第五話 「客員海賊」


黄色い潜水艦、甲板。

ベポが晴れた看板にシーツを干していたときのこと、
は白いコートを翻して現れ、ベポを見上げた。

そうしていると初めて出会った頃を思い出す。
もうが黄色い潜水艦に乗ってしばらく経つと言うのに、
の雰囲気や出で立ちは、この船に馴染んでいるようで、馴染んでいない。



ベポがを最初に見た時に感じたのは奇妙な違和感だった。
白い髪、白い服、カミソリを思わせる灰色の瞳がベポのつぶらな瞳と重なって、
緩やかに微笑みを作る。
は見た目はローと同い年くらいに見えるが、
そのあたりの感覚はシロクマである自身には曖昧だ。
後から聞いた話ではローより幾分年上なのだから、
人間って良くわからない、とベポは思う。

は白熊相手でも礼儀正しく挨拶してみせた。

「挨拶が遅くなってごめんなさい。
 初めまして、私は。よろしくお願いするわ」
「おれは、ベポ。航海士!よろしく。・・・なぁ、なんでお前つなぎじゃないの?」

流暢に喋るベポには軽く瞬きはしたものの、手を差し出して握手を求めた。
ベポは恐る恐るその手を握る。小さい手だった。

「ハートの海賊団と同盟を結んだ、客員海賊だからよ。
 一応医者だから医療行為には参加するわ。
 調剤も免許を持っているから、その辺りでもお世話になるかも。
 ロー船長には心臓も預けているから、安心してちょうだい」
「ええ!?どういうこと?」

ベポの疑問に答えるように、がコートのボタンを外すと、
胸に大きな穴があいているのが見えた。
ベポは思わず目を瞬く。
がその様子をみてクスクス笑っていたのをベポは良く覚えている。



初めて会った頃からもう何ヶ月も過ぎているけれど、
の胸にまだ心臓は帰って来ていない。
他の海賊の心臓と違って、の心臓はローが持ち歩いている。
心臓が無くてもはいつでも平然としていた。
たまに突かれて痛がっているのをみるけれど。

はベポの視線に首を傾げたが、ちょっと聞きたいことがあるのだと前置きをした。

「ベポ。天気予報をして欲しいの。乾燥させたい薬草があるのよ」
「ここしばらくは晴れが続くよ!
 でも来週は荒れそうだから、薬草の手入れは今のうちがいいよ」
「あら、そうなの。手早く済ませたほうがよさそうね」

が口元に手を当てて頷くと潜水艦の扉が開いた。

さん、船長が呼んでる。早く行かねえとまた心臓突かれるぞ」

ペンギンがやれやれと言った様子で船の奥を指差すと
は「それは困るわ」と言いながら軽やかに船室へと消えていった。

ベポがその背中を目で追っていると、ペンギンがベポに気づいて近づいてきた。

「ああ、さんお前に何か用だったのか。もしかしておれぁ邪魔だった?」
「ううん。・・・、まだ心臓戻してもらってないんだね」
「あー・・・」

ペンギンは帽子の上からガシガシと頭をかいた。

「ややこしい立場だよなぁ。さん。
 あの人何かあると”客員だから”なんて言うけど
 うちの船でさんを客員だなんて思ってる奴はもう居ないのにな・・・」
「お?面白そうな話だな、混ぜろ」

腕組みをしながら唸るペンギンに船室から顔をのぞかせたのはシャチだ。

「ベポは終わったか?洗濯?」
「うん。もう全部干したよ。天候は安定してるから一日で全部乾く」
「おっしゃ、じゃあさぼ・・・、ちょっと喋ろうぜ」
「今お前さぼろうって言おうとしただろ」

ペンギンがハァーと重いため息を吐くが特に咎めはしない。
それどころか嬉々として話し始めたのでベポは良いのかなぁと思いつつ、
聞き耳を立てた。

「シャチはさんがウチの船に乗った経緯は知ってるんだっけ?あの時お前居なかったろう」
「ああ、コックから聞いたよ。
 あの人いきなり酒場で船長に「この海賊団に入れてくれ」ってお願いしたんだろ?」
「そうだ。当時はまだ駆け出しだった。船長も懸賞金が数千万でな、
 さんはそんときから1億の首だったもんだから皆警戒してたよ。
 しかもあの人夢魔だったからな。船長速攻で見破ってたけど」

