悪のカリスマ 05
狼の目をした子供の回想
「キャプテン!」
言葉を話す白熊が、ローの側に駆け寄って来た。
近頃手に入れた刀を肩に、ローが振り返ると、ぱっと顔を輝かせる。
「ベポ、どうした?」
「おれ、キャプテンに教わったパンチ、覚えたよ。
あと新聞もってきた」
「そうか」
寄越された新聞を広げ、海賊から奪った船のマストに背を預けながら目を通すと、
見覚えのある顔が一面に広がり、ローは目を眇めた。
「・・・海賊が国王になる時代か、世も末だな」
「え?・・・ホントだ。すごいね」
新聞の一面でドフラミンゴが笑っている。
不機嫌そうに鼻を鳴らしたローに、ベポが話題を変えようと疑問を投げかけた。
「ね、ねえ、キャプテン。
キャプテンは、剣も使えるし、銃も使えるし、あと、ケンポー?も使えるし、
医者だし、航海術も、他にも色々覚えてるよね」
「・・・ああ、昔叩き込まれたんだ。”牙や爪は磨いておけ”とな」
腕を組んだローに、ベポは身を乗り出した。
「そうなんだ。おれ、航海術、もっと上手くなりたいから、
どうやって勉強したんだろうって」
「——おれのやり方を真似すると死ぬぞ」
冗談を言っている声色ではなかった。
「えっ!?」
目を白黒させるベポに、ローは言葉を選び直した。
「いや、正確には死なないが、・・・死ぬような目に遭う。
お前のペースでいいんだ。お前はお前なりに頑張れば良い」
ベポの頭を軽く叩いてやり、ローは新聞にまた目を落とした。
しかし、文字を追っていた訳では無い。
昔、その男の右腕となるべく、受けた教育を苦みを持って思い返していたのだ。
※
ドフラミンゴはローをファミリーに入れると決めてから、
海賊としての英才教育を施すことにしたようだ。
カリキュラムはドフラミンゴと、そして参謀が決めていた。
は戦術においてもドフラミンゴと教師役を務めたので、
それなりに関わることも多いファミリーの一人だった。
座学を受けている最中、は
煙草を咥えながら何か思案しているようだった。
「そういえば、お前は医者としての将来を見込まれていたと聞いたよ、ロー。
少しは医術の心得もあった方が良いだろうねぇ、
こればかりは専門家の手を借りなくては行けないかなァ?」
「・・・この期に及んで医学までやらせる気なのか?」
ローがに口答えする様に言うと、は軽く眉を上げた。
「べへへへへ、お前、3年で死ぬのに医学を学んでも意味が無いと思っているね?
それよりは剣術やら、砲術を学んだ方がマシだと」
はまるでローの心を読んでいるようだ。
頷くとは笑みを取り払い、ローを見下した。
「お前は視野が狭い」
「はァ!?」
淡々と詰られてローは眉を顰めた。
「学問と言うのは応用と実践が出来てこそだ。
医学は人を生かす方法。転じれば殺す方法にもなると気づくがいい。
殺意を持った医者がどれほど恐ろしいかを考えろ」
は煙草の煙をローに吹きかけた。
むせ返るローに、ニヤニヤと笑いかける。
「べへへへへ、航海術も覚えなさい。
『海賊に入れろ』と啖呵を切ったのだろう?そんな事も出来ないか?ん?」
「・・・!馬鹿にしやがって・・・!」
苛立って己を睨みあげるローに、は顎に手をやり、目を眇める。
「ふむ、では、愚かな人間の末路というのを見せてやろうか。
ドフィと今度”仕事”をするのだが、それに着いていらっしゃい」
そう言うと、善は急げということか、
は立ち上がり、ドフラミンゴの元へ向かう。
本を読んでいたドフラミンゴに声をかけた。
「ドフィ、ローを今度の仕事に連れて行くが、構わないね」
ドフラミンゴはとローに視線を向け、その口角を緩める。
