Calling


    ロシナンテは任務を滞りなくこなしているようだった。
    落ち着いていると週に1、2回にでんでん虫をかけてくる。

    ロシナンテは任務と言う事もあって
    詳細なことを口にしないよう気を使っているようだった。
    それもあってがその日あったことを話すようになっている。

    が口にするのは、日常の、ありふれたことばかりだ。

    「今日はお義父様に食事に誘われた」とか、
    「つる中将は今日も元気に海賊を洗濯していた」とか、
    「セルバントが拿捕して来た海賊が恐ろしくぼろぼろだった」とか。

    ロシナンテはそんな日常の出来事を聞く度に優し気な眼差しを、
    でんでん虫ごしに浮かべてみせる。

    優しいロシナンテには、海賊の日常は性に合わないようだ。

    だから時々、ロシナンテは鬱憤が溜まるのか、
    少しだけにドンキホーテ海賊団の情報を零したりもした。

    『・・・子供が来るんだ。”海賊団に入れてくれ”って』
    「子供が? それはまた、どうして・・・?」
    『そいつらは身寄りが無かったり、悪ガキだったりする。
     センゴクさんに言われて虐めて追い返すようにしてるんだが、
     ・・・割としんどい』

    悲しそうな顔をするでんでん虫には眉を下げた。

    「あなたのおかげで道を誤らずに済んだ子が居るんなら、それで良いじゃない。
     本当は子供、嫌いな訳じゃないのにね」

    『扱い方がよくわかんねェのは本当だがな。
     ドフィはなぜかその辺が上手いから嫌になるよ』

    は軽く眉を顰めた。

    「・・・でも、元気そうで、良かったわ」
    は大丈夫か?ちゃんと食べてる?』

    「食べてるわよ。あなたの送ってくるまずい血液とか」
    『・・・言い方!』
    「フフフッ、だって本当にまずいんだもの。
     あなたのじゃ無かったら絶対口にしないわ」
    『悪い。本当に』

    笑うに、ロシナンテは何とも言えない表情を作った。

    『そろそろ切るよ。お休み、
    「ええ、おやすみなさい、ロシナンテさん。良い夢を」

    通話を切って、は息を吐いた。
    ロシナンテが任務に就いてから2年が経とうとしている。
    今のところ、経過は順調だ。

    ドフラミンゴも割合あっさりとロシナンテを受け入れたらしい。
    幹部から少しの反対を受けたものの、ロシナンテを迎え入れ、
    ”コラソン”という地位を与えたと聞いた時には、聞いていた話と少し様子が違うな、と
    は首を傾げたものだ。

    「ドフラミンゴ・・・、意外と情に脆いところが、あるのかしら・・・?」

    だとしたら、の懸念はロシナンテのほうにかかる。
    ロシナンテは正義感が強く、情に厚い人物だ。

    いざという時、ロシナンテはドフラミンゴに銃口を向ける事が出来るのだろうか。
    はそこまで考えて首を振った。

    きっと、考え過ぎだ。

    感じた胸騒ぎに蓋をして、は薬指に光る指輪に唇を寄せた。

    約束したのだ。
    必ず帰って来てくれると。

    今のに出来る事は、信じて待つ事くらいだった。



    ロシナンテからのでんでん虫は夜にかかってくる事が多い。
    ただ、その日はすこし疲れたような声をしていた。

    、自分で傷を縫うときの注意点を教えてくれないか?』

    その言葉に、は思わず声を上げた。

    「なんですって!? 縫うような怪我をしたの!?」
    『・・・面目ない』

    ロシナンテからのでんでん虫が、しゅん、とした顔を作るのをみて、
    はそれ以上責めるのをやめて、淡々と処置の仕方を教えると、ロシナンテに問う。

    「あなたに怪我をさせた人はどうしたの?
     海賊? ドフラミンゴは黙っていなかったとは思うけど」
    『いや、新しい入団希望者の子供だ。・・・ドフィには言わなかった』

    ロシナンテの言葉に、は軽く目を瞬き、やがて息を吐いた。

    「お人好しね、ロシナンテさん。庇ってあげたの?」
    『・・・不幸な身の上のガキだった。なァ、、珀鉛病って知ってるか?』
    「珀鉛病?」

    は眉を上げる。
    確か、北の海で集団感染の報道が出ていた。
    もっとも、それは中毒病であるから感染と言うのは誤りなのだが。
    政府の発表に引っかかるところがあって調べた病だったからよく覚えている。

    は頷く。

    「ええ、知ってるわ。北の海、フレバンス王国で大規模な発症があったわね。
     国が滅ぶ程の戦争が起きて、患者は死体を含めて皆焼かれたとか。
     ・・・その子と何か、関係が?」
    『その、フレバンスの生き残りだ』

    ロシナンテの言葉に、は息を飲む。

    『ローはこの世の全部を恨んでる。まるで昔の兄を見ているようだ』
    「フレバンスの・・・。
     生存者が居るような、そんな状況じゃなかったと聞いてるわ。
     ・・・珀鉛病を、発症しているのね?」
    『・・・ああ。、治せないか?』

    ロシナンテの懇願じみた言葉に、は苦い顔をする。
    実際に見てみないとなんとも言えない、と前置きをしながら、は言う。

    「難しいと思うわ。
     身体に蓄積された珀鉛を取り除くには、
     それこそ血を全て入れ替えるくらいのことは必要になると思う」
    『そうか、』
    「なにか、新しく治療法が発見されればいいんだけど、」

