戦争、その後始末 03
「ロー船長、私に預けてくれないかしら。
麦わらのルフィに、ちょっと思うところがあるのよ」
船室から投げ出された船員を見て苛立ちを見せ、
Roomを展開しようとしたローに、が静かに言った。
甲板へとフラフラと現れたルフィの瞳に理性は見えない。
つないでいたはずの点滴は全てとってしまったのだろう。
痛々しい傷跡はそのままだ。
ローもも眉を顰めた。傷口が開きかねない状態だ。
ハンコックやジンベエですら、その有様に息を飲む。
「・・・ちょっと」
がルフィの前へと移動し、その顎を掴んだ。
すかさず攻撃に移ろうとするルフィに、はルフィの瞳を覗き込む。
「人の船で暴れないでちょうだい」
”鎮静”とが呟いた瞬間、ルフィの目に光が戻る。
の肩を片手で掴み、それでもなお攻撃に移ろうと、殴ろうとするも、
が暗示をかける方が速い。
だが、その肩からミシ、と骨が軋む音がする。
奥歯を噛んだは険しい表情のまま、より鮮やかに目を光らせた。
”強制睡眠導入”
ガクン、と意識をおとしたルフィだが、
は仮にも患者であったルフィを支える気も無いらしい。
意識を失ったルフィが甲板に叩き付けられたのを冷たく一瞥した。
「今ので死ぬわけ無いでしょうね。陸の上なら暴れて良いわよ。
・・・その場合、命の保証はできかねるけど」
「おのれ、女!ルフィに何をした!」
海賊女帝が憤るもは面倒だと言わんばかりにハンコックを睨んだ。
「寝かせただけよ、うるさいわね。
今ここであなたの好い人に暴れられたら私たちまで死ぬし、彼も死ぬわ」
ハンコックはたちまち頬を赤くする。
「い、好い人・・・?
女、お前には、わらわたちがそ、そのような関係に見えるのか?!」
「何?違うの?」
の言葉にもじもじとまさしく恋する乙女のような仕草で
己の世界に入り込んだのを見ては肩を抑えた。
「さん!大丈夫ですか!?」
「白衣の悪魔・・・!」
仲間とジンベエの声に一瞥するとは大きくため息を吐いた。
「やれやれだわ。せっかくロー船長が助けてやったのに、
起きたと思ったら興奮状態だし血の気が多いし・・・、
面倒な患者ね。もっとも、気持ちは分からないでも無いけれど」
「、麦わら屋が次起きるのは何時間後だ?」
がスカートを叩いて埃を落とすようなそぶりをすると、ローが尋ねる。
は少々思案した。
「結構強めに睡眠導入したつもりだから・・・1日くらいは起きないわ」
「・・・で?その肩は?」
ローの声が低くなる。は少々言葉に詰まった。
「・・・折れてるわよ」
「そうか」
の返事に、ローはその手を肩に置くことで返した。
痛覚が鈍いと船員を含めてハートの海賊団に認識されているだが、
流石にその傷口を抉る様な真似に瞳には涙を浮かべていた。
「ッ・・・!?ちょっと、触診する必要ないでしょ!?」
軽く悲鳴を上げるに平然とした顔でローが言った。
「お前の喚き方を見るに全治2週間だな」
「・・・その底意地の悪さはどこで培ったわけ?」
「生憎育ちが悪ィもんで」
睨むを意に介さずローは床に転がるルフィを自ら抱えた。
「・・・治ると思うか?」
「さっき自分で言ってたでしょう。現状命はつないでるけどどうなるかは分からないって。
そもそも、一番あなたがわかっているはずよ。執刀したのはあなたなんだから」
「お前の見立てが聞きたい」
ローの言葉に、は一度大きく目を瞬いてから、すぐに真剣な表情になる。
「・・・ロー船長の手術に不足はないわ。
無茶苦茶なホルモン治療を2回も受けたゴム人間相手に、電気もほとんど使わず、
重症患者を助手が居るとはいえ2人同時進行で手術を進めて
あの状態まで持っていける医者はそうはいない。
悪魔の実の能力を差し引いてもね」
ローを手放しで褒めるだが、賞賛を受けるローの顔は険しいままだ。
「それでも、」
は彼女にしては珍しく低い声で言う
「生きる意思の無い人間はどれだけ医者が手を付くしても死ぬわ」
「・・・!」
ジンベエ、ハンコックが息を飲む。は続ける。
「さっきのあの状態からして、次起きたら彼、間違いなく暴れるでしょ?
これ以上身体にダメージを与えたら我々のつないだ命は水の泡
・・・ただでさえ半死半生なんだから当然よ。
それを止めたいんならせいぜい説得するのね」
「お前さん・・・随分冷淡じゃのう」
ジンベエに睨まれ、は目を眇める。
は珍しく、苛立っていた。
「後先考えずに命を使い捨てるような男が嫌いなだけよ。
・・・残される方の身にもなってもらいたいわ。彼は船長でしょうに」
「白衣の・・・」
の表情からなにか考えるものがあったらしい、ジンベエが複雑な表情を浮かべる。
ローも同様だった。の言葉には幾つかの含みがあるようだ。
「・・・喋り過ぎたかしら?それからそこの女帝さん、
あの手のタイプは外堀を埋めて逃げられなくしてから攻めるのが手よ」
重くなった空気を払うようにはふっ、と笑みを浮かべた。
声色に明るさが戻る。
「何言ってんだアンタは!」
「外堀・・・なるほどのう・・・」
「ほらー!なんか本気にしてるじゃないですか!!!」
シリアスな空気だと思って損したわ!と
船員達が突っ込むのを愉快そうにが笑う。
ハンコックが気を取り直したように咳払いをし、ベポに命令した。
「でんでん虫はあるか?
