お伽話の野望


は皆の集まる研究室へと顔を出した。

「考えはまとまったか?」
「ええ、大体は」

フランキーの問いには頷いた。
いつの間にか、ローもと同じ頃に研究室に移動している。
壁に背をつけ、腕を組みながらの出した結論を待っていた。

そして、装いを変えたに、ヴェルゴとロシナンテは息を飲んでいる。

、お前、その格好」

「ウフフ、やっぱり今の私にはこの服がふさわしいと思って。
 懐かしいでしょう?」

ロシナンテは小さく頷いた。
ははにかむように笑うと、ロシナンテのそばにいたルフィに歩み寄る。

「お、! 今おれ、ドジ男のこと仲間にしようとしてんだけど、ドジ男のやつ全然、」
「ルフィ」

はルフィの手を取った。
ルフィは口を閉じての顔を見上げ、パチクリと目を瞬いている。

「あなたは2年前、名前も素性も、常識さえ全然わかっていなかった幽霊の私を、
 仲間に入れてくれたわね。私とっても嬉しかったの。
 あなたは自由で、生き生きしてて、誰より素敵な海賊だった。
 一味の皆もそう。航海はトラブル続きでもいつも楽しくて・・・。
 あなたたちの仲間になれたことが本当に幸せだったわ、ありがとう」

・・・?」

チョッパーがの口ぶりに、不安そうに呼びかけた。
ルフィは黙って、の言葉を待っている。
は深く息を吐き、そしてルフィと視線を合わせた。

「でも、残念だけど、ここでお別れ」

さん!? どうしてですか!?」

ブルックが声を荒げる。
は一度眉を顰め、首を横に振った。

「私、ドフラミンゴを止めなきゃいけないの」

「なら、お手伝いしますよ!」
「そうだ、水臭ェぞ、!」

ブルックやフランキーの言葉に、は微笑んだ。

「だめよ、血で汚れるのは私で十分。
 ・・・あの首を刎ね飛ばすのは、他の誰でもなく、私でなくては」

誰かが息を飲んだ。
はルフィの手を取ったまま俯いて、呟く。

「ルフィ、ドフラミンゴは、・・・私の一番上の兄はね、
 子供達や茶ひげさん達に酷いことをする科学者のボスで、悪い人なの」

「うん」

ルフィは頷いた。は掴んだ手に力を込める。

「昔から、悪い人なの。もう、何人も手にかけてる。
 乳飲み子も、老人も、男でも、女でも、”家族”でさえ」

ロシナンテがを痛ましいものを見るように見つめていた。
は、眉を顰めた。

「人の物を奪って、人の頭を踏みつけて笑う人なの。
 人間の心の弱さを誰よりも知っている癖に、つけ込んで抉ることのできる人なの。
 平気で、嘘を吐ける人なの」

の声は震えている。

「・・・私達が、そうさせてしまったの!」

ルフィはの手を握り返した。
はそれに叱咤されるように顔をあげた。
涙がもう少しで溢れそうだったが、何とか堪えている。

「だから、兄がたとえ、どれほどの悪人でも、どれほど残酷な人でも、
 私はドフィ兄さんを嫌いにはなれない。
 家族だから、家族で居たかったから、・・・愛しているから」

は唇を一度真一文字に引き締め、ルフィに向き直った。

「でもだからこそ、許せない。止めなきゃいけない。・・・殺してでも」
「・・・うん」

ルフィは再び頷いた。その目はを強く射抜いている。
は固く目を瞑り、再びルフィと目を合わせた。

「そしたら、きっと一味には迷惑がかかる。ドフラミンゴはカイドウと繋がってるの。
 四皇を敵に回すことになる。だから、」



ルフィはの言葉を遮って、手を掴んだまま、を睨んだ。

「お前、さっきからごちゃごちゃ色々言ってるけど、
 要は兄妹喧嘩だろ?」

「!」

は瞬いた。それどころか、ロシナンテやローも、ルフィの言い草に唖然としている。
ルフィは憮然とした表情でに言い募った。

「なんでそれで一味を抜けるとか抜けねェとか、
 殺すとか殺さねェとか、そういう話になるんだよ」

「だ、だって、だったら尚更!
 これは、私たち兄妹の問題で、みんなに迷惑をかけるわけには、」

慌てふためくに、ルフィは眦を吊り上げた。

「なんだよ、迷惑って」
「え、ええ・・・?」
「お前のかける迷惑で、おれたちが困ると思ってんのか?!」

はぽかんと口を開けて、怒り出したルフィを見ていた。
ルフィはの手を固く握り締め、啖呵を切った。

「バカにするなよ、! おれは海賊王になるんだ! そんでお前はその一味だ!」
 お前のわがままや迷惑で潰れるなら、そんな奴、海賊王にはなれやしねェ!!!」

ルフィの言葉に触発されるように、ブルックが頷いた。

「ヨホホホ、そうですとも。
 私たち、そんなにヤワに見えますか? 特に私なんて骨なのに」

手を広げ、ブルックはスカルジョークでおどけて見せた。

「遅かれ早かれ、この先四皇とはぶつかることになっただろうよ」
「それもそうだ。気に病む必要なんかないさ」
「そうそう! こんなのいつものことだし、迷惑のうちに入らないわよ」

