シャボンディ諸島にて 03


    天竜人の奴隷の首輪から解放された喜びに浸る間もなく、
    ハスキーでどこか甘さを含んだ女の声がジャンパールの耳に飛び込んで来た。

    「あら、キャプテン・ジャンパールじゃない。仲間にするの?」
    「あぁ」

    酔狂にもジャンパールを配下に加えたローの横に どこからともなく白衣の女が現れた。
    灰色の瞳に白髪。年齢の読みにくい美貌の女。
    その顔を見てぎょっとした様子のジャンパールが、女の悪名を口にする。

    「その出で立ち、白衣の悪魔・・・!トラファルガー・ローの部下だったのか?」
    「・・・私の名前も売れてるわねえ、たいした活躍もしてないんだけど。
     まあ、いいわ。取り合えず逃げましょう。そろそろシャレにならないわよ」

    茶化した様子の無い悪魔、にローも頷く。
    ベポをしんがりに潜水艦のあるグローブまで走っていると、誰かが戦っているようだった。
    煙が上がっている。

    その相手を見てシャチが思わず叫んだ。

    「船長!!アレ・・・」
    「ユースタス屋と・・・!なんで七武海がこんなところに・・・!」
    「バーソロミュー・くまか、また厄介な」

    の声から甘さが抜ける。
    帽子をかぶる大男。その強さは折り紙付きだ。何しろ世界に七人しか居ない王下七武海。
    その一人なのだから。

    海兵が不穏な噂をしていたが、彼のことだったのだろうか。
    が内心で訝しむ。
    しかし、の直感はそれ以外に不味いことがあると警鐘を鳴らしていた。

    「トラファルガー・ロー」
    「おれの名を知ってんのか・・・!」

    ローの顔を確認したらしい、クマは殆ど予備動作なく口からビームのようなものを放った。

    「船長!!」

    ベポが叫ぶ。

    「問答無用ってわけね。やれやれだわ」

    爆煙の中から無事だったローとが現れる。
    ローは不機嫌そうに鬼哭を抱え直し、は首を緩やかに振ってみせた。
    その様子を見たベポはほっとした様子で息を吐くが、
    対照的にジャンパールが額に汗を滲ませる。

    「ここは『海軍本部』と『マリージョア』のすぐそば、
     誰が現れてもおかしくはない・・・!」

    はスカートの埃をはたきながら思案するように口元に手を当てる。

    「・・・おかしいわねぇ、聞いていたのとちょっと違うわ」
    「悠長なこと言ってる場合か!!!後ろから海兵が来るぞ!!」

    思わずシャチがに突っ込みながら叫び、
    今まで戦っていたのだろう、キッドが苛立たし気にくまを睨む。

    「手当たり次第かコイツ!!トラファルガー、てめェ邪魔だぞ」

    邪魔呼ばわりされてもローは意に介した様子も無い。

    「消されたいのか。命令するなと言ったはずだ」

    どうやらひとまず共闘ということになるらしい。ローの手に小さなつむじ風が立つ。
    様子を見ていたはふう、と息を吐いてくまに背をむけた。

    「分担しましょう、とりあえず私は追ってくる海兵の相手をするわ。
     ペンギン君、シャチ君、ベポ君、ジャンパールはとりあえずロー船長の援護でもしててちょうだい」
    「えっ、一人で平気?」
    「もう布石は打ってあるし大丈夫よ。足止めくらいなら出来る」

    そうこうしている間に喧噪が迫って来る。
    は白いブーツのつま先をコツコツ、と地面で鳴らす。
    顔の横で己の手首をそっと掴めば、これがの臨戦態勢だった。

    「・・・わかった!死ぬなよ!」
    「あと怪我とかも出来れば無しの方向でお願いします!」
    「が、頑張って!」
    「・・・武運を祈る!」
    「ふふ、お互いにね」

    不敵に微笑むは剃を使って移動する。
    それを見送ると、ペンギンは振り返って七武海を睨んだ。

    さんが戻って来たら倒せてるくらいがちょうど良いよな、シャチ」
    「おうよ。船長!援護します!」
    「アイアイ!」
    「存分に腕を振るわせてもらうぞ・・・!」

    いい具合に発破をかけられたらしい船員にローが口の端をつり上げた。

    「フフ、たまにはあいつも良い仕事するじゃねえか。さて、早々に片付けるぞ。
     ユースタス屋、足は引っ張るなよ」
    「抜かせトラファルガー」

    キッドが腕を振るい。サークルが展開する。
    戦闘が始まった。



    海兵が突如一人現れた白衣の女を見て、ぎょっとしたように足を止めた。
    白衣をなびかせた女はしかし、ただ者ではない雰囲気を纏っている。

    「あの女、白衣の悪魔、だ・・・!一億の首です!」

    海兵の誰かが叫んだ。瞬間、が瞳をぎらり、と輝かせたように見える。
    得体の知れない怖気にかられ、指揮官が叫んだ。

    「・・・!捕らえろォ!!!」
    「嫌だわ、私のような女に出来ることは限られているのに・・・。
     そんな血眼にならないでよ」

    は海兵たちと目を合わせ、それから軽く指を鳴らした。

    「だって、病人は安静にしてなきゃでしょう?」

    のささやき声にあわせるかのように、数人の海兵がへたり込む。
    続けて人差し指で空気をなぞるように動かすと、ぱたぱたと兵士達が倒れていった。
    正気の海兵が叫ぶ。

