Open-Ended


「フフフッ、フッフッフッフッ!!!」

笑い声が響く。
だがそれはドフラミンゴとは違う、鈴を鳴らすような声だった。

自身を抱えていたロシナンテの腕を軽く叩き、
まぶたを開いたは喉を鳴らすように笑いながら、
指や足が動くのを確認して、ゆっくりと立ち上がった。

「ひどい、言われようね?」

首を傾げたに、ドフラミンゴは疲れたように息を吐く。

ドフラミンゴと以外の人間は、何が起きたのかわからないと言った様子で
死んだはずの幽霊をあんぐりと見つめていた。

「は・・・?! 、お前無事だったのか!?」

ロシナンテが震える指でを指した。
は頷いて胸に手を当て、微笑んでみせる。

「ええ、この通り。
 ありがとうロー先生、私のわがままに付き合わせてしまって、ごめんなさいね」

振り返った顔に、ローは帽子を目深に被った。

「全くだな。・・・二度とごめんだ。嘘でもお前の亡骸なんて見たくなかった」
「・・・ごめんね」

困ったように眉を下げたに、ルフィが物申す。

「いや、でも、お前よ、血がドバって出てただろ・・・!」

は服を軽く引っ張って、なんでもないことのように答える。

「ああ、これ? 血糊よ。
 ウフフッ、散々皆に『幽霊のくせに怖くない』って言われたから持ち歩くようにしてたのよ。
 やっぱりほら、怖くないのは”幽霊”としてちょっと癪でしょう?」

笑うに、ルフィはぽかんと口を開けた。

だが、血糊云々の前に、そもそもは海楼石の錠をはめていたはずである。
トレーボルが信じられないと言わんばかりに叫んだ。

「お前は海楼石の錠を嵌めていただろう!? なぜ・・・!?」
「あら、」

は体だけを幽霊に変化させた。
霊体に転じた体から、錠がすり抜け地面に落ちる。

それはありえないことだった。
能力者にとって、海楼石というのは天敵のようなもの、
決して抗えない弱点だ。

「私はこの錠が、”海楼石”だと言った覚えはなくってよ」
「!?」

だが、普通の錠なら、能力によっては意味をなさないものである。

「私たちが持っていた海楼石の錠はシュガーにかけたので最後。
 あとは全部よく似た偽物。黙っていてごめんなさいね?」

確かに、は一言も、腕に嵌めたのが”海楼石”だとは口にしていなかった。
は覇気を用いて、実体化し続けていたのである。

そして、ローの嵌めていた海楼石の錠も、によると偽物なのだと言う。
確かに、能力者以外には海楼石の錠と、普通の錠との差を見極めるのは難しい。

「まさか、答えを出すのに制限時間をつけたのは・・・シーザーを追わせるためではなく、」

「ウフフ、それが実体化し続けられる限界だからよ。
 幽霊に戻っちゃったらトリックは成立しない。・・・正直ギリギリだったのよ、
 ドフラミンゴがそれなりの時間で正解を導き出してくれて助かったわ」

モネの疑問に、は頷く。
唖然とする周囲の顔を見渡して、は不思議そうに首を捻った。

「でもロシー兄さんは知ってたじゃないの。
 血糊のことも、この錠がフェイクだってことも」
「みゃ、脈がなかったじゃねェか! おれァてっきり失敗したんだと思ったんだ!」
「まぁ、失礼しちゃうわ!・・・でも教えてなかったから無理もないか」

はトレーボルに向き直る。

「トレーボル。お前が私に何の悪魔を宿したのか教えてあげる。
 私が口にしたのは、”動物系・幻獣種。ヒトヒトの実、モデル・ゴースト”」

を死に至らしめるはずだった、正体不明の悪魔の実。
だが、その実はを生かした。

「動物系の悪魔の実は「人型」「獣型」中間形態である「人獣型」の形態に変身できる能力。
 幻獣種であってもそれは変わらないわ。
 もっとも、この能力は人型に戻るのに覇気の習得が不可欠なので、少し特殊なのでしょうけど」

自らの口にした悪魔の実を分析する
それは子供に丁寧に指導する教師のようですらあった。

「獣型を幽霊として、中間形態が何に当たるか。
 人間と幽霊の間は何なのか、もうお分かりでしょうね」

は口の端を吊り上げる。皮肉めいた笑みだった。

「中間形態は”死体”なのよ。こんな機会でもなきゃ使い道なんてろくにないけれど。
 ウフフフフッ、能力は使いようね、本当に!」

その能力がどう使われたのかといえばこうだ。

覇気を用いて実体であるように見せていた
トレーボルの銃弾を幽霊となって躱し、そして意識ある死体となったのである。
体は冷たく、脈は止まり、亡骸そのものにその姿を変えた。

