The Devil Born in the White Dreams
軍艦を血祭りに上げてから、1年が経とうとしていた。
「”白衣の悪魔”か。洒落た名前がついたものね」
は自身の二つ名の踊った新聞を眺める。
”未だ行方知れず、沈黙する白衣の悪魔”
そんな見出しだった。
海軍は面子を保つためにか、”白衣の悪魔”が軍医であった事を明かしてはいないが
それでいながら血眼になってを追いかけているらしい。
だが最近はその勢いも衰えはじめている。
紙面にも掲載されている、手配書の写真は気を配っていたためだろう。
不完全なものが採用されることになったようだ。
そして、賞金首になってから1年経った今も、その写真が更新される事は無い。
例えば写真を撮られたとしても、そのネガを奪い、
”誰の写真を撮りに来たのか”を忘却させれば、だれもの写真を残せはしないのだから。
裏社会に通じるのは思いの外容易かった。
海軍に居た頃は掴めない情報も、するすると手に入るようになる。
”魔眼”を使えばどんな情報もその手に落ちて来て、その痕跡を消すことも簡単だった。
世界政府がこの目を欲しがるのも無理は無い。とは思う。
初頭手配で1億もの値がついたのは当然と言えば当然のことだった。
悪用しようと思えば幾らでも悪用出来るのだから。
ただ、なるべく目立つのは避けようと、情報収集にのみ務めているおかげか、
追っ手らしい追っ手に会うことはあまりなかった。
は新聞を読みながら、情勢を確認する。
ドレスローザは相も変わらず、海賊の治める強国として栄華を極めているらしい。
は目を眇める。
かつてのドフラミンゴの拠点である北の海で、ドフラミンゴの足跡を辿るが、
その盤石な玉座を崩せるような要素はなかなか見つからない。
今、切り崩せるとするのなら、
ドフラミンゴが常に側に置くという少女”シュガー”がキーになるだろう。
常にドフラミンゴの側に侍る、見た目の変わらない少女。
まず何らかの悪魔の実の能力者だ。
「・・・大事なものは側に置く。私だってそうだもの。
あなただってそうでしょう?」
はネックレスを探る。しかし、その声に力は無い。
「でも、私一人では、きっと無理だわ。
魔眼を使用しても。切り崩せない。
・・・協力者が必要か」
かつてはセルバントがの協力者だった。
セルバントはにドレスローザの情勢や、情報を横流しした。
だが、これからセルバントのような人物はなかなか現れはしないだろう。
だからこそ、自身が情報を収集し、作戦を立てる必要がある。
もう魔眼を使う事をは躊躇しないから、情報については余り問題はない。
の弱点は戦闘能力が高い訳ではないことだ。
恐らく1対1でも、まともにやりあってドフラミンゴやドンキホーテの最高幹部らに敵う事はないだろう。
だからこそ、決定力のある、出来れば組織ぐるみでの協力者が望ましい。
ドフラミンゴの失脚を狙っていて、ある程度腕が立つ人物達。
そんな都合のいい人物が居るだろうか。
はため息を吐く。
「新世界の巨大シンジゲート。その中心人物にまで、ドフラミンゴはのし上がった。
ドフラミンゴを恨む人間は幾らだっている。でも、彼に敵う人物がどれだけ居るかしら?
四皇にでも媚びを売る?・・・現実的じゃないわね」
を助ける”魔眼”それは諸刃の剣でもある。
ドフラミンゴに一矢報いることなく、他の海賊に利用され死ぬ運命もあり得るのだ。
正直に言えば、手詰まりだった。
泊まったモーテルの一室で新聞を捲ると数枚手配書が滑り落ちた。
何しろ大海賊時代だ。あぶくのように海賊が生まれ、名を上げ、死に、また生まれる。
一応目を通して捨ててしまおうと、がその手配書を捲る。
「”千手”ライバー、”鉄筋”スムージ、”抜け駆け”メルト・シュロン、”死の外科医”」
は一枚の手配書に目を留めた。
手配書の中で、鋭い眼差しの男が、不敵な笑みを浮かべている。
歳の頃は20代半ばだろうか。
その目の下には隈が浮かび、琥珀色の目がこちらを睨み据えている。
その眼差しに射抜かれて、は自身の手が震えるのが分かった。
脳裏に、もう思い出すのも苦痛だった、その声が浮かぶ。
『ローはDの一族だった。
あいつの本名はトラファルガー・D・ワーテル・ロー。
”天竜人”たちには天敵とも呼ばれている一族の末裔だ。
兄の側に置いておくのはあまりに危険だった』
は手配書の名前に指を滑らせる。
「トラファルガー」
は自分の唇が弧を描いたのを自覚していた。
「・・・ロー」
ドンキホーテのものとはまた違う、笑う海賊旗。
トラファルガー・ローという名前の、ハートの海賊団の船長。
死の外科医という称号。オペオペの実の、能力者。
決定的だ。
「あなた、生きていたのね。
フフ、フフフフフッ!」
の唇から、乾いた笑い声が滑り落ちた。
くしゃ、と手配書に皺がよる。
涙が一つ、二つ、男の顔に落ちて滲んだ。
の脳裏に、シナリオが浮かんだ。
自分の命も度外視した、その計画を走らせたのは、その手配書だった。
「・・・直接相対して見なければわからないこともある」
は手配書の顔を指でなぞる。
「あの日、11年前。あなたは姿を消したわね。
それからどんな風に生きて来た?珀鉛病は完璧に克服したの?
どうして今、海賊になった?私の事は知っている?
・・・知らなくていいわ。何も。あなたは知らなくていい。
ただ教えて欲しい。あなたに」
の目には、もう枯れ果てていたと思っていた涙が浮かんでいる。
「あなたに、ロシナンテさんが命をかけるだけの、意味があったのか」
星の数程、可能性があった。
ドンキホーテ・ロシナンテに命を救われた。それに報いるがために旗を揚げたのか。
ドンキホーテ・ドフラミンゴと同じ道を歩み続け、彼の部下として、独立して旗を揚げたのか。
あるいは、また、別の理由から旗を揚げたのか。
は涙を拭い、深く息を吐く。
その唇は、弓なりに弧を描いた。
「・・・会いに行くわ。あなたに。
私の全てを賭けてあげるわ。ロー。
もしもあなたがそれに値しない男なら、」
の脳裏には、ロシナンテの顔が浮かぶ。
ネックレスを握りしめ、は浮かべた。
この世のものとは思えない。凄惨な笑みを。
「生きていることを、後悔させてやる」
しかし、の真の望みは、口に出したこととは違っていた。
できるなら、証明して欲しかった。
ドンキホーテ・ロシナンテが、命がけで守ったものに、
それだけの意味があったのだと。
ロシナンテの行動に、確かに救われ、報いるものがあるのだと。
きっとそれが、の支えになるのだから。
呪われた道を歩み、復讐を選んだが望むには、余りに過ぎた願いだと知りながら、
夢を見ずにはいられなかったのだ。
ただ、どれだけ淡い夢を見たのだとしても、が歩みを止める事は無い。
ドンキホーテ・ドフラミンゴと再び相対する、その時まで。
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