アガスティアの葉 05


ミニオン島に上陸すると、コラソンはローと私を物陰に隠して、
必ずオペオペの実を手に入れるからとその場を去っていった。
ローと身を寄せ合って寒さに耐える。

「・・・なぁ、。お前は、大丈夫か。
 身体、痛むんだろう」
「・・・!気づいていたの」

ローの指摘にたじろぐと、ローは呆れたように言った。

「おれを誰だと思ってんだ。国一番の、名医の息子だ。
 おれの目を、誤摩化せると思うな」

私は黙り込む。
ローは私を安心させるように口の端を無理やり上げて見せた。

「おれが、オペオペの実を食ったら、お前も必ず治してやる。
 能力者になるのは・・・変な感じがするが」
「・・・あの、そのことなんだけど、お兄さま、
 オペオペの実、私が食べてはダメ?」

ローは驚いたようで、大きく瞬きをした。

「お前、何言ってんだ・・・?」
「私にも、・・・お兄さまには負けるけど、知識はあるよ。
 珀鉛病の進行が遅いから、手術につかう体力もまだあるはず」

ローは何か吟味するように顎に手を当てる。
だが、やがてローは首を横に振った。

「・・・ダメだ。。手術するなら、多分おれの方が成功率が高いだろう」
「そう・・・」

やはり、ダメか。
私は奥歯を噛んだ。いざという時はドフラミンゴとの交渉に使えると思ったのだが、
不自然な提案だったのだろう。

俯いた私を見て、ローは軽く息を吐いた。
私の頬を両手で挟んで、言う。
しんどいだろうに、微笑み続けている。

「・・・不安にさせたか?
 確かにおれは、能力者になるの、ちょっと怖かった。
 それでも、お前を治せるなら、そんなことはどうでもいいんだ」

私が何か、言いかけた時だ。
銃声が聞こえた。
驚いてそちらを向けば、建物が燃えている。

「・・・コラさん、無事かな」

思わず呟くと、ローがすぐに何かを見つけたらしい。
ローの指差した方を確認すると、
黒いファーコートの大男が転がるように駆けてくる。

コラソンが笑いながらこちらへ抱えていたものを掲げた。
防音壁を張り、ピースサインを作ってみせる。

「良かった、無事だったのか、コラさん」
「そんなの良いから!これ見ろ!喜べ!オペオペの実だ!」

ローはその実を見てうっ、と言葉につまった。
コラソンの言っていた通り、ハートのような形だ。
・・・そしておどろおどろしい色をしている。

「それ食ったら、本当に病気治せるのか・・・」
「何言ってる!治るさ!サァ食え!早く食え!」

そう言うや否や、コラソンはローに無理矢理、悪魔の実を食べさせた。
途中ローが嘔吐きながら「死ぬ程不味い」と言っているのを見て、
私はうわ、と一歩引いていた。

ローが完全にその悪魔の実を飲み込むと、悪寒を感じたのか、その手を見つめていた。
これで、ローはオペオペの実の能力者だ。
ひとまずの安堵を覚えると、コラソンがその場に倒れた。

「コラさん!」
「コラさん!どうした!?」

コラソンの身体は血まみれだった。
何発も銃撃されている。
先ほどローと聞いた銃声のものだろう。
ドジった、と苦く笑うコラソンに、ローが泣きそうな顔で駆け寄る。
実を食べたばかりでは、その傷を癒すことは難しいのだろう。
ローは治れ!と叫ぶばかりだ。

「ハハ、バカだな。そんな魔法みてェな能力じゃねぇって、そう言っただろ」
「おれのために撃たれたんだろ!ここでコラさんが死んだら、おれは・・・!」
「と、とにかく、止血を!」
「ロー!!・・・おれは大丈夫だ。この位じゃ死なない。だが、そうだな。
 ロー。お前に頼みがある。弱ってるとこ悪いが、この筒を海兵に渡してくれ。
 西海岸に、海軍の巡視船があった」

コラソンはローに小さな筒を差し出した。

「これで、ドレスローザという王国を救えるんだ・・・、
 届け終えたら、すぐにこの島を出よう」
「分かったよ、コラさん・・・!」

ローが懸命にその歩を進める。
その背を見送って、私はコラソンの止血を手伝った。
私は自分の直感と信仰する記憶に従って、動くことに決めていた。
私の記憶は今、冴え冴えとしていた。
・・・これが、最後のチャンスだ。

