シャボンディ諸島にて 01


    「おい、はどうした」

    ローは白いつなぎの中に、白衣の女がいないことに気がついて問う。
    それに答えたのは近くにいたシャチだ。

    「あれ?さっきまでペンギンと大富豪してましたけど?」
    「へ?買い出し行くって言ってたからてっきりシャチと合流したもんだと」

    ペンギンの返事に「知らないか?」「いや、知らねェ」と広がっていく会話。
    徐々にざわめきだす船員にローは短い舌打ちをする。
    心当たりが無いわけでもない。今朝は新聞を見て面白そうな顔をしていた。

    「あの馬鹿・・・。いや、いい。ほっとけ。どうせそのうち戻ってくる」

    諦めの混じったローの言葉にペンギンが頷いた。
    の悪癖だと悟ったらしい。

    「あァ、あの人のいつもの単独行動癖ですか。懲りねェなァ」
    「毎回心臓突かれて痛い思いしてんのにな。
     船長、ところでいつさんの心臓返すんですか?」
    「さァ・・・いつだろうな」

    はぐらかすようなローの言葉に今度はシャチが言う。
    その声色には少しの呆れが滲んでいた。

    「・・・当分返す気ないんですね。
     さんも良く平気だよな〜、大男でも心臓とられたら大抵失神するのに」
    「突かれてもちょっと痛い注射されたくらいの反応だもんな。異常だ」
    「痛覚ってもんが無ェのかあの人・・・」

    シャチとペンギンがげんなりとした顔での感覚の鈍感さについて語っている。
    から心臓を奪ってしばらく経つが、は大して気に止めていないようですらあった。
    ローが機嫌を損ねて強めに心臓を突くと本気で嫌そうな顔をするもののそれくらいである。

    ローは思う。
    かつて、婚約者が死んだ日、その亡骸を弔った日に自分も死んだ。
    今更もう一度死ぬことは怖くはないと嘯いたは本心だったのだろう。
    は驚く程自身を省みないところがある。
    だが、ドフラミンゴを倒すという計画に関してはは蛇のような執念と執着を持っているように見えた。
    それこそ心臓がローの手のうちにあろうがなかろうが。その盟友であるうちは、きっと戻ってくるだろう。

    しかし、未だこの大きなルビーのような心臓を返すのは何故か躊躇われた。
    今も肌身離さず持ち歩いているの心臓に軽く手をやってから、ローは腰を上げる。

    「・・・いざとなりゃでんでん虫を持たせてる。
     どうせ情報収集とか言って適当な奴から生気吸い取ってんだろ。行くぞ」
    「アイアイ!」

    威勢良く返事をした船員を従えて、ローはシャボンディ諸島へ足を踏み入れた。



    「物事にはかならず理由がある・・・なるほどね、道理で静かだと思った」

    シャボンディ諸島に立ち寄ったそうそうたる顔ぶれ。にも拘らず大人しすぎる海軍。
    違和感を覚えたはハートの海賊団とは1人別行動をとり、海兵から”穏便に”情報を抜き出した。
    に”目を付けられた”哀れな若い海兵はの足下に倒れ臥している。
    は唇を軽く舐めてその場をあとにした。
    そろそろ合流しなければ船長に心臓を突かれかねない。

    その前に連絡をすべきか悩みつつ歩いていると、知った顔が前から現れた。
    彼女にしては珍しく眉根を寄せる。

    「昔馴染みと顔を合わせるのは避けたかったのだけど、」

    一人つぶやいたに相手も気づいたのだろう。互いに足を止めた。
    海賊にしては粗野な雰囲気は持っていないものの、
    その悪魔の実の能力故に隠れた凶暴性があることをは知っている。

    「どうしたの?幽霊でも見たような顔してるわ、ドレーク”元”少将」
    「・・・・軍医」

    低い牽制の言葉にドレークは微かにこぼした名前に、は笑みを深めた。
    ドレークの引き連れている男の何人かは顔見知りだ。
    まさしく幽霊でも見たような顔をしている彼らには言う。

