悪のカリスマ 02

或る女の教育/或る少年の初恋


「聖地マリージョアで殺されかけた!?」

命からがら、マリージョアから逃れ帰ったドフラミンゴを出迎えたのは、
にディアマンテ、ピーカ、ヴェルゴだった。
息を切らせながらもドフラミンゴは、出迎えた彼らを仰ぎ見る。

は口元に手を当てて、物憂い気な表情を浮かべた。

「父親の首を持っていてもダメだったか・・・、
 だが、良く無事で帰ったね。これは、奇跡だ」

が優しく言うと、ディアマンテも頷いて笑った。

「ドフィ、お前には”王の資質”がある。
 こうして生きて帰ったのが何よりの証拠だ。
 なあ、おれたちの仲間になってくれないか」

ディアマンテの言葉にドフラミンゴは目を丸くした。
その様子を見て、焦れた様にヴェルゴも言い募る。

「ドフィ、おれたちはお前の全てを肯定する
 ——代わりに夢を見せてくれ」

戸惑うドフラミンゴに、が手を差し伸べた。

「皆同じ気持ちなんだよ。
 ドフィ。お前はいつか、この海の王になる男だ。その才能がある。
 ・・・同じ船に乗り、同じ夢を見よう。
 我々はお前の手足になって、お前の為なら何だってするよ」 

ドフラミンゴは眉を顰める。

母は死んだ、父は殺した、弟は去った。

ドフラミンゴの寄る辺はもう、らのところしか無いのは確かだ。
だが、どうして彼らがドフラミンゴをそうまで崇めようとするのか分からないでいた。
ドフラミンゴに恭しく膝までついてみせた、らを一瞥する。

「なぜ、そこまでする?」

はサングラスから切れ長の目を覗かせて微笑んだ。

「宝石は原石のままでは輝きはしない。磨かれてこそ真価を発揮する。
 我々は、”お前が”この世の全てを手に入れるところが見たいんだ。
 だってお前はこの世界のシステムに、
 理不尽極まりない理由で何もかもを奪われた。そうだろう?
 そのお前が、この掃き溜めからのし上がり、全てを手にするんだ。
 それこそが」

その時の、恍惚と絶望の入り交じった声が、ドフラミンゴの耳に未だ焼き付いている。

「この最低最悪のディストピアへの、何よりの復讐になるとは思わないか、ドフィ」

ドフラミンゴはサングラスの下で目を見張った。
そして、おずおずと、の手を取ったのだ。
はべへへ、と笑い、ドフラミンゴの手を握った。温かな手の平だった

「これからは私たちがお前の家族さ、ドフィ。
 そうだ、名前を改めよう。”ドンキホーテ”だ。
 我々は、”ドンキホーテ・ファミリー”になるんだ」

の提案に、ディアマンテが笑った。
普段は口数の少ないピーカも頷いてドフラミンゴに笑いかける。

「そりゃあいい!」
「そうだ、おれたちは家族だ」
「おれとドフィはどっちが兄かな?おれは弟かな?」

久しく感じていなかった、温かな感情が
ドフラミンゴの心臓を揺さぶったのはその時だった。

「言ったろう、我々はお前の力になると」

甘く囁き、はドフラミンゴの肩を抱く。

「さぁ、帰ろう。我らの家に。
 なに、今は少し狭いが、徐々に大きくしていこうじゃないか」



ドンキホーテ・ファミリーと名を改めてからも、
ディアマンテやピーカ、ヴェルゴはこれまでと変わらず、
盗みや脅し、銃火器の売買を行って金を工面していた。

は”悪魔の実”の取引に手を伸ばすつもりのようだ。
ディアマンテやピーカに悪魔の実を食べさせ、
より一層戦力を強化しようと、部下を走らせている。

そして本人は諸々の仕事の合間、
ドフラミンゴの教師役として、実践的な授業をするようになっていた。
今日はがらんとした工場跡で悪魔の実についての講義のようだ。

「ドフィ、お前に食べさせたイトイトの実も取引で手にしたものだ。
 悪魔の八百屋の噂は知っているかな?」
「ああ。だがあれは噂だろう」
「いいや、本当なんだよ。現に、私はそこと取引をしたんだ。
 イトイトの実も1億5千万ベリーで手に入れた」
「は・・・?」

ドフラミンゴは唖然と口を開ける。
は首を傾げた。

「んん?言っておくが安い方だぞ。値切りに値切ったし、
 悪魔の実は”最低”1億ベリーだ。
 上限は無いに等しいしなァ、ロギアの悪魔の実は5億を下らないだろう」
「5億・・・!?」

