悪のカリスマ 07

或る男の疑問・或る女の黄昏


ドフラミンゴは鳥カゴを発動した後、
ピーカに王宮を移動させ、スマイル工場に居たとディアマンテを呼び寄せた。

「あらかたの雑魚共はおれとトレーボルで片付けておいた。
 パラサイトと鳥カゴが始まっちまえば奴ら、工場を狙うどころじゃねぇだろうしな」

ディアマンテの言葉にドフラミンゴは頷き、に目配せする。
すると心得ていると言わんばかりには工場の鍵をドフラミンゴに渡してみせた。
ドフラミンゴはその鍵を糸で切り落としてしまう。

「おれたちの敵に希望など必要ないだろう、
 お前でもこうしたはずだ、トレーボル」
「・・・そうだね、ドフィ」

は普段よりも幾分消沈した様子である。
目を伏せながらシュガーの髪を梳いている。
ラオGが眉を上げた。

「・・・お前さんにしては珍しいな、トレーボル。
 幼い少女一人、守れんとは」

苦言を呈するラオGに、は静かに息を吐いた。

「腕が鈍ったのかも知れないねぇ。近頃は衰えを感じるよ。
 だが、年齢を言い訳にしてもしょうがない。どんな罰でも受け入れよう」

その場に居た幹部達はの弱気な言葉にそれぞれ驚いていた。
が気落ちしたところなど、今まで誰も見たことが無かったのだ。
付き合いの長いディアマンテすら驚き、目を瞬いている。

「・・・なぁ、ドフィ、トレーボルは相手を追い込んでいたんだろ?
 両手両足不自由にしていた男が、シュガーを気絶させるなんて普通は考えられない。
 ”メラメラの実”にしてもそうだ。まさか革命軍のNo.2が出場してるとは想像できねェ!
 罰を受けさせるようなことか?状況が悪かっただけだろう」

ディアマンテの言葉にもはうなだれたままである。
ドフラミンゴはの俯いた顔を眺め、首を横に振った。

「・・・過ぎたことだ。お前らを責めても時間が戻る訳じゃあるまい。
 これからの働きで返してくれ。それでいい」
「——すまない、ドフィ」

の唇にようやく笑みが戻った。
常と比べ力の無い弱々しいものではあったが、
それだけで幹部達にどこか安堵したような空気が流れる。

ドフラミンゴはその様を見定めていた。

確かには実戦から遠のいて久しい。
しかし覇気を身につけ、能力を磨き、
未だ若々しい姿を保っているその人に”衰え”と言う言葉は
余りにも似つかわしく無いように思える。

なによりはかつて、シュガー一人守りきれない女ではなかった。

両手両足を拘束出来たのなら、かつてのなら何を躊躇うことも無く
首を刎ねて見せただろう。例えそれが身内であっても。

ドフラミンゴは胸騒ぎを覚えていた。
13年前も同じような気分を味わったのを、良く覚えている。

ピーカの声を笑った男をベビー5が殺したのを見届け、
ドフラミンゴは声を上げた。

「・・・おれは8歳で母を失い、10歳で父を殺した」

誰かが息を飲んだようだった。

「『幹部』以上のメンバーは、長く苦楽を共にしたおれの”家族”だ」

ドンキホーテファミリーの部下達が震えながら、
幹部達は各々静かにドフラミンゴの話を聞いている。

「おれにはこいつらしかいない・・・!
 家族を笑う者はおれが許さん・・・!いいな」

部下達が頷くのを見て、ドフラミンゴはを伺った。

は常の、口の端に笑みを浮かべた表情に戻っている。
萎れた花のような空気はもう纏っては居ない。
常に毅然と立ち、甘い声で残酷な言葉を口にし、
剣を振るい血を浴びれば誰よりも美しかった、”トレーボル”に戻っている。

サングラスの下、瞠目したドフラミンゴは静かに告げる。

「トレーボル。お前は王宮最上階でおれと共に挑戦者達を待て。
 ——久しぶりにお前の火が見たい」

ドフラミンゴの言葉に、は笑みを深めた。

「それはそれは、光栄だねぇ、ドフィ。我らが王よ。
 ——全てはお前の、望むがままに」



王宮最上階

ソファに腰掛けるドフラミンゴの背に立ち、はその男達を待っていた。
ドフラミンゴの足元ではベラミーが傷つき横たわっている。

麦わら帽子を被ったその青年を見て、は小さく笑った。

「べへへ、来たねぇ、麦わらのルフィと・・・ローが」

ルフィは傷ついたベラミーをチンピラなのだと罵るドフラミンゴに怒りを覚えている。

「ベラミーを離せ!ミンゴォ!!!」

足技を繰り出すも、ドフラミンゴはベラミーを盾にしてそれを防いだ。
ルフィは動揺するが、ローはそれを嗜めるように叱咤する。

「麦わら屋!怒りや憎しみを出せば敵の思うツボだ。
 抑えろ!それを煽るのが奴の手だ!!!
 ・・・冷静さを欠けば命を落とすと思え、
 ドフラミンゴは非情かつ冷酷な男、いつでも一瞬の隙を狙ってる!」