そして、仲間にも計画の全てを教えなかったのだろう。

の説明を聞いて、ルフィが眦をつり上げた。

! お前な!! そういうことは!!! 先に!!!! 言えよ!!!!!
 本当に死んだかと思っただろ!?」

怒り心頭のルフィに、は眉を下げ、いかにも申し訳なさそうな顔を作って見せた。

「本当に申し訳ないとは思ってるわ、でも・・・ルフィはお芝居、できないでしょ?」
「む!?」

ルフィは言葉を詰まらせる。
確かにルフィはの言う通り、芝居とか、嘘の類は不得意だ。

は横にいたロシナンテに視線を移す。

「ロシー兄さんも嘘は下手じゃない、諜報部員だったくせに」
「ぐぅっ!?」

ロシナンテもルフィ同様二の句が告げなかったらしい。
はローに笑いかけた。

「ロー先生は共犯だったし、」

だがその笑みにどこか誤魔化すような色を見て取って、
ローは訝しむように問いかける。

「・・・おい、まさかとは思うが
 死体になるのに成功する確率が半々だとかおれに言ったのは、」

はますます笑みを深めた。

「ああ、失礼。絶対大丈夫だとは思ってたけど、
 ほら、敵を騙すにはまず味方からって言うじゃない?
 それに演技とバレたらお芝居は興ざめ。ディティールのリアリティは大事なことだわ」

その時、敵味方問わず、皆の胸中は一つになった。

 こ、この女・・・!

ロシナンテはを指差し、声を荒げる。

「お前・・・! そういうところだぞ!?」

は苦笑する。
自身のとった策略が、外道染みているのは理解していたからだ。

「ええ、本当に。自分でも嫌になるけれど。
 でも今回はこうでもしなきゃ、
 トレーボル、お前は私を撃たなかったでしょう」

「!」

水を向けられたトレーボルは、驚愕に目を見開いた。
わななく唇で尋ねる。

「お前、まさかおれを嵌めるためにわざと・・・!?」
「誘導はしたわ、そこは認めます。だって、」

は目を細める。

「この状況で『私は13年前、最高幹部に自殺を強要された』と言葉で伝えたとして、
 ドフラミンゴは信じたかしら?」

ドフラミンゴは唇を引き結んだまま、を見返した。

何しろは、幼くして天竜人との確執や父の願いについてを全て抱え込み、
”何も知らない無邪気な妹”を演じることでドフラミンゴに隠し通していた。

そのが言うことを、手放しで信じられるかといえば、答えは否だ。

「ドレスローザの支配を止めろと迫り、
 おもちゃを解放して国中を引っ掻き回した、”嘘吐き”な私の言葉を、
 ドフラミンゴがあっさり信じると思うほど、私、おめでたくはないのよ。ウフフフフッ!」

は笑う。
だが、こめかみに汗を浮かべるトレーボルに、
は笑みを取り払い、告げた。

「だから、トレーボル。お前がさっき撃ったのは”私”ではない。
 お前が撃ち殺したのは、13年間積み重ねた”信頼”」

トレーボルは今や愕然としていた。

「言ったはずよ。トレーボル。『兄を裏切るな』と」

その声は冷ややかに王宮最上階に響いた。

「そもそも私を死に追いやったことが本当にドフラミンゴのことを思ってのことなら、
 堂々としていれば良かったのよ。それなのに、あなたは保身を優先したわ。
 私の挑発にまんまと乗った。・・・”王”の臣下にあるまじき行為では?」