ドフラミンゴとて、それがどれほどの金額か分からない訳じゃない。
自分の食べた実が悪魔の実の中では安い方とは言え、
普通に働いたのでは返せない額だと言う事は理解出来た。

しかしは何でもない様に講義を続ける。

「店主は、糸が出る様になるだけだからと言っていたがね、
 工夫次第で割と色々出来るだろう。能力は使いようだぞ、ドフィ。
 例えば、私の能力、ベタベタの実は
 体のあらゆるところから粘着力のある液体を分泌する能力だ」

どろり、との手から粘液が滴る。

「これだけ見ればただ気味が悪いだけだろう?
 だが・・・」

が手首のスナップを利かせて粘液を飛ばすと、
どこからか入り込んだ羽虫に命中した。
柱に張り付けられた羽虫は粘液の中でじたばたともがいているが、逃げ出せないようだった。

「このように、敵の動きを止めたりだとか、」

は取り出したマッチに火をつけて粘液に落とす。
あっと言う間に火柱が立ち上った。

思わずドフラミンゴは身を竦めていた。

「粘液の特性を可燃性にしてみると、
 爆発させたり、燃やしたりが簡単に出来るようになる」

火の始末をしてから振り返り、ドフラミンゴを見たは目を丸くした。

ドフラミンゴは小さく震えている。
怪訝そうな顔をするも「ああ」と小さく納得してドフラミンゴに尋ねた。

「——火が怖いか、ドフィ」
「怖い、わけじゃねぇよ」

しかしその声は余りにか細く弱々しい。
ドフラミンゴ自身説得力がないと分かっていたのだろう。
俯いてしまった。
は目を細める。

「別に恥じることはない、誰だって火は恐れるものだ。
 ましてお前は嫌な思い出がある。仕方ないさ。
 ・・・だが克服しなきゃいけないねぇ」

は思案するように、呟いた。

「暴力も、火も、使いこなしてしかるべきものだ」



は幹部らを呼び寄せて
地図を張った壁に写真と印を付けながら言った。

「今日はこの海賊が持っていると言う悪魔の実を奪おうと思う。
 説得には応じてもらえなかったから今回はシンプルに、戦闘で奪うつもりだ。
 お前達全員をつれていくよ、」

その提案に、ディアマンテは意外そうな声を上げる。

「良いのか?いつもはおれとアンタ、2人で行く類いの仕事だぞ」

「そうさ、だがもうコラソンもピーカもそこらの大人に負けはしないだろう。
 ドフィ、いや、ジョーカーもなかなか力をつけてきたじゃないか。
 コラソンとの組み手も順調なようでなによりだ。
 そろそろ我々の仕事を見せてあげようと思ってねぇ」

が言えば、ディアマンテは納得した様子だ。
年少者達は緊張に唾を飲み込んだ。

しかし、はすぐに立ち上がると、その足でターゲットのところまで向かう。
黒いレザーのワンピースに身を包み、
赤い靴底のハイヒールを鳴らして歩くは海賊には見えないだろう、
だが、確かにベルトにはピストルが一丁ぶら下がっているし、
手に持っているのは仕込み杖だった。

ディアマンテとは2人で敵のアジトの前につくと、
まるで世間話のような、緊張感の無い調子で言葉を交わす。

「ディアマンテ、背中を預けるけど、構わないね?」
「よせよ、おれはアンタの背中を預けられる程に優れた剣士じゃないさ」

謙遜するディアマンテに、は首を横に振って見せる。

「いいや、お前程の剣士はそういない。お前は天才だ、ディアマンテ」
「・・・そこまで言うなら認めよう!おれは天才だ!
 アンタの背中を守ってみせるさ」

その言葉に、は獰猛な笑みを浮かべた。
常の艶やかさとは違った、血肉に餓えたヒョウやライオンのような笑みだと、
ドフラミンゴはその顔を見上げて思った。

「——それでこそだ、さぁ、ドフィ、良く見てろ」

低く囁かれて、ドフラミンゴがハっと息を飲んだ瞬間、
音を立てて炎が上がる。一方的な殺戮が始まった。

ベタベタの実の能力を駆使して作り出される火と
ディアマンテが振るう剣によって血飛沫が飛び散る凄惨な現場が作り出されていく。

ドフラミンゴはその時、だけを見ていた。

どうしてだろうか、杖を振り上げ、拳銃を構え、
相手を引き倒して殴り殺し、斬り殺し、撃ち殺し
炎を背後に笑みを浮かべるは美しかった。

まるでダンスだ。
悲鳴も剣戟も銃声も、その全てを音楽に変えて、は洗練された所作で敵を薙ぎ払う。
仕込み杖の刃に滴る血と肉片を振り落としたは凄絶なまでの笑みを浮かべている。

