ゴーストアイランド
サウザンドサニー号に陽気な声が響く。
「ヨホホホホ!
ハイ、どうもみなさんごきげんよう!
私この度この船でご厄介になる事になりました。
”死んで骨だけ”ブルックです!どうぞよろしく!!!」
シルクハットをとって、白骨死体、ブルックが朗らかに挨拶してみせた。
その横にふわふわと浮かぶ、フリルをたっぷり使ったドレスを纏う幽霊も、
スカートの裾を持ち上げて優雅な所作でブルックに倣うよう挨拶をした。
「右に同じく、麦わらの船長さんに誘われて海賊になったわ!
実は記憶喪失だから、名前も覚えていないの。
だから好きに呼んでね!ウフフフフっ!」
紳士な骸骨と陽気な幽霊。
彼らを前にして、一味の皆は口を揃え叫んだ。
「ふざけんな!!!何だコイツら!!!」
ウソップとチョッパーは十字架をブルックと幽霊に突きつける。
しかしどうやら異形の彼らに十字架は効かないものらしい。
ブルックも幽霊も笑うばかりだった。
「ヨホホホ、おやおや、手厳シィー!」
幽霊は一人一人をまじまじと観察しているようだった。
怯えられているのも構わず、好奇心で爛々と目を輝かせている。
「ウフフッ、黒髪の綺麗なお姉さんに、腹巻きのお兄さん、
海水パンツのお兄さんに、長鼻のお兄さん、青い鼻の・・・トナカイさん?
海賊って随分ユニークな人達なのね」
「幽霊に言われたかねェよ!悪霊退散!悪霊退散!」
ウソップが声を上げると、幽霊は頬を膨らませてみせた。
「まぁ、失礼しちゃうわ、悪霊だなんて!
私に出来る事と言えば、せいぜい背筋をゾッとさせたり
突然目の前に現れて脅かすくらいよ!」
「立派な悪霊じゃねぇか!?」
ウソップの突っ込みに、幽霊はケラケラと笑い出す。
「ウフフフフッ、ゴーストジョークよ。
そんなことしないわ。・・・多分ね」
「ヨホホホホっ、幽霊のお嬢さんお上手です」
パチパチと拍手するブルックと笑う幽霊を見て、
ゾロがルフィに食って掛かった。
「おい、ルフィ!何なんだコイツらは!?」
「面白ェだろ?仲間にした」
ルフィは楽しそうに笑っている。
ゾロはその返答に信じられないと言わんばかりに声を荒げた。
「したじゃねェよ!?認めるか!」
そしてブルックの横でうなだれていた
サンジとナミを睨む。
「おめェらは一体何のためについてったんだ!?
こういうルフィの暴走を止めるためだろうが!」
「面目ねェ」
うなだれる2人を見てブルックがゾロの肩を叩く。
「ヨホホホホ!まあ、そう熱くならずに!
どうぞ船内へ!ディナーにしましょう!」
「てめェが決めんな!!!」
残念ながら完璧にブルックのペースである。
※
夕食の最中、簡単な自己紹介をして幽霊とブルック、麦わらの一味は食卓を囲む。
幽霊はどうやら食事を取れないらしく、コックのサンジは残念そうに眉を下げていた。
しかし幽霊は「こういうのは雰囲気が大事よ!」と気にするそぶりはない。
ブルックも頷いて、おどけてサンジに食事の催促の歌を歌う始末である。
それにルフィも悪ノリするのだから始末に負えない。
ブルックはサンジの作った食事に舌鼓を打つと、
頭骨を食べ物で汚したまま、自身が”ヨミヨミの実”の能力者であること、
ある男に影を奪われたことを麦わらの一味に明かした。
そうなると気になるのが、ブルックと一緒に居た幽霊のことである。
「そういやユーレイ。お前は骸骨と一緒に居たが・・・記憶喪失って言ってたな。
どういういきさつで一緒に居たんだ?」
フランキーに問われ、幽霊は簡単な説明をはじめた。
「私、いつからか分からないけど、フロリアントライアングルをずっと彷徨っていたの。
とはいえ、自分が歩いている場所も、フロリアントライアングルだって、
ブルックに教わるまで分からなかったわ。
ただただ霧の中を歩き続けて、たまに出会う幽霊船の中を散歩したりしてた。
・・・そうこうしてるうちに、2ヶ月くらい前だったかしら、
ブルックに出会ったの!それから毎日歌って過ごしたわ!」
話される内容はとても明るいものではないのに、
その声色や表情に、陰りは見えない。
「ヨホホホッ、気晴らしには歌うのが一番です!」
「ず、ずっと彷徨ってたって、一人で、この海をか・・・?」
チョッパーがおずおずと、笑う幽霊に声をかけた。
幽霊は何でもないことのように頷く。
「そうよ。昼なのか、夜なのか、全然分からなかったけど、
とにかく歩かなくちゃって思ったの。
だって私、自分がどこの誰なのか分からないんだもの。
どうして死んだのか、なんで幽霊になったのかも、覚えてない。
名前も、年齢も、家族や、恋人や、友達が居たのかも分からない!」
幽霊はまるで喜劇の登場人物のように、大きく腕を広げてみせた。
「・・・思い出したいと思ったわ。歩き続けるのは怖かったけれど、
その場に留まり続けたら、きっと永遠に何もかもが分からないまま!
