく落ち着いてきたところで、誰ともなくため息が聞こえた。
その中の一人だったドフラミンゴが口を開く。

「・・・おそらくおれを幽霊にした副作用もあるだろう」
「副作用?」

ローに床からテーブルへ移動させられたドフラミンゴに、
ベラミーが思わずと言ったように口を挟むと、視線がベラミーへ向けられる。

「他人を幽霊にするこの能力、仮に”幽霊化”としようか、
 ・・・これは”不老手術”や”復元能力”に相当する力だ。
 なんのリスクもなしにはできねェよ」

ロシナンテはドフラミンゴの推察に顔色を蒼白にした。

「な、た、確かにリスクがあるとは言ってたが・・・じゃあ結局は死ぬのか!?」
「縁起でもねェこと言うな!!!」

ルフィがロシナンテの肩をどつくのをドフラミンゴは面白そうに笑い、
唯一動く顎をに向けてしゃくってみせる。

「いいやァ? そこはこいつらしくリスクを分散してるぜ」

不思議そうな顔をしたロシナンテとルフィに、ドフラミンゴは講釈した。

「幽霊でいる間、おれとの寿命は等分されてるみてェだな、
 結果おれの寿命も減っている」
「!?」

「・・・わかるのか、ドフラミンゴ」

ローが眉根を顰めて尋ねると、ドフラミンゴは頷いている。

「お前らも能力者ならわかるはずだ。
 自分の能力でどう言うことができるのか、できないのか。
 感覚でな。・・・それに近い」

奇しくもこの場にいるのは全員悪魔の実の能力者だ。
皆悪魔の実を口にしたばかりの頃は能力を使いこなすことが難しかったが、
経験の中で技術を磨いてきた。

しかし、そんな中でも不思議と何ができて、
何ができないのかは初めから理解できていたようにも思える。

特にドフラミンゴは熟練のイトイトの実の能力者だ。その能力は覚醒の境地に至っている。
また、悪魔の実の取引のエキスパートでもある。
能力者としての勘とブローカーとしての経験が、
の為した”幽霊化”のメリット、デメリットを極めて正確に導き出していた。

「おれか、どちらかが死んだ場合は一連托生でもう片方も死ぬ。
 つまりおれァ死にたくねェなら、を守らなきゃならねェ。
 ・・・まァ、信用されてねェらしく、おれはこうして生首になってるわけだが」

そして、どうやらドフラミンゴが五体満足な姿に戻るにはの制御を待たないとダメらしい。
生首のまま深くため息をついたドフラミンゴに、ロシナンテがイヤイヤ、と手を振った。

「信用とかどの口で言ってんだよ、当たり前だろ。
 お前胸に手ェ当てて自分のやってきたこと考えてみろ、
 ・・・いや、今は無理だけどな、首だけだから」

「そりゃそうだ! あっはっは!」

「お前ら・・・」

ルフィも腕を組んで大きく頷き、笑っている。
一度は心底憧れた男に向けられるあまりに不遜な態度に、ベラミーは諦めたような顔をする。

ドフラミンゴは不服そうに唇を引き結んだが、
先ほどから黙って難しい顔をしているローを見つけると、何を思ったか意地悪く笑みを浮かべた。

「そう言うわけだ。せいぜいおれの健康についても気を配ってくれよ? 妹の元主治医殿」
「・・・不本意にもほどがある」
「フッフッフッフ!」

が長く生きるためには、ドフラミンゴも長く生きなくてはならない。

ローは苦虫を噛み潰したような顔をして、愉快そうに笑うドフラミンゴを一瞥した。