悪のカリスマ 06

或る女の暴虐


パンクハザードにローが現れ、
シーザーを誘拐された件はの耳にも入っていた。

故にはその日が特別な一日であることを分かっている。
だからそれに相応しい服を選び、アクセサリーを、靴を選んだ。
杖を手に取り、城を闊歩する。

外からは国民達の声がした。ドフラミンゴを慕う声だ。
王位を捨てると新聞が報道したせいで、こんなにも騒がしい。
しかしその中に身内の声を聞いて、は足を止めた。

「トレーボル様ー!?」

窓から顔を覗かせるとベビー5がを呼んでいる。
いつもが護衛しているシュガーに、ベビー5は声をかけているようだ。

「トレーボル様は?」
「しらない」

ドフラミンゴがそれなりに落ち着いて対応しているためか、
ジョーラやラオ爺、バイスらファミリーの人間達も泰然としている。
それを見とめて、は笑みを浮かべた。
ベタベタの能力を使い、壁に足をつけ、歩く。

「あら、ベビー5、お呼びかしら。
 国中が大騒ぎだねぇ、んん? 世界もざわついてるはずだ」
「あっ、トレーボル様、そんなところに!」

とん、と優雅に建物の壁から飛び降りたが、ベビー5に詰め寄った。
ベビー5の顎を掴み、笑う。

「ところでお前、また婚約者を吹飛ばされたそうだねぇ、
 見る目が無いのも昔からだ。懲りないねぇ。べへへへへ!」
「ち、近い!それに何十回目よ、その話!しつこいわね!」
「生憎執念深い女なものでねぇ、
 ――だがお前、そんな私も嫌いじゃないだろう?」

甘ったるく囁かれ、
ベビー5はぐ、と言葉に詰まりながらも息を吐いた。

「うるさいなぁ、もう!若様が呼んでるよ!
 例の奴もってこいって!」
「んん?そうか。なら急ごうかな」

口元に指を這わせ、は頷くとベビー5にそうそう、と独りごちてから振り返る。

「ベビー5、ドフィに婚約者を消されるのは、奴らがろくでなしだからさ。 
 見る目を養えば、お前は器量が良いのだから幸福になれるだろうよ」
「・・・本当?結婚式、出てくれる?」
「べへへへへ!相手も決まって無いのに気が早いねぇ、
 楽しみにしてるんだから、首尾よくおやり」

は珍しく八重歯を覗かせるように笑い、
スートの間へと向かった。



スートの間にはディアマンテとピーカが既に到着していた。
はハイヒールを鳴らしてドフラミンゴに近づいてみせる。

「親愛なる我らが王よ。
 ご機嫌はいかがかな?外は騒がしいけどねぇ」
「トレーボル」

はドフラミンゴに詰め寄った。
ドフラミンゴの浮かべていた笑みがとれ、眉間に皺がはっきりと刻まれる。
正面からドフラミンゴの肩に片手を置いて、は柔らかく微笑んだ。

「持って来たよ、ドフィ、こちらをご所望と聞いたのだが、
 べへへ、そう怖い顔をするでないよ」
「・・・寄りすぎだ、トレーボル」

ドフラミンゴが目を眇めるのと裏腹に、はサングラスの奥で眦を緩めた。

「あらァ?寄り過ぎだけど?」
「――そこがいい・・・、座れ」

ドフラミンゴがため息まじりに言うと、は恭しく手を胸に当て、距離を取る。

「仰せの通りに」

「お前のそのねちっこい性格は直らねぇなァ」
「べへへ、生来の気性なんだ。多目に見てくれ」

ディアマンテに軽口を返し、はクラブの椅子に足を組んで座った。

の持って来たメラメラの実は、
ローの同盟相手であるモンキー・D・ルフィを釣るための餌である。
その餌をディアマンテに一任すると決めたらしいドフラミンゴは常の様に笑っている。
まるで普段通りだった。

「フフフッ、トレーボル、ピーカ、お前達はいつも通りの一日を過ごせば良い。
 王座を降りたのはフェイクだ。
 サイファーポールを既に手配済みだからお前達の手を煩わせる事も無い。
 ディアマンテには少々の手間をかけるがよろしく頼む」

