Lesson 2. グラディウスの場合


という男がドンキホーテ海賊団に、
それも末端の構成員ではなく幹部としてドフラミンゴ直々に招き入れられたことに
驚嘆しない人間はいなかった。

なぜならの前職は大学教授である。
北の海で唯一世界政府お墨付きの大学に、かなりの若さで講師を勤めていた、
荒事や海賊とは無縁の、生粋のホワイトカラーだ。
白い襟シャツが土埃や、血や、汗で汚れることなどなかったに違いない。

そんな男がなぜ、ドフラミンゴのお眼鏡にかなったのか。
幹部たちはを観察した。

「おい、安酒だが付き合えよ」
「べへへ、そういやお前、飲めるのかァ?」
「実は弱くないんだ。こう見えてね」

は暗澹とした眼差しとは裏腹に誰にでも気さくだった。
幹部たちの酒にも付き合うし冗談も言う。
賭け事にも酒にもほどほどに強い。

ただただ腕っ節だけはからっきしで、吹けば飛ぶような出で立ちは変わらなかった。
だが、入って数日しか経っていないとはいえ、
が暴力沙汰に巻き込まれるような事態というのは不思議となかったのだ。

酒場でファミリーが巻き込まれるような喧嘩が始まったかと思えば、
いつのまにか安全な店先にいて、一人グラスを抱えながら月見酒に興じていたり、
に絡んでいたはずの男が、どういうわけかたちの食事代を奢ってやっている、
というのも珍しくなかった。

「並外れた運の良さだよな」
「あるいは逃げ足が速いのか・・・」

ディアマンテとピーカがに目を向ける。
セニョールと共に女たちに囲まれているはその場に馴染んでいるように見えた。

しかしセニョールにはしなだれかかっている女たちは、
とは一定の距離をとってただ会話を楽しんでいるらしい。
”当たり障りがない”というのをこれほど体現した男も珍しい、とディアマンテが感心した様子でいる。

「フフフ、だが運やまぐれなら、この先は続かねェ。
 ”先生”にはウチの気風に慣れてもらわねェとな?」

ど素人のでも最低限、自分の身は自分で守れるようになってもらわないと困る、と、
ドフラミンゴがグラディウスに銃を指南しろと命じたのは無理からぬ話だった。

グラディウスはそれに一も二もなく応じた。
自分はドフラミンゴの忠実なる部下なのだから、その命令に従うことを当然だと思っていた。

 ただ。

グラディウスはの、生気のない、どこか暗澹とした横顔を睨む。
個人的な好き嫌いで仕事をする気はないのだが、
グラディウスはのことが、どうも、気に食わなかったのだ。



「下手くそ」
「面目ない」

は情けなく膝に手をつきながら息を荒げている。
まず姿勢からなっていない。隙だらけな上に、銃を撃てば反動でよろける始末だ。
の腕前は”的に当たればいい方”と言った具合だった。

グラディウスは腕を組んでを詰る。

「鉛弾もタダじゃねェんだ。せめて的には当てろ。
 お前のメガネはなんのためにかけてる? 大層な飾りだな」

「・・・反動でどうしても重心が保てない。君はどうしているのかな、グラディウス”先生”」

「なんだその呼び方は。よせ。体が痒くなる」

ひたいに汗をかきながらも、自身の至らない部分を分析して改善しようとするあたりは学者らしい。
だが、このように時折グラディウスを揶揄するように”先生”などと呼んでくるのはいただけない。
眉を顰めたグラディウスに、は瞬いた。

「だって、君は私を指導している立場じゃないか」
「お前よりだいぶ年下だぞ、おれは。・・・お前、恥ずかしくないのか?」
「なぜ?」

は心底不思議そうに首をかしげている。

「私は何を恥じる必要があるんだね?
 銃の扱いにしても、海賊としての歴の長さも君の方が断然上だろう?
 実際君の教え方に不足はないと思う。まぁ、多少荒っぽいのは否定しないが」