「ありがとな、、お前やっぱり医者の娘なんだなァ、
 上手いもんだ」

感心したように呟いたコラソンに私は向き直る。
まだ時間はあるはずだ。

「コラさん、私、あなたに死んで欲しく無い」

私はコラソンに言った。
コラソンは目を丸くして、こちらを見ている。

「だから逃げて。お願い、止血したらすぐに私たちを置いていって!」
「ば、馬鹿なこと言うなよ」
「・・・内通者が居るの、海兵の中に!ドフラミンゴの息が掛かってる!」
「は、」

コラソンは唖然としていたが、すぐに神妙な顔つきになり、
やがてその顔に焦りが浮かんだ。

「まさかヴェルゴ・・・!?だが、どうしてお前がそれを知っている!?」
「そんなことはどうでも良いの!手遅れに、ならないうちに、逃げて。
 オペオペの実を、ローが食べたから、きっと私たちはどうにでもなる!」

コラソンの肩を掴んで、私は訴える。
例え一緒にいることが出来なくても、コラソンが生きていてくれるならそれで良い。

「運命は私の時にねじ曲げられた。だからコラさんだって助けられる!
 逃げて!コラさん!」

コラソンは首を振った。

「だめだ!お前の予想が確かなら、おれはお前達をちゃんと逃がしてやらなきゃならねえ!
 ローがオペオペの実を食べてる以上、ドフィの元へ行かせたら不味いことになる!」

私は絶望した。
ここで逃がすことが出来なければ、コラソンは死んでしまう。

「私たちのことは良いって言った!
 お願いだから、自分をもっと大事にしてよ!死なないでよ!」

癇癪を起こした子供のように、私は泣き叫んでいた。
コラソンはあやすように私を抱き寄せる。

「ローを逃がしたら、そうなったら、
 ドフラミンゴはあなたを殺すでしょ!?わかってるんだから!」
・・・!でもだめだ、おれは、ドフラミンゴを止めなければ、」

「わからずや・・・!
 自分で決めた何かに、
 がんじがらめになってるのはあなたもドフラミンゴも同じなくせに!
 なんでこの期に及んで、まだ止めたいなんて言ってるの!?
 逃げてよ!機会なんてこの後、幾らでも巡ってくる!生きてさえ居れば・・・!」

コラソンが息を飲んだ。深く息を吐いて、私の背をとんとん、と優しく叩いた。
それからゆっくりと身体を離す。
コラソンは私と目を合わせて、静かに言った。

、お前がいつも言ってたじゃないか」
「・・・コラさん?」
「誰かのためじゃない。
 自分が、そうしたいから、そうするんだ。
 それに、他の誰かの気持ちは関係ないんだ」

私は目を見開く。
それは、ローのために死ぬのか、と問われたときに言った、
私の答えに間違いなかった。

「ドフィは間違ってる。止めたいと思った。
 それがおれに課せられた使命なんだ。
 だっておれは、ドフィの、たった一人の弟だから」

コラソンが笑った。
眉を八の字にして、ゆっくりと。

、お前みたいに
 ずっと兄貴を信じられたら、良かったんだけどな」

額に優しく口づけられる。

「嘘をついて、沢山傷つけたな。
 ごめんな、・・・愛してるよ」

それが面と向かって、言葉を交わした、最後だった。
首に鈍い痛みが走り、私の視界は暗転した。



!起きろ!」
「・・・お兄さま?」

私が目を覚ますと、暗闇の中だった。

「コラソンが殺されそうなんだ!お前も起きて、開けるの手伝え!」
「あ、開けるって何!?ここどこ!?」
「コラソンがおれたちを宝箱の中に隠したんだ!
 ”凪”をおれたち二人にかけてるから、おれたちは会話が出来るけど・・・」

外からはコラソンの悲鳴と、ドンキホーテファミリーの幹部の声が聞こえてくる。
状況を把握して私は青ざめた。
最悪だ。
私はコラソンに当て身かなにかで気絶させられたのだろう。

