戦争、その後始末 01


    シャボンディ諸島、天竜人襲撃事件からハートの海賊団は潜水艦である程度身を潜めていたが、
    やはりポートガス・D・エースの処刑に海軍は兵を割かざるを得ないのか、
    思いのほか事態の鎮静は早かった。

    2日もたてば、目立つ行動をとるなというローのお達しのもとではあるが、
    ごく普通に諸島を出歩けるようにはなっていた。

    バーソロミュー・くまが天竜人を殴った麦わらの一味を崩壊させたとの報道もあり、
    天竜人も一応の溜飲を下げたということだろう。
    は食堂で新聞を睨んでいた。
    ローがそのの前で脚を止める。

    「・・・、船長室に来い。チェスの相手をしろ」

    ローの誘いにはしばし逡巡するも、立ち上がった。

    「そうね、付き合いましょう」



    ローとのチェスは言葉通りの遊びではない。
    盤上は海図、駒は通常のチェスの駒から将棋の駒、はたまた指人形までつかって行われる。
    つまり、世界情勢と照らし合わせながら、ハートの海賊団の針路を決定する”遊び”なのだ

    「白ひげは来ると思うか」

    マリンフォードの海図を広げ、ローはチェスの駒、白のキングを動かした。

    「ええ、勿論。全盛期程の力は無いにしろ、あの大海賊は信念を曲げるようなことはしない。
     ただひたすらにその力で部下、彼に言わせれば”家族”を守るでしょうね。
     たとえ海軍との全面戦争になろうとも」
    「・・・」

    ローは複雑な面持ちで駒を睨む。
    は女の子の指人形とライオンのミニチュアをマリンフォードの外へ置いた。

    「他の四皇の動きだけど、カイドウ、ビックマムは動かないはず。
     ビックマムは戦況を見定めてから動くでしょう。
     海軍が負ければ軍の手薄な島の略奪。白ひげが負ければその縄張りの略奪に。
     ・・・ドフラミンゴが居るのなら、カイドウもひとまず様子を見るでしょうね」

    低く紡がれた男の名前に、ローは眉を顰めた。
    険しい表情のまま、ローの指は赤いチェスのキングをつまみ上げる。

    「異議はねぇ。四皇最後の一人、赤髪だが、
     バナロ島で火拳が黒ひげに敗れる前、白ひげと赤髪の接触が報道されたろ。
     覚えているか」
    「ええ、・・・まさか」
    「白ひげに加勢するのか、海軍に乗じて白ひげの戦力を削ぐのかは定かじゃねえが、
     おれは戦争が起きれば来るだろうと睨んでいる。四皇の中では穏健派と言われているが、
     どう番狂わせがあってもおかしくない」

    は難しい顔で駒を睨む。

    「・・・赤髪か。この間から海賊王ゆかりの人間に縁があるわね」
    「そう言えば、麦わらの一味が崩壊したとか言われてるが、報道以外になにか情報はあるか?」

    海賊王という言葉に、麦わらの怖いもの知らずの青年を思い出したらしい。
    ローの疑問に、は間髪入れずに答える。

    「シャボンディに停泊していた彼らの船をだれかが守っているらしいわ。
     一味の人間では無さそうとのこと。
     新聞が誤報か真実かはともかく、ただ、確かに言えることは、
     ここ数日、シャボンディで一味の人間を見たものは居ないそうよ、
     あれだけ目立つ子達がなんの目撃情報がないのはおかしいとは思わない?」

    ローは指を組んだ。

    「・・・捕まったならそう報じられるはずだ。
     何せ3億の首、その上一味全員が賞金首の特殊な船だからな。
     だが新聞じゃ”崩壊”したとだけ書かれてやがる」
    「本物のくまの仕業でしょう。新聞にもそうあったし。
     彼、人を強制的に移動させる能力者だと聞いていたから」

    ローはの顔を伺う。くまとの戦闘の最中、聞いていた話と違う、
    と言っていたのはその能力のことだったらしい。
    ローはどこかおざなりに肯定した。

    「海賊の拿捕も七武海の仕事だ。
     捕まえても殺してもいないってのは少々引っかかるが、
     ・・・まぁ、いい。次だ」
    「OK、ロー船長。では海軍について、予測しましょう」

