アガスティアの葉 ???


運命が変わったのは、私がその果実をコラソンの手から
無理矢理に奪った時だったのだろう。

二人が唖然としている隙に、私はその実を飲み込んだ。
コラソンは怒り、ローは呆然としていたが、飲み込んでしまったものは仕方ない。
コラソンもローも、諦めたようだった。

それに、コラソンが思いの外重症だったのも、
その場がなぁなぁになってしまった要因の一つだと思う。

コラソンに頼まれ、ローが筒を海兵に渡そうとその場を離れた隙に、
コラソンを逃がそうとした私を、コラソンは当て身で気絶させた。
気づいた時には、ローと宝箱の中だ。

もしも私が何の能力者でもなかったのなら、コラソンを救うことも出来ず、
我々は絶望していたに違いない。

だが、もう既に、運命は変わっている。

どうすれば良いのかは、この身体に宿った悪魔と、記憶が教えてくれた。
外に降った雪と自分の身体の位置を交換すればいいのだ。
大きく息を吐いて、手の平を返す。

「”Room””シャンブルズ”」



ゆっくりと目を開けば、半年振りの顔が並ぶ。
ドンキホーテ海賊団。その幹部達。
そしてコラソンに銃口を向けるドフラミンゴ。

私は能力が上手く展開したことを知った。
思わず唇には笑みが浮かんでいたはずだ。

突然現れた私にその場にいた誰もが息を飲んだ。
私は用意していたセリフをなぞる。

「・・・交渉をしましょう、ドフラミンゴ」

それに反応したのは、血まみれのコラソン。
そして、名指しで呼ばれたドフラミンゴだ。

・・・!一体どういうつもりだ?!」
「交渉?ガキが大人の真似事をするな、
 。死にたいのか?」

私は首を横に振る。

「私が死ぬのは今じゃない」

ドフラミンゴは怪訝そうに首を傾げた。

「オペオペの実を食べたのは、私だよ。ローじゃない」
「なんだと!」

驚愕を露にするファミリーに私は続けた。
きっとオペオペの実を口にさせるなら、ローに違いないと思っていたのだろう。

「私だって医者の娘。医療知識なら持っている。
 別に不自然じゃないでしょう」

私は自分の喉元に、隠し持っていたメスをかざした。

「ドフラミンゴ、
 コラソンとローの命の保証ができないなら、私は今、ここで死ぬ」
「止めろ!」

コラソンが叫ぶ。
ドフラミンゴはゆっくりと言葉を選ぶ。私を言い含めようとしていた。

「お前が自殺すりゃあこの島の周辺、
 何処かで新たにオペオペの実がなるだろう。
 お前とコラソンが死んだ後、おれはゆっくりそれを探せば良い。
 らしくねェな、、無駄死にするつもりか?」

ドフラミンゴの言葉に笑みを浮かべてみせる。
交渉の余地はある。
問答無用で殺されないのなら、私にもチャンスがあるのだ。

「それはどうかな。海軍がこの島に来てるんでしょう?」

ドフラミンゴが硬く唇を引き結ぶ。

「政府の手に渡れば、2度とオペオペの実は手に入らないよ。
 少なくとも、また見つけられるとは限らない・・・!
 それに、この実の元になる果物、まだわかって無いんでしょう?
 探すの大変なんじゃない?」

その場に居る誰もが息を飲んだ。
私は深呼吸して、向き直る。

「私が死んでもいいのなら、その引き金を引けばいい。
 私がどういう人間か、とっくの昔に知っているあなたなら、
 ハッタリじゃないってわかるよね」

ドフラミンゴが照準をコラソンから私に変えた。
しかし、引き金は動かない。
喉元、メスの切っ先から静かに血が流れる。
いくばくかの静寂の後、ドフラミンゴが口を開いた。

「・・・お前、何が望みだ」

ドフラミンゴの声色には、煮えるような怒りが見える。
私のような小娘が生意気にも取引を持ちかけている。
その状況ですら気に入らないのだろう。

「さっきも言ったけど、コラソンとローの命を保証して。
 引き換えにドフラミンゴ、私の命はあなたにあげる」
「ヘェ・・・?そりゃどういう意味だ?」

ドフラミンゴが眉を上げた。
その意味を理解して、コラソンが首を振る。
横目でコラソンを見る。
血だらけで、歯も欠けている。満身創痍だ。
私は目を閉じ、ゆっくりと開いた。
釣り上がったサングラスの奥の目を探る。

「分かってるくせに。
 ・・・不老手術、やってあげるって言ってるのよ」
「フフ、フッフッフッフッフ!!!
 やっぱりお前は、自分の命なんざ惜しく無いって顔してるなァ」

ドフラミンゴはその唇に笑みを浮かべる。
まだ安心するのが早いんじゃない、と言う代わりに、
私は条件を出した。この”ゲーム”のルールだ。

「・・・言っておくけれど、今すぐ不老手術が出来るわけじゃない。
 私はこれから能力を磨いて、ローと私の”珀鉛病”を治す。
 そしたらローとコラソンは解放してもらう。
 その後、手術を受けるタイミングはドフラミンゴ、あなたが決めるの」