「ちょっと待ってお兄さま!私のリュックに、金槌があったはず。
 それで外へ出よう」
「分かった!」

私の背負っていたリュックを下ろして、中身を確認すると私は声を上げた。

「中身が全然違うんだけど!何これ!?レモン!?」
「ハァ?!お前なんでこんなもん荷物に詰めてんだ!?」

ローが私を怒鳴る。
リュックの中にこれでもかと詰込まれた黄色い果実に私は途方に暮れた。
当然金槌は入っていない

「私じゃないよ!一体、どういう・・・」

私の脳裏に、コラソンの言葉が蘇る。

『おれの食べた、ナギナギの実はレモンみたいな形だった』

私は理解した。理解してしまった。
コラソンがリュックの中身を詰め替えたのだ。
その事実を私が受け止めきれずにいると、
外の音が一瞬静まり返った。

『半年ぶりだな・・・コラソン!』

ドフラミンゴの声だ。
外で会話が進む中、
私は記憶の囁きが大きくなるのを感じていた。
心臓の鼓動だけがやけにうるさい。

『・・・おれは”海兵”だ』

ごんごん、と宝箱をノックする様な音がする。

『ウソをついて悪かった・・・!お前たちに嫌われたく、無かったもんで・・・!』

私とローは顔を見合わせた。
とっくの昔に知っていたことだ。

ドフラミンゴはコラソンに、オペオペの実と、ローと私の居場所を迫る。

私は運命が時計の針のように、カウントダウンをはじめたのが分かった。
私はそれを分かっていても、抗いたかった。
必死に宝箱の蓋を開けようとする私にローも手伝い始める。

ローは、ドフラミンゴが『おれのために死ねるよう、教育する必要もある』と言ったとき、
少しだけ手を止めたが、私はそれに構わなかった。
爪が剥がれ、血がにじむ。
それでも外で、我々を逃がそうと今でも力を尽くしている
コラソンの負った傷に比べたら何でも無い。

外でドフラミンゴが叫んでいる。
なぜ実の家族を殺さなければならないのかと。
ローが宝箱を開けようとしながら、言った。

「コラさん!約束が違う!大丈夫だって言ったんだ!大丈夫って・・・!」
「お兄さま!お願い!頑張って!私も!私も、頑張るから!」

そのときだった。
コラソンの声が、力強く言った。

『あいつらは、お前にゃ従わねェぞ、ドフィ。
 ローは3年後に死ぬって”運命”に勝ったんだ』

自分の手が震えるのが分かる。
嫌だ。ダメだ。違う。
それじゃあ本当に運命に勝ったことにはならない・・・!

だって、ローと一緒にいりゃ、その病を克服出来る。
 ”狂気の海賊”の元へ迷い込んだ、あの日のあいつらじゃない。
 破戒の申し子のような、お前から、得る物は何も無い!』

「コラさん・・・!」
「嫌だ、止めて、お願い・・・!」

『もう、放っといてやれ!あいつらは、自由だ!』

その時だった。
運命が無慈悲に、一人の人間の命を打ち砕いていった音がした。



宝箱の揺れが収まった。
あれほどびくともしなかった、宝箱が、すんなりと開いて、
私はローに手を引かれながら歩いた。

ローも、私も何も言わない。
ただひたすら、頬を伝い、凍っていく涙をそのままに、歩いていた。
口を開いたら、二人ともみっともなく泣き叫んでしまう。
そうしたら、見つかるかもしれない。
その考えが、私と、そしてローの脚を早めさせた。

ごろ、と音がして、振り返る。
リュックサックから、一つ、レモンがこぼれ落ちていた。
私がローの手を離して、それを拾いに戻る。ローは止めはしなかった。

私の手は震えていた。
転がった黄色い果実。
さっきまで、つるりとした、柑橘類特有の瑞々しい香気を発していたはずの、
その果実の表面には、唐草模様が浮かんでいた。

「・・・お兄さま」
、早く行こう。隣町へ・・・」
「コラさんが死んだ」

ローが私の言葉に振り向く。
私は衝動に従い、その実を一口、齧った。例えようも無く不味かった。
コラソンが、二度と食べたくない、と話していたのも分かると思った。

思わず咳き込んでその場にへたり込んだ私を見て、
ローが駆け寄ってくる。
地面に放り出された果実を見て、ローの目が大きく見開かれた。

・・・!食べたのか、悪魔の実を」

私は頷いて、コラソンがやっていたように、イメージする。
小さなドームが、ローと私を包んだ。

「わ、わたしの、影響で、出る音は、
 す、すべて、消えるの術・・・防音壁・・・ッ」

殆ど嗚咽していた。
ローも私を泣きそうな顔で見ている。

「お、お兄さま、これで、誰も来ない。泣いても、分からないよね?」
、」
「コラさんに、コラさんが、わたしに果物を、レモンを持たせたの、
 コラさん、言ってた、自分が食べた実は、レモンみたいだったって。
 コラさんは、始めから!」

次から次へと涙がこぼれる。
ローの目から、同じように涙がこぼれていた。

「し、失敗するかもしれないって、分かってた!」
「そんな・・・!?」

私は地面を叩いた。
もう我慢が出来なかった。

「ずるいよ、一緒に生きるって、言ったのに・・・!
 二人が、生きていてくれるなら、私、何もいらなかった・・・!
 なんで私が生きてて、こんな、こんなのって無い・・・!」
「馬鹿!」