はトレーボルを冷笑して、詰る。
『ドフラミンゴ』のためだと言ってを殺そうとしたトレーボルだが、
こう言う状況になってはそうも言えなくなってくる。

そもそも、ドフラミンゴはを失うことと引き換えに玉座に着くことなど、
最初から望んではいなかったのだから。

そして、を再び殺したことでドフラミンゴは の死の真相を悟り、
トレーボルに銃を向けた。

トレーボルが引鉄を引かなければ、この状況は生まれなかっただろう。

「お前は”自分”で”自分”を殺したのよ。・・・13年前の私と、同じように」

の言葉に、ドフラミンゴは眉を上げた。
それが『3問目』の答えだったからだ。

「ドフラミンゴ、あなたの解き明かしたのは事実であって真実ではない。
 13年前、ドンキホーテ・を殺したのは、”ドンキホーテ・”。私自身」

ヴェルゴとモネは息を飲む。聞き覚えのある言葉だった。
パンクハザードですでに、は結論を出していた。

「私は13年前に一度死んだ。死んで、こうして生まれ変わったの。
 いろんな人に出会って、違う人生を選べた。
 ウフフ、楽しかった!」

それは確かに、本心からの笑みだった。
辿った冒険に思いを馳せ、は胸に手を当てる。

「人とその文明の形作る文様を垣間見て。
 ちょっとは危ない目にもあったけど、めくるめく冒険の日々を謳歌して・・・。
 それなのに、私の心は欠けていた。大切なことを忘れてしまっていたから。
 私、幽霊になってしまったけど、でもね。
 それでも絶対、私が私である上で、・・・譲れないものがあったから」