指導の最中にさんざ蹴られた腰をさする程度で、には堪えた様子がない。
ほとんど一回りほど離れたグラディウスに詰られたり怒鳴られたりしてもけろっとしている。

教師とか医者とか”先生”と呼ばれる職業の人間は総じて偉そうで、
プライドが高いものだと思っていたグラディウスだが、
に関しては違うらしい、とひとまず認識を改めた。

訓練には真面目に取り組んでいるし、グラディウスの罵倒のような指導もよく聞いた。
グラディウスはを褒めるつもりはないが、
このペースで鍛錬すれば多少は腕も良くなるだろう。
・・・まともに”使える”ようになるには半年かかるだろうが。

だが、模範的な生徒とはこういう男を指すのだとは思う。

「どうかしたかい、グラディウス先生?」

無言のままを睨んでいたグラディウスを、
は何も気にするそぶりもなく、ただ呼んでみせる。

の当たり障りのない言動と、少しの茶目っ気、
それから相変わらず暗澹とした眼差しの端に、グラディウスは”ちぐはぐな印象”を拭えないでいる。
そしてそれが、たまらなく不快なのだった。



ドフラミンゴに呼びつけられたグラディウスは、命じられた指令に戸惑っていた。

「・・・ワイドファミリーとの交渉に、おれとを?」

「そろそろには本腰を入れて働いてもらわねェと困るんだよ。
 お前は補佐に回ってをフォローしてやれ」

ワイドファミリーは北の海の有力なマフィアの一つである。
ドンキホーテファミリーよりも規模は大きく、今まで交渉はドフラミンゴ自らが赴いていた。
今回はドフラミンゴの名代を、に勤めさせるのがドフラミンゴの命令だった。

グラディウスのこめかみに汗が滲む。
とても、まだ入って1週間も経たないうちに任せるような仕事ではない。
その上相手が相手だ。

「若、ワイドファミリーのボスはかなりの偏屈で、プライドの高い爺さんだったと思うんですが、
 に名代を任せたら、十中八九機嫌を損ねるんじゃねェかと、」

「だろうな」

ドフラミンゴはグラディウスの懸念をあっさりと肯定した。
驚いた様子のグラディウスを見て、ドフラミンゴは笑う。

「フッフッフッ! が見た目通りの雑魚だったらの話だが」
「銃の腕はあと半年くらいでモノになると思いますが、今は・・・」

反動に苦労しているを思い返して嘆息するグラディウスに、
ドフラミンゴは笑みを深めた。

「フフ! それじゃあ間に合わねェな。それに、グラディウス。
 あいつの強みは”そういうこと”じゃねェんだよ」

ドフラミンゴはそう言って、交渉の日時を指定したメモと書類をグラディウスに渡した。

「運がいいとか、逃げ足が速いとか、ですか?」

「あいつは特別運がいいわけじゃねェ。逃げ足に至ってはむしろ鈍臭ェ方だろ。
 ・・・お前はもう知ってるはずだ」

それ以上は何も言う気のなさそうなドフラミンゴに、グラディウスは沈黙する。

ドフラミンゴの部屋を後にすると、
グラディウスはまっすぐにに与えられた自室に向かった。

は一人がけのソファに腰掛け、分厚い本を読んでいる最中だった。
ノックもせず、やや乱暴に扉を開けられても気分を害した様子もなく、
顔を上げてグラディウスを眺める。

「やぁ、グラディウス。何事かな?」
「仕事だ。打ち合わせるぞ」
「了解」

は読んでいた本にしおりを挟み、グラディウスから詳細を聞き始めた。

「つまり、ドフラミンゴは新たにワイドファミリーに武器を売りつけたいと、そう言うわけだな」

「ああ。相手方も普段なら適当に駆け引きした後に飲み込む条件だ。
 だが、今回はお前が相手だからな。そううまくはいかないだろう」

は顎に手を這わせ何か考えるそぶりを見せたかと思うと、
やがてグラディウスに向けて頷いて見せた。

「・・・ふむ、では事前に書類の写しと、手紙を郵送しておこう」
「まァ、それが無難だろうが挨拶でほだされるような爺さんじゃねェぞ。
 それと、賄賂を使うつもりならやめておけ。一度送れば毎回送らねェといけなくなるからな」
「無論だとも」