ローの手が私の頬を打った。
今まで一度たりとも打たれたことなんか無かった。
私は、ローを、呆然と見上げる。
ローは唇を噛み締めている。

「なんでそんなこと言うんだ!おれは、おれだって!
 お前にも生きてて欲しいんだよ、なんでわからないんだ・・・!
 何で自分が死んで当たり前みたいに言うんだよ!」

私の胸ぐらを掴んで、ローが歯を食いしばる。

「・・・お兄さま」
「一緒に生きようって、言っただろ!
 もう嫌なんだ、頼むよ。
 ・・・おれより先に、死なないでくれ、

運命に勝てなかった私は、あるいは、運命に打ち勝ったが故に、
他の運命に干渉することができなかった私は、

「・・・わかった」

自分の涙を拭い、そしてローの涙を拭った。

「私、死なない。少なくとも、ローより長生きしてみせる。必ずよ」

「一緒に、生きよう。もう、私、死ぬだなんて言わない。
 病気を治して、それで、行きたいところに行って、したいことをしよう。
 コラさんが、できなかったことを、私たちが、引き継ぐの・・・」
「ああ」

ローが頷いた。
お互いにボロボロに、拭っても拭ってもこぼれ落ちる涙でその顔は、
ぐしゃぐしゃに汚れているけれど。

「ねぇ、病気が治るかどうかは、お兄さまに掛かってるんだから、私のことも、治してね」
「ああ・・・当たり前だ・・・!」
「うん・・・それで、眠れないときには、私が”凪”かけてあげる。コラさん、みたいに」
「ああ・・・ありがとう、

ローが、無理矢理に、笑った。
私も口角を上げてみせる。泣きながら。
私たちは、もう一度、手をつないで、歩き出した。
生きるために。生きて、自由になるために。



「起きろ、
「・・・お兄さま」

こちらを心配そうに覗き込んでるのは我らがハートの海賊団のキャプテン、
トラファルガー・ローである。
先ほどまで見ていた夢のせいか、鋭くなった目やシャープになった顎に違和感を覚える。

ローは惚けてる私に怪訝そうに首を傾げつつ、私の顔をがっと掴んだ。
目尻を乱暴に拭われて、気がつく。泣いていたのだ。

「ナギナギの実の能力者がうなされるなんざ珍しい。
 ちゃんと能力のコントロールはできてんだろうな」
「・・・コラさんが死んだ時の夢を見たの」

ローが軽く息を飲んだ。
私は深く息を吐く。

「きっと新世界が近いからだね」
「・・・そうだな」

ローが私の髪を混ぜっ返すように撫でる。

「あ!?ちょっと寝癖酷くなるじゃない!止めてよ」
「うるせぇ愚妹」
「もう眠れなくて泣きついて来ても知らないよ」
「泣きつかねぇよ」

涼しい顔をしてしれっと忘れた様な顔をするローに
反抗心が湧き出て来てしまった。

「・・・ハァ?それ誰のことー?
 しょっちゅう私に『・・・頼む』って言って来たのは誰かな?」

私が茶化すとローがこめかみに青筋を浮かべた。

「テメェ、起き抜けから口の減らない野郎だな、
 ”ウルトラソムニア”とかいう寝過ぎた馬鹿みたいなあだ名のくせに」

カチンと来て私の顔から笑みが消えるのが分かる。
私はこのあだ名が気に入っていないのだ。ローの言うとおり、
”寝過ぎた馬鹿”みたいなのだ。海軍のネーミングセンスを疑う。
いつの間にか我々は完全に口喧嘩モードに移行していた。

「うるさい、自分は医療ミスした薮医者みたいな二つ名してるくせに」
「・・・バラすぞ愚妹」
「上等だよ・・・!」

本格的に兄妹喧嘩が勃発しそうになったところでベポの呆れたような声が響いた。

「キャプテン、、またやってるの?
 そろそろ島が見えてくるから、ほどほどにしてね」

鬼哭を構えたローと、寝癖をつけたまま銃を構えた私を見てやれやれ、と
その場を去ったベポに毒気を抜かれて、二人してため息を吐いた。

「・・・行くぞ、。とっとと身支度してこいよ」
「・・・アイアイ、キャプテン」

扉を閉めて出てったローの背中を見送る。

「次はシャボンティ諸島か・・・」

神様に愛された男に、私は会うのかもしれない、と
記憶が囁いてくるが、私はもうその声が何を言っても、気にしないようにしている。
だって、私はこのままねじれた運命を歩むのだ。
ローと一緒に生きると、決めたのだから。

true route.