ローは少し意外に思った。
仕事に足手まといが増えたようなもので、
しかもが勝手に決めたことだというのに、
どういうわけかドフラミンゴの機嫌が上向いた様子だったからだ。
「・・・ああ、問題ないぜ」
※
ローは敵のアジトに向かう2人の背を見上げる。
ドフラミンゴは黒いスーツを着ていた。金のボタンだけが光っている。
も同じ様に黒いツーピースを着ている。
靴裏が赤く塗られたハイヒールを鳴らして歩いていた。
海賊がフォーマルな格好をしているのは妙だと思ったが、2人とも嫌に様になっている。
ローを安全と思しき場所に置いてから、
ドフラミンゴが腕を組んでに笑いかけた。
「——トレーボル、背中は預けたぞ」
「べへへへへっ、それはそれは、光栄だねぇ」
それからあっという間の出来事だった。
一方的な戦闘だった。
ぼうっ、と火が燃え盛り、糸が光を反射して煌めいた。
血飛沫が上がる。
糸と炎、剣戟と銃声が、目に焼きつき、耳に残る。
ドフラミンゴとはたった2人で、息を飲む間に敵を薙ぎ払って見せた。
ローがあっけにとられている間に、
いつのまにか、ドフラミンゴとは別行動をとっている。
何を思ったか、が床に倒れた男の一人をつかみあげた。
その男にはまだ息があるようだった。
「なァ、お前、我々の金に手を出してただで済むとでも思っていたのかな?」
男はを黙って睨み上げる。
は甘ったるい猫撫で声で笑いながら
男の頬にべっとりと粘液を塗り付けた。
「黙りか。・・・なら、窒息と火あぶり、どちらが好みだ?」
男の目が恐怖と驚愕に見開かれる。
は男を掴んでいた手を離し、地面に転ばせた後、咥えていた煙草をわざと落とした。
瞬間、あっと言う間に男が火だるまになって絶叫する。
「ああ、失礼したねぇ。私の粘液は可燃性なんだ。・・・この通り、良く燃える」
緩やかに笑みを浮かべるは血に餓えた獣のような形相だった。
しかし火だるまになりながら叫び続ける男を眺め、急に醒めたような表情を浮かべたかと思えば、
さっと仕込み杖を払い、その首を刎ねてしまった。
まるで流れ作業の様に平然と人を殺したを、ローは唖然と眺めていた。
その動作は洗練されていた。
どれほどの殺人と暴力に慣れれば、あんな風になるのだろう。
「愚か者の悲鳴はいつ聞いても聞き苦しいものだな」
「全くだ、トレーボル」
ドフラミンゴが戻って来た。
に相づちを打ったドフラミンゴの手にはアタッシュケースと、
男の首が握られている。首から下はどこにもなかった。
「そうだ、トレーボル。コイツら宝石を持っていた。
——お前にやるよ」
「へぇ、ルビーだねぇ、綺麗だ」
男の首を投げ捨てて、ジャケットのポケットチーフで行儀悪く血の付いた指を拭い、
ドフラミンゴはに宝石を渡している。
は受け取ると、日の光に赤く大きな石をかざし、うっとりと目を細めていた。
奇妙な光景だとローは思った。善悪が反転しているようだった。
敵対していた連中が血溜まりに伏し、火があちこちで燃え盛る中で、
杖を手に宝石を見つめる女、それを眺め笑う男。
その光景は確かに、美しかったのだ。まるで作り事の様に。
は宝石をしまい、ローを呼び寄せた。
「コイツらと私たちの違いが分かるか?ロー」
唐突に授業が始まった。
ドフラミンゴも腕を組んで、ローの答えを待っている。
「・・・ドフラミンゴと、トレーボルの方が強かった。
喧嘩を売ったコイツらは馬鹿だ」
「フッフッフッフ!本質をついてやがる。
そうだ。ロー。コイツらは愚かだった。
自分の力量も知らず、知恵も絞らず、
おれたちに敵うと慢心しておれたちの金に手をつけようとした・・・!
