第三話 「推測」


黄色い潜水艦、その船長室。
壁一面の棚にはエターナルポースにログポースが幾つも並んでいる。
手みやげに渡されたエターナルポースもそこに並べ、ローは後ろを振り返った。
は机にうず高く詰み上がった医学書のタイトルに幾つか目をやり、
感心したように頷いていた。

「ずいぶん勉強熱心なのね。さっき案内された手術室も海賊船の設備とは思えないくらい充実してたけど。
 それにこの論文!量もそうだけど最新のものが揃ってる・・・。なかなかこうはいかないわ」
「・・・そりゃどうも」
「どういう手段で揃えたかは聞かない方が無難かしら」

の声色にいたずらっぽさが混じる。その通り、半分は盗品である。

ローはソファに些か乱暴に腰掛ける。愛刀、鬼哭は抱えたままだ。
向かいの椅子に座ったは少々思案するように目を伏せた。

「さて・・・私は何から答えれば良いかしら」
「なぜおれの目的を知っている。船員にも教えてねぇんだがな」

声色に刃物のような鋭さが混ざった。
薄く浮かべていた笑みを取り払い
目蓋をゆっくりと閉じたは軽く息を吐いた。

「長い話になるけど、良いかしら」
「かまわねぇよ」

はローの返事を聞くや否や、淀みなく話しだした。

「まずは私の経歴が大きく関わってくるわ。
 散々ニュースで騒がれたらしいから
 どういう経緯で私が賞金首になったのかは、ご存知でしょう?」
「ああ、どういう理由かは知らねぇが、海軍の科学班の船に乗り込んで
 中に居た連中を皆殺しにしたんだったか?」

は頷いた。

「私は海軍本部所属、大参謀つる中将付きの軍医だった」

ローが思わず目を見開いた。
は笑みを浮かべ、話を続ける。

「だからあの船に乗ることは比較的容易かった。
 新聞は通りすがりの海賊が名をあげようと軍艦を襲ったように書いたみたいだけど、
 フフ、圧力がかかったのね」

「私は軍医とはいえ少々特殊な立場に居たわ。戦場に立って、積極的に戦闘に参加した。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴをこの手で殺すことだけを夢見てつる中将の船に乗り続けたわ。
 ドフラミンゴが七武海になった後も、どうにかしてあの男に一矢報いたかったから、
 あの狡猾な男の弱みはないか、血眼になってドフラミンゴの海賊団の成り立ちから
 人物構成、過去を探った。海軍の中で、私に許される全ての権限を使った。
 そのなかで・・・あなたの名前を見たわ。トラファルガー・ロー」

ローは鬼哭を握りしめる。
はそれに気づいていながら、淡々と続けた。

「幾つかの書類を洗うとあなたの名前は10年前を境にぴたりと姿を消した。
 そして今年に入ってすぐ・・・、あなたは再び現れた。ハートの海賊団の船長として。
 ドンキホーテ・ファミリーの幹部は皆トランプのコードネームが与えられる。
 おまけにその海賊旗。海賊は時折傘下が掲げる海賊旗を
 敬意をこめて似たものにすることもあるそうだから、
 この時点で私はあなたをドンキホーテ・ファミリーの関係者だと仮定したの」

「・・・なぜ今は部下ではないと?」
「たんなる推測なのだけど。
 普通なら、なんらかの潜入任務に当たってた部下が帰還するとか、そういう方を想像するわね。
 私は違ったわ。なぜならあなたが”オペオペの実”の能力者、改造自在人間だと知ったから」

「ドンキホーテ・ファミリーはドフラミンゴに心酔しているものが大半、
 特に幹部と呼ばれる者たちは心からあの男を支えている。
 あなたがそんな組織の人間なら、とっくにドフラミンゴのために命を差し出しているはずよね。
 もしそうでなくても、あの男がオペオペの実の能力者である部下を側に置かないで
 遠出させたりするとは考え難い。その能力はあまりに強力で魅力的だわ。
 あなたに実力があったとしても手元に置かずにいるのはリスクが大きい。
 でも、あなたは積極的にあの男と連絡を取る様子は無い。
 そしてどういうわけか、あの男はあなたのことを泳がせている。
 あの男とあなたの間に今は上下関係はないし表立って敵対はしていない。
 ・・・そんな風に、ドフラミンゴの性格やその組織の性質から推理したの」

は左胸に手の平を置いた。
今は空洞だが、そこは心臓があるべき場所だ。

「あなたがあの男を倒すことを目的としているのかもしれないと思ったのは・・・
 あなたが海賊の心臓を生きながら抜き取ることに
 何らかの意図があるように感じたからよ、理由も根拠も無い、ただの勘だけど」

「・・・へぇ」
「それとも人体収集の癖でもある?私にはそうは見えないけれど」
「さぁな」

ローは頬杖をつきながらの推理を聞いていた。当たらずも遠からずだ。
また、話の内容から察するに、は顔立ちは同い年くらいに見えるが、
見た目よりも幾分年上らしい。
軽口に適当な返事を投げると、は肩を竦め、話を戻した。