はドフラミンゴへと目を向ける。

「”ドフィ兄さん”」

ドフラミンゴはサングラスの下、目を眇める。
は静かに告げる。

「私は、あなたの妹でいたかった。あなたの、”家族”でいたかった。
 どんなに冒険が楽しくても、私の魂は思い出せって叫んでた」

それは、日記にも綴られていた言葉だった。
が真に望んだことは、『ドフラミンゴの家族であること』だった。

愚かな願いだ。

ドフラミンゴは口を開く。

「・・・お前はおれを置いていった」
「・・・そうね、一度は自ら、死んでしまったわ」

は裏切りを肯定した。

「おれは取り返しのつかないところまで歩を進めた」
「・・・そうね」

はドフラミンゴの為した罪を庇い立てることはしない。

「そもそも、私たちは、家族としてはあまりに歪だった。
 互いに嘘を吐きあって、信用もせず、あるいは依存していた。
 それを、”家族”って呼べたのかしら」

かつてのドンキホーテ兄妹のあり方すらも否定する。
は眉を顰め、苦々しく言った。

「悔しいけれど、”血の繋がりには何の意味もない”。・・・それは正しい。
 私は言い返せなかった。認めてしまった」

トレーボルに「お前は家族ではない」と詰られた日、
にはそれを否定するだけの根拠がなかった。

だからこそ、は悪魔の実を口にし、生き延びることができたのだから、皮肉である。

「ドフィ兄さん、あなたは血の繋がりだけでは、家族になれないことを知っているはず。
 少なくとも、”彼ら”はあなたの家族だったでしょう」

はドンキホーテ・ファミリーへと手を広げた。

トレーボルはなおも何か言いたそうであるし、
モネとシュガーはめまぐるしく変わる状況に戸惑っている。
そしてヴェルゴは、全てを受け入れるように沈黙していた。

ドフラミンゴはドンキホーテ・ファミリーへと目を向ける。
彼らと過ごした時間は長い。
やロシナンテ、かつて両親と共に過ごした時間よりも。

「・・・ああ」

だからこそ、ドフラミンゴは肯定する。
ドンキホーテ・ファミリーは確かに、ドフラミンゴの家族だった。

「それなら、血のつながりだけで、家族にはなれないと言うのなら、」

はドフラミンゴを見上げる。

「・・・もう一回、兄妹になろうよ」

ドフラミンゴは目を見張った。
は苦笑する。

「やり直せないって、引き返せないって誰が決めたの?」

ドフラミンゴはしばし言葉を失った後、深く息を吐いた。

「お前はいつもそうだ。おれを買いかぶってやがる。
 お前の理想の兄を演じるのは、苦労したんだぜ?」

ドフラミンゴは円卓に置かれたリンゴを手に取った。

「おれは最後の問いを間違えた・・・これを食えばいいんだったな」
「ええ、そうよ」
「それだけでお前は満足か」

頷いたに、ドフラミンゴは躊躇いなくリンゴを齧った。
誰かが止める暇もなく、
の口にした箇所と反対側に、大きさの違う歯型がついた。

それを見て、は笑った。

「・・・食べたわね?」

まるで、復讐が成就したことを喜ぶように。

「ドフィ兄さん、そのリンゴは幽霊の私が口にしたものなの。食べさしで悪かったわね。
 それがどういう意味か、わかる?」

は腰に携えた剣を抜いた。刀身が銀色に光っている。

「冥界の食べ物を食べたら、その人は冥界の人間になるのよ──”動かないで”」

そこにいた全ての人間が動きを止めた。
から目が離せなくなる。
まるでスポットライトが当たっているようだった。

だがそれも不思議なことではない。
ここはとドフラミンゴが作り上げた舞台だ。

そして、は最後のセリフに取り掛かる。

「『罪の果実は 召し上げられた
 我らが行くは 地獄の旅路 炎縁取る荊のかなた
 我らが行くは 自由の海 遥か楽園に続く白波の果て』」

刀身をなぞるように掌を動かすと、それに従って刃が燃える。
炎の剣”ティソーナ”がそこにあった。

「『私が演じたのは誘惑の悪魔・・・”メフィスト・フェレス”』」

の背に、積み上げられた骸骨が見える。
巨大なしかばねの陰影が、の背に翼のような影を落とした。

「『”時よ 止まれ”』」

の目が、緋色の瞳だけが色を取り戻している。
陶酔するように、その口上は告げられた。

「『”あなたはいかにも 美しい”』
・・・愛しているわドフィ兄さん、あなたがどんなに、愚かでも!」

それは一瞬の出来事だった。銀色の剣の切っ先が光る。
迷いのない太刀筋で、はドフラミンゴの首を薙いだ。

一筋の涙を零しながらも、は転がってきたドフラミンゴの首を抱き上げる。
分かたれたドフラミンゴの体は今や消え失せ、その首は同様に、色をなくしていた。

は呆然とするドフラミンゴの首に、微笑んでみせる。

「”死ねなくなった”、気分はいかが?」
「・・・!?」
「この技はね、少し寿命を削るのだけれど、一時的に、人を”幽霊”にすることができるの。
 幽霊になっている間は、悪魔の実の能力は使えないし、私の言うことには、逆らえなくなるわ!」

 そんなことがあってたまるか。

再び皆の心境は一つになった。
だが実際、ドフラミンゴの半身は消え失せ、首は色を失っている。
悪魔の実の能力にしても、能力者以外にその効果を発揮する動物系の能力など、存在するわけがない。

しかし、長年悪魔の実の取引に携わってきたドンキホーテ・ファミリーの面々は気がついた。
”モデル・ゴースト”の悪魔の実は特殊だ。覇気を用いてでしか人型に戻れない動物系。
もしもその能力が覚醒の境地に至ったとしたら、
それなりにリスクを払えば、の口にしたことはできるのかもしれない。

は片手で剣を空に掲げた。
空を覆う糸の檻”鳥カゴ”が粉々に弾ける。

弾けた粒子は黒い霧に、そして黒い霧が、やがて金色に変わった。
糸だったものは、空から差す光に煌めきながらドレスローザに降り注ぐ。

「言ったでしょう、私、幽霊なの、それで──海賊なの! ”欲しいものは奪ってこそ”!
 ドフィ兄さん! 私に拐われてちょうだい! ウフフフフフッ!!!」

ドフラミンゴはもはや言葉も出ないようで、楽しそうに笑う妹を前に絶句している。

ドンキホーテ・ファミリーはあまりのことに唖然としていた。
しかし、それでもじわじわと事態の深刻さを実感し始めていた。

 ドフラミンゴを失ってしまっては、ドンキホーテ・ファミリーは崩壊する。

青ざめる観客をよそに、はルフィのそばに寄って、麦わら帽子をルフィに被せた。

「ルフィ、やっぱりこの帽子は、あなたが被ってるのが一番よ。私の船長さん」
「おう! ・・・まー色々言いたいことはあるけどよ、
 何にしろ上手くいって良かったな! !」
「ウフフフフッ!」