恐ろしい形相なのだろう。
しかしドフラミンゴはそうは思わなかった。

頭から恐怖が吹飛んでいたようだった。
あれほど恐れていた火に、暴力に、こんなにも惹き付けられる。
格好良かった。憧れた。
あんな風になりたいと心から思った。

見入っている間にらはあっという間に敵を殲滅していたらしい。
ディアマンテの手にはいつの間にかアタッシュケースが握られている。

「首尾は上々のようだな、帰ろう。皆、怪我は無いね」
「うん。相変わらずカッコ良かった、トレーボル」

ピーカもヴェルゴの言葉に頷いている。

「そう言ってもらえれば幸いだなぁ。ピーカもありがとう、べへへへへ!」

あれほど激しい戦闘を行いながらも、その身体には傷一つない。
目を輝かせるヴェルゴとピーカに、は微笑む。

「ウハハハ、やっぱりトレーボルと組むと仕事が早くて良い」
「そりゃあ、お前が天才だからさ」

ディアマンテに頷いて、はドフラミンゴに近づいて来た。
その声は常よりも低く、静かだ。

「さぁ、暴力を、火を讃えろ、ドフィ、克服するんだ。
 このように、どちらも使いこなせば、心強いお前の味方になる」

はドフラミンゴに視線を合わせた。
剣を振るっていたの真っ白な指が、
ドフラミンゴの頭を慈しむ様に撫でる。
ぞくぞくと、背筋を粟立てるような感触と、興奮で、
頬に血が集まっていくのが自分でも分かっていた。

「・・・、いや、トレーボル」

ドフラミンゴはのサングラスの奥の瞳を探った。

「おれはもう、火を恐れない。
 教えてくれ、どうすればアンタみたいになれる?」

「べへへへ! 嬉しい事を言ってくれるが、
 違うよ、ドフィ、私みたいになるのではなく、
 お前は私を超えるんだ」

は微笑む。

「お前は王たる男だ。
 残酷で、狡猾で、凶悪な、権力も富も全てを手中に収める、
 ”悪のカリスマ”になるんだ。
 そうすれば・・・」

ドフラミンゴのまだ丸みを残した頬を、緩く撫でて囁いた。

「お前の望みはなんだって叶うだろう」

ドフラミンゴは息を飲んだ。
それから熱に浮かされた様に問いかける。

「・・・なんでもか?」
「そう、なんでもだ」

甘く響くの声を聞いて、ドフラミンゴは笑った。
いつ振りに浮かべたのか分からない微笑みは、不思議とと似通っていた。

「——わかった」



の授業は実践的だったが、座学が無い訳でもない。
教え方は上手いが天竜人の家庭教師よりもスパルタだ。

仕事部屋で難しい顔をしながら戦術の本を読むドフラミンゴを見て、
はドフラミンゴの額に手を伸ばした。
どうやら休憩を挟みたいらしい。

「そんなに眉間に皺を寄せていては癖になってしまうよ」

眉間を指で押されるのを嫌がって、ドフラミンゴはぶんぶんと首を振った。
はやれやれと肩をすくめる。

「ドフィ、そう難しい顔をするものじゃない。笑ってごらん」
「・・・面白くも無いのに笑えねェよ」

淡々と答えると、は少し残念そうに言った。

「そう?残念だな。お前は綺麗な歯並びをしているから、
 笑うと見栄えするだろうと思ったんだが」
「トレーボルだって歯を見せて笑う事は少ないだろう」

ドフラミンゴが思い返してみると、は意味有りげに微笑んでいることも多いし、
声を上げて笑うことも少なくは無いけれど、いつも口元を抑えていた。

「私は八重歯だからね・・・ほら」

に、と笑うの歯は確かに、吸血鬼のように尖った犬歯が目立つ。
常の基準ならば眉を顰めるところだったが、
何故か愛嬌のようなものを感じてしまい、ドフラミンゴは戸惑っていた。

 ボスでもあり、教師でもあり、姉のようなに、
 かわいいだなんて言ったら怒るだろうか。

「・・・は、美人だからそれくらい気にしなくて平気だ」

ドフラミンゴがようやく言葉を選んで素直な気持ちを口にしたというのに、
はあろうことか声を上げて笑い出した。

「べへへへへ!トレーボルとお呼び、ドフラミンゴ。
 しかしお前もそんな世辞が言える様になったのだねぇ、
 多分お前はモテるよ。難しい顔をせずに笑いなさいな。
 皆お前の虜になるだろう」