「・・・まあ、十中八九ドフラミンゴの失脚を狙っている。そう考えたからここまで来たわ。
 手みやげの、ドフラミンゴの新しいビジネス、その取引相手、そのキーとなる人物・・・
 シーザー・クラウンの居場所の候補を探るのも苦労したのよ」

「そりゃそうだろ。むしろお前がこの短期間でアレだけ絞り込めるのが異常なんだ。
 賞金首になったのも1年経つか経たないか。・・・最近だろう」

「あの男を七武海にした世界政府には心底腹が立ってね。
 海軍で居ることに限界を感じて事件を起こした。
 そのあとにあなたの手配書を見たものだから。
 敵の敵は味方になり得る・・・そうでしょう?」

言葉は淡々としているが、の目には燃えるような憤りが見える。

「なるほどな。海軍に居ながらある程度長期の計画を立てた上でおれに目を付けたわけだ。それで?
 もしもおれがドフラミンゴの部下だったらどうする。
 お前の推測が外れてることも十分あり得るだろう」

「そうね」

はあっさりと肯定した。
心臓に当てていた手の平を、今度は右目蓋に当てて笑って見せる。

「その時は魔眼を使うつもりだったわ。これを使えば、大抵の人間は倒せる」
「・・・今もそれができるとでも思ってるのか」

ローの口調に剣呑なものが混じる。は眉を上げ、肩をすくめる。

「そんなに怖い顔しないでちょうだい。心臓を預けてるのにそんなことしないわ。リスキー過ぎる」
「は、どうだかな」

軽口を叩くもののローの目は厳しい。 はやれやれと頭を振る。

「そう簡単に信用してもらえるとは思ってないし、
 逆にこうして船に乗れたことが意外なくらいだわ。けど馴染む努力くらいはさせてちょうだい」
「・・・せいぜい励め。俺もそうだが他の船員もそう簡単にはいかないだろう」
「本当に長くなってしまったわね。
 ・・・魔眼について説明すると言ったけれど”それ”を読めば充分よ」

がいつの間にか持っていた本をローに投げ渡す。
難なく受け止めたがいきなり何をするのだと、眉を顰めたローにかまわず
は船長室を後にしようと立ち上がった。

「おい!」
「『魔眼についての研究レポート、及び、夢魔についての実験データの統計と手記』
 世界政府主導の、人体実験の記録よ」

白衣を翻しては本の名前をそらんじ、半ば吐き捨てるようにその内容を説明した。

「・・・最初に案内された部屋で休むわ。良い夢を、ロー船長」

軽く手を振ってから閉ざされた扉に舌打ちしてローはに投げ渡された本を見る。
簡易装丁された本の表紙には古くなった血痕が所々飛んでいて、筆者の名前は読めなかった。

本を捲ると、印字されたような整った筆跡で、夢魔に対して行った実験について、淡々と書かれていた。
読み進めるうち、観察日誌のような文脈の手記に行き着く。
どうやら何人かの夢魔を捕まえて人体実験を行っていたらしい。

非道とも言える実験内容に微かな不快感を覚えつつも、ローは魔眼の記述に指を滑らせた。

「瞳孔から特殊な信号を送り、視線を合わせた相手に作用する。
 脳に作用する科学物質と同じような効果を、やろうと思えば大体なんでもできるのか。
 作用のコントロールの精度に個人差があり、化学物質、薬学に関して知識が必要・・・」

は軍医だったと言っていた。なら、知識は十分持っているはずだ。
大抵のことは出来るだろう。
懸けられた懸賞金が億を超える理由の一つがこれか、とローは納得した。
戦闘能力はともかく、こんな力、悪用しようと思えば幾らでも出来てしまう。

『魔眼は夢魔が人間の生命力を効率よく奪うために発達したと言われている。
 その効力は夢魔によって個人差があるようだ、
 5人捕まえた夢魔のなかでもずば抜けて能力が高かったのがカルミアだ。
 他の4人と比べ、彼女は 鎮静効果、自白効果、麻薬効果、
 催眠効果、催淫効果、酩酊効果を自在に使いこなした。
 どうやら夢魔の一族の長の家系だったようだ。
 人間の医師と遜色ない知識量に加え、話術、それもカウンセリング技術を有している。』

続きを読もうとページを捲ると最後の数ページは破られていた。
かろうじて読み取れる文字が残っていたページに記された言葉は今までになく筆跡が震えている。

『すまない、カルミア、

「・・・!」

ローは息を飲み、が出て行った扉を見た。

は人体実験を受けていた。
魔眼の効果の他に、この本から読み取れた事実が真実か、否か・・・。

ローはの心臓をデスクに置いた。
ルビーのように赤く光る、艶かしい新鮮な心臓はゆっくり鼓動を刻んでいる。