はグラディウスを暗澹とした眼差しで射抜いた。

「ところでグラディウス。私を使うと言うことはドフラミンゴはおそらく
 相手方とは”対等”、あるいは”こちらが上”の立場で取引を進めたいのだろう。
 一応後者のつもりで動くが、構わないかな」

淡々と、いつも通り、任される仕事がたとえ危険でもペースを崩さないを見て、
グラディウスはドフラミンゴの最後の言葉の意味を掴めそうな気がしていた。

『お前はもう知ってるはずだ』

まだきちんと言語化できないが、確かには”まとも”ではない。



ワイドファミリーとの交渉は最初から波乱の展開だった。

はグラディウスに事前に渡された銃で、
ワイドファミリーの男の腹を容赦なく撃ち抜いたのだ。

顛末はこうだ。

指定された酒場に赴いた、新入りの、それも見るからに荒事に向かなそうなに、
ワイドファミリーの構成員の一人が難癖をつけた。
ワイドファミリーのボスもそれを止めようとはしなかったし、
酒場にいるワイドファミリーの面々は優男然としたが罵倒されるのをニヤニヤ笑うばかりだった。

そばにいたグラディウスの方が先に苛立つほどのヤジと罵倒だったが、
は難癖をつけていた男を淡々とあしらっていた。

の靴に、男が唾を吐くまでは。

懐に手を入れて銃を取り出すまで、不思議と誰もを止めようとはしなかった。
を無害な男と、誰も信じて疑ってなかったように。
だが、実際は違った。

だから、あっという間にを詰っていた男が、腹から血を流して床に突っ伏している。

これにはワイドファミリーの面々も、
そしてのフォローを任されていたグラディウスも度肝を抜かれていた。

「失礼。彼には靴に唾を吐かれたので相応の対処をした」

一人だけ落ち着いた様子で、は煙を吐き出す銃を両手で握ったままでいる。
我に返ったらしいワイドファミリーの面々に、
それぞれ武器を向けられても、は無表情のままだ。

「犯罪組織において、”侮られない”ということ、
 つまり”メンツ”というものが何より大事になることもあるんだろ?」

「テメェ!」

「君ら、何か勘違いしてるようだが私はドフラミンゴの名代でここに来てるわけだ。
 彼が自分の靴に唾を吐くような男を許すとでも?」

首をかしげたに、ワイドファミリーの面々は黙り込む。
確かに、今日ここに来たのがではなく、
ドフラミンゴだったならこんな事態にはならなかったはずだ。

「その男が生きてるだけマシだと思ってくれ。
 ・・・ところで、放置してると出血多量で死ぬぞ、その男。いいのか?」

の声に、ファミリーの何人かがうつぶせに倒れた男を引きずって行った。
だらりと垂れ下がったつま先から血の轍が出来上がっていくのをが眺めていると、
ボスの老人がに冷たい声をかける。

「お前、自分が何をしたのかわかっているのか?
 取引がご破算になっても構わないわけだな。その上、自分の命も惜しくないと見える」

「えぇ、まァ。別に、ここで私を蜂の巣にしようがどうでもいいのだが、
 取引の不成立で困るのはそちらでは?」
「何?」

怪訝な声をあげた老人に、は銃の持ち手を指で遊ぶように叩く。

「君たち、とっくにウチの武器に依存してるんだよ。
 ウチのボスは血眼になってよその卸業者を引き込んでるのだからな。
 今、北の海でのシェアは5割強。
 スパイダーマイルズ周辺に至っては武器の卸売の7割がドンキホーテ海賊団の預かり。
 ご存知、なかったかな?」

ざわつく周囲に、の唇に笑みが浮かんだ。

「無論、ワイドファミリーが3割の武器で今の権勢を維持できるつもりなら止めはしない。
 さらに私を殺したいなら勝手にするといいさ。
 ただ、その場合私も無抵抗に死ぬわけじゃないことを留意したまえ。
 グラディウスも反撃はするだろうし、私の銃にはあと5発、弾が入っている」

