死者との通話


でんでん虫は暫く何も答えなかった。
は目を眇め、ドフラミンゴの返答を待った。

でんでん虫は無表情のままだったが、やがて緩やかに口角を上げると、喋り始める。

『いくつか質問がある、答えてくれるな?』
「ええ、もちろん」

『お前は、・・・本当になのか?』
「そうよ。私はドンキホーテ・
 何を話せば信じてもらえるかしら?」

の言葉に、ドフラミンゴは愉快そうに笑った。

『いいや、証明なら必要ない。・・・信じよう。
 騙るにしちゃあ妙な人選だ。
 お前になりすましておれに連絡をとるメリットは、誰にも無い。
 そもそも今じゃ、おれに妹が居ることを知る人間は数える程・・・』

ドフラミンゴは一度言葉を区切る。

『フフ、・・・久しぶりだな、
 おれは生憎、死人からの通話に応えるのは初めてだ。
 ・・・いや、どこかで生きていたと考える方が自然だが、どうだ?
 今までどうしていた?』

はテーブルに目を落とした。

「そうね・・・私にも自分が死人なのか生者なのか問われると、明確に答えることは難しいの。
 私は”幽霊”になってしまったのだから」

ドフラミンゴは驚いたようだった。

『何?』
「悪魔の実を食べたのよ。・・・それに、運悪く記憶を失ってしまった」

のバツの悪そうな言い草に、ドフラミンゴは暫く唖然とした後、
たちまち笑い出した。冗談か何かだと思っているような様子だった。

『フフッ、フッフッフッフ!!! そりゃあ、災難だったな』

はその様子にむっと頰を膨らませて、
ドフラミンゴからの質問に答えた。

「嘘じゃないわ。本当よ。
 11年間、記憶を失くした私は霧の海を彷徨って、2年前に縁あって海賊麦わらの一味に入ったの。
 今まで彼らの仲間として、記憶を取り戻す旅をしてきたわ」

ドフラミンゴは『別に疑ったわけじゃない』と前置きして、
の置かれる状況を徐々に把握してきたと示すように、問いかけた。

『・・・なるほど、ならお前は今、パンクハザードに居るわけだな?
 おれの部下から麦わらの一味がパンクハザードに上陸したことは報告を受けている』

「ええ、その通り・・・しばらく会わない間に王様になったと聞いたので、
 まずご挨拶を、と思って」

とドフラミンゴの通話は研究室に居る全ての人間に聞こえていた。
麦わらの一味も海軍も、捕われたシーザーらでさえ、2人の会話があまりに自然で、
冷静に、その上どこか淡々と進んでいくのを聞いて拍子抜けしていた。

まるで普通の兄妹の会話だ。
暫く連絡を取っていなかった妹からの電話を取った兄のような。

しかし、ローとロシナンテ、そして他ならぬ自身が、
このままいつまでも穏やかな会話を続けていられないことを分かっていた。

『・・・どうやらお前の言い草じゃあ、記憶は取り戻せたらしい。
 フフフ、思い出さねェ方が良かったことの方が多いだろうに。
 何しろ、お前は、・・・いや、この話は止そう。
 ・・・さて』

何か自答するようだったドフラミンゴの声色が変わった。

『このでんでん虫の番号を知っているのは、ヴェルゴと、モネだけだ。
 ・・・お前、今はヴェルゴに代われるような状況じゃねェんだろ?』

「ええ、何しろ彼はバラバラになっているから。・・・ご安心を。生きてはいるわ」

研究室内に再び緊張が漂う。
先ほどまでよりも幾分低い声色で、ドフラミンゴは笑った。

『フフフフフッ、ローだな。手を組んだのか? 自らを死に追いやった人間と』

ローはドフラミンゴの言い草に眉を顰める。
は怪訝そうな顔をして、首を横に振った。

「私を殺したのはロー先生じゃないわ。あれは、」

だが、が何か言いかけるのを遮って、ドフラミンゴは問いかけた。

『なァ、亡霊。今更おれの前に現れて、お前は何がしたい? 何の意味がある?』

『一体何年の月日が流れたと思ってやがる!?』

研究室内が静まり返った。
はでんでん虫が拾わない程度に小さく息を吐き、
そして、笑った。

「ウフフフフフフッ!」

でんでん虫は怪訝そうに口角を下げる。
は繕うように言った。

「13年。記憶を取り戻し、蘇ってみれば子供は大人になるほどの歳月が経っていて、
 置かれる状況はそれぞれに様変わり。
 それなのに私は13年前の出来事が、昨日のことのように思い出せる。
 ・・・覚えてはいないのかしら、最後に私が告げた言葉を」