ルフィは少々あきれた様子を見せたものの、
屈託無く笑うに笑みを見せた。

「じゃ、私兄さん連れて逃げるから! 後はみんな、よろしく頼むわねっ!!!」

はローとロシナンテに頷くと、再び剣を掲げた。

「『”パレード”』!」

がまるで魔法の杖を振るように軽やかに剣を振ると、
ドフラミンゴの首から下が戻ってきた。

しかし、依然としてドフラミンゴは色を失った幽霊のままである。

は戸惑うドフラミンゴの手を引いて、空を駆け出した。

「待て!」

ようやく我に返ったのか、ヴェルゴが叫んだ。
は振り返り、微笑む。

「さよならよ。兄に寄り添ってくれてありがとう」

ヴェルゴはサングラスの下で目を瞬いた。
伸ばした手は空を切り、やがて拳が握られる。

こうして舞台は幕を閉じた。
全ての、一人勝ちである。



とドフラミンゴは空を駆ける。

金粉は雨のようにドレスローザに降りつづけ、
どう言うわけかファンファーレが、音楽が、国中に鳴り響いていた。

銃声は止み、国民たちは戸惑ったように天を仰ぎ、
ドフラミンゴの支配が終わったことを知ると、隣人たちと抱き合い、
涙を流して喜びを分かち合う。

その情景を眼下に、はドフラミンゴの手を引いている。

「お前、何を考えてやがる・・・!?」

ドフラミンゴは半ば怒鳴りつけるようにを問いただした。
その手を振り払うことはできない。おそらく、がそうさせまいとしているのだろう。

幽霊というのは自由なようで不自由な体だ。
苛立つドフラミンゴに、は冷たく言った。

「兄さんがこの国にしたことは償いきれるものではないわ。
 最低最悪の所業よ、反吐が出る」

ドフラミンゴは口を噤んだ。
は畳み掛けるように続ける。

「兄さんがシーザーに好きなようにやらせてた、パンクハザードでやってた実験も、
 とてもじゃないけど許せるようなことじゃないわ」

はそこまで言って、ドフラミンゴに向き直った。

「言うでしょ。『バカは死なないと治らない』って!
 だから、ドフィ兄さんには一回死んでもらおうと思って! ウフフフフッ!」
「おいおい、」

ドフラミンゴは簡単に述べたに頰を引き攣らせた。
しかし、やがてそれは苦い笑みへと変わる。

「・・・敵わねぇよ、お前には」
「フフフフフッ」

は観念したドフラミンゴを愉快そうに笑った。
だが、少々腑に落ちないところがある、とドフラミンゴに尋ねる。

「ドフィ兄さん、途中から私の本意に気づいていたでしょう」
「まァな、だがお前、まさか実の妹に殺されるとは思わねェだろ」

リンゴには何か細工があると、最初から気づいていた。
だが、それがまさかドフラミンゴを”幽霊にする”。殺すようなものだとは思ってもなかったと、
ドフラミンゴは肩を竦めてみせるが、は片眉を上げて訝しむようにドフラミンゴを睨む。

「・・・嘘吐き。誤魔化せると思ってるなら大間違いよ。
 私だってこんなにうまくいくとは思わなかったんだから、」

不思議がるにドフラミンゴは首を捻るが、
何に思い当たったのか小さく笑った。

「・・・フフフ! 何もかも計算づくかと思っていたが・・・偶然か」

ドフラミンゴが懐から取り出したのは、の書いた日記”Fable”だ。
は目を瞬く。

「それ・・・!」

「確かに、おれたちほど数奇な人生を送る人間はそういないだろう。
 物語にするなら良い題材だ。
 面白かったぜ。・・・だから続きが読みたくなった」

ドフラミンゴはそれを全て読んだのだ。が王宮最上階に来るまでに。
最高幹部がに自殺を強要したことも、
がドフラミンゴの所業を知りながらも家族でありたいと望んだことも、知っていた。

日記を読ませるためにわざとトランクを置いて行ったのではないかと踏んでいたドフラミンゴだが、
心底驚いた様子のを見て、本当に偶然だったらしいとその口元に笑みを浮かべた。

日記がなければ、ドフラミンゴはもう少し違う態度だっただろう。
デービー・バックファイトにも乗らなかったかもしれない。
何よりこうして、妹と空を散歩するように逃げることはなかっただろう。

ドフラミンゴは愉快そうに笑った。

「運に救われたなァ、! 次からはもっとうまくやれよ。
 なんたってお前は、おれの妹なんだからな」

はドフラミンゴの言葉に瞬くと、小さく笑みを浮かべた。

「・・・うん」

作ったものではない、心からの笑みを。

は鳴り響くファンファーレ、音楽に合わせ、小さく歌う。

「『聞くが良い 汚れ果てた世界 忌まわしき者ども
 一人旗を掲げ 今ここに戦いを挑もう
 私は”ドンキホーテ”! ラ・マンチャの領主 悪を滅ぼす者
 永遠の勝利か または死か 栄光のファンファーレとともに歩もう

 聞くが良い 卑劣で邪悪 醜悪なる者ども
 英雄の物語が始まる 聖なる剣が全てを砕く
 私は”ドンキホーテ”! ラ・マンチャの領主 名声を手に入れる者
 運命の風まかせ 私は流れ行く どこであれ 風の吹くまま』」