第四話 「折衝」


海面に浮上するとは真っ先に甲板へ向かい、その腕を伸ばすとニュース・クーを呼び寄せる。
2部受けとって1部はローへ。
ハートの海賊団の朝の習慣になりつつあるが、
未だにとロー、そしてその他の船員達との間には距離がある。
ただ、世間話に興じるくらいには距離が縮まっていた。

「・・・海軍本部大佐、スモーカーがまた海賊船を2隻沈める。
 彼がグランドラインの入り口にいるとやりにくいでしょうね」
「顔見知りか」
「まぁね。実力はあるけど問題児の先輩だったわ。
 本来なら中枢に居てもおかしくはない人物よ」
「へぇ・・・」

新聞を手渡されたローはの言葉に一面の写真を確認した。
問えばかつての古巣の情報もはあっさりと口にする。

はつなぎこそ着ないものの、与えられた雑務は問題なくこなし、
空いた時間に薬の調合を行っているようだった。
言葉を交わせばが極めて理知的でわきまえた女であることは明白だったが、
いかんせん『夢魔』であり、その象徴のように”人間離れした美しさ”を持っていることが
警戒を解く大きな足枷となっているらしい。

船員が鼻の下を伸ばしてから、すぐに首をふってキリっとした顔を作っているのをよく見る。

ローは内心でため息を吐きつつ、の横顔を追った。
恐らく、は嘘はついていないだろう。
ドフラミンゴを恨んでいるのも、海軍に居たことも本当だ。
だが、全て包み隠さず話しているわけでもなさそうである。

「ロー船長。私の顔になにか?」
「なんでもない」

視線に気づいたらしいに短く答えると、は肩を竦めてみせる。
が、そんなやり取りもつかの間、船が大きく揺れた。
見張りだった船員が叫ぶ。

「船長!敵船です!海賊!旗印は6本の手・・・!」

船員の言葉にが小さく頷いた。どうやら相手に覚えがあるらしい。

「”千手のライバー”懸賞金は確か6千万ベリーだったわ。喧嘩売られてるみたいだけど、
 どうするの、ロー船長?」
「愚問だな。お前ら喜べ、退屈してただろ・・・戦闘準備だ」

ギラギラと目を輝かせた船員達を見ては腕を組んだまま敵船を伺っているようだ。
ローも鬼哭を携え、前へ出る。
その背に向かってが呟いた言葉には気づかずに。

「・・・お手並み拝見と、いかせてもらうわ」



なんらかのクモをモデルにしているムシムシの実の能力者であった千手のライバーは
6つの手にそれぞれ4丁の拳銃、と2つの剣を自在に扱う手練だったものの、
オペオペの実を持ってすれば対応出来ないわけではない。
拳銃や剣は転がっていた酒ビンに変え、隙をついて心臓を抜き出せば
ショック症状からライバーはその場に崩れ落ちた。
そうなってしまえば相手の士気は駄々下がり。後は時間の問題だった。

抜き出した心臓を弄びながら、無謀にも挑みかかる敵を薙ぎ払っていると、
目の端にが金髪の大男に噛み付くように口づけたのが見えた。

そんな暴挙に気づいたハートの海賊団の船員の一部は唖然としているが、
相手の男が急速に老いていくのを見てある者は目をまるくし、ある者は腕を擦っている。
がくがくと足を振るわせ、髪が真っ白になった男の、太く隆々としていたはずの腕は
今やと同じ位細く、枯れきっていた。
それと対照的にの白い髪は艶めき、頬は薔薇色にかわり、
心無しか唇もその色を鮮やかにしているように見える。
扇情的で、しかしどこかおぞましいその口づけに思わず見入ってしまっていた。
それに気づいたらしい、常ならぬ青白い光を帯びた灰色の瞳と視線が交われば、
背筋に這い上がるものを感じ、ローは目深に帽子をかぶる。
は唇を離し、ぜえぜえと息を吐く”老人”へ声をかけた。

「ねえ、船長室はどこかしら、航海日誌が欲しいのだけど」

老人は唇を噛み締め、を睨み、その腰に据えていた剣を薙ぎ払った。
はそれを難なく避ける。

「・・・だれが・・・きさまに・・・!」
「あらあら、しぶといわねえ」

が指先をクロスする。老人ががむしゃらに向かってくるのをいなしてその指を鳴らすと、
老人の身体がびくっ、と大きく痙攣し、その場に崩れ落ちた。
断続的に続く痙攣の症状から見るに、電気ショックのような効果を使ったらしい、
はもう一度指を鳴らし、老人に持っていた水を飲ませる。
何をするのか、と様子を見ていると、介抱していたその手で老人の頬を思い切り打った。
叩き起こされた格好の老人の頭を掴み、はその目を覗き込むように顔を近づける。

「強制自白”コンフェッション”」

据わっていた目つきがとろりと解けた。朦朧とする老人にが問う。

「航海日誌はどこ?」
「この船の一番奥、船長室のデスク、海の女神像の下」
「どうもありがとう。もう良いわ」

ガクン、と床に臥せった老人は虫の息だが、生きてはいるらしい。

しゃがんでいた体勢から立ち上がり、周囲が静まり返っていることに気づいた
一応味方であるはずの、ハートの海賊団の船員達の顔に滲む警戒に、わずかにため息をついた。
だが、ローが思うに、はわざとやってるのだろう。
信頼が欲しいと言いながら、警戒し続けろとでも言うような振る舞いだった。

「・・・そう警戒しないでよ。客員させてもらってる船の人間を手にかけたりしないって言ってるじゃない。
 まぁ、私があなた達の立場なら間違いなく警戒するけどね」
「お前・・・」
「これが私の戦い方、魔眼の威力。私の目を見た人間は」