その結果がこれだ。せめて頭を使えば、勝ち目もあったろうになァ」
ドフラミンゴはが燃やした男の半身を蹴った。
炭化してボロボロと崩れる肉片に眉を顰めたローに、ドフラミンゴは笑う。
「良く見ておけ、”弱い奴は死に方も選べない”
力が無けりゃ、こうなるんだ」
ローはごくりと唾を飲み込み、ドフラミンゴを見上げた。
「お前らは、何でそんなに強いんだ?」
「フフ! そりゃあ、鍛えたからだ。
そうしなきゃならねェ場所にもいたしなァ、そうだろう?トレーボル」
「べへへへへ、そうだとも。環境が人間を造るんだ。
そう言う意味ではお前にも素養があると言って良い」
は笑い、腕を組んだ。
「私からも一つ教えてあげよう。人を壊したり殺したりするのが簡単になる方法は、
相手を”同じ人間”だと思わない事だ。
私たちにとってコイツらは、どういうわけか言葉を話す、”血肉の詰まった袋”だった」
その声色は甘いのに、ローの背筋を悪寒が走っている。
「そう思えば、殺したところでせいぜい『返り血が汚い』とか、
その程度の感慨しか持たなくなるものだ。
ロー、お前には難しいかもしれないが、憎しみや復讐心で人を殺すな。息をするように殺せ。
こと戦闘において感情は隙を生む。つけ込まれたく無ければ情を捨てろ。
それで全て壊せるだろう。——お前の望みは叶うはずだ」
帽子ごと乱暴に頭を撫でられて、ローはうんざりしていた。
はローが嫌がっている事を分かっているようだった。
それを見て、ドフラミンゴも静かに笑みを湛えている。
すると何を思ったか、はローの目線までしゃがみ込んだ。
その唇は酷薄に弧を描いている。
サングラスから透けて見えるの目が、驚く程冷たい。
「さぁて、本題に入ろうか。
愚か者の末路をお前に見せるのが今日の授業だった。
・・・私は頭の悪い子供が嫌いでねぇ」
はローの顎を仕込み杖の先で無理矢理に持ち上げ、笑みを深めた。
「ああいう死に方が嫌なら賢くおなり、トラファルガー・ロー。
お前が"ファミリー"であるうちに」
ローは顔を蒼白にして、頷いた。
きっとは誰であっても平気で殺せる。
"血肉の詰まった袋"であるとみなすことができるのだと気づいていた。
「べへへ。お前の目はオオカミの目だ。せいぜい牙や爪を磨いておきなさい。
それで最初に誰の喉を食い破るのか、私は楽しみにしているのだからねぇ」
ローの態度に納得したらしいは立ち上がり、
ドフラミンゴと肩を並べ、歩き出した。
※
ファミリーを離れた今、ローはドンキホーテ・ファミリーの施した教育が
ロー自身を生かしていることを、ありありと実感している。
海賊から船を奪えた。刀、鬼哭を得たのも、その恩恵だ。
ドンキホーテ・ファミリーがローに詰込んだのは、医術、航海術、戦略、武器の扱い。
それが全て血肉となり、ローを助けている。
だが、ドンキホーテ・ファミリーはローに”心”を寄越しはしなかった。
ローは新聞を握りつぶした。
牙を磨き、爪を研ぎ、ドフラミンゴを失脚させる。
”コラソンの本懐”を遂げる。
その為なら、どれだけ時間を尽くしても構わない。
「キャプテン!そろそろ魚釣ろうよー!」
「ああ、・・・釣ってる最中につまみ食いは無しだぞ」
「あっ、昨日はすみませんでした・・・」
コラソンに貰った命と心のおかげか、共に海を渡る仲間も出来つつある。
過剰な暴力にも恐怖にも頼らない。
ローはローのやり方で、力を磨き、仲間を見つけるつもりだ。
ひとまずは釣り竿を持って手を振る、ベポの元へと向かうべく、ゆっくりと立ち上がった。
或る女の崇拝
それは、計画の大詰めの日の出来事だった。
その日のドレスローザの夜の事を、私は永遠に忘れないだろう。
眼下にある町や木々の隙間から悲鳴が上がり、爆煙があがる。
ドフラミンゴの計略はつつがなく進行しているのだ。
私は杖を握る手に力を込めた。
「・・・聞けば、この国は”愛と情熱の国”と言われているとか。
なるほど確かに、燃え盛る炎がよく映える。
——柄にもなく気持ちが逸るよ」
塔の上からドレスローザを見下ろし、呟いた私を見て、ドフラミンゴが笑う。
「フッフッフッフ!そう慌てるな、トレーボル。
もっと・・・!国中が恐怖に震え上がり!リク王を心底恨みきった時だ!
