死の舞踏
ルフィがモリアを倒し、影が全ての人々の元へと戻ったのもつかの間、
突然現れた”七武海”バーソロミュー・くまが
”ウルルス・ショック”と言う凄まじい攻撃をしたせいで、
幽霊はどうしてか森の外れまで”吹飛ばされて”しまっていた。
ペローナの爆発でも何ともなかったのに、どういう訳なのか。
幽霊は頭に疑問符を浮かべながらも元居た場所に戻るべく空をかけていた。
数分かけてそこに戻ると、皆気絶している。くまの姿も見えなかった。
そこに、誰かの呻き声を聞いて、幽霊は耳を澄ました。
声の方に行くと、モリアがうっすらと瞬いたところだった。
どうやら生きているらしい。
幽霊は軽く息を飲む。
——きっと動けないだろうが、皆を傷つけさせる訳にはいかない。
目を覚ましたモリアに、幽霊は声をかけた。
「・・・大コウモリさん、あなた、随分無茶をした様に見えるけど」
何しろモリアは1000体もの影を操ろうとしていた。
ルフィに敗れたことが、モリアの何かを傷つけたのだろう。
ロビンはモリアが怒りと愚かなプライドで自分をはかり損ねたのだと言った。
そして暴走し、モリアは自ら破壊したスリラーバークのマストで頭を打って、
こうして地に伏す羽目になっている。
モリアは幽霊に、皮肉めいた目つきで尋ねた。
「キシシシシッ、黄泉の国へ、おれを連れて行くか、幽霊」
「――いいえ」
幽霊は首を横に振る。
そんなことができるとは考えもしなかったらしい。
モリアは随分と大人しく幽霊を見上げている。
それはまるで、何かを待っているようだった。
幽霊は躊躇うそぶりをみせたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あなたは言ったわ。『仲間なんて、生きているから失うのだ』と」
オーズを倒したルフィに、モリアは言った。
しかし、モリアが信頼を置いていたらしい
三怪人と呼ばれていた彼らはゾンビではなかった。
「・・・モリア、ならば、なぜ、あなたが真に重宝するのは、
代えの利くゾンビではなく、人間だったの?」
モリアは答えない。
「代えが利かないから、仲間なのではないかしら、
私、ルフィ達を見ていて、そう思ったの」
”ウルルスショック”を放つ前、
くまは、ルフィの首と引き換えに命を助けてやると皆に言った。
それに一味の皆は、それどころかモリアの影を取り戻すのに協力した人々でさえ、
「断る」と即答したのだ。
その後、とてつもない攻撃に晒されると知っていても。
それを見て、幽霊には思うところがあったらしい。
モリアは目を眇める。
「・・・フン、ごちゃごちゃとうるせェ幽霊だ」
モリアは幽霊と目を合わせた。釣り上がった恐ろし気な目つきではあるが、
そこに不思議と敵意は見えないでいる。
「真の悪夢はこの先の海にある。
グランドライン、後半の海、”新世界”
そこに蠢く怪物共相手に、お前らはどこまでやれる?」
幽霊は首を横に振った。
「さぁ、行ってみない事には、分からないわ」
「キシシシシ!」
モリアは心底面白そうに笑う。幽霊は息を吐いた。
「私が生きていて、あなたの素敵なダンスホールが使えたのなら、
ダンスに誘っていたところだけれど。・・・私はこの通りの幽霊。
せめてあなたに相応しい歌を贈りましょう。
——私に海賊の流儀を教えた、お礼に」
ブルックが居たのなら、彼に伴奏を頼みたかったが、
一人でも歌は歌えるだろうと幽霊は背筋を正す。
”スリラーバーク”
この巨大なお化け屋敷と、死を克服したがったモリアに相応しい歌があるのだ。
『死の舞踏』