はその有様を見て、口元に手を当てて笑い出した。

「べへへへへ!麦わらのルフィ、
 まさか瀕死のお友達の顔を蹴るだなんてねぇ!
 とんだ友情じゃあないか。
 ねぇねぇ、どんな気分だ?教えておくれよ、ねぇ?」

「何だとォ?!」
「耳を貸すな!」

の挑発に憤るルフィを宥めるローに、ドフラミンゴは声を上げて笑う。

「フフフッ、フッフッフ!
 ”非情”とは言ってくれるじゃねぇか。
 ・・・そうでもねぇさ。おれは充分頭にきてる」

何しろローと麦わらが来てからというもの、
ドフラミンゴの置かれる状況は悪くなる一方だ。
パンクハザードではSADを壊され、
優秀な部下であったヴェルゴ、モネを手にかけられ、シーザーは連れ去られ、
極めつけはオモチャ達を解放し、
そしてSMILE工場の破壊活動を今なお麦わらの一味は行っているのだ。

ドフラミンゴはローを挑発する様に嘆いてみせる。

「お前らが現れてから散々だ。
 ——まるで13年前の『絶望』を再び味わっているかのようだ!」

ドフラミンゴの思惑通りに、
ローは眦を尖らせ、ドフラミンゴを怒鳴りつける。

「あの事件がなけりゃ、おれはこうしてお前の前に現れる事もなかった!!!」
「あの事件が無かったら、お前は3代目の”コラソン”としてここにいたさ!!!」

ドフラミンゴはそう言って糸の塊を造り上げる。
本人そっくりの分身、”ブラックナイト”だ。
それをみて、は首を傾げた。

「んん?私は何もしなくていいのかなぁ、ドフィ」
「フフフッ、遊んでやろうぜ、トレーボル
 このガキ共が、どこまでやれるか」

はドフラミンゴの言葉に頷き、笑った。

「なるほど。面白い」

はドフラミンゴの足元に居たベラミーに目を向けた。

「ほら、お前も頑張りな、ベラミー」

その言葉が契機になったように、ベラミーは向かって来るルフィに刀を向けた。
血を流し、眦に涙を浮かべるベラミーを見て、ドフラミンゴとは笑っている。

「麦わら屋!そいつは操られてる!」

身体の自由を奪われ、刃を振るい続けるベラミーは息も絶え絶えに
ルフィに懇願してみせる。

「・・・!すまねぇ、”麦わら”!
 おれを・・・止めでぐれ・・・!」
「どういう知り合いかは知らねェが、止めたかったら意識を失うまでぶっ飛ばせ!」

ローが忠告するも、ルフィは首を横に振った。

「できるわけねぇ!友達だ!」

ベラミーはついに涙を零し、悲痛に顔を歪めている。
それを見て、ドフラミンゴは笑った。

「もう一発であの世行きだろう。
 フッフッフ!いい最期じゃねェか・・・!
 昔教えたよなァ!ロー!よく見ろ!」
 
ドフラミンゴは低く囁く。

「『弱ェ奴は死に方も選べねェ』」

がそれを聞いて笑みを深めている。
まるで面白い見せ物を見るような所作であった。

「トラ男!もうぶっ飛ばす!!!
 頭に来た!!!」

それを聞いたローが咎めるような態度を取るが、
ルフィは聞く耳を持たない様子で、
どういう訳かローに向けて技を放とうとするそぶりを見せた。

は笑みを解き、姿勢を正した。

「——ドフィ、気をつけろ。どうやら出番のようだ」
「なに?」

しかし、その一瞬が命取りとなったに違いない。
ローが一気に”ROOM”を展開し、自身とドフラミンゴの位置を入れ替えた。
体勢を整える間もなく、ルフィの技、
”レッド・ホーク”がドフラミンゴを穿つように決まる。