”ヒーロー”の登場はなァ・・・!」
「——そうだねぇ、そうだとも、べへへへへ」
今頃古い王は国民を手にかけている頃だろう。
町を燃やしながら、身体が言う事を聞かないことに恐怖し、絶望している頃だろう。
国民達の怨嗟の声が聞こえて来る。
「リク王がおれ達の心を踏みにじった」
「金を奪い、私たちを殺す気だ」
「私欲の為に・・・!まるでおれ達をゴミのように・・・!!!」
「おのれリク王・・・!お前が憎い・・・!!!」
「貴様は人間の屑だ!!!」
自らなけなしの財産を差し出した国民達が叫ぶ。
刃を振るう人間の目に涙がある事に誰も気づかないでいる。
——もっとも、気づいたところで誰もどうにも出来はしないだろう。
この国は、今からドフラミンゴのものになるのだ。
私はドフラミンゴと、ディアマンテ、ピーカと共に進む。
操られたリク王軍の兵士から国民を守る為に、兵士達を蹴り飛ばした。
とても簡単な演技だった。完璧な自作自演だった。
しかし、何も知らない国民は目を丸くし、問いかける。
「誰だ・・・あんた達・・・!」
「フフフッ、フッフッフ!!
この国を救いに来た!
おれの名はドンキホーテ・ドフラミンゴ!!!」
国民はどよめく。
我々は海賊だ。略奪者である。
しかし、我々は国民を襲うリク王軍を攻撃し、国民を助けてみせている。
人間は目の前で起きた出来事を信じる。
それが作り事であったとしても、虚構の中に真実を見てしまう。
だから簡単に堕落する。暴力を讃えるようになるまで、そう時間はかかるまい。
ドフラミンゴは自ら騎乗するリク王を捕らえ、
我々に命令した。
「トレーボル、ピーカ、ディアマンテ、
さァ、国中のゴミを掃除して来い」
その声を皮切りに、国民が叫ぶ。
それは歓声だった。喜びの声だった。
「ドフラミンゴ!」「ドフラミンゴ!」「ドフラミンゴ!」
私は操られ涙し、無力に震えるリク王軍を打ち払いながら振り返った。
燃え盛るドレスローザに立ち、歓声に応え手を広げるドフラミンゴを見た。
その光景は美しい。
お前も味わったか、"トレーボル”、この高揚を。
私は”妄想”の中の男に声をかけた。
鼻水を垂らした醜男、”トレーボル”へと。
見ろ。
我々の育てた王の残酷さ、狡猾さ、力を。
かつては弱く、脆く、少し珍しいばかりの、覇王色の覇気の片鱗を示しただけのガキだった。
没落貴族の子女にありがちな、我儘で世間知らずの、
その辺りにゴロゴロと転がる可哀想な子供の1人だった。あの子供の今を。
あの子供が今、堂々たる姿勢で敵を蹂躙し、殺し、燃やし、国を盗みとる様を!