はなおも面白そうに笑いながら仕事に戻る。

ドフラミンゴはサングラスの下で不機嫌そうに目を眇めた。
虜になって欲しいと思った相手から好かれなければ、何も意味が無いと思ったのだ。



ドフラミンゴが火を克服してからと言うもの、
はドフラミンゴを連れて様々な場所に行き、
ドフラミンゴを様々な人間に会わせた。

賭場、マフィアのアジト、酒場、食堂、会員制のレストラン、工場、
海賊、海兵、金持ち、貧乏人。
はドフラミンゴに、彼らを観察しろと言った。

「どんな身なりなのか、どんな癖の持ち主なのか。
 何が好きで、何が嫌いかを読み取れるようになるといい」
「それ、何か意味があるのか?」

首を傾げるドフラミンゴに、は言う。

「んん、例えば、そうだな、ドフィ、チョコレートは好きかな?」
「は?・・・別に、嫌いじゃない」
「そうか、私がドフィの年頃にはチョコレートなんて贅沢な食べ物、
 食べた事が無かったよ」

ドフラミンゴはの顔を唖然と見上げる。

「環境が違えば人は変わる。
 もしも私がドフィと同じ様に、貴族に生まれていたとしたら、
 当然チョコレートは食べていただろう。
 同じ年頃なら話も弾んだかも、お友達になれたかもねぇ、
 でも実際、私がチョコレートを口にしたのは、15になってからだ。
 ——ドフィにはチョコレートが贅沢な食べ物だという認識さえなかったろう?
 そんな二人はお友達にはなれない。住む世界が違う」

芝居がかった手つきでは嘆くような仕草をしてみせる。
ドフラミンゴはなんとなくの言いたい事が分かって来た。

「だからねぇ、ドフィ、相手がどう生きて来たかを見抜くのは大切な事なんだ。
 我々のように修羅場をくぐり抜けて来た、抜け目ない奴、
 贅沢に慣れきった恵まれた奴、延々負け続けてもうなにもかもに逆らう気力も無い奴。
 いろんな奴が居るよ。その全てを見極めて、理解してやるんだ。
 そのあとは利用してねじ伏せる、切り捨て転がす、手を組む、仲間にする・・・、
 お前の思う様に人を動かせばいい」

そんな事が出来たら、面白いだろう?

の言葉はまるで誘惑するようだった。
唾を飲み込み、ゆっくりと頷いたドフラミンゴに、は満足そうに笑う。

「とは言え最初は難しいだろう。
 まずは身近な人間からはじめてみようか。ドフィ、ヴェルゴはどんな奴だ?」

ドフラミンゴはしばし考えた。
が満足する答えは一言や二言で済むようなものでないと思ったのだ。
は黙り込んだドフラミンゴに頷いてみせる。

「ヒントを出してやろう。私ならこう答える。
『今日、ヴェルゴは朝起きて、まず着替えて、顔を洗った。
 起床時間は9時ギリギリと言ったところだ。
 それから慌てて朝食を食べて、急いでアジトまで来た。
 その最中チンピラに絡まれたが一蹴してきたんだろうねぇ。
 ・・・ちょっとそそっかしいが、腕には覚えがある』そんな奴だな、ヴェルゴは」

「・・・ヴェルゴ、合ってるか?」

竿竹を磨いていたヴェルゴはぽかんと口を開けてを見ていた。

「う、うん・・・なんで身支度の順番まで分かった?」

「シャツの袖口と襟が濡れているから着替えたのは顔を洗う前。
 頬には目玉焼きとソーセージがくっ付いているから、
 少なくとも顔を洗ってから朝食を摂っている。
 靴の泥の感じから言って、お前遅刻しそうになったんだろう。
 ズボンの裾まで泥が跳ねた跡がある。一応払ってはいるようだがね。
 それに、いつもは竿竹を磨いたりしないじゃないか。
 誰かの血が付かない限りは手入れしないのは知っているし。
 お前の家からチンピラとの諍いに巻き込まれてギリギリ間に合う時間を逆算すれば、
 起床時間も自ずと分かるさ」