    は動物の小さなフィギュアとモノポリーの戦車の駒を合わせて7体置いた。

    「七武海は強制招集されると新聞にあったわ。かなりの人数が集まるはずよ。
     今回の招集、断れば称号剥奪のペナルティがあるはず」

    だがそれでも蛇のフィギュアはおきあぐねている。

    「女帝は度を越した外界嫌い。来るかしら。
     でも、裏を返せば6人は揃うということ!荒れるはずよね」

    は顎に手を当てて眉をひそめる。

    「さて・・・情勢の整理は出来た。本題に入ろう」

    ローがミニチュアの潜水艦を取り出し、
    シャボンディ諸島の海図の上に乗せた。

    「我々の針路について、ね」
    「おれは処刑を見に行くつもりだ。・・・マリンフォードへ」
    「!」

    が顔を上げる。
    ローの顔は冗談を言っているようには見えなかった。

    「・・・なるほど」
    「正気を疑ってみるか?」
    「まさか」

    不敵な笑みを浮かべるローに、は苦笑しながらも納得している様子だった。

    「こんなチャンス、2度とは無いわ。
     七武海。その実力を推し量れる好機など」

    ニィ、と負けず劣らず不敵に微笑むにローは立ち上がった。

    「決まりだ。次の行き先はマリンフォード」
    「ええ、ロー船長。仰せの通りに」

    行き先が決まったタイミングで、
    船員がばたばたと艦内を駆ける音がした。
    シャチとペンギンがノックもそこそこに船長室に駆け込んでくる。

    「船長!さん!」
    「なぁに?ペンギン君、そんなに慌てて」
    「火拳の公開処刑の前に白ひげが来て、白ひげと海軍が戦争はじめたと思ったら・・・!
     ああ、もう!説明メンドくせぇ!とにかく見てくださいよ!」

    ローとが訝しむのも構わず、シャチがの手を掴む。
    船室に取り付けられた映像でんでん虫のモニターの前に手を引かれるの後を、
    ローが悠然と追った。



    モニターに映し出されるのは戦場だ。
    ペンギンの言うとおり、公開処刑どころか白ひげと海軍の全面戦争が始まっている。
    が目を細めて映像を注視した。

    「白ひげ、3大将が目立つわね・・・ちょっとまって?今映ったのは、クロコダイル?
     彼はインペルダウンに収監されたはずでは?」
    「・・・麦わら屋が居るな」
    「なんですって?」

    ローの言葉にが振り返る。ローが映像を睨みながら顎をしゃくった。
    がもう一度映像を見ると確かに、
    先日シャボンディ諸島で大暴れした青年が血を流しながら戦っている。

    「そうなんですよ!なんか、麦わらの奴、ポートガス・D・エースの義弟みたいで・・・!
     インペルダウンの囚人達を引き連れて、兄貴を助けようってマリンフォードに来たらしいです」
    「インペルダウンの囚人達を・・・、そう言えば何人か見覚えのある人間が居るわ」

    の表情が歪む。
    ローはが海軍医時代、相当な数の海賊を拿捕したと聞いている。
    にとって見覚えのある人間がちらほら居てもおかしくは無い。

    「お前が捕まえた奴もいるんじゃねえのか?」

    ローが面白そうに笑っている。
    は深いため息を吐いた。

    「ええ、結構恨まれてるのよね、私。面倒ごとが増えないと良いんだけど。
     それにしても、麦わらのルフィ。大暴れね、・・・無茶するじゃないの」
    「ふらついてるね」

    ベポがに答えるように言った。

    「満身創痍って感じだ。・・・大丈夫かな」

    心配そうなベポにつられてか、
    ローが映像の麦わらを見つめていると、バチ、と大きな音を立ててモニターが暗くなった。
    船員の間でブーイングがあちこちで飛んでいる。

    「あ、故障か?!」
    「・・・いいえ、恐らく違うでしょう。
     ロー船長、予定に変更はある?」
    「いや、予定は変えない・・・船を出すぞ、ベポ!」
    「アイアイ!キャプテン!」

    航海士、ベポの背中をとん、と叩いてローは船へと戻る。
    ベポは威勢良く返事してジャンパールに先輩風を吹かしていた。

    「あ、キャプテン、それで、どこに船を出すの?」
    「マリンフォードだ」

    一拍置いて、船員達が「ええ~!?」と叫ぶも、ローは意に介した様子も無い。
    それどころか、「不服か?」と一声言えば船員達もぐうの音も出ず、付き従うしか無いのである。



    航海は恐ろしく順調に進む。
    元々シャボンディ諸島とマリンフォードとの距離は遠く無い。
    普段遭遇する様な海王類とも遭うことが無かった。

    「映像が戻った!」
    「オイ、赤犬が!」

    マリンフォードに近づいていくと、
    いつの間にか映像でんでん虫がその役目を思い出したかのように目を開いていた。
    そして映像が戻ってほどなく、それは一瞬の出来事だった。

    「ひ、火拳のエースが死んだ・・・!」

    船員の一人が呟いた声が、その死に様に静まり返った船室に響く。
    内臓を焼かれたと呟く男の声が聞こえてくる。
    その死に顔は涙に塗れてはいるものの、口角は上がっている。
    ポートガス・D・エースは死んだ。
    海賊王と同じように、笑って死んだ。

    「・・・あれは、・・・即死しててもおかしく無い。
     ロギアの力があって言葉を発することが出来たのか、それとも・・・」

    が目を眇め、首もとのネックレスを硬く握りしめる。
    笑った死に顔には、いくらか思うところがある

    そして麦わらのルフィ。
    目の前で兄と慕う男が死んだ。その悲しみはいかほどのものか。
    絶望し慟哭するルフィの顔はとても3億の首とは思えない程哀れだ。

    「勝敗は明らかだな」

    ローが眉根を寄せて呟く。
    白ひげは負傷し、エースは死んだ。
    海軍の勝利である。