「ああ、分かっている」
「べへへ、もちろんだよ、ドフィ」

は笑う。
今日は長い一日になるだろうことは、すでに分かっている事だった。



幹部塔。
別名を”おもちゃ工場”と言い、
ドンキホーテ・ファミリーの闇の根幹を担った場所である。

しかしその薄暗い役割と対照的に、内装は随分とファンシーだ。
メリーゴーランドを模した柱。壁には青空が描かれて、
しまいにはプリンの椅子が設けられている。

そこにはと、少女が一人佇んでいた。

「・・・さて、コロシアムの敗者達を”リサイクル”してやらなくちゃねぇ」
「あなた移動させるだけでしょ。おもちゃにするのは私じゃない」
「べへへへ!そうむくれるなシュガー、グレープが足りないのか?
 カリカリするでないよ。可愛い顔が台無しだ」

ぐりぐりと頭を撫でられて、シュガーはうんざりしたような顔をする。

「思っても無い事言わないでよ、トレーボル」
「そんなことないさァ、私はお前を本当に可愛く思っているんだよ、シュガー。
 おやァ?次は随分綺麗な男が来たねぇ」

は口を動かす最中もベタベタを操っていた。
ゴミ捨て場から粘液で引っ張り上げられたのは
貴公子と名高い海賊のキャベンディッシュである。

「ゴミの山の次は何だ!?ここはどこだ!?
 それにこのネバネバした物質!」

キャベンディッシュは纏わり付くの粘液を不快そうに眺めている。
はキャベンディッシュに近寄って顎をとった。

「それはネバネバではなく、ベタベタだよ」
「うわ、近い!?誰だ貴様!?」

はキャベンディッシュの驚愕に笑みを浮かべ答えた。

「ベヘヘ・・・お前いい男だねぇ、特別に教えてやろう。
 ここは『幹部塔』。だが、何故かオモチャが次々生まれて来る、
 この工場のような部屋には別の呼び名がある。
 ・・・続きはシュガー、お前が教えておやりよ」

シュガーはを横目で一瞥するとキャベンディッシュに視線を移した。

「『幹部塔』」
「——違うだろう?シュガー?
 全くお前はそう言うところは可愛くないねぇ」

シュガーの反抗的な態度にはため息をついた。

「可愛くなくていい。
 それよりトレーボル、若様に言いつけるよ。コイツに色目使ったって」
「べへへ!それはそれはおっかないねぇ、ドフィは家族には過保護だものなァ」

笑うにシュガーは眉を顰めている。
キャベンディッシュは訝し気に2人のやり取りを眺めていたが、
次の瞬間、の声色が低くなったのを聞いて息を飲んだ。

「だが、シュガー、お前が仕事を済ませれば、
 コイツのことなんか誰も忘れてしまうんだから、意味の無いことだろう」
「何・・・?どういうことだ?!」

キャベンディッシュがシュガーに問うも、シュガーは何も答えない。
それどころか、キャベンディッシュの膝に触れると、
キャベンディッシュはオモチャの人形に姿を変えてしまった。

シュガーがそのまま畳み掛ける様に契約を口にする。
は甘ったるい笑みを浮かべ、
オモチャとなったキャベンディッシュの背を押した。

「私語を慎んで働いておいでよ。我らの王の為に、死ぬまで」



「んん?」

暫く常の通りシュガーとともにオモチャを作り出していたが、
は何かに気づいた様に眉を上げた。
その様子に、シュガーは首を傾げる。

「どうしたの、トレーボル」
「なァ、シュガー、お前は目障りな羽虫が居たら、どうする?」

シュガーはの問いかけに怪訝そうな顔をする。

「なぁに?虫でもいるの? あなたのベタベタで殺せばいいじゃない」
「——そうだねぇ、その通りだ」

指先から少しの粘液を滴らせ、は手首を振った。
爆発音がその場に響く。

「・・・結局なんだったの?」
「ただのハエさ」

微笑むに、シュガーは口を噤んだ。
は無駄な事が嫌いな女である。
10年間、シュガーを守り、ドフラミンゴに確かな忠誠を誓い続けているを、
ずっとシュガーは間近で見て来た。

