幽霊と人魚姫


城に入った瞬間、
ネプチューンはつかつかと歩み寄ってきた大臣達に猛烈に怒られていた。

「まったく!あなたという人は!
 ご自分の立場を考えずまた勝手に城外へ!護衛も連れず下界に下りるなど言語道断!
 何かが起きてからでは遅いのです!
 今この国がどういう情勢にあるのか、あなたは理解しているのですか!?」

「かなわんわー・・・」

タツノオトシゴの人魚である右大臣は矢のように王を諌める言葉を投げつけ、
ナマズの人魚である左大臣は長いひげを撫でながら呆れたそぶりを隠しもしない。

「・・・はい・・・はい・・・。
 ・・・以後気をつけるんじゃもん・・・」

しゅーんと大きな背中を丸めているネプチューンにが苦笑していると、
ルフィがフラフラと歩き出しているのに気がついて、声をかけた。

「ルフィ、どこに行くの?」
「いやー、美味そうなメシの匂いがするからよ、
 もじゃもじゃのおっさんが怒られてんなら、先に宴会場行って待ってようかと思って」

は腕を組んで首を傾げる。

「まぁ、あの大臣さんはお話が長そうな人だったけど・・・、
 ここ、お城なのだし、あんまり出歩いていいものじゃないと思うわ」
「お前も出歩いてるじゃねェか」
「・・・それもそうね」

ルフィの後を着いて歩き、通された玄関ホールからは随分離れてしまった。
ここでルフィを置いて戻るのも変だと思ったはルフィについていくことにする。
非礼は後から詫びればいいだろう。