暗澹とした眼差しに、少しばかりの悪意が滲む。

「必ずこの場の誰かしらを撃ち殺してから私は死ぬが、構わないかね?」

ワイドファミリーのボスが老人にあるまじき鋭い眼差しでを睨む。
誰もが固唾を飲んで二人を見守っていたが、老人が深いため息をつき、
側近の一人と、侍らせていた女の一人の手をとって
酒場のテーブル席へと歩き出したのを見て、誰かが息を飲んだ。

「かけろ、。書類には事前に目を通している。
 あとはおれがサインするだけだ」

テーブル席の向かいを指さされ、は一度腰を折ると速やかに席に着き、
老人が書類の最後にサインをするのをぼんやりと眺める。

その様はつい先ほど人を撃ち、脅迫していた男とは思えぬほど穏やかだった。

「内容はそう理不尽な取引でないと思うのだが」
「・・・理不尽な交渉の仕方であることは認めるんだな?」

ボスの眼光に剣呑なものが混じる。が、は肩を竦めるばかりだった。

「こちらも海賊ゆえに、多少荒っぽくなることはお許し願いたい。
 その上多勢に無勢なのでね」

渡された書類を確かめ、カバンへとしまったは席を立った。
成り行きを見守っていたグラディウスに目配せたあと、酒場の扉へと手をかける。

「もし仮に、5発撃つとするなら、お前は誰を殺すつもりだった?」

背中にかかった老人の声に、は振り向いた。

「黒いドレスの彼女に2発。あなたの右後ろにいる彼に3発。
 あなたのことは撃たない」

迷いなく告げたに、老人が瞬く。
その顔に僅かながら恐怖を見て取って、の顔が笑みの形に歪んだ。

「今後とも円滑な取引をよろしく。ミスター」



アジトへの帰路、歩きながらグラディウスはに問いかけた。

「お前、なんであの女と護衛を殺すって脅したんだ?」

の示した二人は、格別ボスと近しい人物には見えなかった。
交渉の席に着くときに手を差し出したのも別の人間だったはずだ。

だが、は断じてみせる。

「彼女はボスの愛人か後妻。護衛はボスの血縁だ。
 あの反応から見て昔の女にでも産ませた子供だろう」

「他にも女はいたし、護衛に至ってはそこら中に似たようなのが居ただろうが」
「彼女だけ他の女たちに比べ少しばかり年がいっていて、
 容姿も地味だが、ボスとの距離は2番目に近かった」

の言葉に、グラディウスは黙り込む。
はさらに護衛についての推理を披露する。

「護衛では彼にだけカフスに代紋が刻まれていた。
 他の男たちはこれ見よがしに刺青だの服だのに所属を示しているのにだ。
 よくよく見れば鼻の形もボスに似ていたから血縁と踏んだ」

グラディウスは眉根を寄せる。一応納得はできる答えだった。
最後の老人の取り乱しようから言って、の推理もあながち間違いではなかったのだろう。
ただ、腑に落ちないこともある。

「・・・わかった。だが、お前何故嘘を吐いた?
 確かに若は武器の卸売業者を引き込んでる最中だが、北の海で5割は言い過ぎだろう」

「単なるハッタリだよ。まァ、ドンキホーテ海賊団の尽力は本当だし、
 そのうち5割になるだろうから、あながち嘘という訳でもない。
 あの場にいるのはあまり賢い連中じゃなさそうだったので、適当に畳み掛けただけだ」

