第八話 「宴会」
さる海賊と交戦した。仕掛けたのはハートの海賊団の方だ。
それなりに計画を立てたおかげか、当然のように勝利を収め、
今は相手から情報を引き出すべく船長どうしで相対している。
が、バラバラにされた敵船の船長は悔しそうにローを睨みつけ、
口をつぐんでしまった。小一時間この状態が続いている。
この男、殴ろうが蹴ろうが一言も話さない。
ローがうんざりした様子で「質問に答えろ」と言っても無言だ。
誰のものともつかないため息が響く。
「埒があかねぇ。」
ローが言い放った瞬間、横に控えていた女が前へ出る。
隣にいたシャチとペンギンが敵を哀れむような、何とも言えない顔をした。
「最初から私を使えば良いのに」
「お前に頼るのは最終手段だ。”効きすぎる”」
がお優しいことで、と小さく呟き肩を竦めた。
敵船の船長の顔に視線を定め、目を細める。
「ロー船長、何が知りたい?」
「欲しい海図と、エターナルポースがある。金庫に隠してるらしいからその暗証番号。
ついでに船長室、宝物庫の鍵の場所だな。
それと、コイツの裏に居る奴の名前だ。大体当たりはつけているが、確信が欲しい。」
ローは随分欲張りな注文をしたが、は不敵に微笑んだ。
「OK、お易いご用よ」
唇を軽く舐めたがバラバラになった敵船の船長の首を持ち上げる。
の瞳が青白い光を帯びる。敵船の船長は食い入るようにの瞳の輝きを見詰めていた。
「さぁ・・・洗いざらい話してちょうだい」
細められ一際煌めいた瞳に、生首と化した男の瞳と、その唇はとたんにゆるんだ。
※
「いつみてもえげつねェ」
敵船から最低限の食料を残して積み荷を奪った後、
ペンギンは先ほどの光景を思い出して微かに身震いした。
を信頼するようになってからも、時折わき上がる不安。
もしもにあの目で見詰められたら、
自分は馬鹿になってしまわないか、という想像だ。
なにしろ今日の敵船の船長と来たらに聞かれたことはおろか、
自身の経歴やら性癖やらをペラペラと語りだしたのだ。
アレにはぎょっとした。バニラとローは冷静だったが。
冷静でいられなかったシャチとペンギンは終始顔が引きつっていたと思う。
あの尋問、場合によっては死ぬより嫌だ。
シャチも同じ気持ちだったらしい、神妙に頷いた。
「ああ・・・自白剤使ったってああはならねえだろ。
自分から笑える位ぺらぺら喋り始めたもんな。おれは嫌だね。
あんなこと口にする位なら死ぬ」
「でも実際抗えるか?さんに。味方だから良いけど」
シャチとペンギンが腕を擦りながら話していると、
噂をすればなんとやら、前から白衣をはためかせながらが現れた。
その手には航海日誌だろう、分厚い本を抱えていた。
その後ろをベポが金塊を持ってついて来ている。
全身に宝石をつけたベポはその重みでふらふらしていた。
「さん」
声を掛けるとはうっすらと笑みを作る。
「ベポ、お前スンゲーぎらぎらしてんぞ」
シャチはベポの姿が気になったらしい。挨拶もそこそこに突っ込むと
悪趣味な王様のように宝石塗れのベポは小さく唸った。
「で、できるだけまとめて運べってキャプテンが・・・これ、重いんだ・・・」
どうやらローに遊ばれたらしい。
困った様子を見せるベポに、がクスクスと笑っている。
「ふふ、置物みたいで可愛いじゃない」
「重いよ、手伝ってよ」
情けない声を出すベポをなだめながら、はペンギンと目を合わせた。
何もかも見透かされそうだ。小さく心臓がどきりと鳴る。
「ペンギン君、魔眼はそんなに万能でもないわよ」
「・・・聞かれてたか?」
なんとなくばつが悪い。帽子の上から頭をかいたペンギンに、
にいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「薬にも効きやすい、効きにくいがあるように、魔眼にもそういう相性があるわ。
それに、目を通して効果を発揮するから、シャチ君みたいにサングラスをかけていると
とたんに効きが悪くなるわね。とはいえ、効くには効くけど。
それに魔眼をつかうとお腹が空くから」
「? そんなにさん食べてましたっけ」
シャチの素朴な疑問に、はその口の端を釣り上げた。
「ええ、困っちゃうのよね・・・お腹が空くの」
「え、あ、近い!さん近い!あ!?お腹が空くってそういう意味!???!」
シャチの頬に手を伸ばし、ニヤニヤと笑う。
シャチは突然の接触に耳まで真っ赤にして慌てている。
ペンギンはの顔から本気じゃないことをすぐに察知し苦笑した。
は時折船員をからかうようなそぶりを見せるようになった。
これも打ち解けてきた証拠には違いない。
「やめろ。からかうのはよせ」
ため息まじりの声がした。
たしなめられてはそっとシャチから距離を取った。
はわわ、と乙女のように顔を赤らめているシャチにペンギンは舌打ちする。
そういうのは良い歳した男がやっても可愛くねェ。
はシャチの反応をあっさりとスルーしてローの手元を確認して頷いた。
「あら、ロー船長。・・・その様子だと、守備は上々のようね」
呆れたように片目を瞑ったローの手の平にはエターナルポースと海図が握られている。
「ああ。狙い通りだ」
不敵な笑みを浮かべたローに、ペンギンは素直にカッコいいな、と思った。
カリスマなのだ。歳もさほど違わない男にそんなことを思うだなんて変だと、
過去の己は嘆くのだろうか。
だが、どこまでもついていくと決めている。
己の中にある何らかの指針によって行動しているらしいローだが、
明確に何を目指していると告げられたことは無い。
唯一それらしいものがあるとするなら『ワンピース』だろうか。
ペンギンは航海日誌をぱらぱらと捲るに視線を移した。
はローの指針を少しばかり読めるのだろう。
ワンピースよりも近くにあるらしいローの目的と、自分の目的は同じだと語っていた。
だからだろうか、に接するときのローは
他の船員と接するより、距離がほんの僅か、近い気がする。
ペンギンの思索を知ってか知らずか、
はローに、日誌に挟まっていたらしいリストを渡す。
何かの目録のようだ。ローが目を通して関心とも呆れともつかない息を吐いた。
ちらりと目録のタイトルが見える。・・・ワインのリスト?