そう決めたには構わず、ルフィは食欲と嗅覚の赴くがまま、城を練り歩いていた。

「あ、匂いが消えた!! さてはあの扉の中か?!
 もしかしてここが宴会の会場かな? ゾロが先に来てるって言ってただろ」

たどり着いたのは巨大な扉の前だった。
扉を指差して笑うルフィに、は扉を見上げた。

「・・・でもなんと言うか、雰囲気が、宴会場って感じじゃないわよ?」

扉には斧や大剣が突き刺さり、壁も相当頑丈そうだ。
中にはルフィやほどの背丈の武器も見える。

「まるでインペルダウンの壁だ!一体どれほど美味いものが中に!?」

ルフィは扉を勝手に開き、中に飛び込んでいった。

「あっ、ルフィ!」

も慌てて後を追う。
部屋の中の明かりは消えていて、ゾロの姿も見えない。

「真っ暗だわ、宴会場じゃなさそうね」
「じゃ、ここ食料庫かな? まぁいいや、少しもらおう、もう腹の限界だ」

ルフィの声が徐々に遠ざかっていく。
は目が慣れないままあたりを見渡した。

「えええ? 良いのかしら・・・?」
「大丈夫だって、しかし、どこ行ってもサンゴだらけだなこの島は!」

「部屋の中にサンゴがあるの? オブジェか何かかしら。
 それにしても、明かりがなくては何も見えないわ・・・」

ため息をついたと、サンゴらしきものの上に乗って
食料の所まで急ぐルフィの耳に、誰かの声がした。

「きゃ・・・!! 誰かいらっしゃるんですか?!」

パチン、と言う音とともに、部屋の中の明かりがついた。
眩しさに目を覆い、徐々に光に慣れてくると、
声の主人を見ることができた。

「え!?」
「わ?!」

どうやらルフィがいたのはベッドの上だったようだ。
瞳を潤ませてルフィとを睨むのは、巨大で美しい人魚だった。

「人の体の上で何をなさっているのですか?!
 どちら様でいらっしゃるんですか、あなた方は!」

「なんだー!でっけー人間、いや、人魚だったのかー!」
「ネプチューン王も大きい人魚だったけれど、それ以上ね・・・」

ルフィとが人魚を見上げると、彼女はキッと眦をつり上げる。

「あ、あなた方もわたくしの命を取りに来たのですね!?
 ですけど怖くなんかありませんよっ!
 わたくしはネプチューンの娘なんですからねっ、怖くなんか・・・」

しかし人魚は大粒の涙をこぼし、泣き叫び始めた。

「うえーん! 誰かーっ! お父様、お兄様ー!!!」
「おいおい、おれ達何もしてねェだろっ!?」

困った、と頭を掻くルフィを見て、は人魚に近寄った。
勝手に人魚の寝室に入ってしまったし、
どうも怖がらせてしまったようだ。

ふわふわと空中に浮かび、人魚と目を合わせる。

「あ、あの、お話だけでも聞いてくれないかしら、
 私たち、あなたの命を狙ったりとかは・・・」
「!」

人魚はを見て一度泣くのを止めた。
これは話を聞いてくれるのではないだろうか、と笑顔を向けるとは対照的に、
人魚は震える指先でを指差した。

「なぜあなた様は空中に浮いてらっしゃるんですか?!
 か、体がお透けになられているのですか?!
 それに、足も・・・!?」
「ええ、私、幽霊だから足はないの」

あっけらかんと言い放ったに、ルフィは「あ、」と口を開けた。

「・・・?! うわああああん!!! 怖いー!!!」

先ほどよりもよほど大きな声で泣き出してしまった人魚を見て、
は困ったように眉を顰め、すごすごとルフィの隣に戻った。

「状況を悪化させてしまったわ・・・」
「何やってんだよ、!」
「ごめんなさい、ルフィ・・・」

謝ると焦るルフィに、人魚は涙ながらに助けを呼び始める。

「人間と幽霊の方がわたくしの命を取りにお部屋の中にいらっしゃっておられます〜っ!」

「うるせェし、参ったなぁ・・・、おれはただの食い物貰おうと思った海賊だよ!!」
「それはそれでどうなのかしら?! と、とにかく、命なんて取ろうと思ってないわ!」

ルフィは耳を塞ぎながら、はルフィの正直すぎる言葉に困惑しながらも
誤解を解こうと必死だ。
しかし人魚は泣き止む気配がない。

どうするべきかが考えあぐねていた、そんな時だった。
風を切るような音がした。

ルフィがわずかに開けたままにしていた扉の隙間から、
ものすごいスピードで斧が入って来たのだ。

「危ない!」

が思わず叫ぶとルフィは飛び上がり、
斧を掴むと投げ返した。ベッドの端に斧が刺さり、その動きを止める。

「何で斧が? どこから飛んで来た?」
「もしかして、扉に刺さってた剣とか、斧って・・・」

は呟きながら人魚を見上げる。
青ざめた人魚は呆然としている様子だ。

すぐに足音が聞こえてきた。
それから、誰かを心配するような声も。

「しらほし姫!!! ご無事でありますかァ!? どこかお怪我は!?」

その声を聞いてしらほしは我に返り、ルフィを掴んで自分の体の影に隠した。
もその様子を見て、しらほしの影に隠れる。

「うわ、急に何すんだお前!」
「ルフィ、今は彼女に従いましょう。
 ・・・多分私たち、勝手に入ったらまずい部屋に入ってしまったのだわ」
「んん?」

ヒソヒソと囁くに、ルフィは頭に疑問符を浮かべながらも、
とりあえず大人しくしておくことに決めたらしい。

しらほしの部屋に入ってきたのは警備隊と右大臣だった。

開いたままの扉を見て、そして先ほどまでのしらほしの泣き声を聞いて、
心配したのだと右大臣が言い募る。

ルフィを掴んだまま、しらほしはなんでもないと話を濁した。
も体を透けさせて、状況を伺う。

「何事もなければ、まァ良いのですが、
 ・・・ああ、そうだ、少しお耳に入れておかねばならないことが」

右大臣曰く、メガロを助けた麦わらの一味に、
人魚の娘たちを攫った疑いがあること、
そしてマダム・シャーリーの占いによって
ルフィが”未来の不確定危険人物”と認められてしまったことから、
一味全員を城の牢獄に幽閉することが決定したのだという。

ルフィと以外は既に捕まっているだろうと右大臣はしらほしに告げる。
右大臣はやけに時計を気にしながら足早にしらほし姫の部屋を出て行った。

落ち着いたところでは腕を組み、眉を眇める。

「何か・・・誤解が生じているみたいね」

しらほしはルフィを手のひらに乗せると軽く頭を下げた。

「本当に、ありがとうございました。
 なのにわたくしは大変な非礼を・・・、
 どうかお許しください。メガロの命の恩人があなた様でいらっしゃったとは!
 お名前は、ルフィ様でよろしいのですよね、
 そ、それで、幽霊の、あなた様は・・・」

