悪のカリスマ 04
或る女・或る男の運命
ドンキホーテ・ロシナンテは14年振りに再会した兄を前に、口を噤んでいた。
ドフラミンゴのアジトの前に現れ、兄弟だからドフラミンゴに会わせてくれとメモを見せて
頼み込むと、意外にもすぐにドフラミンゴと会う事が出来た。
大方の予想通り、ドフラミンゴは一目見れば、己がロシナンテだとすぐに気がついた。
久方ぶりに会うドフラミンゴは手配書で見たよりはずっと人間らしく見えたが、
情に流されるまいと、ロシナンテがひたすらに筆談を通すと声が出せないのか、と愕然としている。
「——よく生きていた。それだけで、何よりだ。
・・・そうだ、おれの海賊団の幹部達を紹介しよう」
ドフラミンゴはそう言うと、幹部の面々をロシナンテの居た部屋に集めた。
大柄な男、長身の男、長身の女、
そして、幼い頃、ドフラミンゴと共に居た頃の面影を僅かに残している、ヴェルゴだ。
この4人がドンキホーテ海賊団の幹部だった。
「珍しいねぇ、ドフィが我々を集めるのは」
「ん?ドフィ、そいつは誰だ?」
「・・・少しドフィに似ている」
「お前、ロシナンテか?」
幹部達はドフラミンゴからロシナンテについて聞かされると、
口々にロシナンテを疑った。
無理も無いとロシナンテも思う。だが、ドフラミンゴはそれを一蹴した。
「止めろ、おれの血縁だ。なにも幹部や、戦闘員にすると言っているわけじゃねェ。
こうして生きて戻って来ただけで、おれは構わないんだ」
ドフラミンゴの言葉に緩く首を振って、ロシナンテはペンを走らせる。
『てはい書を見た。
ドフィのやくに立ちたくて、さがした。
ファミリーに、入れてくれ』
「・・・なんだと?気持ちはありがたいが。だがお前、昔は、」
ロシナンテがノートに書くと、
ドフラミンゴはロシナンテの綴った文面を見て、微かに眉を顰めている。
幹部の男達は顔を見合わせてから一番口数の少ない女幹部に目を向けた。
その女は緩やかに口の端を上げた。
「・・・良いじゃないか。入りたいと言うのなら、ファミリーに入れてやっても」
「トレーボル」
ドフラミンゴは僅かに驚愕を滲ませてその女、トレーボルを見た。
「ドフィの弟なのだろう?”ロシナンテ”だ。そうだね?
話だけは聞いていた。——知っているとも」
サングラスをかけたトレーボルは甘やかな声色で言う。
「私たちは”ドンキホーテ・ファミリー”。
血のつながりはなくとも、家族同然の絆を持っている。
そこに血縁が増えたとて、何を気にすることがある?
それも、ドフィの実弟だ。喜ばしいことだろうに」
幹部達が物言いた気にトレーボルを見る。
「ああ、分かるよ、疑わしいのは分かるとも。何しろ、14年ぶりの再会だ。
『一体全体今まで何をしていたんだ?』
——そう言いたくなる気持ちも分かる」
つ、と背筋を冷や汗が伝った。だが、トレーボルはにこやかに話を続ける。
「だがねぇ、事情と言うものがあるだろう。言いたく無い事の一つや二つ、
我々は抱えて生きている。そうだろう?