は受話器を持つ手に力を込めた。
ここからが正念場だと、だけが知っている。

「”妹一人騙し通せない悪人は大成しない”」

ドフラミンゴが通話越しに息を飲んだ。

はふぅ、とわざとらしくため息を吐いた。

「聞けば随分と肩書きが増えたとか。
 ドンキホーテ・ファミリー船長、王下七武海、ドレスローザ国王、
 ・・・新世界の闇のブローカー”JOKER”」

は捕らえられているシーザーを一瞥し、ドフラミンゴを挑発する。
どういう言い方をすればいいのかは、よく分かっていた。

「”自称”天才科学者のシーザー・クラウンとは密な付き合いだそうね?
 家族としては『性質の悪い人たちと付き合うのは止めなさい』って、忠告するべきなのかしら?
 ・・・思春期の息子を持つ母親になった覚えはないんだけど」

「おい、”自称”とはなんだ!? ”自称”とは!?」
「黙れ!!!」
「今お前そんなこと言ってる場合か!?」

ウソップとチョッパーが小声でシーザーを罵り、黙らせにかかる。
研究室内の空気は今や最悪だった。
でんでん虫越しに怒気が伝わってくるような気さえする。

ロシナンテはハラハラとを見守っていた。
このままだと交渉以前の問題である。

『”家族”だと? どのツラを下げて言っている?
 ・・・残念だが、おれの妹は13年前に死んだ。
 「血の繋がりに何の意味もねェ」それをおれに思い知らせて死んだんだ!』

室内に響く怒声に、ローはに声をかけるか否か迷う。
は受話器を持つ手に力を込めているようには見えるが、冷静なままのようだった。

「そうね」

はドフラミンゴに頷いた。

「では、言い方を変えましょうか。・・・気に入らないわ」

研究室内が再び静まり返った。
ドフラミンゴも間を置き、問いただす。

『・・・何だと?』
「聞こえなかったの?『気に入らない』と言ったのよ」

は目を細め、でんでん虫を諭すように告げる。

「私は、あなたが王下七武海であることも、
 ドレスローザ国王であることも、ジョーカーであることも、
 全部気に入らないの。辞めてくれないかしら?」

その言い草に、ドフラミンゴは絶句した。

そして何となくのの計画を知っていたはずの面々も
実際にの言葉を聞いて、こう思わざるを得なかった。

 ワガママにもほどがある――!

「でも、家族としての、”妹としてのお願い”は認めてもらえなかったみたいだから、
 ”海賊”ドンキホーテ・として、取引を申し込むことにするわ」

唖然としていたドフラミンゴだったが、ようやく我に返ったのか、
の申し出に怪訝そうな声を上げる。

『・・・それを、おれが受けると思っているのか』
「ウフフ! 確かに絶対引き受ける必要はないわね。でもこれを聞いて同じことが言えるかしら」
 
受話器から顔を離し、は周囲に声をかける。

「皆、ちょっと伏せてくれる? それか周囲に掴まって!」
「え?」
「いいから!」
「皆、従ったほうがいいぜ・・・」

戸惑う皆に諦観の表情を浮かべたフランキーが忠告する。
は皆が指示に従ったと見ると、受話器を掴んでいた手とは逆の腕を実体化させ、
フランキーに手渡された”ボタン”を押した。

瞬間、爆発音がその場に響く。
研究室が大きく揺れた。

「キャーーーー!?」
「な?! 何が爆発したんだ今!?」
、アンタ何したの!?」

混乱する室内の様子はでんでん虫越しにドフラミンゴにも伝わっているようだった。
は朗らかに笑いながら、受話器を手に取り、ナミの質問に答えた。

「今、SADのタンクを爆破したわ!」

『!?』
「えええええええ?!」

シーザー、ヴェルゴ、モネが唖然とを見上げている。
ウソップがに「ふざけんな!」と声を荒げた

「おまっ、お前そういうのは! やるって言ってからやれよ!!!」
「ごめんなさい、騒ついてないと緊迫感とかが出ないと思って・・・あと、サプライズ的な、」
「バカヤローーー! そんなサプライズがあってたまるかーーー!!!」

ウソップの最もな意見を聞き流しつつ、
は咳払いをして気を取り直すように受話器に顔を向けた。

「さあ! これでシーザーが居なくちゃ、
 カイドウとの取引が上手くいかない状態になっちゃったわね!
 私が嘘を言っていると思うなら映像でんでん虫を用意しているから、ご確認を」

『何のつもりだ!? 悪ふざけにも程があるぞ!?』
「ふざけてないわ。大真面目よ!」

当然のように怒りを露わにするドフラミンゴに、
は静かに告げた。

「あなたの重要な部下であり、大切なビジネスパートナーでもあるシーザー・クラウンの所業もね、
 私全く気に入らないの。だってこの人、自分が何を作ってるのか、全然わかってやしないんだもの」

