シャボンディ諸島にて 02


    人間屋にはドフラミンゴの海賊旗のマークがペイントされている。
    はそれを無表情に指でなぞると、堂々と入り口から人間屋に入った。

    既に人間屋の周りは海兵に囲まれている。だが、を気にした様子はない。
    剃。海軍医時代に身につけた半端な六式の一つはなかなかに役に立つ。

    「裏切らないと保証できる人間なんていやしないのにね、フフフ」

    ゆっくりとオークションが行われている会場へ足を進めると、嫌に騒がしい。
    何かから逃げているらしい人ごみをすり抜け。入り口に立ち、
    会場全体を把握しようと辺りを見渡すと壁には穴、座席は一部壊れ、天井も崩れている。
    めちゃくちゃになったオークション会場を目の当たりにしては目を瞬かせた。
    ものの見事にボロボロだ。
    何人か負傷しているらしい人間や戦闘中の人間の姿もある。
    よく見れば倒れ臥している中には天竜人らしい男がいるではないか。

    「・・・あらあら」

    そういえば、海賊が天竜人を手にかけたと誰かが叫んでいただろうか。
    まさか我らがロー船長がそんな無謀な真似をするとは思えないが、
    止めもしないはずだ。

    なるほど、事態がなんとなく見えて来ては笑みを深めた。
    なかなか愉快なトラブルに見舞われているではないか。
    注意深く戦闘している人間に眼を向けた。

    「3刀流に緑髪の男、海賊狩りね。
     金髪のスーツの男は手配書と特徴は同じ・・・黒足?
     戦っているのは麦わらの一味か」

    少し視線をずらせば真っ赤な髪の強面の男が面白そうに事態を静観している。

    「見物の海賊にキッド海賊団・・・うちの船長はまたえらく、くつろいでるじゃないの」

    逃げ惑う観客の中で悠然とくつろいだ様子のハートの海賊団船長を見つけ、
    はふわ、と地面を蹴った。
    剃を限りなくその所作に気をつけて行えば、
    まるで瞬間移動のような効果を”演出”できるのだ。
    ローの横に現れると、は笑った。

    「随分楽しそうなトラブルね?」
    「あ!?さんいつの間に!?」
    「ついさっきよ」

    シャチが目の前に立ったに驚く。

    「ロー船長、状況から察するに麦わらのルフィが天竜人を殴ったみたいだけど
     ・・・当たってる?」
    「ああ」

    ローが肯定するとが目を好奇心で輝かせてみせた。

    「噂通りの破天荒ね!信じられない・・・見とけば良かったわ!」
    「そりゃ残念だったな。単独行動したお前が悪い」

    ローが刺のある口調で言うとは肩をすくめ、もう一度周囲を見回した。
    キッド、麦わら、それぞれの一味の勘のいい連中は
    が突然現れたことに気づいたようだ、が今はそれどころではないようだ。
    ローはしばらく事態を静観することにしたらしい。もそれに倣うことにした。

    麦わらの一味、黒足と思しき男が叫んだ。

    「しまった!ケイミーちゃんが!」

    商品としてステージに上がっている拘束された人魚の少女に、天竜人の女が銃口が突きつけたのだ。
    麦わらの一味の人間の顔が強ばったのを見るに、捕われた少女を助けたいのだろう。
    随分と変わった一味だと首を捻ったの背筋を一瞬電流のような物が走った。

    「!」

    天竜人の女が倒れた。だがそれよりも、だ。が首を抑える。
    ローも厳しい表情でを呼んだ。
    同じような感覚を味わったらしい、破れた天幕から出て来た巨人と、老人を睨む。

    、今のは・・・」
    「ええ、覇王色の覇気。熟練されているのか、相手を選んでいるようだったけれど・・・!」

    は老人の顔を確認すると絶句した。

    「ロー船長、私の眼が確かならあの男、
     シルバーズ・レイリーで間違いないのだけれど、いかがかしら」
    「・・・お前の眼は確かだ、眼科医じゃなくて悪いが一応保証しておく。
     おい、お前等、気を脹れ。今度は来るぞ」
    「アイアイ、」

    ローの言葉が終わるか否か、
    ビリ、と空気を伝うように覇気が迸った。衛兵達がばたばたと倒れる。
    肌をチリチリと焦がすような感触がした。相当の覇気だ。
    だが、恐らく手加減されている。

    「あ、あぶねえ、一瞬意識が遠のいた」
    「でもあれが本気じゃないわシャチ君、気を抜かないで」

    冷や汗をかいたがレイリーを見詰める。
    敵対することは無さそうだが目的が読めない。
    どうやら麦わらに用があるらしいことは口ぶりで分かるけれど。

    警戒の視線に気がついたのか、シルバーズ・レイリーが顔をあげる。
    と目が合うと、面白そうなものを見るような顔でウィンクを飛ばされた。
    愛想がいいと言ってしまえばそれまでだが、年甲斐の無いやんちゃな好々爺らしい。
    思わずが大きく瞬くと座ったままのローがのふくらはぎを軽く蹴った。