ゾロは腕を組んで、サンジとナミもどうってことはないと笑っている。
チョッパーもコクコクと頷いた。

「おれ、嫌だぞ、が抜けるの! 治療だってまだ途中だ!」

「お前の悪い癖だ、ポジティブなくせに妙に物騒で突拍子がねェのは!
 ちょっとは仲間を信用しろォ!」

「ウソップお前良いこと言うじゃねェか。丸っと同意だ」
「ふふふ、、もう一度よく考えてみて?」

ウソップの言葉にフランキーがしみじみと頷き、ロビンが小さく笑いながらもを宥める。
そして、再びルフィはの手を取って、問いかける。

「お前、本当はどうしたいんだ、?」 

はルフィの目を見ていた。
唇を震わせ、思わず呟く。

「・・・欲しいものがあるの」

 本当に、したかったこと。
 ずっと昔から、たった一つだけ、叶わない我儘があった。

は、少しだけ、出した結論を修正した。
口元に笑みを浮かべる。今度は計算したものではない、心からの笑みを。

「ルフィ、」
「なんだ?」
「少しだけ、頼ってもいいかしら?」
「うん、いいぞ!」

朗らかに笑ったルフィに頷いて、はロシナンテに防音壁を出すように頼んだ。
ロシナンテは鼻を啜りながら、パチンと指を鳴らす。

「もう、ロシー兄さんたら涙もろくなったんじゃないの?」

「誰のぜいだど・・・! 思っでんだよ・・・!」

号泣しているロシナンテに、とローは呆れている。

「コラさん・・・泣きすぎだ」

ロシナンテの相手をローに任せ、
は静かに息を吐くと、ヴェルゴらと海軍に背を向けて、
静かに話し始める。

「私が欲しいのは、”Happily ever after”
 めでたしめでたしで終わる結末」

麦わらの一味と、ロー、ロシナンテは、の話を聞いている最中、
顔色を青くしたり赤くしたりして、最後には皆ため息を吐いた。

「突拍子もねぇことをテメェはよくもまァ・・・」

ゾロは呆れたようにを見やり、ウソップもそれに続いた。

「ゾロの言うとおりだ! お前、なんつー作戦を練るんだよ!?」
「ていうか、私たちにかかる迷惑ってそれ!?」

ナミもこめかみに手を当てて唸っている。
ロシナンテも鼻をかんで、に向き直った。

「・・・、無謀すぎやしないか?」
「ウフフ、ドジっ子なのに潜入任務を一人でしてた、ロシー兄さんには言われたくないわ」

の歯に衣着せぬ言い方に、ロシナンテは言葉に詰まっていた。

「お前言葉に棘あるぞ!?」
「ウフフフフッ」

は面白そうに笑っている。
ローは顎に手を当てた後、に視線を合わせた。

「――勝算はあるのか?」

ローの言葉に、は目を伏せた。

「正直に言えば、分からないわ。13年は長過ぎたのかもしれないし。
 私の作戦には、多少の希望的観測が含まれてるのも確かだし・・・。
 それでも、私はそうしたいの。
 私は絶対、悲劇のヒロインになんかなりたくないもの」