私の突きつけた条件に、ドフラミンゴは再び唇を引き結ぶ。

「私は超のつくドジっ子と半年も一緒に居たから、
 ドジが移ったのかもね・・・。
 もしかしたら”うっかり”手が滑るかもしれないし、
 ”不幸な事故”が起こるかもしれない・・・。
 でも、あなたは私がオペオペの能力者なのが気に入らないならいつでも殺せる。
 ・・・リスクがあるのは、私もあなたも同じだってことを忘れないで」

まるで綱渡りの駆け引きだ。
ドフラミンゴが天秤にかけるのは、オペオペの実を再び手に入れられる可能性。
そして私がミスなく不老手術をする確立。

「選びなよ、ドフラミンゴ。
 弟と私を殺して、新たに生まれるオペオペの実に賭けるか、
 弟を生かして私を手懐け、永遠の命を手に入れてみせるか」
「お前、なぜそこまでする」
「は?」

ドフラミンゴの疑問に、私は思わず素で返してしまった。

「そんなもの、二人に生きてて欲しいからに決まってるでしょ」
「そこにお前が居なくてもか?」

私は首を縦に振った。

「二人が生きてるならそれで良い。たとえ私が死んだとしても」
「やめろ、!そんなことしてもらってもおれは嬉しくねェ・・・!
 ローだって喜ぶわけない!」

コラソンの目に、涙が滲んでいる。
悲鳴のような声に、私は無理矢理微笑んでみせる。

「コラさん、私、前にも言ったけれど、誰かの気持ちは関係無いの。
 私がそうしたいからそうするの」

コラソンはそれで何もかもを悟ったみたいに愕然としている。
私は頑固だ。そう、きっと、コラソンと同じ位には。

そのやり取りを見ていたドフラミンゴは肩を震わせ、笑い出した。
よく笑う男だったが、こんな状況で、哄笑するドフラミンゴは異様だった。
その証拠に、ファミリーが戸惑っている。

「・・・お前は馬鹿だなァ、

ドフラミンゴが近づいて来た。
牽制のためにメスを食い込ませようとした手が止まる。
寄生糸だ。身体の自由を奪われ、思わず強ばった私の頬を、
ドフラミンゴは片手で掴んで、乱暴に上向かせる。

「いいさ、どのみちオペオペの実をお前が食っちまったってんなら、
 おれがすることは一つだ。
 ・・・おれのために死ねるよう、教育してやる」

低く囁かれた言葉に怖気が走る。
怯んだことを悟られまいと、私は無理矢理に笑みを返した。

「やってみなよ」

やれるものなら。
そう呟いた私に、ドフラミンゴは口の端をつり上げた。

「おい、だれかロシナンテを手当してやれ」
「若!」
「いいのか、ドフィ」

どよめいた幹部達に、ドフラミンゴはああ、と手を振った。

「構わねェ。・・・ロシー、ローも近くに居るなら、に会わせてやれ」

コラソンは息を飲み、それから奥歯を噛み締める。
コラソンは、宝箱の中にいたローを、その腕に抱えた。
ローはコラソンに”凪”を解かせると、泣きはらした目を拭って、私に駆け寄る。
そのまま胸ぐらを掴んで、叫んだ。

・・・、お前分かってたな!?こうなること、全部!」
「お兄さま」
「どうしてお前はいつもそうなんだ!
 お前にも、一緒に生きてて欲しいんだよ、なんでわからないんだ・・・!
 一緒に生きようって、言ったくせに!」

取り乱すローを抱き締める。
落ち着かせるように、背中を叩いてやって、私は笑みを浮かべてみせた。

「珀鉛病は私が必ず治してみせる。
 その後は、お兄さま、好きに、自由に生きて。コラさんと一緒に」
・・・!」
「コラさんも。ゴメンね。私は結局あなたの邪魔になってしまったから、
 許して、なんて、言えないけど」
、おれのせいで、お前たちに、こんな思いをさせるつもりで、
 おれは、病気を治したかったわけじゃない・・・!」

分かっている。
それでもこんな方法でしか、私は私の我を通せない。

「ごめんなさい。・・・ありがとう。
 二人とも、愛してるよ、離れても、ずっと」

それが私の素直な言葉だった。
それが二人にとって、どんな意味を持つのかなんて、分からなかったけれど。



ミニオン島での駆け引きから、数ヶ月後。私は手術を成功させた。

珀鉛病を克服したローはコラソンと共に生きるのだろう。
殆ど言葉を交わす機会を与えられず、
二人を乗せた船を、いつまでも見送る私の横に立つのは、私の命を握る男だった。

「これで満足か、?」
「・・・もう私に不老手術させる気なの?」
「いいや、まだ先で良い。お前は信用ならねェからなァ
 珀鉛病を治せたとはいえ、お前の能力は、まだ未熟だ」