だからこそ、今の行動は”らしくない”と思う。
ただ虫が飛んでいるくらいならは無視していただろう。
こんな風に、必要以上に能力を見せるような真似をする事を、は好まない。

「どうした、シュガー?
 そう難しい顔をするでないよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」

はシュガーの頭を撫でた。
シュガーはそれに鬱陶しそうな顔をしながらも受け入れる。

ワガママを言ってもは怒らない。
生意気な態度を取っても呆れるか宥めるかのどちらかで、
シュガーを怒ったりすることは一度も無かった。

その代わり、が本音で何かを語っているところを、
シュガーは今まで一度として見た事はない。
ドフラミンゴの前でさえも。
だからシュガーはにいまいち気を許せないでいるのだ。

シュガーが何か問いかけようとした最中、
ドンキホーテの下っ端がに声をかけた。

「ご報告が、トレーボル様!
 交易港第4区!イブス船長の海賊団との間でトラブル発生!
 取引額について幹部と話をさせろと暴れており・・・!」

は腕を組み、その女に目を向けた。

「・・・へぇ?ジョーカーの名前に物怖じしないのか、度胸のある奴だねぇ。
 ところで報告係はいつ替わった?
 人事変更に関する連絡は来ていなかったと思うんだが」
「——今、彼は食事中で。
 緊急です!こちらにケガ人も出ています!ぜひお力を!」

は無表情にその女を一瞥する。
女のこめかみには汗が一筋流れていた。
それを見たのか、は安心させる様に笑みを浮かべると靴を鳴らして歩き出した。

「べへへ、分かったよ。ケガ人が出ているとあっては一大事だ。
 シュガー、少しの間一人にするが、鍵はかけておく。
 でんでん虫を持って行くから、何かあるならすぐ連絡なさい」
「・・・わかった」

シュガーは頷いて、を見送った。

は幹部塔の扉に鍵をかける。
近くに居たドンキホーテファミリーの構成員がぎょっとしたように声を上げた。

「え!?トレーボル様外出で!?」
「ああ、そこのお前。幹部塔の4つの扉、警備強化を頼むよ。
 何かあったらすぐにでんでん虫に連絡を。良いね?」

命令を受けた男は敬礼する。

「は・・・はい!」
「べへへ、素直でよろしい。では、案内を、報告係」

は報告係の後ろを着いて行く。

「・・・報告係。お前の制服のズボンは随分だぼついているね」
「お、お見苦しくてすみません、新入りなもので。
 まだきちんとした制服が出来るまで時間がかかると」
「ふぅん?」

は甘ったるい声で返事をし、報告係の背を眺める。
瞬間、でんでん虫が鳴きはじめた。

「どうした?」
『敵襲!トレーボルすぐ戻って、罠だよ!!!』

切羽詰まったようなシュガーの声に、は笑みを深める。

「・・・へぇ?少々お待ちよ」
『早くして!!!』

受話器を一度切って、は報告係に声をかけた。

「4区でトラブルがあると言ったね。
 ・・・あれのことかな?確かに騒ぎが起きているようだ。
 すぐ片付けよう」

は粘液で身体を浮かし、騒ぎの最中まですぐさま移動する。
その場に居た海賊達がぎょっとしたようにに目を向けた。

「トレーボル様!どうしてここに!?」
「いやァ、トラブルと聞いて来たんだ。ケガ人も出ていると」

それを聞いて、海賊達は取り繕うように笑みを浮かべながら首を横に振った。

「い、いえ、大量の蜂が積荷に張り付いてやがって・・・。
 取引上は何も問題無いですよ!ご、ご足労いただく程の事では・・・!」
「・・・そうだろうねぇ。だと思ったよ」
「へ?」