・・・少なくとも、ロシナンテ、お前は戦う方法を知っているね。
そういう身体つきだ。随分と修羅場をくぐり抜けたんじゃないか?」
いつの間に近寄られたのか、シャツの腕をたくし上げられ、手の平を広げてみせられる。
肉刺だらけの手に、傷だらけの腕を見て、ドフラミンゴを初め、幹部連中も皆息を飲んだ。
「ドフラミンゴのためだろう?」
ロシナンテは正直に頷いていた。
その通りだ。
・・・きっとトレーボルの意図する意味ではないだろうが。
トレーボルは笑う。
「べへへへへへ、兄思いの弟を持って良かったねぇ、ドフィ」
「・・・揶揄うのはよせ、」
ソファに腰掛けたまま、両手を合わせ、口元を覆いながら、ドフラミンゴは静かに言う。
はニヤニヤ笑いながら肩を竦めた。
「それに、ドフィがそうしたいと言うのなら、私たちは従うまでだ。違うかな?」
「・・・それもそうだな」
何とかファミリーに席を置けることになったらしい。
ほっと息を吐くと、手を差し出された。
「改めて自己紹介をしよう。私の名前は。皆には”トレーボル”と呼ばれている。
ドンキホーテ海賊団の参謀を務めているが、船長が頭がキレるので名ばかりだ。
・・・よろしく頼むよ、ロシナンテ」
その時、ロシナンテは奇妙な怖気を感じていた。
まるで助け舟を出すようなの言動だったが、
サングラスの奥にあるその目が恐ろしく冷えきっているのが分かったのだ。
何の思惑があってロシナンテを受け入れたのかは知らないが、
ロシナンテはロシナンテの任務を遂行するまでである。
形ばかりの握手をしながら、その時は、そう思っていた。
※
船長室で、ドフラミンゴとは航路について確認していた。
滞り無く確認が済むと、ドフラミンゴは静かに息を吐き、指を組む。
「——トレーボル、お前の観察眼には脱帽するよ」
「べへへへへ、なんだ、薮から棒に。
・・・ああ、ロシナンテについてか。気にする事は無い。
誰だって生き別れた兄弟と再会すれば、動転するさ」
ロシナンテがどういう生き方をして来たのかは分からないが、
その鍛錬は尋常のものではないのは、良く見れば理解出来た。
冷静だったならドフラミンゴだとてすぐに判断出来ただろう。
しかしはドフラミンゴを咎めはしない。
相も変わらず恭順し、ドフラミンゴを肯定し続けている。
ここ最近ではドフラミンゴの立てる計画にもほとんど口を出す事が無いので、
確かに自身が言うとおり、参謀とは名ばかりである。
その上付け加えるなら、が自分から積極的に何かをしようとすることは少ないのだ。
だからこそ、ロシナンテの件は気になった。
ドフラミンゴが言葉を吟味する最中に、はふっと笑い、答えてみせる。
「皆から猜疑心を抱かれたまましぶしぶ受け入れられても気分が悪いだろう?
結果は同じでも、そこに至る過程も大事だからねぇ」
笑うは一見常と同じように見える。
しかし、どこか雰囲気が違うように見えるのは、ドフラミンゴの錯覚なのだろうか。
だから追求してみることにする。
「何か思うところがあるのか、」
「べへへ、トレーボルとお呼びよ、ドフラミンゴ。
・・・そうだね『血は水よりも濃い』と言う。
きっと水では癒せぬ渇きもあるだろう」
煙草に火をつけ、は深く白い息を吐いた。
「お前の喉が、渇く事がなければ良いとは、思っているよ」
※
円卓に腰掛ける。
ロシナンテはドフラミンゴの横に座らされた。
幹部連中での会議に呼ばれたのだ。話す事の無いロシナンテは足を組んで成り行きを見守っている。
ドフラミンゴの逆隣にはが座る。
位置関係からしても、がドフラミンゴのブレーンなのは間違いないだろう。