そんなの嫌でしょう?」
幽霊の言葉に、答える人は誰もいなかった。
幽霊は少し考えるそぶりをみせ、小さく笑って見せる。
「・・・ウフフ、歩き続けるですって。
私に足なんか無いのにね!ウフフフフッ」
「お嬢さんすっかりゴーストジョークをマスターしましたね。免許皆伝です」
境遇からは理解出来ない程に底抜けに明るいブルックと幽霊を、
一味は何とも言えない、複雑な表情で見つめている。
それを見て、幽霊は困った様に肩を落とした。
「ねぇ、そんなお葬式みたいな顔しないで?
私、あなた達に出会えて、嬉しいのよ。
ブルックに出会ってから、私、いろんな事を思い出したわ。
昔読んだ推理小説、歌ったオペラ!弾いたピアノの練習曲、
ふざけて踊ったワルツのステップ・・・。
まだまだ自分のことは思い出せていないけれど、人と出会う事で、お話することで、
私は確かに、思い出すの。
・・・こんな霧深い海の中で、人と出会って、仲間に誘われるなんて、
今日はなんて素敵な日なのかしら!」
幽霊は胸に手を当てて、感じ入るようなそぶりを見せた。
触発される様に、ブルックも立ち上がる。
「私もですよ、お嬢さん。
私も、皆さんに出会えてとても嬉しい。
舵の聞かない大きな船に揺られ彷徨い数十年。
私、本っっ当に淋しかったんです。
淋しくて、怖くて、死にたかった・・・!
幽霊のお嬢さんと出会った時、こんな幸運は二度と無いと思いました。
それが、今日、ここで皆さんに会えた。こうして、夕食を共に出来た・・・。
仲間に誘ってくれた・・・!こんな喜ばしい日は、そうありません!」
ブルックは恭しく、ルフィに向かってその腰を折った。
「あなたが仲間に誘ってくれましたね、
本当に嬉しかったのです。・・・どうもありがとう。
だけど、本当は断らなければ」
「おい!なんでだよ!?」
ブルックはフロリアントライアングルから出られないのだと言った。
日光の無いこの海だからブルックは外に出ることも出来るが、
影を奪われた彼が、この海の外で生きていくのは難しいのだと。
それを聞いて、ルフィは眉を寄せてブルックに食ってかかる。
「何言ってんだよ、水くせェ!
だったらおれが取り返してやるよ!
そういや誰かに取られたっつったな!?誰だ!?どこに居るんだ!」
ブルックは一瞬言葉に詰まる。
「・・・あなた、本当にいい人ですね。驚いた!
しかし、さっき会ったばかりのあなた達に、
”私のために死んでくれ”なんて、言えるハズもない」
ブルックは気を取り直そうとバイオリンを手に取った。
「それより歌を歌いましょう!今日のよき出逢いの為に!
私は楽器が自慢なのです!海賊船では”音楽家”をやっていました」
「ウフフ、本当にとても上手なのよ」
幽霊がブルックの肩に手を置いて笑いかけた。
ルフィはぱっと瞳を輝かせる。
「えーっ!?本当かァ!?