九蛇の海賊船を呼べば、この潜水艦ごと、凪の帯を渡れる」
それを聞いて、ローを含め、ハートの海賊団は驚きを露にした。
「ルフィの生存が政府にバレれば必ず追っ手がかかる。
わらわ達が女ヶ島で匿おう。わらわがまだ七武海であるなら、安全に療養出来るじゃろう」
麦わらに取ってもハートの海賊団にとっても、願っても無い提案であった。
次に麦わらが黄色い潜水艦の設備に手を出した時は
恐らく”魔眼”ではなく”Room”が展開されかねなかった。
船の針路が決まり、女ヶ島を目指すことになるとどこか船員達が浮き足立ったように感じる。
息を吐いたローが、肩を抑えるに呆れた様な目を向けた。
「どいつもこいつも手間かけさせやがって。治療するからお前も来い」
「自分で出来るわ」
引かれた手をゆるやかに振り払うにローが眉を上げた。
「ダメだ。お前背中に手が回んねえだろ。肩どうやって固定するんだ?」
「・・・ロー船長、私を四十肩扱いしてない?ねぇ?
その本気で心配してる風な声色が本当に腹立つわ」
軽口を返してからがローの担ぐ、気絶したルフィを見て目を眇めた。
「麦わらのルフィ。彼に何か見出したの?」
「イワンコフにも言われたが、ただの気まぐれだ。理由や理屈はいくらでも作れる」
「それ、つまり後先考えずに直感で動いたってことじゃないの。
あなたにしては、珍しいわね」
「そうでもない」
を船に迎えると決めた時も、ローは結局のところ直感に頼っている。
そしてその直感を、ローは後悔していないのである。
そのやりとりを見つめていた
イワンコフが口元に手を当てて、を注視していた。
「んー・・・やっぱり惜しいわ。捨て難い。
ねえ、そこの白衣のヴァナタ、ヴァナタ性転換に興味ある?」
「ハァ!?」
「何言ってんだ!?」
シャチとペンギンがいきなりなんだ、と声を荒げるが、
イワンコフはそれに構わず、に熱烈な視線を送っている。
「ヴァナタ、なーんかニューカマーの素質を感じるのよ・・・。
ねえ、お名前だけでも教えてくれない?」
「・・・・よ、イワンコフ」
「さん近づかないでください!何名乗ってんですか!?」
「ダメ!絶対!さんそういうの面白がってやるタイプだろ!やめてくれ!」
「ええ、まぁ。正直ホルモン人間の治療には興味があるけど」
「もー!」
「船長何とか言ってくださいよ!」
の性別が変わるのがそんなに嫌なのかシャチとペンギンが騒ぐのを
ローが呆れた様子で見やり、嗜めるようにの名前を呼んだ。
「、その辺にしとけ」
「言われなくとも、ロー船長。興味はあってもやるべきではないと思ってるわ。
特に私の場合はね。
・・・イワンコフ、悪いんだけど、私、結構厄介な体質を持っててね、
それって私が女だから許されてる部分があると思うのよ」
ローはすぐに納得していた。
ペンギンやシャチは一瞬疑問符が浮かんだようだが、
すぐに察したらしく、青い顔をしている。
「私が男になったら、男でも女でも誰にでも見境なくキスする最低最悪のクソ野郎になるわ。
止めといた方が良いとは思わない?絵面がおかしくなるでしょう?」
「あら・・・意外とやんちゃなのねぇ、
そんなヴァナタも見てみたい気もするけれど・・・止めときましょう。
ヴァナタの船長に怒られちゃうわ」
イワンコフが残念そうに返した言葉に、
は面白そうにクスクス笑うだけだった。
※
女ヶ島に付くと、陣が張られた。
本来ならば男子禁制ということでバリケード代わりらしい。
シャチやペンギンを筆頭に残念そうな船員は多いが、
船長であるローはと言えば赤髪から預かったルフィの麦わら帽子を眺めている。
の見立て通り、ルフィは1日経って目を覚まし、大暴れしている。
ローは相手をする気にもなれなかったらしい。
ジンベエにその説得を任せて、万が一の処置のためかその場に船を停泊させている。
「叫び声が聞こえなくなったわ。落ち着いたのかしらね」
「さァ、死んでるかもな」
「また縁起でもないことを言って・・・」
ローは麦わら帽子を弄びながら冗談にもならない様なことを言う。
すると沖の方で巨大な水しぶきが上がった。
ペンギンが双眼鏡で確認する。
「大型の海王類だ!」
「死んだ!何かにやられたぞ!」
「相手の生物は見えなかった・・・恐ろしい海だ」
船員達が口々に言うが、の目は確かに人影を捕らえていた。
驚愕に目を見開きながら口元を抑えたに、ローが眉根を寄せた。
「どうした、」
「人だわ。あれは・・・!」
停泊している岩場の湾岸、そこに一人の老人が現れる。
だがその姿は老人と言うには余りに若々しかった。
冥王、シルバーズ・レイリー
シャボンディ諸島で相対してから数日が経つが、
やはりその態度には敵対する様な様子は見られない。
驚くハートの海賊団の面々に、レイリーはこともなげに言った。
「君たちか。シャボンディで会ったな」
「・・・泳いで来たの?無茶なことする人ね」
「途中までは船で来たさ、お嬢さん。
嵐で沈められなければ、もっと楽だったのだがね」
海王類を倒し、嵐の海から泳いで来たと言う伝説の男におののく船員を尻目に、
やれやれ、とずぶぬれの外套を絞ったレイリーは
警戒するローに余裕の笑みを浮かべてみせる。
「・・・ルフィ君がこの島にいると推測したのだが、どうかな?」