しらほしは多少怖がるそぶりを見せたが、にきちんと目を合わせて見せた。

よ。あなたは、この国のお姫様だったのね?
 勝手に部屋に入ってしまってごめんなさい」

「はい、ネプチューンの娘、しらほしと申します。
 わたくしも、取り乱してしまい、申しわけありませんでした・・・」

ルフィは近寄ってきたメガロの鼻先を撫でていた。
もそれを見てにこやかに笑っている。
その様子を見て、しらほしは何か思うところがあったらしい。

「ルフィ様と様は、海賊でいらっしゃるので・・・悪いお方なのですか?」

ルフィとは顔を見合わせた。

「どうかしらね? 好き勝手やってるのは確かだけれど」
「おれもわかんねェ、それはお前が決めてくれ」

しらほしはその言葉に驚いた様子だったが、兵士の話を思い出してか、
心配そうなそぶりを見せる。

「お仲間の方々は、我が国の兵士たちに捕まってしまったと、」
「大丈夫だ。お前らじゃあいつらを本当に捕まえるのは無理だ」
「そうねぇ、何しろみんな、恐ろしく強くなってるし」

2年間の修行は一味を大いに成長させた。
おそらく並みの兵士では彼らを倒すことはできないだろう。

「まー、そんなことはいいけどよ、さっきの斧、なんなんだ!?」
「大きな斧だったわ・・・、一体どんな人が投げたのかしら」

それに、一国の姫がこうも堂々と命を狙われるとはどういう状況なのだろう、と
はしらほしを伺った。

「犯人はわかっています・・・バンダー・デッケンというお方で、」
「ええ!?」

は雷が落ちたような衝撃を受けていた。

「な、なぜ!? バンダー・デッケンはあなたに求婚していると聞いているわ!?
 なのに、斧なんか投げて寄越して・・・しかもあんなスピードで!
 一歩間違ったら死んでしまうじゃない!というか殺す気じゃない!
 殺してしまったら結婚できないじゃないの?!
 それともしらほし姫には木こりの趣味でもあるの!?」

「いや、ねェだろ。ちょっと落ち着け、
 あ、オイ、飯があるじゃねェか! もらっていいか!?」
「は、はい。どうぞ・・・」

ルフィも流石に呆れていたが、しらほしのために用意された料理を見つけると
すぐにそれに飛びついた。
しらほしは困惑を露わにしながらも、の疑問に答える。

「デッケン様は結婚をお断りしたわたくしを恨んでおいでなのです」

しらほしの話によると、バンダー・デッケン9世は
”的”と定めたものに、いつ、どんな場所からでも”もの”を当てることができる
マトマトの実の能力者なのだそうだ。
そしてデッケンは今、しらほしの命にその的を定めている。

「ですから、外は危なくて、わたくしはこの”硬殻塔”から一歩も外へ出られないのです」
「!」

の頭に鈍い痛みが走った。
誰かの声がする。

『・・・外はお前の病を悪化させるだろう、治るまでは出るな』

の鼓動が一拍、大きく鳴った。

様?」
「い、いいえ、いつからあなた、ここに?」

こめかみを押さえたは頭を横に振ると、しらほしを見上げた。

「もう、10年になるでしょうか・・・」
「10年も?! そりゃ退屈だな~!」

ルフィはガツガツと料理を平らげながらも、
10年も閉じ込められていると聞いて驚いたようだ。

はしらほしの足に目を落とし、また顔を見上げる。

「・・・あの、失礼なことを聞くけれど、しらほし姫、今、お幾つなの?」
「・・・? 16です」

は絶句した。

「その上、兵士の方達が、ここに居られるお時間は5分とお父様が決めてしまわれて、
 ですから、わたくしのお話相手はメガロだけ・・・大切なお友達なのです」
「それで宴までやってくれるって言ってたのか、やってくれなくなったけど」

ルフィはそう言いながらも食事に夢中だ。
しらほしは好奇心の赴くまま、ルフィを質問責めにしている。
どうやら外の世界に並々ならぬ興味があるらしい。

しかし、モリモリ食べるルフィの頰をつついて、ルフィを怒らせて泣いていた。

ルフィとしてはそこまで強く言ったつもりもなく、
またすぐに泣くしらほしを見て何か考えている。

「でっけーくせに弱虫で泣き虫なんて・・・、
 おれお前嫌いだな~!! あははは」
「え!?」

しらほしはルフィの言葉にいたくショックを受けているようだ。
は腕を組んで眉をあげる。

「ルフィ、勝手に部屋に入ったのに許してくれて、
 おまけに食事まで分けてもらった相手になんてことを言うの・・・。
 だいたい、斧が入ってきたのだってルフィが扉を開けっ放しにしたからじゃない。
 ・・・扉は私が閉めれば良かったかもしれないけど!」
「でもよー・・・」