どこか誇らしげにローについて語るペンギンに、ベポが呟いた。

「夢魔・・・ええと、人間の生命力を奪うんだっけ。
 おれ、の戦闘見たこと無いけど」
「お前シロクマのくせにまっさきに戦いに出るからな」
さんどっちかと言うと後方支援で駄目押ししてるからな、いつも
 タイミングが合わないんだろう」
「・・・白熊ですみません」
「そこか!?」
「いやいいよそこは謝んなくても!」

シャチとペンギンの突っ込みを受け、
ベポは気を取り直して言う。

「生命力を奪うってどんな感じなの」
「・・・エロいんだ」

ペンギンが真面目腐った顔で言うとシャチもうんうんと頷く。

「ああ・・・あれはエロい。すげえエロい。初めて見たときは目を疑った」
「あ、おれ白熊だから別に・・・」
「そこは食いついて来いよ!」

ペンギンとシャチがつまらん!と息巻く。
ペンギンは咳払いをして話を続けた。

「チクショウ、大抵の男はここで食いつくんだが・・・まあいい。
 どうせそのうち見るだろ。機会なら幾らでもあるし」
「意外だよなぁ。さんああ見えてめちゃくちゃ強いんだぜ。
 いいか、戦闘中はさんの目は見るなよ。
 だいたい魔眼使ってるから」
「ベポ、魔眼の効果は覚えてるか?」

ペンギンの言葉にベポはローに聞いたことを思い出そうと腕を組んだ。
魔眼には・・・

「鎮静効果、自白効果、麻薬効果、催眠効果、催淫効果、酩酊効果、
 食欲増進、感情増幅、麻痺、暗示、向精神効果」
「せ、船長!」
「別にそこまで覚えなくても良いが・・・で?お前ら何油売ってやがる」

ローが鬼哭を携えながら現れる。
ギロ、と鋭い目で睨まれシャチとペンギンは背筋を伸ばした。
ベポは素直にローへ答える。

について話してた。さっき天気聞かれたから」
「そうか」
「魔眼、便利だね」
「・・・そうでもない。アレは人間の脳に直接作用するから”効きすぎる”ことが多い。
 は加減を心得ているが、戦闘中はそういうわけにも行かない。
 巻き添えを食らいたくなきゃ戦うとは目を会わせるな」

真剣な声色で話された言葉に、ベポは唾を飲みこんだ。
ペンギンは何かに気づいたように首を傾げる。

「あれ、船長さんはもう良いんですか」
「ああ、鎮痛剤と睡眠薬が切れそうだったからな。補充したかっただけだ」
「すっかりウチの薬剤師ですね・・・」

ペンギンが言うとローは帽子を深く被り直す。
その様子を見て機嫌が悪くないと踏んだのかシャチがおずおずと提案する。

「船長、さんの心臓そろそろ返してあげてもいいんじゃ・・・」

ローはため息を吐いた。

「シャチ、てめぇはまだそれか、いつかは返すって言ってんだろ」
「だって船長!さんいっつも白衣だし!たまには着飾ってくれって言っても
 『胸に穴があるから、シャチ君の言うような格好はできないわ・・・』て
 悩まし気なため息を零されるばかりで!!!」
「お前はさんにどんな格好を要求したんだよ!?」
「うるせえ!俺は露出多めの看護婦さんルックのさんが見てえんだ!
 白衣の小悪魔が!」
「お前馬鹿か!そりゃ見てえけど!セクハラだぞ馬鹿!」
「なんだとこのむっつりペンギンが!」
「あァ!?」

ギャーギャーとばか騒ぎが始まったと見て
ローは付き合ってられんと言わんばかりに船室へ向かった。
ベポもてくてくと着いていく。

「キャプテン」
「なんだ、ベポ」
は信用出来ない?だから心臓預かってるの?」

今だって離さずに持っているに違いない。
ローが足を止めた。ベポは返事を待つ。

「・・・ベポ、お前ちょっとこっち来い」

ローがちょいちょい、と手を動かし、ベポにかがめと合図する。
ベポが不思議そうにかがんでみせるとわしゃわしゃと毛並みを混ぜっ返された。

「わっ!」
「余計な心配してんじゃねえよ」
「・・・アイアイ、キャプテン」

どうしてかそれ以上追求するのは不味い気がして、ベポは口を噤んだ。
多分、きっと、信用出来ないわけじゃないのはなんとなく分かったから
それで良いと思ったのだ。



「シャチ、あんまり船長を急かしてやるな。
 船長だってタイミングを見計らってるだけなんだから」
「分かっちゃ居るがなぁ・・・!」

あのまま甲板で喧嘩していると船長から「お前らいい加減にしろ。食後皿洗いな」
とげんこつと共に命令を下されたペンギンが、油汚れと格闘しながらシャチに言う。
シャチは思わずと言わんばかりにスポンジを握りしめた。泡が飛ぶ。