幽霊はそのメロディーを口ずさんだ。
『墓石の上 かかとでリズムを刻みながら
真夜中に 死神が爪弾くはヴァイオリン
踊りの旋律
夜は深く 冬の風が吹きすさび
ライムの木々が呻く
青白い骸骨が闇より舞い降り
死装束を纏い そこら中を走り回る
身体を捩り 踊る骸骨の骨が、
カチャカチャいう音が聞こえるだろう
死人の恋人達が並んで苔に腰掛ける
人生の甘い蜜を 再び味わおうとするために
ああ 突然踊りは止み 彼らは押しあいへしあい逃げていく
暁を告げる鶏が鳴いたのだ
ああ この哀れな世にしてなんと麗しき夜
死と平等に 祝福あれ』
幽霊が歌い終えると、モリアが小さく口の端をつり上げた。
その手が徐々に透けて行く。驚く幽霊に、モリアは言った。
「行ってこい、歌唄いの幽霊。
死者が生者の世界で何が出来るのか見せてみろ」
それは激励だった。
モリアはまるで夢の様に消え去り、彼の居た場所に朝日が差した。
幽霊は太陽を見上げる。透けた手の平越しに、それを見た。
「日の光・・・浴びるのは随分、本当に随分、久しぶりな、感じがするわ」
幽霊の呟きに答える声は、誰も居なかった。
※
皆が目を覚まし、
誰が号令をかけたわけでもないのに宴会が始まり出している。
「ぎゃああああ!幽霊ー!!!」
「オバケー!!!!」
サンジが作った料理を囲む海賊達の間を歩む幽霊を見て、何人かは驚いていた。
幽霊は彼らに穏やかに微笑んでやった。
彼らはちょっと意外そうな顔をする。
「あれ、かわい・・・?」
幽霊はわざとらしく首を傾げてみせた。
「あら、お兄さん達とっても元気そう。でも喋らない方が男前だわ。
どうする? 私と一緒に死ぬ?」
「ヒィイイイイイ!?やっぱり怖いー!!!」
「何言ってんだアンタは!?」
ナミが幽霊を怒鳴った。
そのやり取りを見てブルックがヨホヨホと笑っている。
「ウフフッ、ゴーストジョークよ」
「ヨホホホホホッ、お嬢さん、ストレートなお言葉、素敵です」
ナミはやれやれと首を振った。
ブルックは空中を歩く幽霊の手を引くようなそぶりを見せる、
その足元にはきちんと影があった。
幽霊はそれを見て目を細める。
「ねぇ、ブルック!ピアノがあるわよ、弾いたら?」
「ヨホホ、いいですねェ」
ブルックはピアノに指をかけた。
それを見てサンジが声をかけて来る。
「おい、お前、バイオリン弾きじゃなかったのか?」
「楽器は全般いけますよ。あの・・・少し話戻りますけど、
実は私も”見ちった”のです・・・、お二人の行動に心打たれました」
サンジはブルックの言葉に複雑な顔をする。
ブルックはしみじみと言った。
「仲間って、いいですね」
「そうね。ウフフフフ!」
幽霊が笑うと、サンジはピアノに腕をかけた。
「お二人って言ってくれるなよ。おれは間抜けを晒しただけだ」
「いいえ、あなたにも同じ覚悟があった。そうでしょう?」
ブルックは話題を変えようとしてか、サンジにリクエストを求めた。
「何か一曲いかがです?リクエストがあれば」
サンジは腕を組んで悩むそぶりをみせた。
しかしそれより先に、ブルックの指が動き出す。
「あ、ビンクスの酒を〜」
「お前今リクエスト求めたよな!?」
「ウフフフフ!
許してあげて、ブルックはこの歌が大好きだから」
思わずイライラするサンジに
幽霊が笑いかけると、サンジは肩を竦めてみせた。
「幽霊のお嬢さんが言うならしかたねェな。
おれもこの歌は嫌いじゃねェし」
ビンクスの酒は古い海賊の歌だ。
楽し気に弾くブルックに誘われてか、ルフィがピアノに寝転んだ。
「おいブルック!この曲おれ知ってんぞ!