頼むから仲間に入れよバカヤロー!」
ブルックは楽しそうに肩を震わせる。
しかし、次の瞬間、
その場に居た皆は壁からぬっ、と出て来た人形のような物に釘付けになっていた。
「え・・・ギャアアアアア!!!!」
「アアアアア!?」
「おい、なんだ!?どうした!?」
オバケを大嫌いだと言っていたブルックが腰を抜かしている。
無理も無い。それは白い霊体”ゴースト”だった。
「うわー!?なんかいるー!?」
「ゴ・・・ゴーストーーー!」
ウソップ、チョッパー、ブルックが恐怖に叫んだ。
対照的に、幽霊は好奇心に駆られているようだった。
白いゴーストにそっと近づき、手を伸ばした。
「私、私以外の幽霊って初めてだわ。
さ、触れるかしら・・・?」
「フィー・・・!?」
それに気がついたゴーストは、幽霊にギョッとしたような顔をして、
距離をとり、やがてひゅるる、と音を立てて消えてしまった。
混乱の最中、轟音と共に船が大きく揺れる。
ブルックがハッと息を飲んで船室から外へと飛び出した。
「なんてこと!まさかこの船はもう『監視下』にあったのか!?」
船の前方に巨大な口のような門が現れている。
今の振動はこれが閉まった音だとブルックは理解していた。
「これは門の裏側。
・・・と言う事は、船の後方を見てください!」
次々に船室を出て来た皆が驚きに目を瞬く。
幽霊もブルックに促された通り、船の後方を見た。
それは島だった。
霧深く、全容を把握する事は出来ないが、
装飾の施されたゴシック様式の洋館が見える。
太いチェーンのついた歯車、緑をつけない鋭い印象の木々。
黒々とした棘のような葉をつける茂み。人の気配が余りに薄い。
さながらホラー小説の舞台だった。
「もしやあなた方、『流し樽』を海で拾ったなんてことは?」
「あ・・・!拾ったぞ!」
「それは罠なのです。この船は、その時から狙われていたんでしょう・・・、
これは、海を彷徨う”ゴーストアイランド”『スリラーバーク』!」
ナミが腕につけていた記録指針を見て訝し気な声を上げる。
「彷徨う島・・・!?
”記録指針”は何も反応してないわ・・・!」
「そうでしょう。この島は遠い”西の海”からやって来たのですから!」
しばらく考えるそぶりを見せると、ブルックは船の船首に立って帽子を取った。
「今日は何と言う幸運の日。
生きた人に会えただけでなく、私の念願まで叶うとは、
ヨホホホ、幽霊のお嬢さん、・・・我々ここでお別れです」
「え・・・!?」
幽霊が驚き、目を見開いた。
それに構わず、ブルックは声を張り上げる。
「皆さん!あなた方は今すぐ後ろの門を何とか突き破り、
脱出してください!
絶対に海岸で錨などおろしてはいけません。
私は皆さんに会えて、とても嬉しかった。
おいしい食事、歌い踊った2ヶ月間・・・!
一生忘れません!」
「そんな、ブルック!」
幽霊が声を荒げた。
しかし手を大きく振って、ブルックは別れの挨拶をする。
「ではまたご縁があれば、どこかの海で。
良い旅路を・・・!」
ブルックはルフィが止めるのも無視して、海へと飛び込む。
そしてそのまま海の上を走って行ってしまった。
「ブルック・・・」
ナミは消沈した幽霊に気遣わし気な視線をくれたが、
それでも身の安全を考えなくていけないと決めたようだ。
すぐに脱出しよう!とルフィに提案した。
だが、当のルフィは皆に眩しいまでの笑顔を向ける。
「ん?なんか言ったか?」
「い、行く気満々だァー!」
ウソップがわあああ、と騒ぎだした。
「ルフィ!あの島に行くなら、私もお供させて!」
意を決した様に幽霊がルフィに詰め寄った。
ルフィは簡単に頷いてみせる。
「お、いいぞ」
「ブルックに一言もの申したいわ!」
幽霊のスカートの裾がボッと燃え上がるように揺れた。
「なんだ、怒ってんのかよ、ユーレイ」
フランキーが幽霊に面白そうに問いかけた。
幽霊は握りこぶしを作って頷く。
「そうよ!勝手に決めて、一人で行ってしまうなんて・・・。
私は確かに武器も取れないし、それどころか物にも触れないし、
何もできないかもしれないけど・・・!