ヴェルゴが居ないことに気がついたディアマンテがドフラミンゴに声をかけると、
任務に出したとドフラミンゴは端的に説明する。
「ほう?極秘任務か」
「ああ、今後の為に必要な事だ、一足先に発ってもらっている」
ヴェルゴに課した任務の内容はドフラミンゴのみが与り知ると決めたようだ。
「そうだねぇ、慎重なのは良い事だと思うよ」
「ウハハハ、だが幹部の席が一つ空くな。穴埋めするのはそう楽じゃねぇぞ」
「・・・どうするつもりだ、ドフィ?」
幹部はドフラミンゴの指示を仰いだ。
「ロシナンテを”コラソン”にするつもりだ」
すでに何度かドンキホーテの仕事には関わっている。
ロシナンテの腕は認められているようだ。
「べへへへへ、なるほど。確かにロシナンテの狙撃の腕はなかなかだもの。
皆納得出来る人選だ・・・だが、一ついいか、ドフィ」
「なんだ?」
ドフラミンゴはに首を傾げてみせる。
「3ヶ月は私が補佐に回るべきだろうと思うんだ。
・・・流石に取引先で毎回の様に飲み物を吹き出されると困る」
「ああ・・・」
「そうだな・・・」
「その通りだ・・・」
ドフラミンゴを含めて幹部達はロシナンテに呆れた視線を向ける。
生来のドジッ子振りも、すでに彼らの知るところとなっていた。
不機嫌そうにそっぽを向くロシナンテに、は苦笑する。
「仕方あるまいよ。生来の気質なのだろう?」
「そうだ。昔っからコイツはそそっかしくてなァ」
ドフラミンゴが頷くと、ディアマンテが首を捻る。
「子供嫌いもそうか?
ベビー5とバッファローを含めてガキ共は皆ぶちのめしてるようだが」
「・・・容赦がない」
ぼそりと呟くピーカに、ドフラミンゴは頬杖をついた。
「いや・・・だが、ちょっとやそっとの折檻で逃げ出すようなガキを
面倒見るわけにも行かないからな、結果的には良いんだろう」
はロシナンテを横目で見て口の端を上げると、腕を組んだ。
「べへへ、では、3ヶ月程で仕事を覚えてもらうからには、厳しくするぞ。
ロシナンテ・・・いや、コラソン。よしなに頼もう」
「フッフッフ、言っておくがトレーボルはスパルタだ。おれより恐ろしいぞ」
冗談めかしてドフラミンゴが笑う。
しかしもニヤニヤ笑ってドフラミンゴの顔を覗き込んだ。
途端にドフラミンゴの口角が下がる。
「おやァ?スパルタ?確かにそうだねぇ、スパルタだった。
その通りだ。だが、ねぇ、スパルタだけど?
スパルタだけど、なんだ?んん?」
「——そこがいい、トレーボル、寄り過ぎだ。悪ふざけが過ぎるぞ」
ドフラミンゴの声には頷いて席についた。
「それはそれは、失礼したね」
「はァ、・・・お前のその粘着質なのは能力のせいか?」
ディアマンテが呆れた様子でを咎める。
は相変わらず読めない笑みを浮かべたまま言った。
「いいやァ?生来の気質だろう」
ロシナンテはポーカーフェイス代わりの笑みを浮かべるドフラミンゴにちら、と視線を投げた。
ドフラミンゴは腕を組んで幹部達のやり取りを楽し気に聞いている様に見えるが、
腕を掴む手には、必要以上に力が込められている気がしたのだ。
※
はドンキホーテの参謀を気取るだけあって、かなり狡猾だ。
そしてドフラミンゴの忠告の通り容赦がない。
物腰も柔らかく、優し気な声色と裏腹に、
紡がれる言葉の数々は切れ味の鋭いナイフのようだった。
その有様に海軍の上官を思い出した。
銃火器の取引の帰り、はロシナンテに声をかけた。
「煙草の火を借りていいかな?」
マッチを渡すと、は愛煙家らしく慣れた手つきで火をつける。
「コラソン、お前は優しいねぇ」
ノートを使うのも億劫で、視線で言葉の続きを促した。
