アガスティアの葉 04


その日の夜。
コラソンは眠ったフリをする私と、ローに布をかけた。
ローと手をつないで目を閉じた私に、コラソンは呟く。

「お前達は本当に仲がいいな」

その声色にはどこか羨望の様なものが滲んでいた。
続けて、コラソンも旅の疲れが出たのだろうか。
弱気な言葉が続く。

「何をやってんだ。おれは。
 悲劇の町に生まれたガキ共に、散々悲劇を思い出させて。
 結果少しも良くなりゃしねェ・・・!
 の言うとおりだ。
 とっくに目的なんざ見失っちまってる」

パリン、と何かが割れるような音がした。
そう言えばコラソンは今日夕食時に珍しく酒を飲んでいた気がする。

「”D”のためか・・・?いや、そんなことどうでも良いんだ。
 おれはずっと・・・同情してた。
 傷つけるだけのこんなバカに、言われたかねェだろうが、
 まだ幼いクソガキが、『おれはもう死ぬ』なんて、可哀想で・・・!
 『本当は死にたくない』って、なんでそんなことをコイツらが言わなきゃならねえんだ。
 このくらいのガキなら、もっと他に、望むことがあるだろう・・・!」

コラソンは、嗚咽していた。
私は思わず奥歯を噛み締めた。
そうしないと私まで泣いてしまいそうだった。

「なァ、ロー・・・、
 あん時、お前はおれを刺したけど、痛くもなかった・・・! 
 痛ェのは、お前の方だったよな・・・可哀想によォ・・・!」

堪えきれなかった。涙がボロボロと零れる。
ぎゅうっ、と手を握られた。
ハッとして目を開くと、ローも涙を流していた。

震える唇で何か言おうとして、閉じる。

もう分かっている。
コラソンが何か見返りを求めて私たちに心を砕いているわけではないことも。
私たちを本当に、大事に思ってくれているのだと言うことも。



朝食の準備を二人で終えると、コラソンの元へローが小走りで行く。

「コラさん、オイ!コラさん!起きろ!朝飯作ってやったんだから、早くしろよ」
「・・・!?」

コラソンは目を開けると、何が起こったのか分からない、という顔をした。

「どうしたの、コラさん、食べないの?」
「いや、お、お前ら、今”コラさん”って」
「良いから食え!朝飯!」

ローが照れ隠しからかコラソンを怒鳴る。
コラソンは驚いた顔をして、それから少しだけ眉を八の字にして笑った。
あ、本当に笑ってる、と私は思った。
励ますためでも、道化を演じているわけでもない笑顔だった。
私はもしかしてはじめて見たかもな、と思いつつ、口元を少し隠した。

食事を終えても、コラソンは私たちに”コラさん”と呼ばせたがった。
ローはしつこい!とうんざりしているが、私は素直にコラさんと呼んでみる。

「コラさん」「!・・・もう一回頼む」
「コラさん」「!・・・もう一回だ」
「コラさん」「!・・・もういっか」
「うるせェ!お前ら付き合いたてのカップルかよ!
 ・・・ふざけんな!おれの妹に何やらせてんだ、コラさん!テメェ!ぶん殴るぞ!」
「ち、違う!でも”コラさん”って呼んでくれるんだな、ロー!」

自分で突っ込んでおいてムカついたらしい、ローがコラソンの肩をどついている。
コラソンは否定しつつもローに”コラさん”と呼ばれて嬉しそうだ。
こういうふざけた掛け合いができるのも打ち解けた証拠である。

微笑ましく見ていると、でんでん虫が鳴りだした。

「コラさん、でんでん虫鳴ってる」
「そ、そうか。うん、わかった。出よう」

コラソンが気を取り直して受話器を持つと、でんでん虫が笑みを浮かべた。

『ーおれだ、コラソン』

その場に緊張感が漂う。
ドフラミンゴだ。

ドフラミンゴは我々の無事を確認すると安堵した様子だった。
医者についてもやはりドフラミンゴは正しい認識を持っていたようで、
コラソンが助けられる様な医者は居なかったと答えると「だろうな」と返した。

『2人を連れて船に戻れ!病気を治せるかもしれない・・・!
 ”オペオペの実”の情報を手に入れた』

コラソンの表情が変わった。
ローは首を傾げていた。
悪魔の実は種類が多過ぎて、どんな実があるのかは把握しきれない。
初めて能力者と会ったのも、ドフラミンゴファミリーに来てからだ。
だが、私は確信していた。