    「奇遇ね。出来れば会いたくはなかったけれど」
    「おれは今ここで騒ぎを起こすつもりはないが」

    ドレークの言葉には腕を組む。

    「ここで騒ぐのは得策ではない。その通りよ。
     ・・・それにしても、随分意味深な旗揚げをしたものね。
     それなりに考えてのことだと推察するけど?」

    ドレークは何も答えない。
    は笑みをほどくと一瞬でドレークのそばに寄った。
    手には医療用のメスが握られている。
    ドレークの顎に切っ先を向けるだが、ドレークに動じた様子は見られない。
    しかし、彼の側近は思い思いの武器をに向けた。

    「聞かせてもらえる?」
    「悪いがあなたに教える筋は無い。他を当たれ」

    ドレークが毅然と突き放すと、は肩をすくめた。

    「つれないわね、残念だわ」

    がメスをしまい、距離をとる。
    ドレークの側近達も掲げていた武器を下ろした。

    「そうカリカリしないでちょうだい。
     この状況であなたから無理矢理聞き出したりはしないわよ。
     ねえ”海賊ドレーク”」
    「・・・後輩が海賊になったのを咎めるような人には見えなかったが」

    含みのある言葉にドレークが眉根を顰めると、は口の端をつり上げた。

    「フフ、まあね。
     あなたがこちらにちょっかいをかけてくるタイプの人間じゃなくてほっとしているところよ。
     願わくばこのまま相対することが無いと良いわ」

    そう言い残して消えたに、ドレークは大きく息を吐く。

    「船長・・・!」
    「大丈夫だ。あの”目”も使われてない。油断ならない人だが・・・しかし」

    ドレークは思いだす。白髪でうつろな目をした、同い年で先輩でもあるかつての軍医。
    入隊したばかりのころに、基本的な衛生管理の教官として接したことがあるものの、
    交わした言葉は少ない。
    だが、印象的な人だった。

    「やはり何か目的を持って海賊になったらしい。
     誰の下に居るのかは、分からないがな」

    相対することを嫌がっていたには悪いが、
    どうもこの先顔をあわせるような気がするとドレークは止めていた足を進めながら思った。



    『もしもし、ロー船長、ご機嫌いかが?』
    「最悪だ。お前今どこに居る」

    でんでん虫から聞こえるハスキーな女の声にローが不機嫌そうに答えた。

    『3番グローブよ。ちょっと気になることがあってね。
     まあそれ以外に顔なじみに会ったものだから挨拶したけど。
     ・・・ちょっと、そんなに不機嫌そうな顔しなくたっていいじゃない、
     騒ぎにはしてないわよ。
     それにしても・・・ふふっ!でんでん虫が凄い顔してるわ』

    でんでん虫越しに笑うにローが持っていた心臓を強めに突いた。
    それを見たペンギンが、懲りないな、との言動を思い首を振った。
    客員海賊なだけあってローに対して
    やや砕けた態度をとるが心臓をつつかれるのはいつものことだ。
    ベポがあーあ、と言う顔をしているのが嫌に目についた。

    『あいた・・・ッ!』
    、ふざけてないで早いとこ合流した方が良いよ」
    『・・・わかったわ。すぐ合流する。あなた達はどこにいるわけ?』
    「1番グローブ、人間屋だ」
    『人間屋?悪趣味だわ』

    でんでん虫が怪訝そうな顔に変わるも、
    すぐに何か納得したのか頷いて、それから真剣な表情に変わった。

    『なるほどね。・・・でもロー船長、そこに居ると、海兵に囲まれるわよ』
    「!」

    の忠告にペンギンが外の気配を探る。
    シャチもそれに倣って気配を探ると確かに海兵らしい気配がした。

    「船長、さん、手遅れです」
    『ああ、もう囲まれてるの?
     誰を捕まえる気かは聞く前に相手が倒れちゃって聞けてないんだけど・・・。
     でもあなた達、邪魔だてされたら皆倒しちゃうでしょ、どうせ』

    の言葉にローが不敵に笑う。

    「当然だ」
    『だと思った。
     それからもう一つ、今シャボンティに海兵がやたら少なかったのは近いうちに白髭の腹心、
     火拳のエースの処刑を行うからだそうよ。
     準備と白髭対策にかかり切りになるからしばらくは
     こっちにまともな人数は裂けないと思う。天竜人でも害さない限りはね』
    「ええ!?さらっと凄い情報掴んでる!?」
    「・・・」

    ローは難しい顔で考え込んでいると
    が返答を待たずに告げた。

    『とりあえず合流に向けてそちらに向かうわ。
     その後の対応に着いてはまた後ほど』
    「ああ、そうしろ」