私は驚いてその顔を見上げた。
怪訝そうに首を傾げる私の頭を、いつかと同じように撫でたドフラミンゴは、
上機嫌に笑っている。

「・・・あなた、ほっとしてるの?弟を殺さずに、済んだから?」
「フフ、・・・オペオペの実の能力者が手中にいるからって考えるのが普通だろうに、
 お前は本当に生意気なガキだ」

ドフラミンゴは私の疑問に答えを出さなかった。
私はそれが何にも勝る答えだと思った。

私はこうして運命をねじ曲げた。
ここから先、私はドフラミンゴと命がけの駆け引きをしていかないといけない。
いつまで生きられるかは、私次第だ。



目蓋を開けると、高い天井が目に入る。
身体を起こすと、ノックの音がした。
返事も待たずに、勝手知ったるとばかりに入って来た男が笑う。

、急患だ。・・・寝ていたのか?もう昼過ぎだぞ」
「・・・ドフラミンゴ」

長い夢を見ていた。

先ほどまで見ていた夢の中よりは幾分歳を取っているが、
ドフラミンゴは年齢に不相応に若々しいままだ。
その脇腹から血を流しているのが見える。私は大きくため息を吐いた。

「あのさぁ、わざと撃たれて帰ってくるの止めなよ。
 忠誠心を試してるのかなんなのか知らないけど、そのうち死ぬよ?」
「フフフッ、いつまでたっても生意気な口は変わらねぇな」

私の頭を混ぜっ返し、軽口を叩くドフラミンゴだが、そのこめかみには汗が滲んでいる。
仕方が無い。私は目を眇め、能力を発動した。

「”Room””スキャン””オペレーション”」

手をかざし、手の平を返すと、鉛玉がぱらぱらと手の平に落ちてくる。
傷口が綺麗に塞がったのを見て、ドフラミンゴが笑みを深めた。

「上手くなったもんだ。最初はおれをことあるごとにバラッバラにしやがって、
 殺されるんじゃねェかとひやひやさせられたもんだが」

「しょうがないでしょ、あなたをバラすとグラディウスにぼこぼこにされるんだから。
 扱いも上手くなるよ。
 ・・・それとも『失敗するかもしれないから起き抜けに手術なんかさせないで』って
 言った方があなたには効くっていうの?なら次はそうするけど」

軽口を返すと、ドフラミンゴは愉快そうに笑う。
いつか聞いた記憶の囁きの通り、外道そのものの方法でドレスローザを乗っ取り、
王様になったドフラミンゴは、驚くべきことに、私に鎖をつけたりはしなかった。
ドフラミンゴは表向き、私の自由意思を尊重しているように見える。
それが不気味なのだ。

「・・・よくわかんない人だな、何で私に不老手術、させないの」
「何だお前、死にたいのか?」

笑みを浮かべたまま、ドフラミンゴは首を傾げる。
私の顎を撫でる手つきは優しい。

「なァ、。お前の”お兄さま”は随分と頑張ってるらしいぜ。
 ・・・旗揚げしたかと思ったら、超新星としてもてはやされ、
 ものの2年であっという間に王下七武海だ」

言葉に詰まる。
それを見たドフラミンゴに、ぐ、といつかと同じように、片手で顔を掴まれる。
いつだって私の生殺与奪を握るドフラミンゴが、残虐な笑みを浮かべた。

「忘れるな、。お前の”駆け引き”に、おれは”乗ってやってる”んだ。
 いつでもおれはおれの好きに行動出来るってことを、覚えておけよ」
「・・・分かってるよ。言われなくても」

運命に打ち勝ったのは、果たして私だったのだろうか。
目蓋を手の平で覆われる。
あるいは、この男こそが運命に勝ったのかもしれない、と思う私に、
記憶の囁きはもう聞こえない。



「ロー・・・また眠れないのか」
「・・・コラさん」

黄色い潜水艦。その船長室の明かりが絶えず灯っているのを見て、
様子を見に来たコラソンは息を吐いた。

「あまり根をつめるな。・・・はまだ生きている」
「いつ死んでもおかしくねェけどな。
 ・・・そんな顔すんなよ。わかってる。
 は上手いことドフラミンゴと付き合ってるんだろう。あいつは賢い」

ローはぐしゃぐしゃに握りつぶした新聞を放る。
笑うドフラミンゴの横に、かつての面影を残した、一人の女が俯いている写真が掲載されていた。
ドレスローザの名医。神にも迫る医療技術を有した彼女の手術を受けようと、
ドレスローザには難病を抱えた患者が絶えず押し掛けているとか。

大々的な見出しに、コラソンは唇を噛む。
ローが低く言った。

「・・・必ず取り戻してやる」
「ああ。絶対に」

決意も新たに、航海は進む。
ドレスローザへ乗り込み、妹を、を救い出すのだ。
もう守られるだけの、ふがいない男にはなるまいと、
ローは、コラソンは、誓っている。

ねじ曲がった運命の行く先は神様も知らない。

good route.