すらすらと述べられたの推理に、ヴェルゴもドフラミンゴも舌を巻いた。

「ようは観察だ。お前達もやろうと思えば出来る。
 まあ、当たり外れは最初はあるだろうが」

は何でも無い様に言ってのける。

ドフラミンゴも最初は無理だと思ったが、数をこなすうち、
段々と相手のことが分かる様になって来た。
反復することで、その精度も上がって来た様に思える。

しかし、今日のドフラミンゴの教材である、
商売の取引相手は、その”観察”さえ忘れそうになる位、不愉快な相手だった。

アジトに戻って尚もカッカするドフラミンゴだが、は呆れる程冷静だった。
散々罵られていたと言うのに、眉一つ動かしやしなかった。

しかし、ディアマンテやピーカ、ヴェルゴだってあの場に居たら、
相手を殴り殺していてもおかしく無かっただろう。

ドフラミンゴはアジトのドアを閉めた瞬間に、を怒鳴りつけた。

「何で何も言い返さなかった!?
 トレーボルならあんな奴ら簡単に殺せただろう!
 あいつらアンタを売女扱いしたんだぞ!
 挙げ句の果てには金のためなら何にでも跪く犬呼ばわりだ!
 なんで好き勝手言わせた!? なんで!?」

怒りに震えるドフラミンゴに、は首を横に振った。

「ドフィ、冷静になれ、お前は賢い。
 私が見くびられた事よりも、お前には気にするべき事があったろう?」

歯がみしながらも、ドフラミンゴは呻く様に言葉を絞り出した。

「・・・あいつらの観察」

それに優しくは頷いてみせる。

「そうとも。あいつらはどんな奴だった?」
「ゲス野郎だ! 、いやトレーボルを女だからって見下して、あんな下品な」

「ドフラミンゴ」

ドフラミンゴはその声の冷たさに肩を震わせた。
怒鳴られた訳でも殴られた訳でもないのに、横っ面をはたかれたような心地がした。
は淡々とドフラミンゴに言い放つ。

「私は頭の悪いガキが嫌いだ。二度も言わせるな。冷静になりなさい」

ドフラミンゴはぐ、と拳を握りしめる。
深呼吸をして、震える程の怒りを抑えた。

に見損なわれるのだけは嫌だったのだ。

「・・・ジャケットは上等だが、靴が古くて汚れてた。中のシャツも。
 羽振りが良いわけではなくて、取り繕ってるだけだ。
 帽子を被っていた方は香水を振っているが煙草と、硝煙の匂いが隠しきれてない。
 紫の悪趣味なネクタイを締めてた方は、刃物を扱ってると思う。
 右手にディアマンテと同じようなタコがあったから」

振り絞るように、ドフラミンゴが口にすると、は穏やかに微笑んで見せた。

「そうだねぇ、私も同意見だ。それに私を罵った言葉からも
 色々と読み取れるぞ。思い返してごらん。冷静に、冷静にだ」

眉を顰めたドフラミンゴは言葉を頭の中で反芻する。

「・・・アンタへの罵倒から見えたのは、コンプレックスだ、
 女が自分より上の立場なのが気に入らないみたいだった、
 ・・・まてよ、”上の立場”?あいつらとおれたちは対等じゃない?」

ドフラミンゴの推測に、はにぃ、と笑みを深めた。

「そうさ、奴らの言葉から見えるのは、奴らの組織が置かれる状況だ。
 実際ウチ程儲けては居ないようだしねぇ」

ドフラミンゴに視線を合わせ、は謳う様に教授する。

「覚えておきなさい、ドフィ。人は言葉の端々に、情報を滲ませる。
 何が好きで、何が嫌いか。何が弱みで、何が強みか。
 読み取った情報からどうするかはお前の自由だ」

ドフラミンゴはが何を言いたいのか悟って、
口の端を酷薄につり上げた。
は泣き寝入りするつもりなんて、微塵も無いのだ。

「弱みに付け込んで叩いても、強みを伸ばして利用してもいい・・・」
「そう、そうだとも、やはりお前は私の見込んだ男だ。
 ドフィ。お前はあいつらをどうしてやりたい?」

「フッフッフ・・・!決まってる・・・!
 弱みに付け込んで苦しめて殺してやる。
 おれの家族を見下した事を後悔させてやる!」

ドフラミンゴの言葉に、は嬉しそうに頷いた。

「なら、身包みを剥いで殺そう。
 何もかもを奪ってやろう。金も地位もプライドも。
 そうだね?ドフィ?」

そうやって、残酷な計画を練るの横顔を眺め、
ドフラミンゴは唐突に思った。

は、ドフラミンゴのためなら何でもすると言った。
”悪のカリスマ”になれば、望むものは何だって手に入ると言った。

それが本当なら、欲しいものがある。欲しい人が居る。
ドフラミンゴを泥沼から掬いあげ、持てる知識を惜しげも無く分かち合い、
何より残忍に笑うこの人が欲しい。

きっと、あの日、炎の中で笑うを見た瞬間から、ドフラミンゴは恋をしていたのだ。