幽霊の声は忘却の彼方


腹ごしらえも済んだ一同は再び同じテーブルを囲む。
テーブルの上にはドレスローザの地図、そしてパンクハザードの地図が置かれていた。

が地図を睨みながら口を開く。

「とりあえず、パンクハザードは捨てるつもりで動いた方が良いでしょうね。
 さっきざっとシーザーのデスクを確認したけど、
 ・・・ドフラミンゴの署名の入った書類はどこにもなかったわ。
 全てシーザーが単独で動いていると言うことになってたの」

「証拠は隠滅されているってわけか。ずいぶん用心深いんだな・・・」

サンジがの言葉に感想を漏らす。ロシナンテは頷いた。

「闇の仲介人として商売をしているなら、その辺りのことは気を配って当然だ」

「だが、パンクハザードの”SAD”を失い、
 その製造方法を知っているシーザーが居なくなれば、
 ドフラミンゴはカイドウと衝突せざるを得ない」

ローが続け様に言った。は口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。

「交渉するなら、シーザーが鍵になりそうね」

「ヴェルゴとその女はどうするつもりだ?」

スモーカーがヴェルゴとモネを一瞥した後、
作戦を立てる中心人物、とロー、ロシナンテに問いかけた。

質問にはローが答える。

「お前ら海軍は気に入らないだろうが、ヴェルゴとモネは人質として利用させてもらう。
 おそらく、ドフラミンゴはシーザーとこいつらを同列に、
 場合によってはシーザー以上に重要視するはずだ」

横柄に腕を組み、「続けろ」とでも言いたげなスモーカーにローは目を眇め、説明を続けた。

「・・・ドンキホーテ海賊団は”ファミリー”。”血の掟”によって結ばれている組織だ。
 特に七武海になる前からの幹部連中を、ボスであるドフラミンゴは本当の家族同然に扱っている。
 必ず取り戻しに来るだろう」

眉を顰めたスモーカーに、ローは皮肉な笑みを浮かべて見せた。

「まァ、おれは別にヴェルゴを海軍に引き渡しても構わねェが、
 その場合、お前らの軍艦にドフラミンゴが直々に現れることを覚悟しておけ。
 今から応援を呼ぶにしても相手はまだ”七武海”。・・・戦う用意があるんだろうな?」

「・・・なるほど。お前が『政府に縛られていないと言う点では自由に動ける』ってのは
 あながち間違いでもないらしい」

スモーカーは悔しげに奥歯を噛み、に告げる。
は頷いた。

「そう。ドフラミンゴが七武海であることが第一のハードルなの。
 だからドフラミンゴには七武海を辞めてもらうわ」

の口ぶりに、たしぎが訝しむようにシーザー達を見る。

「人質と引き換えに、ですか?・・・ドフラミンゴは乗って来るでしょうか?」
「ウフフフフッ、”乗って来させる”のよ。その辺りは私に任せてもらえると助かるわ」
「・・・そいつは”鉄人”の野郎が今ここに居ないのと関係が?」
「そんなところね」

は笑顔で頷いた。

はフランキーに何か頼み込み、
フランキーはしばらくの問答の後それを引き受けたので、作戦会議からは席を外している。
その時のフランキーの微妙な表情に、その様子をそばで見て居た一味の面々は
「絶対にロクでもないことを企んでいる・・・!」と朗らかに笑うの横顔を見つめていた。

「ドフラミンゴが七武海から降りれば、あとは海軍が普通に動ける。ドレスローザは政府加盟国だ。
 七武海じゃなくなったただの海賊が、国を治めることは認められてないだろ?」