    難しいだろう。
    は決定的な言葉を口にするのは避けた。

    その後通話を切った跡も、は珀鉛病について、考えを巡らせていた。
    患者だと言う子供についても。

    この世に絶対なんてものは無い。
    どんな難病でも、奇跡的に回復する患者は存在する。
    だが、”奇跡”とは、そう簡単に起こるものではない。
    ましてや、珀鉛病に限っては。

    は、世界政府がその治療法を編み出すのを有に10年は遅らせたと考えている。
    珀鉛を使った食器や薬品、化粧品の類いは高級品として輸出されていた。
    そこには世界政府の手も加わっている。

    微量であれば珀鉛は感染源にはならない。

    そう発表さえしておきながら、”珀鉛病”と名のついた病は感染症であると断じ、
    近隣諸国にフレバンスへ兵を差し向けるよう政府は手を回した。
    ちょっと考えればそこに矛盾があることに気づくはずだ。

    感染症ならその原因は寄生虫や細菌が一般的だ。
    なぜ珀鉛という”鉛の一種”が原因になる?

    亡命したフレバンスの王族は”幸いにして”病を逃れていたらしいが、
    恐らく、もともと珀鉛病は珀鉛が原因の中毒であることを知っていて、
    日常生活から珀鉛を遠ざけていたのだろう。

    まともな医療関係者であれば辿り着くはずの結論。
    それがこの海ではまかり通らない。
    世界政府が圧力をかけている。がそう気づくのに時間はかからなかった。

    そして世界政府はフレバンスにいた珀鉛病患者の大半が死んだ後
    グランドラインで、珀鉛病は中毒であると発表した。
    その情報は、北の海にきちんと届いているのか、定かではない。

    「・・・世界政府」

    その行動は時に理不尽で、傍若無人だ。
    の過去のことを差し引いても、世界政府にこびりついた不信感をぬぐい去る事は出来ない。
    無論、政府に属する人間が全て、その思考を良しとしているとは思っていないが。

    「こういうことがあると、海軍に身を置いていることが馬鹿らしくなるわね。
     ・・・なにが正義なのかしら」

    この世のすべてを恨むような子供を作り出す政府が語る”正義”とは何か。
    は息を吐いた。

    にとっては、ロシナンテが無事に帰って来てくれればそれで良いことだったけれど。



    ロシナンテは通話の最中、珀鉛病の子供のことを口にする回数が増えて行った。

    どうやら彼はドンキホーテに居着いてしまったようだ。
    それどころか、ドフラミンゴに目をかけられるようになったのだと言う。
    将来の右腕として。
    ロシナンテはそれを嘆いていた。

    『このままじゃ、あいつまで兄と同じ化け物になっちまう』
    「ねぇ、ロシナンテさん、どうしてそんなに、その子、ローを気にかけるの?
     そんなにドフラミンゴと似てる?」
    『・・・ああ』

    は眉を顰めた。

    ロシナンテはローに同情している。

    かつて、ドフラミンゴから逃げ出した事を、ロシナンテは後悔していた。
    だから、幼い頃のドフラミンゴとよく似た少年に、
    同じような”化け物”になって欲しくないと思っているのだろう。

    だが、潜入任務に入ってから聞くドフラミンゴの様子は、
    ロシナンテが最初に語った人物像とは少し違って聞こえることがある。
    は軽く息を吐いた。

    「・・・どこまでも、お人好しね、あなたは。
     任務に集中しなくちゃ行けないって分かってるんでしょう?」

    の言葉に、でんでん虫は少しショックを受けたような顔をする。
    が突き放すような事を言ったのが意外だったのかもしれない。
    でんでん虫が目を伏せた。

    『そう、だな。センゴクさんにも、似たような事を言われたよ』
    「でも、あなたらしいわ」

    は努めて優しく言った。
    でんでん虫が目を丸くするのを見て、はクスクス笑い出す。

    『え?』
    「あなたはお人好しで、ドジで、おせっかいで、・・・優しいの。
     そうじゃなかったら、私、あなたに恋なんてしなかった。フフフ・・・!」

    カッと真っ赤になったでんでん虫を愛おしむようには撫でる。
    本当は直接触れたいと思っているけれど、それは叶わない。
    は目を閉じる。

    「きっと、その子にも理解して貰える日が、きっとくるわ」
    『おれは、・・・別に理解してほしいとか、思ってないよ。
     ただ、かわいそうだって思うんだ。おれを刺したとき、あいつは10歳だった。
     そんなガキが自分の死期を悟ってるなんて、』
    「フフッ、泣きそうね?」
    『・・・泣いてない』

    鼻を啜るでんでん虫に、は笑う。

    「誰かに心を砕いてもらえる事も、誰かに涙してもらえる事も、
     とても幸福な事なのよ、ロシナンテさん。
     ・・・あなたはそのままで良いわ」



    ロシナンテの感じ入るような声に、は笑みを深めた。

    「でも無茶はやめてね。
     コートに火がついた話を、あなたから聞く度にハラハラしてるんだから」
    『うっ・・・実は今日も・・・』
    「またなの!?もう、しょうがない人ねぇ・・・」

    こうしてたわいもない会話をする時間が幸福だ。
    できれば直接顔をあわせて、会話したいけれど。

    、ありがとう』
    「どうしたの?急に」
    『おれ、頑張るから。早くに、会いたい』

    思わず顔に血が集まるのが分かって、は俯いた。
    でんでん虫が少し揶揄うような声を作る。

    『ふふ、でんでん虫が真っ赤だ』
    「・・・揶揄わないでよ」
    『揶揄ってないよ。本心だ』
    「・・・意地悪。ばか。ドジッ子」
    『最後の関係なくないか?!』

    思わず、と言った風に声を上げたロシナンテに、は小さく笑った。