”オペオペの実”
間違いなく、ローの命をつなぐ悪魔の実だ。
”記憶”もその直感を肯定している。
問題があるとするのなら・・・。

私はコラソンを見る。
コラソンは難しい顔でドフラミンゴの話を聞いていた。

『手に入れたら能力の性質上、最も信頼出来る者が、これを食う必要がある・・・、
 お前が食え、コラソン・・・!そして、ローの病気を治すんだ』

コラソンが驚いた様子を見せる。
だが、私もドフラミンゴの出した結論にしては、
少しおかしいところがあると感じていた。

ドフラミンゴが別れの挨拶を告げて受話器を置いたらしい。電話が切れる。
コラソンは喜色を浮かべてローと私を抱き締めた。

「喜べ!ロー!!」
「わっ」
「!?」

コラソンはそのまま我々を抱き上げた。

「生きられる可能性が出て来た!
 ”オペオペの実”が手に入れば、お前の珀鉛病もきっと治る!」

喜ぶコラソンに反して、ローは戸惑うばかりだった。

「”オペオペの実”って・・・?」
「人体改造能力だ!奇跡的な手術で、未知の病気も治せるらしい」
「そんな魔法みたいなことできるのか・・・!?」

ローが唖然とする。私はますます疑問が深まっていくのを感じていた。
そしてその疑問はコラソンによってより深いものに変わる。

「そうさ!魔法じゃねェ・・・医療の知識がいる!」

コラソンは我々を地面に下ろして、諭すように言った。

「だからお前が食うのにうってつけなんだ、ロー!」
「おれ?ドフラミンゴは、コラさんに食わせるって・・・」
「”悪魔の実”は二つ食えば死んじまう。
 ドフィはおれが能力者だと知らねェからそう言ったんだ」

本当に、そうだろうか。
私は口を開こうとするも、コラソンが結論を出す方が速かった。

「おれたちはもうファミリーには戻らない!」
「え!?」
「・・・どういうこと?!」
「この旅が長引いた時から、そう決めてた。
 ドフィはもうおれを裏切り者と見抜いているハズだ。
 ドフィが”オペオペの実”を食えというのには、もう一つの意味がある」

疑問符を浮かべる我々に、
コラソンは我々にオペオペの実を奪ったら、
身を隠して暮らそう、と告げ、どこかへでんでん虫をかけ始めた。



海を出る準備をする。
コラソンは、きっと海兵なのだろう。
でんでん虫の相手は、恐らく海軍の将校だ。
ローもそれに気づいている。複雑な顔をしていた。

私はこれからのことを考えていた。
ドフラミンゴのこと。世界政府、海軍のこと、ローのこと。
コラソンのこと。そして自分自身のこと。
色々なことが頭の中を駆け巡り、結論が出かかった。
その時だ。
リュックに荷物を詰めていたローがその場に倒れたのだ。

「お兄さま!?」

駆け寄ると酷い熱だった。
私の声に驚いて振り向いたコラソンが焦っている。

「どうしたらいいんだ!?」
「コラさん!タオル濡らして!
 薬は私の常備薬があるから!真水ある!?」
「わ、わかった!」

私はローの汗を拭い、コラソンに渡された濡れタオルをローの額にあてる。

「お兄さま、口開けて、薬を飲ませる。いい?」

ローはうなされながらも頷いた。
しんどそうなそぶりだが、口を開いてみせる。
錠剤を口に放り込み、水を飲ませた。

「ゆっくりでいい。飲んで、」
「なぁ、大丈夫なのか、ローは!?」
「・・・今飲ませた薬も、解熱効果があるだけ。
 これで、薬が効けば脱水症状とかは防げるはず。
 でも、ローは珀鉛病の進行がここ最近早まってたから、
 ・・・どうなるかわからない」
「そんな・・・!」

コラソンは涙ぐんでいる。
私は意を決してコラソンに向き直った。

「行こう。
 ・・・ローを励ましてあげて、コラソン。
 例え気休めでもいいから、それだけで私たちは生きようって、
 病気なんかに負けないって思えるの・・・!お願い・・・!
 私たちに生きてて欲しいって、言って・・・!」

コラソンの手を取って言うと、コラソンは私の手を握り直して、頷いた。

「それしかおれには出来ねェけど・・・、道中の看病は頼む。
 絶対オペオペの実は手に入れる!お前も、ローも死なせはしない!
 生きてくれ、頼むよ・・・!」
「うん、うん・・・!ありがとう、コラさん・・・!」

泣きながら私は出航準備をした。
ローがああも苦しんでいるのに、私は嬉しくもあった。
生きていて欲しい、と言われることが、
こんなにも喜ばしいことだと、私は初めて知った様な気がした。



ミニオン島に行く途中、大嵐にも遭遇した。
ローはコラソンが海兵ではないかということを問いつめていたが、
コラソンは頑固に認めようとしなかった。
ローは嘘だと分かっているはずだ。
それでも、それが、優しい嘘だと分かるから、無理矢理笑ってみせるのだ。

嵐を抜けると、それまでの荒天が嘘のように静かな海が続いた。
ローは意識を失ったように眠っている。
私も時々身体が酷く痛むようになった。
進行が遅いとはいえ、私も珀鉛病に犯されているのだ。
私はミニオン島に付く前にどうしても、コラソンと話がしたかった。

「コラさん。ドフラミンゴのことなんだけど・・・」
「・・・どうした、。まさか、今更戻りたいとか言わねえだろ?」

コラソンは少し不安そうな顔をした。
私はそれに首を振る。

「違う。でも、気になることがあって・・・」
「なんだ?」
「ねぇ、オペオペの実って、本当に、病気を治せるだけなの?」

コラソンはハッとした顔をする。

「それに、コラさん、その実を扱うには医療知識が必要だって言ったよね」
「あ、ああ。そうだ」
「ドフラミンゴも、それ、知っているんでしょう。
 ・・・コラさんに食べさせようとするの、ちょっとおかしいと思う。なんで?」