ロシナンテの言葉に、スモーカーとたしぎは納得したようだった。
はドレスローザの地図の上に指を這わせる。

「私の目的はドフラミンゴを殺すこと。
 混乱に乗じて積極的に首は狙っていくから、捕まえたいなら機会は逃さないようにね、海兵さん」
「・・・」

スモーカーとたしぎは釘を刺されて微妙な表情を浮かべた。
は構わずに次の段階へと話を進める。

「それから、人造悪魔の実”SMILE”工場の破壊ね」
「これに手を出せば”百獣のカイドウ”が敵に回るが、いいな?」

ローがルフィに向かって問いかける。
ルフィは歯を見せて笑って見せた。

「ああ! どのみち四皇はおれが全員倒すつもりだったし!」
「!」

ルフィの発言に海軍を始め、拘束されたヴェルゴ達も胡乱げにルフィを眺めた。
ローは眉を顰める。

「・・・ナメすぎだろ。おい、、こいつが船長で大丈夫か?
 なんならウチの船に乗っても、」
「なんだとォ!? ダメだ! はおれの仲間だ!!!」

唐突に勧誘を始めたローとそれに怒り出すルフィに、
は冷たい声色でぴしゃりと言い放った。

「ロー先生、ルフィ、話が逸れてる」

「・・・わかった」
「すまん・・・」

船長2人はおとなしく引き下がる。

「SMILE工場を破壊できればドフラミンゴは完璧に立場を失くすんだが、
 ・・・実は工場の場所は特定できてないんだ。そこだけは情報を得られなかった」

「敵の大切な工場でしょ? 何か秘密があるのかもね」

気を取り直してのロシナンテの言葉に、ナミも口元に手を当てて考えるような仕草を見せた。

「現地での情報収集が必要になるんじゃないかしら?
 どんな国なの? ドレスローザって」

ロビンが問いかけると、ロシナンテが島の地図を見つめ答える。

「島の外周は岸壁に覆われている。図らずも天然の要塞のような島だ。
 国は本島と小島”グリーンビット”で構成されてる。
 有名なのは花畑、ドレスローザ料理、伝統舞踊と、--生きたオモチャだ」

「生きたオモチャ、ですか?」

ブルックが不思議そうに首を傾げる。

「ああ、人間同様に生活するオモチャがドレスローザでは有名なんだ。
 多分、これに関しては口で説明するよりも見た方が早い」

ロシナンテの説明を聞いて、は地図に目を落とす。
ある記憶を思い返していた。

『どんな国が良い?』

「・・・」

それは子供の頃の記憶だった。



”もしも自分の王国が持てるなら”
そんな、おままごとのような記憶だ。
あばら屋でボロボロの毛布を分け合った時の、会話の一つ。

『ぼくは、おもちゃが沢山ある国が良いなぁ、
 積み木や、人形、ぬいぐるみとか』
『ウフフッ、楽しそう!』

幼い頃のロシナンテが空想する王国に、が歓声をあげた。
ロシナンテがはにかむようにクスクス笑い、に問いかける。

は?』
『そうね、お花が綺麗な国が良いわ!
 いろんな種類のお花畑があるの。二人には王冠を作ってあげる!』
『フッフッフッ、楽しみだ』

ドフラミンゴがの頭を撫でた。
がそれにくすぐったそうに笑うと、ドフラミンゴへ問いかける。

『ドフィお兄さまはどんな国を作る?』

ドフラミンゴは少し間を置くと、自信満々に言った。

『じゃあおれは、食べ物にも金にも困らない国が良いな。
 それから、楽しい国だ。
 お前達の夢見た全部があるんだ』
『楽しい国?』
『全部?』

不思議そうに首を傾げるロシナンテとに頷いて、
ドフラミンゴはあばら屋の隙間から覗く星明かりへと手を伸ばす。

『おもちゃも沢山あって、花畑もある国だ。
 いつも音楽が鳴ってて、みんな踊ったり、歌ったりするんだえ』
『ウフフフッ、素敵!』
『夢の国だね!』

喜ぶとロシナンテに、ドフラミンゴは機嫌良く笑った。

『フッフッフ! 、お前はその国のお姫様にしてやる。
 ロシーは大臣だ』
『王様はドフィがなるの?』

ロシナンテが問うと、ドフラミンゴは頷いた。

『当然だろ』



「・・・、本当に、作り上げてしまったの?」

は小さく呟いた。
きっと昔のことで、ロシナンテは覚えていないだろう。
だけが覚えている。いや、もしかするとドフラミンゴも。

感傷を振り切るようには顔を上げると、ロシナンテに問いかけた。

「その、生きているオモチャと言うのは、ドレスローザ固有の生き物なの?」
「え?」

ロシナンテはの質問に、目を瞬かせた。

「あ、いや。・・・おれもそこまで気にしてなかったんだが、
 ・・・”生きているオモチャ”とだけ聞いている。
 ただ、ドレスローザには”妖精”の伝説があるから、
 もしかするとそれがオモチャのことを指しているのかもとは、思っていたんだが・・・」

どうも歯切れの悪いロシナンテに、は口元に手を当てて考えるそぶりを見せる。
ブルックがそれを見て声をかけた。

「お嬢さん、何か引っかかっているようですね?」
「ええ・・・”妖精”と”生きたオモチャ”と言うのは、どうも少し違うものに思えるし、」
「言われてみると、確かにそうだな」