はその様を見て短く舌打ちすると、
ドフラミンゴと位置を入れ替え、
椅子に腰掛け不敵に笑う、かつての部下に笑みを浮かべながらも悪態をついた。

「なるほど。私の相手はお前という訳だな」

電撃を纏う剣戟を何度かいなし、距離をとっただったが、
完璧には避けきれずローの”ラジオナイフ”はの右腕を切り落とした。

「・・・!年は取りたく無いものだ、
 この私がお前に腕を切られるとはねぇ、ロー!」

ローは鬼哭の切っ先をに向けながら奥歯を噛んだ。
完璧に隙をつき、全身をバラバラにしてやるつもりが、切り落とせたのは右腕一つだ。
しかし。

「”ラジオナイフ”は普段の”アンビュテート”とは切り口が違う。
 数分の間、いかなる処置でも能力でも、お前の身体は接合出来ない。
 利き手だろう、右腕は・・・!」

の顔に僅かな苛立ちが見えた。
幾らでも利き腕を失くしたまま、
ローの攻撃を無傷でいなせるとは思っていないようだ。

「”インジェクション”」

ローが次の攻撃に向けて鬼哭の切っ先をに向ける。
は咄嗟に地面に手を付き、粘液の壁を作り出したようだが、
ローのオペオペの能力で粘液は切り裂かれ、その役割を果たすことは無い。

「っ!」

息を飲んだだったが、その刃がに届くことは無かった。
ドフラミンゴがローの剣戟を足で受け止めたのだ。

「トレーボル!」
「・・・承知した」

ドフラミンゴに呼ばれたは切り裂かれた粘液を再び集め、
ローの足を固定する。
ドフラミンゴはそのまま手を振り上げた。

「”フルブライト”!」

そこからドフラミンゴは標的をルフィに変える。
武装色を纏った足でルフィを蹴り上げ、ベラミーに剣で斬りつけさせたのだ。

「トレーボル。腕は大丈夫か」
「ああ、問題ないよ。ドフィ。・・・思い上がったものだな、ガキ共。
 まともにやって我々に敵うとでも思ったか?」

が腕をつけ、動くことを確認しながらルフィを見下ろすと、
ドフラミンゴは我慢ならないと言わんばかりに覇気を迸らせた。

「・・・まったくだ。
 一瞬でもこいつらに”勝てる”と思い上がられたことが耐えられねぇほどの屈辱だ!
 挙げ句の果てにこのおれの目の前で”家族”を傷つけるとはどういう了見だ?!
 ええ?ガキ共・・・!?
 いいか、おれァ世界一気高い血族・・・!”天竜人”だぞ!!!」

地に伏したルフィ、未だに操られたままのベラミーが驚きに目を見張って居る。

「生まれつき、世界一の権力を持っていた。
 ・・・もし、父がその力を放棄しなければ、
 おれはこのゴミの掃き溜めのような世界に下ることは無かっただろう。
 なァ、ガキ共。無い頭を振り絞って考えても見ろ・・・。
 おれに何が起きたと思う?——そして、おれに何が出来たと思う?」

ドフラミンゴは手を広げた。

「当時おれは10歳のガキだったが、それでも自分のするべきことは分かっていたぞ。
 元凶である父を殺し、その首をマリージョアへ持ち帰った!
 だが、天国に居る天竜人達は『裏切り者の一族』を二度と受け入れはしなかった。
 ・・・この地獄から逃れる術はない。
 その時に誓ったんだよ。こいつらの牛耳るこの世界を全て破壊し尽くしてやるとな。
 これで分かったろう。お前らにも!!!」