シャンクス達が唄ってた」
ブルックは懐かしそうに顔を上げた。
「昔の海賊達はみんなコレを唄ってました。
辛い時も、楽しい時も・・・」
ルフィは幽霊とブルックに笑いかける。
「お前さ、おれの仲間になるんだろ!
幽霊と一緒に!」
ブルックは俯いた。
「影帰って来たもんな、日が当たっても航海できるだろ?」
ブルックは躊躇うように首をふって、ルフィにぽつぽつと話だした。
それはラブーンというクジラの話だった。
ブルックには迎えに行くと約束した子クジラが居るのだ。
しかし、約束をしたのは50年も前のこと。きっと待っていてはくれてないだろうと、
ブルックはため息まじりに言った。
それでも約束なのだから探しに行かなくては、と。
それを聞いて、ルフィはブルックに言った。
「おれたち双子岬でラブーンに会ってんだ」
「・・・え?」
ブルックの手が少し緩やかになった。
ルフィは朗らかに言う。
「あそこで50年、ラブーンが仲間の帰りを待ってるのは知ってた。
だから驚いたよ!あいつの待ち続けてる海賊達の生き残りが、
お前だって分かった時は・・・!」
幽霊は息を飲んで、ブルックの横顔を見た。
ブルックは驚いている。
「それで、お前はちゃんとまだ約束を覚えてる。
これ知ったら、ラブーン喜ぶだろうなー!!!
ししし!」
ルフィは笑い、ブルックは言葉を選んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
ヨホホ・・・、吃驚した・・・唐突で、あなた達が本当に、
ラブーンに会ったって?!」
「うん」
「50年も経っているのに・・・?!」
ピアノの旋律がブルックの戸惑いを表すように乱れている。
「今もまだ、あの岬で待っていてくれるんですか、ラブーンは、
本当に・・・!?」
「うん」
ルフィは頷いてみせた。
サンジとウソップが、一緒にラブーンに会ったのだと頷いてみせる。
ブルックは想いを馳せるように言った。
「見てみたいなァ、私たちが別れたときは、
まだ小舟ほどの大きさで可愛かった。
ちょっと聞き分け悪かったけど、音楽好きで、良い子でねぇ、
・・・今でも目蓋を閉じるとその姿が、
頭にね、浮かぶんです。私、目蓋、ないんですけど・・・、」
ピアノに深く指が沈んだ。
その目の窪みから、涙がこぼれ落ちる。
骸骨だから涙は出ないと、常々笑っていたブルックが泣いていた。
「そうですか・・・!彼は、元気ですか・・・!!!
こんな、こんなに嬉しい日はない・・・」
暫くブルックは嗚咽していた。
何か、遠い昔の出来事に、想いを馳せているようでもあった。
やがてブルックは涙を拭い、そして頭蓋骨から”トーンダイアル”を取り出した。
それは音楽を蓄え、再生出来る貝なのだと言う。
幽霊はそれを見て、ウソップの持っていた衝撃を蓄える貝に似ていると思った。
「空島のやつだ!」
ルフィが言う。ウソップも頷いている。
ブルックがダイアルを操作するとトーンダイアルが音楽を奏ではじめた。
ビンクスの酒だ。
その場に居た全員が、合唱に合わせて唄い出した。
トーンダイアルの声は、命に満ちあふれていた。
幽霊は息を飲む。
物語なのだ。この歌は。
かつて生きていた海賊達が、クジラに捧げた歌。
約束を志半ばで果たせなかった人達が生きた証。
笑って、航海を終えたのだという証拠。
これを託されていたのだ。
だからブルックは、ルフィ達と行けないのだと言ったのか。
幽霊はブルックを見つめていた。
これからどうするのかは、ブルックが決めるべきことだと、幽霊は分かっている。
「・・・かつて仲間達と共に、力一杯に唄ったこの歌。
ルンバー海賊団”最後の大合唱”
霧の海を彷徨い続けた50年間何度聞いたことでしょうか」
ブルックは視線に答えるように、幽霊に顔を向ける。
「お嬢さんが現れるまで、この歌は唯一、私以外の命を感じさせてくれたのです。
あなたに出会えたのは、奇跡だった。本当に、嬉しかったんです。
幽霊のお嬢さん・・・」
幽霊は首を横に振った。
「ウフフ、でも、今日が来たことのほうがずっと奇跡的だわ。
その命の歌は今日、クジラのラブーンに捧げるための歌になったのね!」
「ヨホホ、あなたならそう言ってくださると思いましたよ・・・、
ルフィさん」
「ん?」
ルフィはピアノに寝そべり、ブルックに笑いかけた。
ブルックは万感の想いを込めて叫ぶ。
「私!!!生きてて良かったァ!!!