    「お、お前何を・・・!」
    「高熱感染”パンデミック・フィーバー”」

    が海兵を見下ろした。見回せば銃にもたれながら女を睨むもの、完全に意識を失っているもの、
    まちまちだが、だれもかれも戦闘出来る様子でないのは明らかだ。
    は悩まし気なため息を一つ零してから膝をついた指揮官の男の前にゆっくりと歩を進めた。

    「38度5分ってとこね。そんな状態で億越えを相手にするのは厳しいんじゃない?
     ・・・熱下げてから出直してらっしゃいな」

    高熱に浮かされても流石は将校と言ったところか、
    指揮官の男は愛剣にもたれながら、気丈にを睨み上げる。

    「我々を足止めしたところで逃げられると思うなよ・・・。
     ルーキーごときが大将の他に”平和主義者”を相手取れるものか!」
    「・・・あなたが一番意識があるわね?」

    はまだ動けそうだった正義のコートをまとった男の顎をその手で掴み、
    そしてたおやかかつ、拒めない速度で、その唇を奪ってみせた。

    「!?」

    恐らく将校であろう海兵は自身に何が起きたのか、
    起きるのかをすぐに把握したらしい。
    その瞳の奥に恐怖が見えた。
    肩が震えている。
    の瞳が万華鏡のように光を反射し、輝いていた。
    啜るような汚らしい音を立てる唇がしっとりと潤っていく。
    過ぎた快楽に翻弄される海兵はの瞳に溺れていく。


    意識を失った指揮官を乱暴に地面に叩き付け、は唇を拭った。

    「・・・やだ、口紅落ちちゃったわ」

    悠長なセリフと裏腹に、が剃を使って迅速にその場を離れる。
    全員意識が朦朧となるレベルまで体温を上昇させ、将校から生命力を啜り取った。
    これで指揮官を潰した。歩兵は大体が使い物にならない。
    普通の風邪と違って回復は速いだろうがそれでも、足止めにはなるだろう。
    は急いでハートの海賊団との合流を目指した。



    「ベポ君!」
    「あ!?!無事?」

    ベポが安堵したように息を吐いた。

    「ええ、海兵は足止めしたわ。
     しばらくは来ないはず。こちらは・・・見れば分かるわね」

    ひとまずハートの海賊団は無事のようだった。
    シャチがひらひらと手を振っている。

    七武海、バーソロミュー・くまの腕は見事に切り落とされていた。
    ローの十八番だ。それに少なくない打撃痕。これはキッドのものだろう。
    決着のときは近い。

    意外にもなんとかなりそうだ、とは内心で呟く。

    の目はその落とされた腕に注がれていた。
    機械のコードが皮膚や筋肉に混じって伺える。

    そこでは海兵から聞いていた情報や今までの出来事に合点がいったとばかりに頷いた。
    そもそも、くまはニキュニキュの実の能力者だ。
    それにあのビームは黄猿のものに余りに似過ぎている。
    そして、が海軍を出る前に聞いていた新実験の内容・・・。

    「なるほど、将校が騒いでた”平和主義者”とはこれのことか、
     Dr.ベガパンクも趣味の悪いことをする」

    ぎりり、とは思わず唇を噛んだ。
    すぐさま剃をつかってローの隣に立ったにローが瞬く。

    「どうした?」

    は真剣な面持ちで囁くように言う。

    「ロー船長、急ぎましょう。この七武海、量産型のサイボーグよ。
     何体かこの島に居る可能性があるわ」
    「・・・!本当か?」
    「ええ。彼の首、見える?通しナンバーがあるはずよ」

    ぼろぼろになった服の隙間からナンバーが見えてローが舌打ちした。

    「おい、ユースタス屋、どうやらこの七武海偽物だとよ、おまけに複数居るらしい」
    「なんだと!?」
    「ウチのクルーが言うんだ。間違いない」

    キッドが驚きを露にを見る。
    その視線を無視して放たれたビームを避けながらはくまに目を合わせた。
    どうやらローのとなりに並び立ったに、くま、平和主義者も気づいたらしい。

    「白衣の悪魔・・・
    「・・・人格らしい人格は無いみたいね、あなたの瞳、無機質だわ」

    くまがもう一度にビームの照準を合わせる。
    その隙を見て、ローがくまの首を落とし、
    キッドが金属を纏わせた腕で、くまの身体を貫いた。

    「どうりでこの男よく反発するわけだ」

    キッドが平和主義者の残骸を蹴る。肉片の隙間からボルト、ナット、コードが転がった。

    「・・・運が良かったわね。恐らく、本物よりはマシな相手だったはず」
    「だろうな。七武海にしては手応えがなかった。・・・行こう」

    はぐっ、とくまの残骸を見て眉を顰め、先を急いだローの背を追いかける。
    ローはの一瞬の表情の変化を咎めることをせず、ただ声をかけただけだった。

    「・・・急ぐぞ、
    「ええ、ロー船長」

    走り去る間際、キッドが値踏みするようにを見つめていた。
    はそれに目線一つをくれてやる。

    また機会があれば相対することになるだろう。
    敵か味方か、定かでないが。