アガスティアの葉 +a
ドフラミンゴは、その場からもう一歩も動けそうになかった。
麦わらのルフィに負けたのだと理解はしていても、認め難い屈辱を味わっていた、その時だ。
「久しぶりだね、ドフラミンゴ」
瓦礫に塗れ、地に落ちたドフラミンゴに、一人の女が名前を呼びかける。
億劫だが目を開くと、随分と懐かしい顔である。
ドフラミンゴを仇敵としてもおかしくない人物だった。
しかしその動作には何故だか敵意は見受けられない。
ドフラミンゴの疑念を感じ取ったらしい女が軽く首を振ってみせた。
「ああ・・・なんでトドメを刺さないのか不思議なの?
私はロー程には、あなたを憎んでは居ないんだよ。
私には、あなたも糸でがんじがらめになってるように見えたからね」
「フフフッ、今更おれに挨拶とはな、遅すぎるんじゃねえか?・・・」
ドフラミンゴがシニカルな笑みを浮かべる。
サングラスの無いクリアな視界で見るは記憶や、
あるいは手配書で見るよりも幾分成長を感じさせた。
丸かった頬は美しいカーブを描き、その声色は女性らしい艶やかさを含んでいる。
はドフラミンゴに頷いてみせた。
「そうね。・・・ところであなた、変な人ね。
なぜローにあんな嘘を吐いたの?」
「嘘?」
「弟を、コラソンを、目障りだとも、
殺して清々してるなんて思ったことなかったんじゃない?」
どこで聞いていたのだろう。
思わず黙り込んでを睨むと、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「・・・やっぱりね、そこでそうやって睨むなんて、
図星だって言ってるようなものじゃない。あなたらしく無いな」
「・・・お前は酷い女だな、おれの胸の内を暴いて楽しいか?」
幼い頃からの生意気な口は健在なようだ。
はドフラミンゴに近づいた。
ローに一矢報いるべく、の命を奪っても良いか、
という思考が一瞬ドフラミンゴの脳裏によぎるが、
それよりも先に、が呟く方が速かった。
「運命」
「あァ?」
「それがあなたの運命だった。
自身の父を殺し、弟を殺し、王様になった。海賊として名を馳せた。
そしてその果てに、ローと麦わらに倒される。
神様の書いた筋書きの通りに、物事は進んだ。
だってあなたが万全の状態なら、ローも麦わらも、敵うはずなんか無かったもの」
しゃがみ込んでドフラミンゴに目を合わせるは、簡単に言ってみせた。
思わず息を飲む。
「・・・お前」
「殺したくないなら殺さなきゃ良かったのにね。
・・・どんな気分だったの、血のつながった家族に、鉛玉を打ち込んだ時って。
右腕にしようと育てた男の、右腕を切り落とした時って」
の目が光っている。
知性と狂気の狭間、予言者のように、はドフラミンゴへ囁いた。
「コラソンはあなたを愛してたよ。
あなたがコラソンを大事に思うのと、同じ位には」
「ローだってあなたに感謝してる。
あなたに生かされた部分があるって、そう感じていた。
だからあなたを止めたいとも思ったんじゃないかな。
きっと素直に認めはしないだろうけどね。
”コラソン”の本懐を遂げるというのは、そういうことだよ。
憎んではいても、その本質は、復讐でも、恨みでもない」
「・・・やめろ」
の言葉はドフラミンゴには何故だか痛烈なものとなって響いた。
だがは、そのまま言葉を続ける。
「あなたは運命に負けた。
だから、運命に打ち勝って得るはずだったものは手に入らない。
もう二度と」
「黙れ!・・・、お前は何だ、何をしにここに来た」
殺すわけでもない。復讐するわけでもない。
なにをするわけでもなく、はドフラミンゴを見下ろした。
それが一番ドフラミンゴの嫌がることだと、知っているかのように。
「ローは嫌がったけどね、
話がしたかったんだよ、ドフラミンゴ。
運命に勝てなかったのは、私も同じだもの」
は緩やかに言う。
「運命の糸車を持っているのはあなたじゃないし、
アガスティアの葉を読むことはできても、
葉脈を書き換えられる力は私には無かった。
・・・あるいは無意識のうちに、どこかで誰かが選んだのかもね、この未来を」
ドフラミンゴはを睨む。
神託を告げる巫女のような口ぶりの女が口元に指を当てて微笑んだ。
「そうそう、私、能力者になったの。
知ってた?
”安眠において、右に出る者はいない”
そんな力なんだけどね。
ローの隈は癖になっちゃって取れなかったけど、
・・・”サイレント”」
その仕草と能力にどういうわけか弟の姿を幻視して、
ドフラミンゴは目を見開いた。
ローの能力と同じ様に円形のドームが発動する。
静寂がその場を包み込んだ。
の手がゆっくりとドフラミンゴの目蓋を覆う。
それに従って、不思議と抗い難い睡魔がドフラミンゴを包んだ。
に言いたいことも、聞きたいこともあったが、
どれも敵いそうになかった。
「おやすみなさい、ドフラミンゴ。
退屈が嫌いなあなたに、インペルダウンはさぞ苦痛だろうし、
ローのつけた傷はあとあと響くだろうけれど、”今度は”うなされないと良いね。
・・・お大事に」
その言葉が、ドフラミンゴの聞いたの最後の言葉だった。