今日と言う日が、やって来たから・・・!!!」
皆が笑う。
ブルックはルフィに問いかけた。
「私、仲間になっていいですか?」
ルフィは頷く。
「おう、いいぞ!」
そのさらりとしたやり取りに、麦わらの一味は声を上げて叫んだ。
「えええ!?さらっと入ったァー!!!」
しかしブルックは歓迎の胴上げを受けている。
ナミとルフィにむけておどけてみせている。
ルフィは大受けだが、ナミはどこか呆れているようだ。
「また賑やかになるわね」
ロビンがクスクス笑っていると、ナミはため息を吐いている。
「なんで”こういうの”集まるのウチって・・・」
「ウフフ、楽しそうでいいじゃない」
「アンタも充分”そういうの”だからね、幽霊!」
ナミが幽霊に突っ込んだ。
幽霊はクスクス笑ってみせる。
「あら?ウフフフフ!手厳しいわ!」
「まったくもう・・・」
そう言えばとひとりごちて、幽霊はブルックに近づいた。
「そうだ、ブルック、私あなたに言いたいことがあったの」
「え?何です?」
ブルックは笑う幽霊に首を傾げる。
何を思ったか、幽霊はブルックの身体を思い切り通り抜けた。
「ヒェエエ!?冷たいっお嬢さん、何を!?」
「私を置いて行こうとしたでしょう!相談もナシに!」
震え上がるブルックに、幽霊は人差し指を突きつけた。
「次同じ事をしたら・・・そうね、夜中にずっと耳元で念仏を唱えるからね!
私に出来うる限りの恨めしい声をだしてやるわ!
キリスト教なら聖書にするけど・・・どっちがいいかしら?」
「おい、そういう問題かよ!?」
ウソップが突っ込んだ。
ブルックは想像したのか肩を震わせている。
「怖い怖い怖い怖いっ!止めてくださいよお嬢さんー!?
私恐がりなんですよ!?眠れなくなってしまいます!」
「だったら!」
幽霊はブルックの頬にそっと触れた。
唇は笑っているが、目は笑っていない。
「黙って、置いて、行ったり、しないで?いいこと?」
「わ、わかりました。わかりましたから・・・!」
「分かってくれたなら良いわ!」
ぱっと手を離すと、ブルックは胸を抑えている。
「ハー・・・心臓に悪いです。私心臓ないですけど」
フランキーがそれを見て面白そうに笑う。
「なんだ?随分尻に敷かれてるなァ、ブルック」
「ウフフ、私幽霊だから敷けないわよ?」
幽霊の軽口に、フランキーが眉を上げた。
「・・・分かってて言ってるな、ユーレイの嬢ちゃん」
「ウフフフフ!」
幽霊は声を上げて笑う。
宴会の最中、幽霊はブルックやルフィと歌い、
チョッパーやウソップ、サンジと踊った。
一晩中、何度も何度も。
幽霊は決意していた。
この先何が待ち受けていても、彼らと共に歩んで行こう。
失った記憶も、きっと見つけられるはずだからと。