ウソップが腕を組んで頷いた。
は周囲をぐるりと見渡した。
引っ掛かりを取り除くヒントを、すでに自身が持っているような気がしたのだ。

そして、は拘束されたまま俯くモネに目を止め、それからローへと視線を移した。
耳元で天啓のように、記憶が囁く。

『グランドラインにおいて、伝承の怪物や妖怪の正体は
 ”悪魔の実を食べた人間”であることが多い』

「・・・! そう、そうだわ、悪魔の実!」

閃きに声をあげたに、周囲の目が集まった。

「『伝承の怪物や妖怪の正体は、”悪魔の実を食べた人間”であることが多い』
 パンクハザードでは違ったわ!
 ケンタウロスやハーピーは・・・ロー先生のオペオペの実での治療や移植で生まれた」

ロシナンテがの言葉に異を唱える。

「オモチャも悪魔の実の能力者だって言うのか?
 だが生活するオモチャは一人や二人じゃないって聞くぞ」

はロシナンテに向き直った。

「悪魔の実の能力が”オモチャを操る力”だったらどう?」

「!」

その場にいた皆が息を飲んだ。
は思いついた可能性を羅列するように言い募る。

「オモチャに魂を吹き込む、生き物をオモチャの姿に変化させる、
 ・・・色々と考えられるけど、もしも生活するオモチャが悪魔の実の能力の”副産物”だった場合は、
 能力者を叩いておいて損はないはずよ。おそらく、ドンキホーテ海賊団の一員だろうから」

「なんでそう言い切れるんです?」

たしぎの訝しむような視線にも、は指を立てて言った。

「ドフラミンゴに有用な使い道が色々と考えられるからよ。
 もしもオモチャを操る能力者なら、オモチャは能力者の下僕も同然。
 魂を吹き込むような能力者だった場合、オモチャを国中に配置すれば監視の役目を果たせるし、
 戦闘員として使い勝手がいいでしょう。
 そして、もしも生き物をオモチャの姿の形に変化させることができるなら・・・」

「ドフラミンゴにとって都合の悪い人間をオモチャに変えて支配するだろうな」

ローが「ドフラミンゴの考えそうなことだ」との言葉に納得するように頷いている。

スモーカーはの言葉に何か考えるそぶりを見せていたが、
意を決したように、顔を上げた。

「幽霊、魂を吹き込む能力者って線はないだろう。
 四皇、ビッグマムが”ソルソルの実”の能力者だ。
 お前の予想通り、万物に魂を吹き込む力を持っている」
「!」

四皇。グランドライン新世界に轟く大海賊の一人ビッグマムだが、
その能力についても広く知られている。
スモーカーは葉巻の煙を燻らせながら、拘束されているヴェルゴを一瞥すると、
さらに続けた。

「だが、後者の予想はおそらくアタリだ。ドレスローザ周辺では妙に”行方不明者”が多い。
 その上、・・・ドレスローザの関係者の書類には存在しない人間の名前が
 羅列されていることも日常茶飯事だ」

「・・・なんだと?」

ロシナンテが眉を顰めている。
スモーカーは「海軍内部で留めている事項だ。外海から調べるのは困難だろう」と
ロシナンテににべもなく言い放つ。

「行方不明者の探索についてはドフラミンゴに ”王下七武海”の権力で握り潰された。
 たまに答えが返ってきても『鋭意捜索中』あるいは『死亡』だ。

七武海の支配するドレスローザでは海軍の力が通用しないと言うことである。
たしぎが悔しそうに拳を握りしめていた。

ロビンが口元に手を這わせ、呟いた。
 
「では存在しない人間の名前というのは、オモチャの能力者と何か、関係があるのかしら」
「・・・さァな。だが互いに気をつけて損はねェはずだ」

「結局これも、現地での情報を得た方が良さそうだな」

ロシナンテは深く息を吐いた。

机上でこのまま議論を続けても、オモチャの正体は暴けそうにない。
だが、敵にも味方にも回る可能性ということを留意できたという点では、
この議論も無駄ではないだろう。

「おれとしては妖精も気になるところだが。
 オモチャにしても、妖精にしても、味方につけられればそれが一番とはいえ、
 敵になる可能性の方が高いと思っていた方がいいだろう。
 ・・・何しろ、ドフラミンゴの国だしな」

ロシナンテの言葉にテーブルが静まり返った。

「それから、海楼石の錠を非能力者は持っておいた方がいい」
「ああ、ドンキホーテ海賊団の幹部以上の人間は、ほとんどが能力者だ」
「マジかよ・・・」

ローとロシナンテの忠告に、ウソップは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
能力者相手の戦闘はこれまでも何度も経験があるが、
一筋縄でいくような相手は誰一人としていなかった。
先行きが不安である。