はその口の端に笑みを浮かべる。陶酔と残酷な喜びが渦巻くその目は、
サングラスの奥に隠され誰にも見えていなかった。

「お前らの生きて来た人生とはレベルが違う!
 ガキと遊んでる暇はねェんだ、おれには!!!」



「そういえば、私の火を見たがっていたねぇ、ドフィ」

は艶やかに笑った。
ドフラミンゴがローの右腕を切り落としたのを見て、
は粘液をローにぶつけ、マッチを擦り火をつけた。

思いの外小規模な爆発だったのは、甚振って殺す気だからなのだろう。
ドフラミンゴは気づいていたが、を咎めることはしなかった。

相変わらず、炎に照り返される時の、その顔がなにより美しい。

「べへへへ、まだ生きてるねぇ、
 ねぇ、ねぇ、ロー、往生際が悪く無いか?」

咳き込み、何とか瓦礫に背中をつけうなだれるローに、
ドフラミンゴは声をかける。

「もう休め、ロー。
 おれ一人に敵わねェお前が、なぜおれ達2人に挑む?」

ドフラミンゴは銃口をローに向けた。

「今からお前は間違いなく死ぬ。
 救いのねェ。犬死にだ。だがどうせ死ぬんだ・・・。
 どうせならおれに、”オペオペ”究極の業『不老手術』を施し、そして死ね」

は腕を組んでその様を見守っている。

「それと引き換えに、おれはお前の望みをなんでも叶えよう」

ローは緩やかに口の端を上げた。
声にも力が戻ったようだった。

「何でも・・・?それが本心なら名案だな。
 互いに利がある。・・・、乗った」

だが、ローは吐き捨てるように言ってのけた。

「だったら今すぐコラさんを、蘇らせてくれ・・・!
 そしてこの国の国民全員のケツを舐めて来い。
 ・・・状況が分かってねぇのはてめェだ。ドフラミンゴ」

ドフラミンゴの顔から笑みが消えた。
尚も生意気な口を叩き続けるローに容赦なく引鉄を引き、
ローの背の”コラソン”の文字に向け弾丸を容赦なく叩き込んだ。

息を荒げ、弾が無くなってもなお引鉄を引き続けるドフラミンゴに、
は静かに声をかけた。

「ドフィ、もう死んでいるよ」

ドフラミンゴは顔を上げる。は柔らかく笑みを浮かべた。

「もう糸は動き出しているのだろう?」
「・・・ああ、そうだ。気づいていたのか」
「勿論。幾ら衰えたとは言え、そこまで耄碌しては居ないさ」

は眼下に広がるドレスローザを眺めた。
悲鳴、銃声、剣戟、そして火が所々で燃え盛っている。

「ドフィはこの国に富と娯楽を与えた。
 貧しかった頃の面影はもう無いだろう。街並も整えられ、
 労働から半ば解放された人間達はオモチャと手を取り、
 踊り、歌い、贅沢に耽溺した。全てはお前の手腕だ。
 素晴らしい功績だった」

の声には惜しむような響きがある。
ドフラミンゴもと同じように、その街を眺めた。

「だがやはりこの国には、燃え盛る炎がよく似合う」
「・・・トレーボル。おれはお前に、一つ聞いておきたいことがある」

ドフラミンゴが少し言葉を選びながらも問いかけると、
は首を傾げてみせた。

「なんだいドフィ、我らが、」
「ドフラミンゴォー!!!」

割り込んできた声に、ドフラミンゴは小さく舌打ちすると、
怒りに燃えるその青年を迎えた。
ベラミーを死に追い込んだドフラミンゴに容赦のない攻撃をするも、
迎え撃たれたルフィは誰かの血に足を取られ、息を飲んだ。

そこにはローが血まみれで横たわっている。
右腕も失われていた。

「トラ男!おい、しっかりしろ!」

慌てて介抱しようとするも、ドフラミンゴは無慈悲な台詞をルフィにかけた。

「死んでるよ。見りゃ分かるだろ?」

唇を噛み、ドフラミンゴを睨み据えるルフィに、
ドフラミンゴは糸の檻を指差した。

「そうだ。先に、ルールに変更があったことを教えてやらねぇとな。
 この鳥カゴは、今、少しずつ収縮してるんだ
 時間にして約1時間ってとこか」

丁寧にこれから国が滅びることを説明してやると、ルフィの眦がいよいよ尖る。

「ミンゴ!お前をぶっ飛ばせば全部済む話だろうが!」
「フフフッ!
 それが出来ねェって話をしたつもりだったが・・・」

ドフラミンゴがルフィの攻撃に備えると、居るはずの無い男の声が響いた。

「”シャンブルズ”」

ルフィと居場所を入れ替え、現れたのは死んだはずのローだ。

「ロー!!!」

ローは左腕を振り上げ、ドフラミンゴを攻撃する。

「”ガンマナイフ”!!!」

断末魔の叫びを上げ、倒れ臥すドフラミンゴを見て
はローを睨み上げた。

「ドフィ!・・・ロー、お前良くも”ROOM”を張る余力が残っていたものだな!?」
「多少命は削るが、お前らを倒す為なら惜しくはねェ!
 この瞬間、この一撃の為に、おれは・・・!」