は顔をあげ、顎を引き微笑んで、ルフィへと向き直る。

「”海賊なら、臆する事無く、欲しいものは奪うべき”
 そうでしょう? ルフィ?」

の悪戯っぽい笑みに、ルフィは釣られるように笑った。

「にししししっ、なんか知らんが面白そうだ! やってみよう!」



「じゃあとりあえず、
 どっちにしろドレスローザ国王のドフラミンゴには死んでもらわないといけないから、
 それについての作戦を練りましょう!」

清々しいほど朗らかに笑いながら明るく言い放ったに、
ウソップが突っ込んだ。

「お前・・・明るく言ってるけどよ・・・。とりあえずの話にしては重すぎるだろ・・・」
「ヨホホホホ! デスジョークですね! かなり過激ですが!」

ブルックが笑いながらもを嗜める。
は「そうかしら」と首を傾げた。

「ええと、なら、もっとマイルドに・・・、
 『ドフラミンゴを国王の座から引きずり下ろしてやる作戦』の方が良い?」

「なんでそんな物騒なんだよ!!!
 普通に『ドフラミンゴを止める作戦』で良いだろ!?」

ウソップの突っ込みに、はクスクス笑っている。

「ウフフフフッ、じゃあそれで!」

ロシナンテはこめかみに汗を垂らしながら尋ねた。

「・・・なァ、、お前もしかして家族云々のこと関係なく、めちゃくちゃ怒ってないか?」
「何言ってるのよ、ロシー兄さん」

それはにとっては愚問だった。

「当たり前でしょ、怒ってないわけがないじゃない」

は防音壁越しにシーザーに目を向けながら
パンクハザードで目にしたドフラミンゴの許容した悪事を指折り数え始めた。

「子供を薬漬けにする、大量殺戮兵器を作らせる・・・、人体実験をするような
 最低の科学者を支援しているのよ。普通に最悪だと思うわ」

シーザーは防音壁を通しているからが何を言っているのかはわからなかったようだが、
その一瞥の冷たさには気づいたらしい。不服そうな表情を浮かべていた。

「それがよりにもよって”私の兄”で、しかもそれを商売にしている。
 ・・・随分薄汚いお金で自分の国を潤しているようね、多分他に色々とやりようはあるのに。
 もう怒りを通り越して面白くなってくるわよ。笑っちゃう。ウフフフフッ!」

ロシナンテは口元を引きつらせていた。
あまりに辛辣な口ぶりである。

ルフィは腕を組んでに頷いている。

「よくわかんねェけど、つまり気にくわねェんだな!」
「そう! その通りよルフィ! 全く、気に入らないのよ!!!」

頷きあっている2人に、ロビンが顎に手を当てて言った。

「でも、ちょっと懸念事項が。子供達のことはどうする?」
「あ、それなんだけど、海軍に任せるのはどう?」
「え!?」

ナミの提案に一味の皆は意外そうに声を上げたが、
ウソップを始め、飲み込みが早かった者たちは納得したように頷いた。

「なるほど、確かに、おれたち海賊がでしゃばっても誘拐の罪をなすりつけられるのが関の山だしな」
「そうね。それに・・・あの女海兵さんなら信用できそうな気がする」

「海軍の戦力を割くことにも繋がる。悪くない案だ」

ローの言葉に、は腕を組んで頷いた。

「ロー先生、海兵さんたちの入れ替わりを解くことを条件に脅すこともできるでしょ?」
「ああ・・・スモーカーの心臓も持ってる」

ローが懐から出した心臓に、近くにいたチョッパーがギョッとした様子を見せた。
ロシナンテは頭に疑問符を浮かべ、ローに問いかける。

「え? そうなのか? シーザーに渡してたのは?」
「フェイクだ。馬鹿正直に渡してやるのも癪だったからな」

「お前ら大概物騒だな・・・流石七武海」

ゴクリと唾を飲み込むチョッパーと対照的に、は胸の前で手を叩き、喜んでいる。

「素晴らしいわロー先生!
 交渉材料が多いに越したことはないもの! 使えるものは使わなきゃ!」
「ヨホホ! さん、絶好調ですね!」

ブルックが囃し立て、フランキーがため息をついている。

「なァ、どんどんが危険人物になっていく気がするんだが、気のせいか?」

「気のせいじゃない」とナミとチョッパー、ウソップと言った
一味の常識人の面々がブンブンと首を横に振っていた。

はその様子を笑い飛ばし、宣言する。

「ちょっと今回は飛ばしていくわよ。手段なんか選んでられないわ!
 海軍だって、使いようよ!」

「そんなバカとハサミみてェに言わなくても・・・」
「危ないお嬢さんも素敵だー!」

ウソップが突っ込み、サンジが目をハートにしている。
その様子を面白くなさそうに見つめているローに、ロシナンテが歩み寄った。

「賑やかな海賊団だよな。海賊じゃねェみたいだ」
「コラさん、」
「良いのか? 混ざらなくても。話したいことは山積みだろ?」

ロシナンテの言葉に、ローは目を丸くしてから小さくため息をついた。

「後でいい」
「なんだよ、余裕だな」
「まァな」

腕を組んだまま頷いたローに、ロシナンテは首を傾げた後、ローをジト目で睨んだ。

「おい、お前さっきのとこに行ったよな。
 ・・・何話してた?」
「は?・・・何だって良いだろ、別に」

話題を逸らそうとするローの顔をガッと掴み、
ロシナンテは据わった目のままほとんど唇を動かさずにローを問い詰める。

「吐け。今すぐにだ・・・!」
「コラさんさっきと言ってることが違うぞ!?」
「黙れ。いいか、ロー。おれが百歩譲って許せるのはハグ。ハグまでだ」

真剣な眼差しで告げられた言葉に、ローは呆れ果てていた。

「あんた、おれとを幾つだと思ってんだよ・・・」

話が何となく落ち着いたと思いきや
妙なやり取りをしているロシナンテらに気づいてが声をかけた。

「ちょっとロシー兄さん何してるの!? というか何の話をしてるの?!」
、さっきローと何話してた!?」
「・・・別に、何だって良いでしょ。昔からこんなに過保護だったかしら」

再会してからと言うもの妙に過保護なロシナンテに、
は深いため息を吐いた。先行きが何となく不安になったのである。