に諌められてもルフィは発言を撤回するつもりもないらしい。
しらほしは頰を押さえ、パタリとベッドに倒れこんだ。

「そ、そんなひどいお言葉・・・わたくし言われた経験が・・・!
 なんて酷いお方なんでしょう・・・、もうお帰りになられて下さいっ・・・!」

メガロはルフィを威嚇し始めている。しらほしを貶されて怒ったのだ。

そんな中はしらほしになんとも言えない視線を向けていた。

閉じ込められて、話し相手は愛鮫だけの、外の世界に憧れる人魚姫しらほし。
そして、6歳の子供に求婚する、憧れのバンダー・デッケンの子孫。
どれも、にとっては衝撃的な事実だった。

複雑な表情を浮かべるをよそに、
食事を終えたルフィはマイペースにしらほしに声をかける。

「しかし、ここに10年って、逆に病気になりそうだよなァ、
 お前、どっか行きてェとこはねェのか?」

しらほしはルフィを振り返る。

「それは勿論、たくさんございます。ですけど・・・」

「だろうなー。じゃ、ここ出よう! 散歩しよう!
 またなんか飛んできたらおれとがなんとかしてやるよ。
 な! !」

ぽん、と肩を叩かれて、は頷いた。

「ええ、ルフィ。
 ウフフ、それに私、やっぱりバンダー・デッケン9世さんには一度お目にかかりたいわ。
 ・・・色んな意味で」

妙に闘志を燃やすにルフィは不思議そうに首を傾げていた。



しらほしは海の森へ行きたいのだ、とルフィに告げた。

しかし外に出ては行けないと厳命されている以上、カムフラージュが必要だ。
そこでルフィが考えたのがメガロの口にその身を隠すという、
メガロにとっては苦行としか言いようのない方法だった。

そうしないとバレるだろ?とルフィが強引に押し通したのと、
メガロ自身がずっと外に出たがっていた
しらほしのために文字通り体を張ってくれたのである。

竜宮城から離れ、海の森へ向かう最中、しらほしはルフィと楽しげに会話していた。

「もうサメから出ても大丈夫じゃない?」
「い、いえ。わたくしまだこの中の方が・・・」

メガロは涙目だ。
ルフィはメガロの鼻先を撫でて、しらほしに問う。

「どうだ? 10年ぶりの外!」
「・・・ドキドキします、わたくし、とても悪いことをしている気分です」
「そんなことないわよ」
「そうだよ、外出るだけでよー」

ルフィはしらほしの懸念を笑い飛ばした。
眼下に広がる町並みを見て、しらほしは感慨を覚えたのか、一人呟く。

「このようなことを、冒険というのでしょうか」
「あははは、うん。ドキドキすんなら、そりゃ冒険だな」
「そうね!」

も明るく頷いた。

冒険とは、好奇心に満ちた明るい心持ちで行うものだ。
たとえそれが島から島への大冒険ではなくとも、
町並みを歩くことだって、立派な冒険なのだ。



ルフィと、メガロとしらほしが海の森へ向かう途中、
サンゴが丘の海岸ではひと騒動が起きていた。

サンジとチョッパーと大怪我をしたハチが町の住民に取り囲まれている。
どうも人魚誘拐事件の犯人として扱われ、捕まえられそうになっていたようだ。

ルフィも怪我をしたハチが気になって町に降り、ハチの容体を聞こうとした瞬間、
メガロの限界がきたのだろう。しらほしを吐き出してしまったのだ。

状況はますます悪化する。
ただでさえ人魚誘拐事件の犯人と目されていた麦わらの一味。
それがしらほしと居たとなれば、誤解は広がるばかりである。

サンジがしらほしの美しさに石化したのも不味かった。
それに気を取られたハチやチョッパー、ルフィが縄をかけられてしまったのだ。
しかしはというと、

「・・・ねぇ、ところで私も捕まっておくべきかしら」
「くっ、くそ、こいつ、縄がすり抜けちまう・・・!」

魚人の男がに縄をかけようと必死だが、幽霊の体は縄をすり抜けてしまう。
は魚人の男に、思わず気遣わしげな表情を浮かべた。

「お兄さん、虚しくならない?」
「うるせェよ!?」

しらほしは捕まった面々を見てオロオロと視線を彷徨わせながらも、声をあげる。

「あの、違うのです、皆様、ルフィ様と様はわたくしを・・・」

しかし島民たちは聞く耳を持たなかった。
は腕を組み、ここからどうすべきか、考えを巡らせていた。そんな時だった。
ルフィが上空の何かに気がついたようで、声をあげた。