ローのガンマナイフは内臓を破壊する技だ。
おそらくはドフラミンゴを倒す為に磨いて来た牙なのだろう。
血を吐き、眉を苦し気に顰めたドフラミンゴに、は声を荒げた。

「ドフィ!王たる者これ以上膝をつくな!」

その鋭い声に叱咤されるように、ドフラミンゴはローの顔を掴み、
もう片方の手でローを殺すべく糸を張る。
しかし、その瞬間、ルフィがドフラミンゴを攻撃し、ローの身体を解放させた。

遂に倒れたドフラミンゴに向かい、ローは息を切らせながら這って行く。

「やってくれたな、麦わらのルフィ!」

はルフィを睨み、粘液で攻撃を始めた。
自在に動くのに加え、持っていた仕込み杖に切り掛かられ、
ルフィは防戦一方となっていたが、
その間にも、ローはドフラミンゴにとどめを刺すべく動いていたらしい。

「”カウンターショック”!!!
 ・・・くたばれ、悪魔野郎!!!」

その声にが振り返る。
血まみれのドフラミンゴを見て、は唖然と立ち尽くしたように見えた。
が、その時、ルフィは気がついた。
の唇が、緩やかに弧を描くのを。

「——流石だ、我らが王」

その声に応える様に、ドフラミンゴは身体を起こした。
そしてそのままローにとどめを刺そうと足を上げたのを、
一目散に駆け出したルフィが止めた。

瞬間、雷が轟く様に覇気が迸る。

はそれを見て、眉を上げた。

「・・・覇王色の衝突だねぇ、実際に見ると凄まじい。
 だが、麦わらのルフィ、ドフィはお前とはモノが違う・・・!」

やがてその衝突は格闘戦へと移り行く。
その様を見て陶酔するように、尚もは声を上げた。

「出生が狂気を育み!”運命”が怒りを呼び!この男を盤石な”夜叉”へと変えた!!!」

激しい打撃の応酬はひとまずドフラミンゴの勝利となった。
吹飛ばされそうになったルフィを、が粘液で止め、
その身体を拘束した。

全身を覆う粘液にルフィは不快そうに眉を顰めている。

「腕と足を抑えれば、お前はそう怖く無いねぇ」

後ろから抱きすくめられるように拘束され、
囁いたに、ルフィはイライラと歯を食いしばる。

「さあ、ドフィ、麦わらは私が止めておこう。
 ローの頭を砕き割るのだろう?見せておくれ」
「くそ・・・こいつ、ネバネバしやがって・・・!離せ!!!」
「べへへへ、そう邪険にしないでおくれよ、麦わら。
 特等席で見ようじゃないか。お前の友人の頭が、無惨に砕かれ割れる様を」

ルフィの顔に焦りが見えはじめた。そこに、ローが声を上げる。

「麦わら屋、その女に構っても無駄だ。
 そいつは芯から腐ってる。ドフラミンゴと同じでな・・・!
 おれはハートの席に座り、コイツらと一緒にされるのが嫌だったんだ・・・!」

それまでは冷静に見えたドフラミンゴのこめかみに青筋が浮いた。

「まだ口は動くのか、お前、誰に物を言っている・・・!?」

返って罵られたの方が冷静に見える程だった。
しかし、は小さくため息を吐き、ルフィを拘束したまま、
ローに向けて歩き出した。

「おい?!ローの能力圏内だ!」

動揺するドフラミンゴには構わず、は粘液でローの身体を覆って、
胸の刺青を踏みつけた。

「ぅぐ・・・!?」

「随分と生意気な口を叩くようになったねぇ、
 最高幹部を相手に。我々を誰だと思っている?
 誰がドフラミンゴの才能を引き出し、鍛えたと?
 我々はドフラミンゴを王に掲げ、部下達に威厳を示し、
 だが対等にファミリーを想い、ここまで守り立てて来た」