コラソンは深いため息を零した。

、お前は本当に、11歳なのか?」
「いいから、答えて」
「・・・オペオペの実の能力者は、その命と引き換えに、不老手術をすることが出来る」
「”ふろう手術”?」
「歳を取らなくなるんだ」

私は息を飲んだ。

「え?ふろうって不老!?
 それって、他殺か自殺かしない限りは若いまま生き続けるってこと!?
 なにそれ!?怖ッ!」
「お、落ち着け、

思わず声を荒げた私に、コラソンがおろおろしている。
私は軽く咳払いをして、コラソンに話を続けるよう、促した。

「・・・ドフィはおれにオペオペの実を食わせて、
 不老手術をさせる気だ。
 ・・・逆らえねェおれを犠牲に、”永遠の命”を得る腹なんだろう」
「ええ?そう、かなぁ?」

首を傾げた私にコラソンは不思議そうだった。

「そう考えるのが普通だろう?」
「いや、だってコラさん、ドジだよ?しかも超の付くドジ。
 私、コラさんは医者になっちゃいけないと思う。
 ドジって医療ミスとか、本当シャレにならないよ・・・?」
「グッ・・・ぐうの根も出ない・・・!」

コラソンが心臓の当たりを抑えている。
それなりにショックなのだろう。私は構わずに話を続けた

「だから、ドフラミンゴがもし仮に不老手術をやらせたいとして、
 『ドジっちゃった』って失敗したら、コラさん死ぬし、ドフラミンゴも死ぬ可能性ない?
 そんなことさせる?あの、ドフラミンゴが?」
「確かに・・・、いや!でも、なら、どうして」

私は目を瞑る。説得出来る機会は今しかない。

「・・・私の、予想だけど。
 コラさんの言うとおり、ドフラミンゴはコラさんが裏切り者って、分かってると思う。
 それでも信じてるって、オペオペの実を食べさせようと思う位、一番に信頼してるって、
 そう、言いたかったんじゃ、」
「違う!」

コラソンは怒鳴りつけるように言葉を遮った。
驚いた私を見て、コラソンは途方に暮れたような顔を見せた。

「・・・違う。、お前を怖がらせるつもりは無かった。
 でも、違うんだ・・・、あいつはそんな奴じゃない」
「・・・なにをしたの」

コラソンの取り乱しようは尋常じゃなかった。
とてもじゃないが、ドフラミンゴの元に帰ろうだなんて、説得出来そうにない。
あれほどコラソンに甘かったドフラミンゴだ。
決定的な証拠が無い限りは、他の幹部が何を言っても抑えることが出来るはずだ。
抜け出す機会なら後に幾らでもあるはず。そう思っていたが。

「ドフラミンゴは、コラさんになにをしたの・・・?」

コラソンが観念したようにぽつぽつと語りだした。
昔貴族だったこと。貴族の地位を捨て、民間人として生きることに決めた父のこと、
貴族を恨んでいた民衆に殺されかけ、拷問を受けたこと。
それを父のせいと断じたドフラミンゴが、
コラソンの目の前で、その手で、父親を殺したこと。

私は言葉を無くしていた。
同時に理解した。説得出来るはずも無い。
コラソンがドフラミンゴを”化け物”と罵った理由がそこにあった。

「ドフラミンゴは血のつながった家族でも平気で殺せる・・・!
 お前達兄妹とは違うんだ!
 だから、の言う様な、そんな、信頼なんて、」

私は何てことをしてしまったのだろう。

「コラさん・・・ごめん、ごめんなさい」

コラソンの背中を撫でる。
ドフラミンゴが私たち兄妹のつながれた手に注いだ視線の意味も、
コラソンが時折私たちを羨むような目で見る理由も分かった気がした。
コラソンは私の顔を見て、深呼吸して、向き直った。

「・・・悪かったな、お前も辛いのに、取り乱して」
「わ、私のことは良いよ。私こそ、辛いことを思い出させて、」
「良いんだ。昔のことだから。それよりも、今からのことを考えよう。
 なあ、オペオペの実はハートみたいな形をしているらしい。
 おれの食べた、ナギナギの実はレモンみたいな形だった。
 ・・・死ぬ程不味かった。正直2度と食べたくない。
 きっとオペオペの実も不味いんだろうなァ、
 でも、それで命が助かるなら、安いもんだ、そう思うだろ?」

コラソンは笑う。空元気の笑みだ。
それでもコラソンは私に笑いかけてくれた。

「うん。ありがとう・・・コラさん」

私は目を閉じる。
失敗だった。
恩人の傷を抉る様な真似をして、私は一体何をしているのだろう。
それでも、私は生きていて欲しいのだ。
ローと、コラソンに、絶対に。
たとえ、自分の命を投げ出してでも。