破滅は約束されている。
しかしこの達成感たるや、この全能感たるや、生涯この上ない感触だ。
きっと今、私の頬は赤い、興奮で赤く色づいている。
やはりお前だ。やはりお前なのだ、ドフラミンゴ。
私のマクベス。
やがてお前が暴虐と破壊衝動の果てに、物語の主役の若い少年に鼻をへし折られ、
みっともなく膝を着き、血反吐を吐いて屈服するまで、
私の物語の最後の一行が綴られるまで、お前に尽くし、お前を立てよう。
悪のカリスマ、天夜叉、ジョーカー、王下七武海、
お前を讃え、恐れ、語る肩書きは幾つもある。
そして今夜、そこに”国王”の肩書きが加わるのだ。
——私はお前が誇らしい。
そうとも、ドンキホーテ・ドフラミンゴはこの私が育てたのだ。
或る男の戴冠
ドフラミンゴは玉座に座って、物思いに耽っていた。
眠るには惜しい夜だった。
しかしファミリーの人間はめいめい休んでいる。
これから内政を整えなければならないのだ、休息が必要だった。
それにしても全てがうまく行ったものである。
ドレスローザの国民達はまんまと騙され、ドフラミンゴを讃え、新しい王を歓迎した。
しかし全てが終わった訳では無い。
この国の中に居る反乱分子を力で押さえつけ、
従う者たちに富を与えなくてはならない。
そこからまた、世界を牛耳るがための策を練るのだ。
物思いに沈むドフラミンゴに、誰かが声をかけた。
「眠らないのか、ドフィ」
その靴音の主には気づいていた。
玉座に座るドフラミンゴを見て、は微笑んでいる。
「フフ、眠るのが惜しいのさ。
お前こそ良いのか、これから忙しくなるぞ。
身体を休めて置いてもらわなくちゃ困るんだがなァ」
「私も今日ばかりは眠るのが嫌でねぇ、一晩くらい問題ないさ」
はふ、と黙り込み、ドフラミンゴに近寄った。
よくよく見れば、その手には宝冠を持っている。
「——落ち着いたら戴冠式でもやるか?」
「べへへ、盛大にやるのも良いと思うよ。
・・・だが、今日だけは、私から冠を受け取ってくれないか、ドフラミンゴ」
の声色は常のようで居て、そうではなかった。
ドフラミンゴはサングラスの下で眦を緩め、頷いてみせた。
「フッフッフ、良いぜ、好きにしな」
はその手で、ドフラミンゴに宝冠を被せ、
それから少し距離を取った。
頭に加わったずっしりとした重みに、ドフラミンゴは眉を顰める。
「意外と重いものなんだな。・・・トレーボル?」
「・・・この日が来るのを、」
窓から月明かりが差し込んだ。
白く淡い光が照らしたの顔を見て、ドフラミンゴは息を飲んだ。
は涙していた。
それなのに、自身が泣いていることにさえ、気づいては居ないようだった。
「この日が来るのを、私がどれだけ、待ち望んだ事か・・・!」
ドフラミンゴは初めて見る、の感情の発露を目の当たりにし、かける言葉を失っていた。
いつだって泰然と微笑んでいたが、感激し、泣いている。
ここにファミリーが居たのなら、は決して涙を見せなかっただろう。
この涙は、ドフラミンゴだけのものだった。
は戸惑うドフラミンゴの足元に頭を垂れる。
「御身にお仕えできること、限りない光栄に存じます。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ王」
その時、ドフラミンゴは跪いたのつむじを見つめながら、
明確な一線が引かれたことに気がついた。
かつて、子供だったドフラミンゴに全てを教えた女が傅いている。
ドフラミンゴの"悪のカリスマ"はだった。
その王冠を今、は脱ぎ捨て、ドフラミンゴに被せたのだ。
ドフラミンゴはサングラスの下で目を細めた。
問いかけるべきではない言葉が、口にすべきではない言葉が、頭に浮かぶ。
お前の望んだおれになれたか?
ドフラミンゴは心中で独白を続ける。
父も弟も天秤に掛けて殺した。
もし裏切ったとしたら、きっと、お前だって殺せる。
”家族”には慈悲深く、敵には容赦がない。
冷徹で残酷。凶悪そのもの。
権力も金も名声も、望めば何だって手に入る。
”悪のカリスマ”に、おれはなれたか?
ドフラミンゴは知っていた。
きっと、こんな感傷をは許さないだろう。
だからこそ、ドフラミンゴは全てを嘲笑う様に笑う。
本当に心から欲しいものが、
手に入った事など一度として無いと言うのに、
何がカリスマだというのだ。
「顔を上げろ、”トレーボル”」
ドフラミンゴは常と同じ様に、貼付けたような笑みを浮かべた。
「何も泣く事はないだろう。お前の忠誠は良くわかった」
「・・・おや、本当だ。べへへ、みっともないところを見せたねぇ」
はようやく自身の流す涙に気づいたらしい、頬に触れて驚いている。
「フッフッフ!まァ、無理も無いさ。・・・だが感傷に浸ってる暇はねェぞ。
頼りにしてるんだ。これから先もおれの為に力を尽くしてくれよ?」
「べへへ、分かっているよ。これから忙しくなる」
ドフラミンゴは笑みを深め、の手を取った。
も笑い、その手に応えた。
たった2人の戴冠式には相応しい、静かな夜の終わりだった。