シーザーは眉を顰めを睨む。
はシーザーに微笑みかけた。

「なぜ、”自分が作った兵器を、敵に利用されたらどうなるか”ってことを、
 この人は考えないのかしら? 道具は持ち主を選べないのに。
 ・・・ねぇ、危機感が足りないとは思わない?」

それはシーザーにも、そしてドフラミンゴにも向けられた言葉だった。
は出来うる限りの冷酷な声色を作り上げ、宣告する。

「私の言うことを聞かないなら、この島にある全ての殺戮兵器を使って、
 シーザー、モネとヴェルゴを爆破してやる」

『いい加減にしろ! 自分が何をしているのか分かっているのか?!』

「・・・いい加減にするのはそっちだわ。私、怒っているのよ。
 まだ私が6歳の女の子だとでも思っているの?」
『・・・何を言っている?』

は受話器を強く握りしめた。

「私に人が殺せないとでもお思いかしら? ハッタリで物を言っているとでも?
 ・・・あなたと同じ血が流れている、この私が!」

その剣幕にドフラミンゴは黙り込んだ。
は目を眇め、問いただす。

「答えを聞かせて。・・・私の申し出を、受けるの? 受けないの?」

しばらくの沈黙の後、苛立ちを押さえ込んだ低い声がに尋ねた。

『人質と引き換えに、何を望む?
 まさか本当に全部辞めろって言うわけじゃねェだろうな?』

「そこまでの無理は言わないわよ。フェアじゃないもの。
 ・・・”王下七武海”の地位を、降りてもらうわ」

は淡々と条件を突きつける。

「リミットは明日の朝刊。七武海脱退が新聞に報じられていれば、こちらから連絡する。
 何もなければ交渉は決裂。単純で明快、シンプルよね。わかりやすいのは良いことだわ」

そして、駄目押しのように、は笑ったのだ。

「ウフフフフッ、あなたが真に優れた王であるなら、こんな申し出、どうってことないわよね?」



受話器を置くと、は俯いて深いため息を吐いた。
こめかみには冷や汗が滲み、受話器を押さえたまま指は微かに震えている。
先ほどまで饒舌にドフラミンゴを挑発していたとは思えないほど、憔悴した様子だ。

「・・・私、憎たらしい感じで喋れてたかしら、上手く挑発できてた?」

が問いかけると一味の面々は頷いた。

「おう、最低最悪のワガママだった」
「バッチリだ。すっげー嫌な奴だったぞ!」
「迫真の演技でした! 迫真すぎて本当に演技だったのか正直疑わしいくらいですよ!」

「あんたらちょっとはオブラートに包みなさいよ!!!」

頷いたゾロとルフィと、の演技を褒めているのか貶しているのか分からないブルックに、
ナミがフォローになっていないフォローを入れている。

「そう、良かった」

小さく笑って気にするそぶりのないに、ロビンが声をかける。

「あそこまでやる必要はあったの?」

は軽く目を細めると、困ったように眉を下げた。

「中途半端なハッタリじゃ、騙されてくれないと思ったの。
 私をまだ、”妹”と思ってくれていたのなら、・・・もう少し、違う方法もあったと思うけど、
 ・・・やっぱりそう、都合良くはいかないものよね」

どうも落ち込んでいる様子だった。
ロシナンテは少し迷うそぶりを見せたが、尋ねる。

、お前、どこまで演技だ?」
「――ウフフ、どこまでだって一緒よ。これでもう、引き返せないんだから」

は顔を上げると、それまで腕を組んだまま成り行きを見守っていた
ローに視線を移した。

「ところで、ロー先生、人質の受け渡しはどこが良いかしら」

「・・・”グリーンビット”が良いだろう。ドレスローザ本島は奴のホームだ。
 無人島のグリーンビットなら、まだ多少、こちらに土地勘がなくても対応できるはず。
 そうだろ、コラさん」

淡々と進むとローの会話に、ロシナンテは軽く瞬くと、頷いてみせる。

「あ、ああ。あそこは闘魚の住処みてェな海流を渡るから人通りもねェし」
「巻き込む人はなるべく少なくしたいものね。そこにするわ」

「・・・」
「スモーカーさん?」

スモーカーがを眺め、何か考えている様子だったのを見て、たしぎが声をかけようとしたが、
それからすぐに出航準備をしようと動き出した一味と海軍らに遮られ、後回しになってしまった。

たしぎがスモーカーの意図を知るのは数時間後、そして、幽霊の真の目的を知るのは数日後のことである。