は振り返り、逃げ出しはじめている報告係の元へ粘液を使って移動する。
粘液に足を取られた報告係を踏みつけて、は笑った。

「ベヘヘ、シュガーを狙うとは随分ドレスローザの闇に踏み込んだものだねぇ、
 お節介は身を滅ぼすよ。——ニコ・ロビン」
「!」

の物言いに、ロビンは驚愕に目を見開きながらも、
すぐにその身体を花に変えて、その場から逃れてみせる。

「ふむ、あの悪魔の実もなかなか便利だよねぇ」

のんきに顎を撫でてが感心していると、
見とがめた様にまたでんでん虫が鳴った。

「はいはい、今移動してるよ、シュガー」
『早くしてって言ったのに!!!何してるのよ!?』

ヒステリックな怒鳴り声に、はうんざりしたように眉を顰めると
少し考えてからシュガーに問いかける。

「・・・そうだねぇ。ねぇ、シュガー?
 お前の焦りようからして敵は複数かな?」

『そうだよ!だから、話してる暇があるならすぐに・・・』

シュガーの声を遮って、は穏やかに言い放った。

「シュガー、気をしっかり持つのだよ。
 多少手加減はしてやるから、自分の身は自分で守ってくれ」
『・・・え?』

シュガーのあっけにとられたような声を無視しては通話を切り、
粘液で手近にあった船を掴むと、そのまま持ち上げて幹部塔に思い切り叩き付けた。

「”メテオーラ”」

凄まじい轟音とともに、幹部塔が崩れ落ちる。
悲鳴と叫び声が響き渡る最中、は真っ先に幹部塔へと足を向け、
衝撃に散らばる小人たちを独り残らず粘液で拘束する。

「やァ、無事だろうねぇ、シュガー。偉い偉い」
「トレーボル!いきなり船をぶつけるとか何考えてるのよ!!!」

当たり前の怒りをぶつけるシュガーを意に介する様子も無く、
は小人達を一瞥する。

「ちまちま戦うのは面倒だろう?・・・お前を襲ったのはこの小人達だよねぇ」
「う・・・!」

拘束した小人には煙草に火をつけながら話す。
それを見てシュガーが嫌そうな顔をする。

「私と居る時は煙草止めてって言った」

「べへへ、ちょっと聞き出したいことがあるんだよ。
 普通の人間なら煙草の煙なんざせいぜい臭いが付く程度だろうが、
 小人にとってはそうではない」

はそう言って目の前の小人にフーっと煙を吹きかける。

「っ!?ゲホッゴホッ!」
「レオ!?」

咳き込む仲間を心配してか、小人が叫んだ。

「呼吸がし辛くなる。咳が止まらなくなる。気管支に少なく無いダメージを与えられる。
 それに用が済んだら顔に押しつけてもいい。
 人間なら軽い火傷で済むが、小人なら顔の3分の1が爛れるだろうねぇ。
 ・・・つまり煙草は簡単な尋問にはうってつけなんだ。多目に見てくれ」

シン、とその場が静まり返った。シュガーでさえも口を噤んでいる。
つまり、は拷問すると宣言したのだ。

「ベヘヘへへっ、なんだお前達、覇気が無いねぇ。
 まぁ、普通に聞けばお前達なら答えてくれるだろう。
 特別身体に聞く必要もないさ。
 なァ、小人達、お前達が単独でこのようなことを計画するわけがないねぇ、
 他にも誰か居るはずだ。そいつの名前を教えておくれ?」

は首を傾げ、穏やかに問いかける。
レオ達小人は一瞬怯んだものの、キ、と眦をつり上げ、を怒鳴りつけた。

「ぜ、絶対に言わないれす!」
「ふむ、実は私の古い友人なんだがね。名前は・・・」
「ウソランドれすか?」

レオが答えるとはニィ、と笑みを深める。

「そうそう。ウソランドだ」

その様子を見て、シュガーも小人たちに問いかける。

「”片足の兵隊”も仲間?」
「あっ・・・!こ、こんどこそ言わないれす!」
「もう知ってるけど」
「知ってるなら仕方ないれす」
「やっぱり」

小人達は純粋でウソがつけない種族である。
は腕を組んで首を傾げる。

「大分つながりが見えて来たなァ。
 ねぇ、シュガー、お前がただ一度犯したミスが、
 今になってお前自身に牙を向いているようじゃあないか」
「・・・うるさい。黙って」