    「痛ッ、ちょっとロー船長、なにするの!?」
    「・・・気を抜くな、馬鹿」

    あからさまに不機嫌な顔のローにが理解出来ない、という顔をした。
    シャチとペンギンはどことなく呆れている様子である。

    「悪かったなキミら・・・、見物の海賊だったか、
     今のを難なく持ちこたえるとは、半端者では無さそうだ」

    「まさか今日、こんな大物に出会うとは思ってなかったよ」

    ローが余裕を装って答える。と、引き継ぐようにキッドが続けた。

    「冥王、シルバーズ・レイリー・・・!間違いねェ、何故こんなところに伝説の男が」
    「下手にその名を呼んでくれるな。もはや老兵。・・・平穏に暮らしたいのだよ」

    レイリーは隠居の身であることを強調し、表舞台からは遠ざかって暮らしたいと嘯いている。
    だが、本当に隠居暮らしをしたいなら、こんな風に人間屋をおちょくるような真似はしないだろう。
    は軽く肩を竦めて言った。

    「・・・なら残念なお知らせだけど、海軍の連中殺気立ってるわ。大将は黄猿が来るそうよ」
    「!」
    「ほう・・・随分と耳が早いようだね」
    「ここは特殊な島ですもの。打てる対策は打つべき。そうでしょう?」

    海軍内で使われる連絡用のでんでん虫を掲げて見せたにローが笑う。

    「へぇ、くすねて来たのか」
    「まぁね、それから・・・迫撃砲が準備されてるみたい。
     とはいえ、このメンツじゃあ、無意味でしょうけど」

    が各船長に目をやると、ルフィは軽く首を傾げ、
    キッドはの意図を読んだのか凶悪な笑みを浮かべた。
    横に控えるキラーが囁く。

    「白衣の悪魔、、ルーキーではないが、億越えだ」
    「2年前軍艦を皆殺しにしたアバズレ・・・覚えてるぜ。
     それっきり噂は聞かねェが、トラファルガーの船に居たのか」
    「・・・まあ、良いじゃないの私のことは」

    がつい、と人指し指を折り曲げると、
    タイミング良く海軍から拡声器をつかった呼びかけがはじまる。

    『犯人は速やかにロズワード一家を解放しなさい!!
     直『大将』が到着する。早々に降伏することをすすめる!!
     どうなっても知らんぞ!!!ルーキー共!!』

    「先に、逃げることを考えないと」
    「おれ達は巻き込まれるどころか
     完全に共犯者扱いだな」

    ローの口元には面白がるような笑みが浮かんでいる。
    それに答えるようにキッドが口を開いた。

    「"大将"と今ぶつかるのはゴメンだ・・・!長引くだけ兵が増える。
     先に行かせてもらうぞ」

    部下を引きつれて真っ先に出口に立ったキッドが手の平をふる。

    「ついでだ・・・お前ら助けてやるよ!」

    はおや、と眉を跳ね上げた。
    プライドの高いローはその口ぶりを気に入らないだろうと思ったからだ。
    表の掃除はしといてやる、と続けたキッドに
    すぐさま苛立ちを露にしたのはやはりそれぞれの一味の船長だった。

    「・・・ベポ、鬼哭を寄越せ」
    「アイアイ!」

    ローは立ち上がり、ベポから刀、鬼哭を受け取るとすぐにキッドの後を追う。
    麦わらのルフィも肩をいからせて歩いて行くのが見えた。
    傍観していたは思わず息を吐く。

    「大人げないわね」
    さん・・・アンタそれ船長の前で言ったらまた心臓突かれるぞ」
    「あなたも否定しないじゃない、ペンギン君。同罪よ」

    の軽口にペンギンはまったく、と言いながら出口へと足を向ける。
    そう時間も立っていないのに、外は大惨事だった。
    並び立つ3人の船長の前には瓦礫の山、所々人らしきものが伺えるが、
    動けそうなものは少ない。

    「あーあー、暴れちゃって船長・・・」

    シャチが思わず零す程だ。
    がオークション会場を振り返る。

    「そうこうしてるうちに裏口から海兵が来たみたいよ」

    「裏口より人質3名の身柄を確保!迫撃砲は能力者以外を狙え!銃撃隊は後列へ!」
    「全兵一斉攻撃を開始する!海賊共を討ち取れ!」

    海軍の指示が飛ぶ。
    シャチとペンギンは顔を見合わせ、それからニィ、と悪人らしい笑みを浮かべた。
    なにしろ彼らは海賊、暴れるのは嫌いじゃないのだ。