しかしはなんとなくコラソンが何を言いたいのか理解しているようだった。
「見込みの無い子供をふるい落としているだろう」
「・・・」
「いや、違うな。子供みんなだ。
才能がどうあれ、子供は海賊になるべきではないと思っているのかなァ?」
は黙り込んだままのロシナンテにおかまい無しに、
アジトまでの道を歩きながら、喋り続けている。
「べへへ、そうだねぇ、お前は間違っては居ないだろう。
戦闘では真っ先に子供は狙われるしねぇ、
悪党に交わって成長すれば善悪の区別もつかない、ただのナイフのような道具になることもある」
”道具”を作り出す側の人間が、平然と哀れむような言葉を口にするので、
ロシナンテは気取られない程度に眉を顰めた。
「だがねぇ、そこでしか生きられない生き物というのが居るんだよ」
石畳をヒールを鳴らして歩く、が振り返った。
「清流にしか棲めない魚も居れば、泥の中にしか生きられない魚も居るんだ。
お前、泥魚を清流に離して殺すのか?何も知らない子供のように」
はっきりと眉を顰め、ロシナンテはノートを取り出した。
『おれはなにも言っていない。
ただガキがきらいなだけだ』
は笑う。
「そうか、嫌いか。奇遇だな」
そして今度こそ振り返らずに歩き出した。
「私も頭の悪いガキが嫌いなんだ」
※
その子供が現れたのはそれから1年後のことだった。
スパイダーマイルズを拠点として間もない頃だ。
全身に手榴弾を巻き、鋭い目つきのまま、その子供は拠点に忍び込み、
堂々とドフラミンゴに宣言してみせた。
「目に入るものを、全部壊したい・・・!」
「あ?」
「おれは”白い町”から来た。もう長くは生きられねぇ」
それだけ言えば、北の海の人間はそれがどこか理解出来る。
フレバンス。強欲によって滅びた国だ。
ドフラミンゴは子供を値踏みする様に見る。
しかしその子供は笑うばかりだ。
「おれを、海賊に入れてくれ」
ドフラミンゴはとディアマンテに目配せして部屋を後にした。
フレバンスについて、調べる気なのだろう。
はディアマンテとソファに腰掛ける。
「なァ、お前。海賊に入りたいと言うのなら、まず身体に巻いた手榴弾を外しなさい。
おちおち話もできやしない」
の言葉に、子供は何か手応えを感じたらしい、促されるままに、爆弾を解いた。
しかし恐らくズボンのポケットには一つ残しておいているようだ。
しきりに気にするそぶりを見せる。
ディアマンテはほう?とに目配せする。小賢しい子供がは好きなのだ。
しかし、その時のは、その子供に冷たい一瞥を投げかけていた。
「さっきの船長は?」
「ドフィがいちいち新入りの相手すると思うか?」
ディアマンテがローを見下ろした。
は腕を組んでローに問いかける。
「んー・・・、お前が死ぬのは分かったが、
お前、いつ死ぬのかなァ?」
「3年と2ヶ月後だ」
ディアマンテは愉快そうに笑った。
「医者がそう言ったのか?」
「死んだ親が医者だった。医療データを見れば分かる。
だから3年以内に沢山殺して、・・・全部ぶっ壊したい!」
「ふぅん?」
はニヤニヤと子供を眺める。
すると突然顎を掴むと、その子供に顔を近づけた。
唖然とする子供に、は口の端をつり上げた。
「お前の目、オオカミの目だねェ」
「は?」
は子供から手を離し、芝居がかったそぶりで話してみせる。
「ベヘヘへへ、お前の処遇は船長が決めるだろう。
別にウチは子供だろうが大人だろうが関係はない。
船長を立てて、仕事をこなし、家族の様に強い結びつきを持って暮らせるなら、
だァれもお前を咎めたり、束縛したりはしないだろう。