「気持ちはわからんでもねえけど」

ペンギンは思い出していた。

が乗船してすぐのことだ。ハートの海賊団で海賊の船に乗り込んだことがあった。
相手はそこまで強くはなかったが、諦めが悪かった。そして自身もまだ若く、詰めが甘かった。
倒したと思った敵が銃を向けているのに、ペンギンは気づかなかったのだ。
生き残りに気づいたローがROOMを展開する前に撃たれた銃弾。
気づいたペンギンはつまらねえ場所で死ぬもんだな、と覚悟した。

だがその弾が当たることは無かった。

がペンギンの服を掴んで転ばせたおかげだった。
細い腕を銃弾が抉るように貫いたのを、ペンギンは覚えている。
は血を流しながら銃を撃った敵船のクルーの銃を蹴り上げ、
無理矢理に相手の身体を持ち上げたと思えば口づけて見せた。

何度見ても慣れることなど無い。
他人の命を啜りとるは恐ろしかった。
命を啜られた男のひからびていく腕、白くなる髪、
そしてそれと反比例するように若々しく変貌するの、
発光する目を垣間見た瞬間、自分も容易く食われると思った。

はつい、とペンギンから視線をそらし、ひからびた相手を容赦なく海に捨てた。
呆然とするペンギンの無事を、今度はいつもの灰色の瞳で確認して、は辺りを見渡してみせた。
戦闘は殆ど終わっていた。ハートの海賊団の勝利だ。だがペンギンは納得がいかなかった。
歩き出そうとしたの、怪我をしていない方の腕を掴んだのはそのせいだ。
ロー、そして甲板に居た戦闘員は様子見に徹するらしく、ペンギンとのやり取りを見守っている。

『アンタ・・・なぜおれを庇った。お前が船に乗るのを反対していた。知ってたろう』
『誰かに信頼してもらいたいときにすべきことなんて、
 身を挺することしか知らないわ』

は血を流しながら淡々と言った。

『だから怪我をしてでも助けた。あなた達の信頼が欲しいから。それじゃ不服?』

その時に多分、ペンギンは認めたのだ。そして恐らく、船長も。
ローは世間が言うほどには残虐でもなければ冷徹でもない。

「船長はなんだかんだ言ってさんを信用してるだろ。
 じゃなきゃいくら効きが良いからってあの人の薬を使わねえよ」
「分かってるが、ほら、入り立ての時にヘマやったおれの
 左腕縫ってくれたのさんだからついな。
 いや、まてよ。
 もしかして心臓を返さないのはそういうことなのか」
「どういうことだよ」
「船長はさんのことが・・・」
「いや、それは・・・どうか・・・・・・・・・・ありえる」
「だろ!?ありえるだろ!?スキャンダル!」

わいわいと下世話にも盛り上がる2人がその人影に気づいた時には全てが遅かった。

「”ROOM”」
「あ」「え」

バラバラと自分の身体が崩れ落ちていくのに気がついてシャチとペンギンは間抜けな声を出した。
いきなり低くなった視界に写ったのはまだら模様のジーンズの裾に、磨かれた靴。

「楽しそうだな。おれも混ぜろよ・・・」
「せ、船長、首、くび投げないで!揺れる!酔う!」
「良いんだぜ、ほら、話してみろよペンギン、誰が、誰を、何だって?」
「あ、いえ、その・・・!ああああ高い!天井に頭ぶつける!」

「あれ?今日おれが皿洗い当番だったよね?いいのかな?どう思う、?」

ベポとはぎゃああああ、と騒ぐキッチンに目を向ける。

「いいんじゃない、ベポ。シャチとペンギンが代わってくれるみたいよ」

は頬杖をつきながら楽しそうに目を細めたのだった。