「あの男、性癖は下劣のくせに酒の趣味は良いらしいわ」
「クズ野郎だからこそだろ。自分からフォアグラに成り下がっちゃ世話ねェがな」
「ああ、目と肌に黄疸が出てたわねそう言えば。肝硬変か」
「あれじゃ早死にする」
「・・・自分で半殺しにしておいてそれ言うの?」
ブラックジョークを飛ばすローには応える。
今日は恐らく良い酒が飲めるんじゃねえかな、と思いながらシャチに目配せすると、シャチは頷いた。
ベポは相変わらずフラフラしている。
今夜は宴会だ。
※
一通り酌をして回り、は宴会の端に腰を落ち着けた。
騒ぐ船員を肴に酒を飲む格好だ。
は酒に強くも弱くも無いが、酒の善し悪しはなんとなく分かるし、
嫌いではなかった。
2杯目のグラスを空にしたところで、声がかかる。
「、お前こっち来い!」
「一人で飲んでないでよォ」
はそれに応える。
「ええ、良いわよ。で、何の話してたの」
男達がニヤニヤ、と笑った。
「アレだ。コイバナだ」
「昔のあわーい思い出に思いを馳せるんだよォ」
「アバンチュールに!!!」
女子か。は突っ込みたくなる衝動を抑えた。
酔っぱらいに何を言おうと無駄である。
よりによって夢魔である己に恋愛の話を振るとは・・・と
内心ため息を吐きつつ、言葉だけは乗り気に返してやった。
「・・・へぇ、面白そうね」
「おっ意外と乗って来たな!?」
「の話も聞かせてくれ〜」
「私のアバンチュールの相手、大体オチで死んでるけどそれでも良ければ」
にやついてた男達がとたんに真顔になって首を振る。
「、それ全然淡く無い。どっちかと言うと黒い話、それ。」
「さん、ジャンル違う。恋バナじゃねえ。ホラーだ」
サキュバスジョークを飛ばすに突っ込みを入れる船員たち。
が肩をすくめる。
「言っとくけど私にそう言う話を聞こうとするのが間違ってるわよ。」
「まあ、そう言われりゃそうだけどなァ・・・」
「じゃあ、タイプくらいで妥協してやるよ。それくらいはあるだろ」
は口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。
「タイプ?・・・健康な人間」
「ダメだ。食材について語るコックみてェな口ぶりだ」
「もっとこう、色っぽい話をしてくれよなー」
ブーイングする船員にふふふ、と笑うは楽しそうだった。
「なら船長ってことにしといて。手配書が男前だったから入団を希望したのよ」
が冗談めかして言うと船員が湧いた。
「ああ、手配書の船長カッコいいもんなァ!」
「船長に乾杯!」
「船長万歳!」
酔っ払いの話題の槍玉に上げられ、
別の場所で飲んでいたらしい当の本人が怪訝そうに声をかけてきた。
「おい、何の話だ」
「聞いての通りよ。慕われてるわね」
簡単な経緯をが説明するとローは露骨に眉を顰めた。
「・・・、テメェおれをだしにしやがって」
「ふふふ、別に嘘ついたわけじゃないわ。手配書がきっかけになったのは事実だもの」
ローは嘯くに苛ついたのか、の横に乱暴に腰掛ける。
普段ならくだらないと一蹴する類いの話題だろうに入ってくる気らしい。
なんだかんだ言ってローも酔っているようだ。
「大体こいつの好みなんざ見りゃわかるだろうが」
親指で乱暴にを指差したローの意外な言葉に、
船員達は勿論、でさえ目を丸くした。
はやし立てる酔っぱらいに鬱陶しそうな顔をしてローは言った。
「金髪の大男」
ローの端的な指摘にが珍しく嫌そうな顔をする。
「・・・」
「わかりやすいな、お前も」
ニヤニヤと笑うローにふくれた顔の。
いつもと表情があべこべな2人を見比べる。
「言われてみりゃあ」
「敵船でさんが吸い取る相手は皆金髪だな」
「あとでけェ男をよくカラッカラにしてるよな」
「ヘェ・・・」
「ふーん・・・」
ヒソヒソと話される言葉にがらしくもなく短く舌打ちをした。
じとりとした目でローを睨む。
ローはそんなを見て溜飲が下がったのか、上機嫌でジョッキを煽った。
「・・・意地が悪いわ」
「おれをだしにするからだ」
がむっとした様子で3杯目のグラスを空にする。
宴会はまだまだ続くのだ。