誰を殺そうが、何を奪おうが、お前の”自由”だ」
その声色は甘く響く。
この時の語った自由が、余りに脆いものだと、
オオカミの目をした子供、トラファルガー・ローが知るのは、恩人の死に際してのことだった。
※
ドンキホーテの船の上、ドフラミンゴは懸念していた。
ロシナンテがローの病気を治すとファミリーを飛び出して行ってからというもの、
海軍はぱったりと姿を消している。
電話口でオペオペの実についてロシナンテに教え、食べろと迫ったドフラミンゴは、
幹部達を集めて、半ば独り言の様に呟く。
「以前あれだけ、おれたちの居場所を嗅ぎつけ追って来たおつるにしても・・・
コラソンの居なくなった半年もの間、現れなくなったが。
これは偶然だと思うか?」
ピーカは腕を組んで、ドフラミンゴに問うように言った。
「——それまであいつが軍に情報を流してたって言うのか?」
「ウハハハ、決めつけるのは、早いんじゃないか?」
「トレーボル、お前はどう思う?」
黙り込んで笑みを浮かべたままのに問うと、は小さく笑った。
「ベヘヘ、さァ、どうだろうな・・・。
だが、もうお前は全てを決めているはずだ。ドフィ。
”コラソン”にオペオペの実を食べさせると口にした時点でねぇ」
「・・・なに?」
ドフラミンゴはを見つめていた。
はにこやかに微笑んでみせる。
「いずれにせよ、我々はドフィに従うよ。お前の決定を肯定する。
お前の結論に異を唱える事は決してないし、お前を裏切る事などあり得ない。
——全ての決定権はドフラミンゴ、お前にあるのだ、我らが王よ」
それが何を意味しているのか、ドフラミンゴには痛い程分かっていた。
※
ミニオン島。
ヴェルゴから連絡を受けたドフラミンゴの顔から笑みが消えた。
コラソン、ロシナンテは海軍の”スパイ”だったと悟り、
纏う覇気は憤怒の色を携えている。
立ち向かってくるバレルズ海賊団の連中を薙ぎ払い、
歯を食いしばりながらドフラミンゴはヴェルゴに告げる。
「——改めて分かった。おれの『家族』はお前らだけだ・・・!!!」
その時、は口の端に笑みを湛えていた。
サングラスの奥の瞳には、いつかと同じ様に憎悪と歓喜が渦巻いている。
しかし、それに誰も気づかなかった。
ドンキホーテで一丸となりバレルズ海賊団を襲撃し、
幹部の半分を略奪に回すと、は運命を待つ事にした。
の妄想が、現実にならなかった事は、今のところ、無い。
すると、ほどなくして喧噪が聞こえてくる。
ロシナンテを捕らえたグラディウスがロシナンテを撃ったのだ。
哀れにも雪の上に倒れたところをディアマンテが殴り、蹴る。
「コラソン!てめェ!なぜ喋れねェフリしてやがったァ!!!」
ロシナンテはディアマンテを睨み上げる。
「・・・!お前らと話す事なんか、何もねェからさ」
「若を馬鹿にしやがってコイツ・・・!」
グラディウスが執拗にロシナンテを暴行するのを、セニョールが止める。
「やり過ぎだ、グラディウス!若が来る前に死んじまう」
「だが・・・!」
しかし、各々怒りを露にする幹部の面々は、沈黙を守るに気づいたらしい。
ピーカが声をかけた。
「・・・お前は静かだな、トレーボル」
は肩を震わせて笑った。
「べへへ・・・!
いやあ、私はソイツを、とてもじゃないが、殴る気にはなれないんだ」
その物言いに、ロシナンテを初め、その場に居たファミリーがを注視した。
はまるで穏やかなマリア像のように、
微笑みさえ浮かべながらロシナンテを眺めている。
「もし、私がその男に声をかけるとするのなら、
それは”全てが終わってから”にしたい。
だから、——ドフィ?