シュガーはイライラとを睨む。
しかしは肩をすくめるだけだった。

「・・・!そんなのバレたところで、おまい達は終わりれす!
 仲間達は返してもらう!!!」

「——あぁ、そうそう。そう言えば言ってなかったねぇ、
 お前達が捕まっているそのベタベタ。それはねぇ、可燃性なんだよ」

煙草の火を粘液に押し付けると、
小人を捕らえていた粘液の塊が弾けるような音を立てて爆発した。

しかしそれでも、小人達はとシュガーに向かって来る。
勝ち目がなくても。何度も何度も。

小人はシュガーへ仕切りにグレープを食べさせようとしていたようだが、
そのグレープは簡単に奪い取られ、今やシュガーの手の内にあった。

勝機を失い、倒れ臥した小人達は振り絞る様に何か呟いているようだった。
それはやがて一つの言葉になる。港に轟き渡るような大声に。

「ウソランドォ!!!」

は瓦礫に腰掛けて、首を傾げた。

「ああ、お前達の仲間だとか言う・・・そいつがどうかしたのか?
 姿を見せないから、てっきり別行動だと思ってたんだがねぇ」

「ウソランドは、・・・ぼくらのヒーローれす」

レオの言葉を聞き、の表情が抜け落ちた。
シュガーは少し首を傾げてを見上げる。

「トレーボル?」
「・・・いや、なんでもないよ。シュガー。
 小人達、何か言いたいことがあるようだ。聞いてやろうじゃないか。
 その、ヒーローとやらがどうした?お前達を救ってくれるのか?」

「そうれす・・・ぼく達だけじゃない。
 ウソランドは・・・全てを救ってくれると、言ってくれたのれす。
 この地下で働かされているオモチャ達も、
 工場で奴隷にされているぼくらの仲間達も、
 楽しく街を歩くようで、心の中で泣き続けているオモチャ達も、
 愛する者を失ったことにさえ気づけない不幸な大人間達も・・・!」

レオは、小人達はその言葉に鼓舞されているようだった。
満身創痍ながら、その口元には笑みが浮かぶ。

「ウソランドは皆を救ってくれる・・・伝説の、ヒーローなのれす!」
「・・・耳障りだ、虫ケラ共」

の声が一段と低くなった。
緊張感がその場の空気を重くする。

「何がヒーローだ。・・・つくづく救いようのない馬鹿どもめ。
 よくも恥ずかしげもなく『救ってくれる』などと口にできるものだな。
 良いか? その足りない頭に分からせてやる」

はレオをつかみあげた。

「お前達は私達に勝てなかった・・・。敗者の末路は死か奴隷だ!
 誰かが己を救い上げてくれるなどという甘ったれた幻想は今すぐに捨てろ!!!」

はそのままレオを地面に叩きつけ、小人達を一瞥する。

「その証拠に・・・お前達がこんなにも傷ついているというのに
 助けにも来ないじゃあないか。お前達は騙されたんだよ」
「黙れ!ウソランドはウソなんかつかないれす!ぼくらは騙されてなんかいない!」

は静かにため息をついた。
頭に血が上ったのを冷まそうとしている所作だった。
だからだろうか、次に口にした言葉には、氷のような冷たい響きがあった。

「・・・話は変わるが、お前達の大事なお姫様、マンシェリーのことなんだがねぇ。
 つい先日死んだよ。私が殺した」

その言葉に、小人達が皆一様に目を見開いた。

「・・・は?」
「そもそも、なぜ生かしておく理由がある? 
 あの王女の利用価値は悪魔の実の能力。それだけだよ。
 殺して悪魔の実を新たに探し出し、我々の味方に食べさせたほうがよほど楽だろう。
 生きていると思わせていた方が都合が良かったので黙っていたんだ」

「う、うそだ!」
「そうだ、そんなわけ・・・姫が、死んだわけが・・・」

しかし小人達の目には涙が浮かんでいる。
皆、の言葉を信じていた。
はその様子を見て声を上げて、高らかに笑う。

「ックク、べへへへへ!その通り、嘘だよ、冗談だ!
 しかしお前らのその顔!べへへへへっ、随分なマヌケ面だ!
 お前らのヒーローもついた"嘘"さ。マンシェリーは生きてるよ。
 愚かだねえ、すぐに考えればわかるだろうに。悪魔の実を探すのも楽じゃないんだ。
 そんなリスクは犯せない」