「とりあえずの方針をまとめるぞ」

ロシナンテがくわえ煙草のまま、に向き直った。

「まずおれたちはドフラミンゴの”王下七武海”の地位撤廃を目標に動く。
 これはシーザーらを人質に交換条件として提示。
 ・・・交渉はが行う」

「ウフフ、作戦の成功率を上げるためには、できるだけドフラミンゴから冷静さを奪うべき。
 死人からの電話には、流石のドフラミンゴもちょっとはびっくりするんじゃないかしら!」

の冗談めかしたコメントに、ウソップとチョッパーは微妙な表情を浮かべていた。

「ちょっとびっくりとか言う騒ぎじゃねェと思うぞ・・・」
「・・・おれなら叫ぶ」

ローがドレスローザの地図を指差して、さらに続けた。

「ドレスローザに着いたらSMILE工場を破壊。工場については現地での情報収集が必須だ。
 オモチャと妖精については各自留意しておけ、味方になりそうなら引き込んで、
 敵になりそうなら蹴散らせばいい」

「ウフフ、とりあえず、ドレスローザをなるべく混乱させましょう。
 混乱に乗じて首を落とすわ。そしたらドレスローザ支配も終わると思う。
 ロシー兄さんとロー先生からの話を聞く限り、ドフラミンゴの代わりになる人間は
 ドンキホーテ海賊団の中には居ないから。
 海兵さんたちは、私が殺すより先にドフラミンゴを捕まえられるように頑張ってちょうだい」
 
「・・・」

スモーカーはを訝しむように見ている。
は拘束されているシーザーに向けて微笑みかけた。

「ちなみにこの作戦だけど、成功率はそれなりに高いと思うの。
 シーザーを失ったら本当に立場がなくなるし、カイドウが敵に回るわけだから。
 でも・・・、万が一ドフラミンゴが言うことを聞かなかった場合だけど。
 シーザー、あなたの命は無いものと思ってね」

シーザーはこめかみに汗を滲ませながら悪態を吐いた。

「・・・お前、そんなことしたらドフラミンゴに殺されるぞ」
「そうね、多分そうなるわね、・・・私が一人だったなら」

はルフィと目を合わせた。
ルフィは頷き、ローがその様子を面白くなさそうに見ていた。

「殺させやしねェよ。安心しろ!」
「・・・同じくだ」

はそれに嬉しそうに微笑むと、手を広げておどけて見せた。

「ウフフフフ、それに、幽霊を殺すのは結構大変だと思うわ! もう私、すでに死んでるんですもの!」
「ヨホホホホ! お嬢さん、相変わらずお上手です!」

拍手するブルックと笑うを見て、ロシナンテは目尻に指を這わせた。

「なんか暫く見ねェうちに、明るくなったよなァ・・・!」
「アレは明るいっつーか、ブラックジョークだと思うんだが、良いのか?」

ウソップの力のない突っ込みがロシナンテに入ったが、
ロシナンテの耳に入っている様子はなかった。



一人席を外していたフランキーが研究室に戻ってきて、に何かを手渡した。
その表情はあまり明るくはない。

「・・・なァ、本気でこれを使う気か?」
「ええ、話の成り行きにもよるけど、多分使うことになると思う」

の肯定に、フランキーは深いため息をこぼす。

「おれとしちゃぁ、あんまり勧めたくはないんだけどよ。
 ルフィもお前に好きにやらせて見ろっていうから、とりあえず渡すが、良いんだな?」
「ええ」

頷いたに、もう言うことはないとフランキーは腕を組んで、
その場を離れた。

「さて・・・いよいよだわ」

ドフラミンゴへと繋がる番号はすでにヴェルゴから聞き出していた。
はヴェルゴの持っていたでんでん虫をテーブルの真ん中に置くと、
その腕を実体化してダイヤルを回し、受話器に手を伸ばした。

指先は小さく震えていたが、一度拳を握り、離すと震えは止まっている。

「笑え、煙に巻け」

小さく呟いて、は受話器をとった。
幾度目かのコール音の後、通話が始まる。

『ヴェルゴか? 首尾はどうだ? ・・・お前にしちゃあ、随分時間がかかったようだが』

笑いを含ませた声がパンクハザードの研究室内に響く。
はしばしの沈黙の後、語りかけた。

「いいえ、残念だけれど、私はヴェルゴではないのよ」

通話越しの相手が黙る。笑っていたでんでん虫が口角を下げた。
緊張感が研究室の空気を凍らせたようだ。

『・・・誰だ、お前は』
「ウフフフフッ! 私の声を、お忘れですか?」

不自然なほどに明るい声色を作り、は目を細める。
通話越しの相手が息を飲んだ。

もうすでに、駆け引きは始まっている。
は受話器を持つ手に力を込めると、
相手が抱いているであろう疑念を確信へ至らしめるために、
こう呼んだのだ。

「ドフラミンゴ・・・”お兄さま”」