幽霊と鷹の目の疑問
「・・・、後、何匹いる・・・!?」
「半分は倒したわよ! ゾロ!」
気がつけば空は白い。夜明けを迎えている。
夜通し戦い続けたゾロは息を荒げながらも、なんとか刀を支えに立っていた。
「なら、後半分倒せば終いか・・・!」
「・・・ゾロ、」
は眉を顰めた。
ゾロの怪我のことを考えると本当は止めるべきだとわかっていた。
だが、心情的にはゾロを止められない。
一刻も早くルフィの来るだろうシャボンディ諸島まで戻りたいのは、も同じだ。
刀を構え直したゾロに付き合うように、はキッとヒヒを睨んだ。
その時だった。
「おいお前ら!!! 今日の新聞にお前らの船長が載ってるからって
鷹の目の野郎からだ! 私をパシリにしやがって!!!」
その声には顔を上げた。
「ペローナちゃん!」
ペローナが新聞を片手に、ゾロとを見下ろしている。
「ルフィが!?・・・見せろ!」
「だったらそのヒヒ共なんとかしやがれ!」
ゾロの要求にペローナはイライラと答える。
はゾロに向き直った。
「ゾロ、”戦略的撤退”をしましょう。
ルフィの現状を確認する方が先!」
「ああ、乗った!」
はヒヒたちの体をすり抜けると、
走り出したゾロの後を追った。
結局ゾロとは古城まで戻ってきてしまった。
だが、中には入らず、ゾロは古城の入り口の階段に腰掛ける。
半ば倒れこむようだった。息をはずませて、腕も上がらないような状態だった。
「『麦わらのルフィ、16点鐘』・・・? なんのことだ?」
ペローナに新聞を広げさせて、現れた一面の見出しに、
ゾロは怪訝そうな顔をする。
だが、驚くべきことに、には心当たりがあるらしい。
「・・・私、知ってるわ。教えてもらったことがある!
間違って覚えてたわけじゃないなら、
ルフィ、随分オシャレなことをしたのね、なんて大胆!」
「何?」
ゾロが説明しろと言わんばかりにに目をやると、
は軽く咳払いをして人差し指を立てて見せた。
「ルフィはレイリーのおじさまと、ジンベエという人と一緒に軍艦を奪って
マリンフォードを一周したって書いてあるわね。
これは海における『水葬の礼』。それから、広場に花束を投げ込んで『黙祷』。
・・・戦争で命を落とした人たちに、鎮魂と追悼を示したんだわ」
は紙面に指を滑らせる。
「でも何より、一番”意味”があるのは『16点鐘』かしら」
「おい、もったいぶるなよ」
「せっかちね、もう!」
は気を取り直して背筋を伸ばした。
「”オックス・ベル”は海兵にとって神聖な鐘なのよ。
年の終わりと始まりに、去る年に感謝して8回、
新しい年を祈り8回、16点鐘することが海兵の伝統なの」
「だから?」
はヤジを入れてくるゾロをじとりと睨むが、
最後まで説明を続けた。
「・・・つまり、それを今、ルフィが行なったと言うことは、
『新しい時代は自分が作る』そう言う意思表示だということじゃないかしら。
今回の戦争で亡くなった”白ひげ”という人は、とても強い人だったのでしょう?
それこそ、かつての海賊王に匹敵するような、一つの時代の象徴的な海賊だったのなら、
ルフィがその人に変わって・・・」
「違うな」
ゾロは首を横に振った。
「ルフィはこんなことするやつじゃねェ」
は少々むっとした顔をしたが、腕を組んでしばらく考えるそぶりを見せた。
確かに、ルフィにしては少々回りくどい感じがしなくもないと思い至ったのだ。
ゾロはそんなに続けてみせた。
「それに、レイリーが一緒なんだろ、
そういう『礼儀を尽くす』みてェなことはいかにも年寄りが考えそうなことじゃねェか?
・・・こいつの差し金だろう」
は思わず引きつった笑みを浮かべる。
「・・・ゾロ、あなたそれ、偏見だし失礼だわ。
・・・でも、そうね。ルフィらしくないと言われれば、そうかもしれない。
なら、他に仲間内だけでわかるメッセージがあるのかしら?」
顎に指を這わせるに、新聞を支えていたペローナが声を荒げた。
「お前ら当たり前のように私に新聞持たせてるが、もういいか?