唖然として路地裏で足を止めたグラディウスに、は振り向いた。

「他に質問は? グラディウス君?」

グラディウスはとっさに銃口をに向けていた。
は暗澹とした視線を、突きつけられた銃へと向ける。

「訓練では手を抜いてたのか?」

グラディウスの尋問に、は不思議そうに首をかしげた。

「いや?」
「手練れじゃなけりゃ、死なねェ程度に腹を射ぬけるわけねェだろ!」

怒鳴りつけたことで、グラディウスが何を怒っているのかわかったらしい。
は合点がいったとばかりに手を叩いた。

「あぁ、あれね。私としてはちゃんと急所を狙ったつもりだったのだが」

「・・・は?」

グラディウスは瞬いた。
はやれやれ、と首を横に振る。

「やはり訓練通りにはいかないね。
 しばらくは君の世話にならなければ、だ」

そのとき、穏やかに口角を上げた男の顔が、おぞましく感じたのは、
きっと気のせいではなかったのだと思う。

「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いするよ、グラディウス君」

は”当たり障りのない人間”を演じているだけの、
まぎれもない”狂人”なのだから。



ドフラミンゴはグラディウスから事前に報告を受けたあと、
を自室へと呼び出した。

は過不足なく、ワイドファミリーとの交渉の中身をドフラミンゴに伝え、
書類を渡してみせる。

「グラディウス君から事前に通達があったと思うので、端折っての説明になってしまった。
 不足があるなら補うつもりだが、どうかな?」

「・・・大丈夫だ。フフフ、今回グラディウスのフォローは必要なかったらしいな」

ほとんど出る幕はなかったと、どこか居心地が悪そうに告げていたグラディウスを
思い返しながら言うドフラミンゴに、はそんなことはない、と首を横に振る。

「いや、彼が居たから速やかに私がドンキホーテ海賊団の人間だと証明できた。
 多分、そうでなくてはより面倒な難癖をつけられていただろうからね」

はコーヒーに口をつけたあと、ドフラミンゴを見遣った。

「これで君は次から、直々に偏屈な老人の
 ご機嫌伺いをしなくてもいいという訳だ。おめでとう」

「ああ、喜ばしい限りだ。ご苦労だった、」

下がって構わない、そう続けようとしたドフラミンゴにが口を開く。

「それと、これは明白にすべきことだと思うんだが
 君、私を故意に危機的状況に置こうとしてないか?」

少しの沈黙の後、ドフラミンゴは笑みを深めた。

「海賊なんだ。そりゃあ、学者をやってた頃よりは荒事にも巻き込まれるだろうよ。
 早々に慣れてもらわねェとなァ」

答えになっていない答えを返したドフラミンゴに、
はどういうわけか納得した様子で腕を組む。

「別にそれが嫌だと言っているわけではない。
 教授時代に比べて退屈とは無縁の実に充実した毎日だ。
 仕事内容に納得はしているし、相応の成果を上げてもいる」

「あァ、安心してくれ。その点は評価してるさ。
 お前の口の上手さと見切りの早さは折り紙つきだ」

本当に”運が良い”ならドフラミンゴに目をつけられることなどなかっただろう。
の危機回避能力は率直に、自身の判断力と、話術によるところが大きい。

「どうも」

はドフラミンゴに手放しで褒められても、さほど喜ぶそぶりも見せないでいる。
コーヒーを飲み干したはカップを手に持って
今度こそ退室しようとしたが、振り返って首をかしげた。

「ところで君、具合が良くないだろう」

ドフラミンゴは虚をつかれたようで、弾かれたようにを見た。

「原因は寝不足か深酒かな? どちらも寿命を縮める。ほどほどにしたまえ」

たしなめるような声色だった。

ドフラミンゴはなんと返して良いか迷った挙句、
口をついて出たのは子供じみた言い訳のような言葉だった。

「・・・できるもんならそうしてる」

は眉を上げた。

「何か心配事でも?」

ドフラミンゴは眉を顰め、逡巡したものの、素直に答える。

「夢見が悪いだけだ」

は不意に横を向いて、何か考えるそぶりを見せる。
にしてはしばしの間を置いて、ドフラミンゴに改めて向き直った。

「なら、カウンセリングでもやってみるか?」
「何だと?」

怪訝そうに眉を上げたドフラミンゴに、は口を開いた。

「一応、臨床心理学はかじっているのでね。
 本職の人間のようはいかないだろうが、気休めにでもどうかな。
 ”おまじない”程度の効果は得られるんじゃないかと思うが」

おそらく、本人もドフラミンゴが断ることを見越しての
軽率な提案だったのだと思う。
ただ、その時ドフラミンゴは長年の悪夢にうなされたばかりでうんざりしていたのだ。

だから、頷いてしまった。

「なら頼もうか」

は少しばかり瞬いた後、「では日を改めて、近日中に」と約束を取り付けて、
ドフラミンゴの部屋を去った。

それがどういう顛末になるのか予期していたなら決して頷きはしなかったと、
後悔を吐露したところでもう遅い。