お前の出した結論を、ファミリーに教えておくれ」
雪の中を現れたドフラミンゴに、が声をかけると、ドフラミンゴは
皆より一歩進み出て、ロシナンテに吐き捨てる様に言葉をかけた。
「半年ぶりだな、コラソン」
ロシナンテは煙草をふかすと、ドフラミンゴに銃口を向けた。
※
ロシナンテを銃撃したドフラミンゴに、は静かに声をかけた。
「先に行っていてくれないか。少し話がしたい。
なに、すぐに追いつく。ほんの二言三言だ」
の声には有無を言わせぬ響きがあり、ドフラミンゴもそれを許可したので、
倒れ臥したロシナンテと、はその場に二人きりになった。
ロシナンテは黙っている。
はロシナンテの横に膝を着くと、柔らかく微笑んで見せた。
「ドンキホーテ・ロシナンテ。
お前は実に、・・・よくやってくれたよ。ありがとう。
私はお前に、心からの礼を言いたい」
紡がれたのは意外な言葉だった。
思わずロシナンテは目を見開いた。
「・・・な、に?」
満身創痍ながら怪訝そうに眉を顰めたロシナンテに、は笑う。
「センゴク大将の息子同然に育った中佐殿。
ナギナギの実の能力者・・・べへへ、私はお前がドフラミンゴの元に訪れたときから、
知っていたよ。お前の本当の目的をねぇ」
ロシナンテは戦慄していた。
は相変わらず、奇妙なまでに甘い声色で、ロシナンテに笑いかける。
「ドフラミンゴは本当にお前を大事に思っていたよ。
14年もの間離れていたからこそ、気を使い、愛情を注ごうと努力した。
哀れだなァ、あいつはお前を最期の最期まで信じていたのに」
ロシナンテはを睨む。
それを意に介した様子もなく、は言葉を続けた
「まぁ、親の心子知らずと言う言葉がある様に、例え血のつながりがあったとしても、
その価値観が同じとは限るまい。ドフラミンゴはドフラミンゴなりに、お前を案じていた。
・・・お前もお前なりにドフラミンゴを案じて居たんだろうね、ロシナンテ?
罪を償って欲しかったんだろう?真っ当な人生を歩めるものなら、歩んで欲しかった。
血に汚れた道をこれ以上進んで欲しく無かったんだ。そうだろう?」
はロシナンテの顎を掴み、笑った。
その笑みは、まるで人では無い様に見えるほど、禍々しく、恐ろしかった。
「だがドフラミンゴにその愛情は届かなかったなァ!?
ドフラミンゴは血のつながった裏切り者の”家族”と、
血はつながらなくとも絶対に裏切らない”家族”なら、後者を選んだ!」
はゆっくりと立ち上がる。その声色ははっきりと陶酔していた。
「こうしてファミリーの絆はより盤石なものになる・・・。
ありがとう、ロシナンテ。お前のおかげでドフラミンゴはまた”悪のカリスマ”に近づいた。
なぜならこれで、ドフラミンゴは、」
その手を天に掲げ、謳う様には言い募る。
「目的の為なら血のつながった父親でも、弟でも、殺せる男になったんだ!!!
べへへへへへっ!今日はいい日だ。実にいい日だ!
オペオペの実なんざローにくれてやってお釣りが来る」
その異様な有様を見て、ロシナンテは死の淵にあって、
やっと自分の犯した間違いに気づいた。
自分が倒すべきだったのは、だった。
ドフラミンゴが持っていると思っていた、
生まれついての悪の性、それを持っていたのはだったのだ。
ロシナンテの眦から涙がこぼれる。
それに気がついたのか、は気まぐれに涙を拭った。
「お前は何だ。何者なんだ・・・?」
その問いに、は静かに答えて見せる。
「お前には、鬼や悪魔に見えるかもねぇ、
私は人間だとも。損な役回りを引き受けては居るが。
——ではさようなら、ロシナンテ。
ローはきっと上手く逃げて、大人になり、そして私を殺すだろう。
それはもう、決まっている事なんだ」
は船のほうへと足を運ぶ
「安心なさい。それまであの子は生きるだろうから」