手が疲れた!!」
「ごめんなさいペローナちゃん、もう少しだけ待って?」
ペローナは文句を言いながら新聞を広げ続けている。
は写真を眺め、パチパチと目を瞬かせると、やがて納得したように頷いた。
ルフィの肩には今までなかった刺青が入っている。
『3D』に×印、そしてその下に『2Y』。
一味は3日後にレイリーの元へ集合しようとしていた。
3Dは3days、2Yは2yearsを指すのではないだろうか。
は確信した。これはルフィから伝言だ。
「なるほどね! ウフフフフッ!!!」
「何かわかったのか!?」
ゾロに迫られ、はキョトンとした顔を見せたかと思うと、
やがてにやりと口の端を上げた。
「ねぇゾロ、こう言うのって、自分で答えを見つけた方がいいと思うの」
「は?」
思わぬ言葉に、ゾロは怪訝そうな顔をするが、
は腕を組んでわざとらしく演劇調の喋り方でゾロを煽った。
「あなたが割と力押しでなんとかする方だってのはね、よくわかったのだけど。
答えを見つける間だけでも体を休めた方がいいわ」
遠回しにバカにされてゾロのこめかみに青筋が浮かんだ。
「・・・つまりなんだ、『自分で考えろ』ってか?」
「もちろん!」
ニコニコと眩しいほどの微笑みで肯定したは、付け加えるように言った。
「どうしてもわからないなら、教えて上げても良くってよ?」
「上等だ、この幽霊、おれをバカ扱いしたことを後悔させてやる・・・!」
「ウフフフフフッ」
ペローナから新聞を奪い取り、新聞を爛々と眺めまわし始めたゾロをみて、
はクスクス笑った。
ペローナは手をさすりながら、呆れたようにを横目で睨む。
「・・・お前、あいつを休ませたかっただけだろ。回りくどい奴だな」
「さァ? なんのことかしら。ウフフフフ!」
ゾロがルフィからのメッセージに気がついたのはそれからしばらく経ってのことだった。
ゾロは深いため息を零し、と目を合わせる。
「、お前の手助けはいらねェ、ヒヒを全部倒したら城に戻るぞ」
はゾロの答えに満足そうに頷いた。
「ウフフ、わかったわ」
ゾロはゾロなりに、自分の身の振り方を決めたらしい。
は腕を組んだ。
では、私はどうするべきだろうか。
答えはすぐには出そうにない。ひとまずゾロの成り行きを伺ってみようと、
ヒヒたちの元へと向かうゾロの背中を、は追ったのだった。
※
とゾロ、そしてペローナが古城に再び足を踏み入れたのは、
新聞のメッセージを読み取ってから半日もした頃だっただろうか。
くつろいだ様子のミホークの前に歩み寄ると、
ゾロは手を床について頭を下げた。
「頼む・・・おれに剣を教えてくれ!!!」
突然の嘆願に、ミホークは興ざめしたように息を吐いた。
「見損なったぞ、ロロノア。
お前は敵に教えを乞おうと言うのか・・・恥を知れ」
しかし、ゾロはそれでも頭を下げ続ける。
傷口からは血が溢れていた。
「出て行け、つまらん男に用はない。
おれはお前を過大評価していたようだ」
そこには心なしか残念そうな色が見える。
見苦しい、と言い捨てたミホークに、ゾロは奥歯を噛み締めた。
は黙って成り行きを見守っている。
「強くなりてェ・・・!!!」
「ヒヒにやられて海へも出られず、
逃げ帰ってくるような男に教えることは何もない」
唸るように叫んだゾロへの言葉は厳しいものだった。
だが、ゾロは構わずに言った。
「ヒヒなら倒した」
ミホークは顔を上げた。
そこには驚嘆が浮かんでいる。
「あとはお前の首だけだ」
ミホークはに目を配らせた。
は首を横に振る。
「私は手助けしなかったわ。ゾロ一人でやったことよ。
・・・状況が変わったの」
「だが、今お前に勝てるとつけあがるほど、おれはバカじゃねぇ・・・!」
ミホークは怪訝そうに眉を顰めた。
理屈がわからないと思ったのだろう。
「わからんな、おれをまだ敵と見定めていて、
なぜおれに頭を下げ、教えを乞う? なんの為に?」
ゾロは顔を上げた。
野生の獣のように、鋭い目つきでミホークを睨んでいる。
「お前を超える為・・・!!!」
ミホークは一度目を瞬くと、やがて腹を抱えて笑い出した。
「ハッハッハッハッハ・・・!
おれの首を狙う剣士を、おれの手で育てろと言うのか!?」
ゾロは黙って答えを待っている。
ミホークは笑いをかみ殺しながら続けて言った。
「おかしな奴だ・・・!
フフ、馬鹿馬鹿しい見映えのせん行為に変わりはないぞ」
ゾロ本人にも自覚がないわけではないだろう。
見守っているも不安そうだった。
だが、ミホークは笑みを浮かべたまま、ゾロを見る。
「・・・どうやら野心に勝るものを見つけたようだな」
ゾロはその言葉に息を飲んだ。
ミホークはペローナに声をかける。
「おい、ゴースト娘、あいつの手当てをしろ」
「むっ!? 私に命令するな!!」
ペローナはイライラと眉を顰めるがミホークは気に留めるそぶりがない。
ペローナは仕方なしにゾロのそばに近寄っている。
「稽古は傷が治ってからだ」
ミホークの言葉に、ゾロの顔に安堵と喜色がよぎった。
も胸の前で手を組み、喜んでいる。
「良かったわね、ゾロ!!!」
その笑みは、生きている人間となんの遜色もないものだった。
ふわふわと浮かぶに目をやったミホークは、
軽く目を眇めてを呼び止める。
「”記憶喪失の幽霊”」
「え、私!? なんでしょう?」
は慌てている。何か粗相でもしたのだろうか?と不安そうだ。
ミホークはそうではない、と首を横に振る。
「言ったはずだ、『三者三様に伝えるべきことがある』と」
は瞬いた。
自己紹介を経てミホークは確かに、そう言っていたことを思い出したのだ。
「ロロノアとゴースト娘にはそれぞれ船長の現状を伝えた。
それとは別に、おれはお前に伝えるべきことがある。
お前が記憶喪失だと言うのなら、なおさらな」
ゾロは訝しげにを見た。
ミホークと知り合いなようには見えなかったからだ。
もゾロに首を横に振って、何が何だかわからない、という顔をする。
ミホークはしばらく床に目を落とした。
思案するような仕草だった。
「・・・まずその前に一つ、聞いておこう。
どうも腑に落ちないのだが、」
ミホークはに二つ名にもなっている鋭い眼差しを向けた。
は息を飲む。
「お前、本当に死んでいるのか?」