ドフラミンゴはの言葉に是とも非とも言わないでいる。
刺青を踏みにじられ、こめかみに汗を浮かべたローに、は甘ったるく囁いた。

「まるで、家族のように。なァ、ロー、覚えているかな。
 『窒息と火あぶり、どちらが好みだ?』」

ローの顔に僅かな焦りが見える。
しかしそれも一瞬だった。

「そう思ってんのはお前らだけだ、トレーボル・・・!
 おれの目には、参謀気取りのお前ですら、
 ドフラミンゴのマヌケな操り人形にしか見えねェな!」

その罵倒に怒りを露にしたのは、やはりよりもドフラミンゴの方が先であった。
そして苛立ちに任せ手を振り上げようとしたドフラミンゴを、は制した。

「トレーボル!なぜ止める!?」

ドフラミンゴの疑問にも応えず、は肩を震わせていた。
それを見たドフラミンゴは振り上げた腕を下ろす。
は怒っていた。これ以上無い程に。

「くくっ、フフフッ、ハッハッハッハッ!
 マヌケな人形・・・?
 そう見えるのだね、お前には・・・べへへへへへっ」

は笑った。笑い、そして呟いた。

「なるほどなァ、確かに、これは、頭にきただろうね、"トレーボル"」

がローの顎を掴み、持ち上げる。
粘液が糸を引く。拘束がとれたのを見てドフラミンゴが動こうとするが、
は片手でそれを制し、ローの顔を覗き込んだ。

「ねぇ、ロー?お前は本当に頭が良い子だった・・・。
 今やお前も”死の外科医”という二つ名の立派な七武海様だ。
 今じゃ”だった”と言うべきかなァ?
 薄汚い病気持ちだったお前がいかに牙を研ぎ、爪を磨いてきたかが伺えるよ。
 褒めてやろう。よくやったねぇ。だが、お前昔となァんも変わってないねぇ?」

の爪がローの頬に食い込んだ。

「なんでドンキホーテ・ファミリーの連中が皆、珀鉛病を中毒だと知ってたと思う?」
「!?」

が何を口にするのか気づいたドフラミンゴは、首を横に振った。

「・・・よせ、トレーボル」
「いいやァ、このガキは思い知るべきだ。
 ——どちらが間抜けなのかをな」

その声は低く響いた。

「お前は賢いが、視野が狭いんだよクソガキ。種明かしをしてやろう。
 我々はフレバンスの滅亡に一枚噛んでたんだ」

ローが息を飲んでを見た。
は酷薄に口の端を吊り上げる。

「よォく稼がせてもらったなァ、珀鉛を売り、武器を売り・・・。
 ベヘヘへ、戦争ってのは良く儲かる。
 もしかして、我々が売った銃が、お前の家族を殺したかもねぇ?」

ローは愕然としていた。
攻撃することさえ忘れ、の言葉を飲みくだしきれず、唇をわななかせている。

「なァロー、お前ドフラミンゴを心底から恨んでるわけじゃあ、ないね?
 あの時救われた事を恩に感じていたはずだ。
 そうでなきゃあ、こんな回りくどい真似はするまい。
 コラソンの本懐とやらは、ドフラミンゴを殺す事ではなく、”止める”ことだ。
 お前は自分の手を汚したくは無かったんだろう。カイドウにやらせるつもりだった・・・。
 麦わらに触発されて、自分の手でドフラミンゴに一矢報いることにしたのかなァ?
 勝ち筋を失くしても、"ケジメ"をつけることを優先させたってトコだろう。
 べへへへへっ!!!
 どんな気分だ?ロー。一度は憧れたろう、救われたと思ったろう?
 そいつらがお前の故郷を滅ぼした奴らと繫がっていたんだ。
 ・・・その顔、気づかなかったんだな?・・・いや、気づきたく無かったのかなぁ?」

ローは歯をくいしばり、を睨んだ。
その怒りを楽しむように、はサングラスの下、眦を緩める。

「私が憎いだろう?ドフラミンゴが許せないだろう?
 ”同じ人間とは思えない”だろう?」

畳み掛ける様に、は残酷な言葉を吐いた。

「悲しくなる位お前は物覚えが良い。今でも覚えているはずだ。
 人を簡単に殺せる方法は、相手を同じ人間だと思わないことだ。
 私とドフィが教えたなァ?今でも律儀に守ってるんだろう?ええ?死の外科医殿!
 お前にゃ私が化け物のように見える事だろう。
 あるいは”マヌケな人形”か?ベヘヘへへっ!」

その顔はどこまでも残忍で、冷酷だった。

「だが残念ながら私は人さ。お前と同じ人間だ」
「——殺してやる」
「どうやって?」

の手から粘液が滴る。
その手でローの頬を撫で、は凄絶なまでの笑みを浮かべた。

「私に勝てないお前が、どうやって私の喉を破るんだ?
 なァ、トラファルガー・ロー?」

ローが左手を動かそうとした、その時だ。

「トレーボル、いや、

ドフラミンゴの問いかけは実に静かだった。

「一つ、腑に落ちない事がある」
「それは今でなくてはいけないことか、ドフィ?」
「ああ。そうだ」

ドフラミンゴは確信を持って問いかけた。

「お前、わざとシュガーを気絶させただろう」