突然敵の目の前に現れて吃驚させたりとか!
あと私がすり抜けたらひやっとするらしいからぞっとさせて
その隙に相手をやっつけるとか!できるじゃない!」
「・・・顔に似合わず結構えげつない戦法口にするじゃねェか」
フランキーが少し引きつった顔をした。
幽霊は尚も怒りが収まらないのか、眦をつり上げる。
「だって!・・・置いていくなんて酷いわ」
幽霊はふ、と目を伏せた。
そのやり取りの最中も、ロビン達、比較的冷静な一味の面々が
門の形状などから一味の置かれた現状を把握しようと考えを巡らせている。
「霧で分かり辛いけど、門の延長に伸びる壁は島を取り囲んでいるようにみえる。
——つまり、この船は今、島を取り囲む壁の内側に閉じ込められたと言うこと・・・」
ナミがその推測に応えるに言った。
「じゃあ、この島は人工的に海を彷徨ってるってこと・・・!?」
ブルックが去り際「すぐに脱出しろ」と忠告したのも相まって、
一味はすぐにでも脱出しよう、というメンバーと、
島に船をつけようというメンバーとに別れた。
なかでもすぐに島に行きたいらしいルフィが虫取り網と虫かごを身につけている。
ウソップはルフィに迫る。
「おい考え直せよルフィ!
だいたい・・・、あの不吉な建物見ろ!本物の『オバケ屋敷』だ!
あとお前、その虫かごはなんだ?」
「ああ、これか。これはな、細心の注意を払いながら、」
ルフィは虫かごを手に取ってみせる。
「さっきのゴーストを捕まえて飼うんだ」
「ナメてんのかァ!?だいたいそこに幽霊居るだろうが!」
「え!?今私、虫扱いされたの!?」
ルフィはウソップが騒ぐのも、幽霊がショックを受けているのもどこ吹く風で、
先ほど食事したばかりなのに、サンジに海賊弁当を頼んでいた。
「何より、大切な仲間を連れ戻さなきゃな」
ブルックを”大切な仲間”と扱うルフィに、幽霊は安堵したように息を吐く。
裏腹に、ウソップがルフィに食って掛かった。
「仲間って、おれァ反対だからな!
幽霊とか骸骨なんか仲間に居たら、怖くて夜も眠れねェよ!」
「ねえ、ウソップ・・・」
しきりに幽霊とブルックを怖がるウソップの肩に、幽霊はそっと手を置いた。
どうやら冷やっとしたらしい。ゾゾゾ、と背筋を震わせて、幽霊を振り返る。
「そのうち慣れるわ!
幽霊や骸骨が怖いのは、得体が知れないのと、見た目が怖いからでしょう?
見た目はすぐに慣れるし、重要なのはお互いをもっと知ることなのよ!
・・・24時間一緒に居る?」
「ふざけんな!もうそれ取り憑かれてるじゃねぇか!?」
幽霊に元気に突っ込むウソップは、怖い怖いと言う割に、
心のそこから幽霊を怖がっているようには見えなかった。
「一理あるぜ、ユーレイのお嬢さん、まずはおれに取り憑いてくれ・・・!」
「サンジは黙ってろ!」
海賊弁当を準備したサンジが煙草の煙をハートに変えている。
そのまま騒ぎ出したウソップとサンジにクスクスと笑みを零した後、
幽霊はスリラーバークへと目を向ける。
ブルックと進路を違えるにしても、こんな別れ方は嫌だと思ったのだ。
そしてあわよくば冒険の中で、何か思い出すこともきっとあればいいと期待していた。
幽霊は顎に手を当てて、考えるそぶりを見せる。
「それにしても、”バーク”って帆船のことよね?
”スリラーバーク”・・・”ぞっとする帆船”?
島の名前にしてはちょっと変わってるわ」