はゆっくりと目を閉じ、また開いた。
ガラス細工のような灰色の瞳だった。

「私の思うがままになる。私がそうしようと思うならね」

ローは軽く目を眇め、その手につむじ風を浮かべる。は抵抗しなかった。
それどころか肩を竦め、こう嘯いてみせたのだ。

「・・・お手柔らかに」
「“ROOM”」



「なぜ警戒を誘う真似をする。神経を張り詰めさせて消耗させるのがお前のやり方か?」

の身体をバラバラにしたローは船長室へを運ぶと、その身体を拘束した。
は航海日誌だけはぜひとも読みたいと駄々を捏ねたので、右腕と首だけは自由にしてある。

奇妙なオブジェと化したはローの詰問にも堪えた様子がない。

「違うとわかっていて聞いているでしょう。私の戦法はまともじゃないけど、
 それ以外の方法が取れないの。早めに慣れて貰わなくては・・・。」

ローはまるで懲りた様子のないに短く舌打ちをした。

「それに、魔眼は使いようによっては有用だわ。
 メリットとデメリットを知ってもらいたいから能力は隠さないし、使える時には使うことにしているの。
 ところでロー船長、ライバーの一味はグランドラインに一度行っているわ。次の島の参考にいかがかしら」

読み終えたらしい航海日誌をローに差し出す。
受け取るとは珍しく、甘ったるい声色を止めていた。

「・・・話を戻すけれど強すぎる能力には代償がいる。オペオペもそうでしょう?」
「・・・何が言いたい」

「体力の消耗。サークルの大きさと使用能力によるみたいね。
 体力が消耗すれば思考能力も低下する・・・、
 必然的に短期決戦が求められるようになるけれど・・・」

ローは乱暴にから右手を奪い、上半身とくっつける。
いよいよ生首になったは苦笑を浮かべた。

「ロー船長。あなたもう少し長期戦に対応出来なければだめよ」
「うるせぇ、あまり出しゃばった口をきくな」
「フフフ、怖い顔ね、私を殺す?」

は縛られた自分の身体に視線を向けながら、
己の生死にまつわることを、何でもないことのように聞く。

「お前こそ、分かっていて聞いているような口ぶりだな」
「ええ、ロー船長。私こう見えても人を見る眼はあるつもりよ」

ローは航海日誌に目を通した。

「それで?いつまで私はこの状態なのかしら」
「明日の朝まで」

は一瞬はっきりと眉を顰めた。
拘束した身体が強ばったように見えて、ローは怪訝そうな顔をする。

「・・・何ですって?悪趣味ねぇ」
「・・・おい、お前何を想像した?おれを何だと思ってやがるんだ、
 生首や首無しの女をどうこうする趣味はねぇよ」

無意味な心配だと一蹴してやる。

「ふぅん・・・では単純に懲罰として私はバラバラにされてるのか。それはそれで悪趣味だわ」
「うるせぇ」

軽口の言い合いに興じ、やれやれね、と呟いては眼を閉じる。

閉ざされた目蓋を縁取る睫毛は髪と同じく白い。
その白い髪は後天的だと嘯いていたが、もともと色素の薄いタイプなのだろう。
縛られたデコルテを青白く飾る静脈が妙に目についた。

「お前の婚約者とやらは、お前が夢魔だと知っていたんだな」
「ええ、もちろん」

は聞かれたことには素直に答える。
目を閉じたまま肯定した。

「・・・夢魔と知りながら、私を普通の人間扱いしたわ」
「・・・」

の声色に複雑なものが入り交じるのを見て、ローは話題を本題へと移す。

「ひとつ聞いておきたいんだが、ドフラミンゴはお前のことを知っているか?
 これによって立てられる作戦が違ってくるだろう」

は少し考えた後、言葉を吟味するようにゆっくりと話した。
話しながら自分でも情報の整理を行っているのだろう。

「実のところ、私にも分からないのよね。当然軍にいた頃は海戦なんかで攻撃したりしてるけど、
 相手に覚えられているかどうかまでは知らないわ、でも、手配書のチェック位はしてると思うから、
 私があなたの船に居ることは、まあ、積極的に公言しない方が良いわね。きっと」
「・・・そうだな。お前の能力は政府の方で公開制限がかかってるようだが、
 あいつは七武海。調べようと思えば調べられるだろう」
「そうね」

は片目をあける。

「ねぇロー船長」
「なんだ」
「私のこと、使いこなせそう?」

様々な意味を含んだ言葉だと思った。
は自分自身をまるで盤上の駒のように言う。
能力のメリット、デメリットについて語るときもそうだ。
だが、ローにはが、ただの駒に甘んじるような性分には見えない。
そしてただ一つ確かなことがあるならば、
はドフラミンゴを打倒するためなら何もかもが惜しく無いのだろう。
拘束されても抵抗しないのは、そういうことだと理解した。

ローはの生首を両手で持ち上げる。
彫刻のような静謐さを持ちながら、その目は復讐に燃えている。
はまっすぐローを見ていた。

ローはのそんな真摯な態度が嫌いではなかった。
そして、婚約者の話題を出す時に見せる、常とは異なる、
柔らかく、苦みを含んだ瞳は好ましい。
つまるところ、ローはを気に入っているのだ。

そして、そんな危うくも有能な女と、
道中を共にするのも悪くは無いと思っている。

「さぁな」

ローが不敵に笑うとは少しだけ目を丸くした。
意外なほどあどけない表情に、ローは喉の奥を鳴らすように、くつくつと笑った。