「ん? おい、お前らなんか飛んでくるぞ!」
「何をォ!?つまらんこと言って誤魔化そうったって無駄だ!」

しかし、それは本当に空を飛んでやってきたのだ。

「まさかあれはバンダー・デッケン!?」
「何ですって!?」

が顔を上げた先にいたのは巨大なサンゴに乗るネコザメの魚人。
バンダー・デッケン9世である。

「見ィつけたぞォー! の、ハズだ!!! バホホホ!!!」
「バンダー・デッケン様・・・!!!」
「あの人が・・・!」

片手に手袋を嵌めた、テンガロンハットの男だ。

「答えろ、しらほし! YESならば”死”を免れられる! 
 このおれと、結婚しろォー!!!」

「何度も姫の命を狙った男が性懲りも無く求婚だと!?」
「何考えてんだ、あのストーカー!」

魚人島の島民たちもその言動には怒りを隠せない。
しらほしは少し黙り込んでから、正直な気持ちを言い放った。

「ごめんなさい、タイプじゃないんですっ・・・!」

「そういう問題ー!?」

島民たちがあっけに取られて居る最中、
当のデッケンは凄まじいショックを受けたらしく、
拳は小刻みに震えていた。

「貴様ァ、おれの10年の思いをォー!!!
 踏みにじり誰と結ばれる気だァ!?」

そしてサンゴに隠していた薔薇の刻印の入った斧を両手に取って見せる。

「おれを思わぬお前など、生きているだけ目障りだ。死ね、しらほしィー!」
「お逃げください!しらほし姫ェー!!!」

島民が叫ぶ中、そこに、場違いにも歌が響いた。

「『真実の愛とはなんたるものか 知るべき術はどなたから
 貝の冠 つく杖に 履いてる靴こそ その印』」

黒い霧が辺りを覆う。

「『彼は死んだわ 我が姫よ 彼の行くのは黄泉の国
 額に芝土 かかとに墓石
 高嶺の雪が身を覆い 花と共に棺には 涙の雨が降り注ぐ』」

雛菊、スミレ、ローズマリー、
人々の足元から次々に花々が茂り、そして枯れていく。
いつの間に花束を抱えて怪訝そうな顔をする面々の間を、は通り抜けていく。

バンダー・デッケンもまた、両手に花束を抱えて居ることに気づき、
ぎょっとして手のひらを広げ、花束を取り落としていた。
 
「『棺を運び 皆眠れ おやすみなさい 
 ・・・”オフィーリア”!』」

気がつけば、ルフィらを囲んでいた島民達が眠りこけていた。

、お前・・・!」

ルフィは狐につままれたような面持ちでを見上げていた。
美しい幻も、花束も消え、
デッケンの持っていたはずの斧は落下し、その手元には何もない。

は周囲を確認し、ルフィに向き直った。

「ルフィ、チョッパー、今から私、彼を足止めするわ」
「!」

「皆を連れて逃げてちょうだい。ウフフ。
 私、少々彼と、”お話”がしたくて」
・・・?」

笑っているが、笑っていない。
そんな表情のに、チョッパーはごくりと唾を飲み込んだ。

「なんだ貴様は!? 幽霊なのか!? 邪魔をする気なら・・・」

ナイフを手に取ったデッケンにはにこやかに話しかけた。
その手にはいつの間に手にしていたのかノートとサインペンが握られている。

「ウフフフフッ、お取り込み中失礼するわ。
 サインくださらないかしら!
 バンダー・デッケン9世さん!」

明るい声色で告げられた言葉に、その場は一瞬静まり返ったが、
次の瞬間、一斉にツッコミが入った。

「何ーーー!?」

起きていた一部の島民たちは勿論のこと、
デッケンは思いもよらぬ言葉に目を瞬いていた。

「え、おれの? サインを・・・?」
「いろいろお話お伺いしたいわ! お茶でもいかが?」

敵だと思ったらお茶に誘われている。
デッケンは状況を理解できぬまま、笑うに頷いていた。

「お、おお・・・?」
「決まりね! ウフフフフッ!」

クスクス笑うと頭に疑問符を浮かべ立ち尽くすデッケンを見て、
我に返ったのはルフィたちだ。

「よしっ、があいつを足止めしてるうちに行くぞ! サンジはどうした!?」
「おっおう、さっきちょっと石になってて・・・今は意識あるし幸せそうだ!」

メガロを起こし、ルフィとしらほし、チョッパーと幸福に浸るサンジ、ハチは海の森へと向かう。
状況に流されるままだったデッケンはハッと我に返り、
ニコニコと笑うを見てから、顎に手を当てて呟いた。

「これが・・・モテ期?」

デッケンは知らない。
この後との”お茶会”にて、どんな目に遭うのかを。