唖然としてを見上げる小人に、は甘く囁いた。

「だが、私は別に、嘘を本当にしてやっても構わないんだよ?
 どういう意味かは説明せずともわかるだろうね?」

は微笑んでいる。

「今ここで選べ。二度と我々ドンキホーテファミリーに逆らわず、
 従うのならお前らの大事なお姫様は生かしてやる。
 なんなら一月に一度、写真でも撮ってきてやろうか?んん?」

小人達の心は折れかけていた。
の暴虐を見て、マンシェリーを本当に殺しかねないと悟ってもいた。
だから頷きかけたのだ。
オモチャの兵隊に、心から謝りながら、の言葉に頷こうとした。
しかし。

「騙されるな、お前らァー!!!」

はその声の主に眉を上げた。
その場に現れたのは麦わらの一味、ウソップである。

「ウソランド!」「ウソランドが来てくれた・・・!」

小人に構わず、ウソップはを指差して叫ぶ。

「お前らどこまで信じやすいんだ!
 こいつの言うとおりにして、
 姫とやらが無事に生きていられる保証はねぇだろ!?」
「・・・あ」

それに気づいたようで、小人達は一様に青ざめた。
は否定も肯定せずに笑みを浮かべたままである。

「それにおれは!伝説のヒーローでも、ウソランドって名前でもねェ!
 泣く子も黙る”麦わらの一味”の狙撃手、名前はウソップ、海賊だ!!!」

失望した様に涙を流す小人達を見ては腕を組み、首を傾げた。

「それで?嘘吐きの海賊が今更何のようだ?」
「・・・おれは確かに嘘吐きだ。だがなァ!
 お前みてェに人を悲しませる嘘を吐いたりはしねェんだ!」
「——ほう?」

は面白そうに笑みを深める。
ウソップは決死の覚悟でパチンコを構えた。

「今からおれが!!お前らの”伝説のヒーロー”になってやる!!!」



は大きくため息を吐いた。
少しは足掻いてみたのだが、やはり全ては決まり事のように、
妄想の通りに物事は進む。

それはそこまで激しい戦闘ではなかった。
粘液に拘束され、満身創痍の自称ヒーロー、ウソップは半ば気絶しているような状態だ。

「さて、シュガー。もう充分だろう、王宮に行くべきだ。
 私よりもドフィの側に居た方が、お前も安全だろうよ」
「・・・コイツらを放っておくわけ?今ここで殺しておくべき。そうでしょ?」

シュガーはに訝し気な表情を浮かべ、
ウソップに向き直った。

「この、毒入りグレープを”ヒーロー”に食べさせれば、
 小人の希望も打ち砕ける。そう思わない?」

はサングラスの下で、軽く目を閉じる。

「・・・べへへ、お前の好きに行動なさい。
 どんなワガママも、意見も、今まで咎めたことは無いだろう?」
「? 変なトレーボルね。まぁ、いいわ」

シュガーは拘束したウソップに、そのグレープを食べさせた。
断末魔の声を上げ、ウソップはその尋常でない辛さに声を上げる。
その人ならざる形相に、シュガーは悲鳴を上げて泡を吹き、倒れ臥してしまった。

は気絶したシュガーを見て、煙草に火をつけ、息を吐いた。

「——これだから嫌になる」

その頬には一筋、二筋と、涙が伝う。
しかしは涙を拭いもせず、
でんでん虫を取って、ある番号につなげてみせた。

『どうした?トレーボル・・・お前、泣いているのか!?』
「・・・すまない、ドフィ、私が付いていながら、
 シュガーを守りきれなかった」

でんでん虫の向こう側で、誰かが息を飲んだのが聞こえる。

『何の冗談だ!?お前が居て、そんなことが起こりえるとは・・・!』
「申し開きのしようも無い。・・・ひとまず私はSMILE工場まで移動する。
 そこを狙われては不味い」

ドフラミンゴはしばしの沈黙の後、に頷くと通話を切った。
は涙を拭うと煙草を地面に押し付け、混乱の最中を歩き出す。

「この妄想は”愚か者の語る物語、猛り狂うわめき声ばかり、
 筋の通った意味などない”」

呟いた言葉の意味を誰も問わない。
は静かに笑みを浮かべる。

「もう少し、壇上で演じてみせたら、ようやく私は自由になれる」