ビロードリボンの夜


お姉様に会わせてください」

ヴィオラは何度も嘆願を繰り返してきたが、ドフラミンゴはそれを聞き入れることはなかった。

ギロギロの実の能力を遺憾なく発揮し、
ドンキホーテ・ファミリーとしてようやく様になってきていたヴィオラが、
任務の報告の際に決まり文句のように告げた言葉に、ドフラミンゴは眉を上げる。

「フフフッ、顔なら毎日食事の席で合わせてるだろう?
 その時話せばいいじゃねェか」
「・・・話しにくいのだけど」

ドンキホーテ・ファミリーの幹部たちは、任務に出ているとか、
仕事が押しているとか、そういう理由がなければ概ね食事を共にする。

姉妹の会話にはファミリーの面々が注目するので、ヴィオラのしたい話はできなかった。

ヴィオラは新聞に描かれた顛末の真相を確かめたかったのだ。

もし、ドフラミンゴにが無理矢理従わされているのであれば、
こうしている間もドレスローザをドフラミンゴの支配から救う方法を考えているのかもしれない。
なら、ヴィオラはに協力するべきだ。そう考えていた。

もし、新聞に書かれていたことが”事実”で、ドフラミンゴをが心底愛しているが故に、
ドレスローザを差し出したのなら。・・・その時は、ヴィオラ一人で動かなくてはならない。

厳しい表情を浮かべるヴィオラを、ドフラミンゴは鼻で笑った。
ヴィオラの考えていることなど、ドフラミンゴにはお見通しなのだろう。

「お前は姉と違って感情的だな”ヴァイオレット”」
お姉様は昔から表情の乏しい方だけど、無感動な訳ではないわよ、”ドフィ”」

ドフラミンゴの口元から笑みが消えた。

ヴィオラが食事の席で耳にするとドフラミンゴの会話は
挑発する、あるいは口説くようなそぶりを見せるドフラミンゴを
が淡々とあしらう、と言う流れが大半だった。

大恋愛の末に結ばれた夫婦の会話にしてはどこか奇妙ではあったが、
王国を乗っ取られ、身内を殺されて無理矢理に夫婦となったにしてはあまりに自然すぎる。

ドフラミンゴはヴィオラの言葉に何か考えるそぶりをすると、
再びいつも通りの笑みを浮かべた。

「・・・わかった。会わせてやろう。
 今日の夜の十時過ぎなら、多忙な妻も部屋にいるはずだ」
「!」

ヴィオラは瞬いた。
まさかドフラミンゴがヴィオラの望みを聞き届けるとは思ってもいなかったのだ。

「本当に・・・、いいの?」

訝しむように眉を顰めたヴィオラに、ドフラミンゴは笑う。

「フッフッフッ! あァ、構わねェさ。
 確かに”家族”の団欒の時には聞けねェ話もあるだろうしなァ」

「・・・ありがとう、ございます」

一応の礼を言って去ったヴィオラを見送り、ドフラミンゴは浮かべていた笑みを深めた。

「まァ、その時お前が声をかけられるような状況かは定かじゃねェが」



夕食を終えたは鏡台に向かい、髪を梳かしている。

化学の実験のように、瓶に詰められた水やらクリームやらを丹念に塗り込む様は
ドフラミンゴにとって特に面白くはないが、
や多くの女たちにとってはそうでもないらしい。

何しろが使っていると言うだけで、ばかばかしいほど簡単に商品が売れる。
自身が広告塔なのだ。
が美しければ美しいほどに、その商品は付加価値を得る。

それはドフラミンゴが力を持つことでドレスローザの支配を盤石にし、
治安が結果的に良くなっているのと似ていた。
ドフラミンゴに逆らえばどうなるかわかっているから、庶民は犯罪を犯さない。
ドフラミンゴの地位が確固たるものになればなるほど、ドレスローザはより強大になる。

ドフラミンゴはを愛しているというわけではない。
しかし、には一目を置いていたし、興味があった。
いついかなる時もよくできた人形のように冷静な女の感情を引き出してみたかった。

だからこそ、ドフラミンゴは悪趣味な趣向を凝らして見せる。

髪を梳かすに後ろから近づいた。
は振り向こうとしたが、糸でその動きを止める。

「陛下・・・?」

訝しむような声には答えず、ドフラミンゴはの前に黒いリボンを垂らした。
間も無く藤色の瞳がリボンに隠れる。

は戸惑ったそぶりを見せたが、唇を舌でこじ開けられて、
ドフラミンゴが自分を抱くつもりなのだと悟ったらしい。
無抵抗に口付けに応えた。

ドフラミンゴは口付ける最中にの服を脱がして行く。
乱暴に乳房を弄び、きめの細かい肌を味わうように触れていった。



夜の十時過ぎ、ドフラミンゴの指定した時間に、ヴィオラは王の寝室を訪れた。
ノックをしようとして、気がついた。

扉が開いている。

それだけではなく、何か、会話をしているにしては不自然な声が聞こえてきた。
ヴィオラは室内を確かめるべく扉の隙間から様子を伺い、
とっさに口元を押さえた。

がドフラミンゴに抱かれている。

彼らは夫婦なのだから当然のことかもしれないが、ヴィオラには信じられなかった。

常に冷静で落ち着いた印象のが、目隠しをされ、啜り泣くように淫らに喘ぎ、
ドフラミンゴにすがりついている。

女の白い肌と、男の焼けた肌が重なり、細い腕が簡単にまとめ上げられる。
の体が後ろから突き上げられるたび大きく揺れた。
徐々に肌が赤く染まる様は恐ろしく扇情的で、
ヴィオラは思わず、食い入るように姉の痴態に見入っていた。

ヴィオラをここに呼んだのはドフラミンゴだ。
呼ばれた理由は、に会わせてやると言った理由は今なら分かる。
姉の犯される姿をヴィオラに見せつけるために呼んだのだ。

それがどういう意味を持つのかはわからない。
ただ単に悪趣味な戯れだったのか。ヴィオラを傷つけるつもりだったのか。
あるいはを汚したかったのかもしれない。

スカーレットが死んだと聞いた時以外、
は涼しい顔でドンキホーテファミリーを受け入れている。
その冷静な顔を辱めて踏みにじるのは、いかにもドフラミンゴの好みそうな余興に思えた。

唇を噛むの口に後ろから指が触れる。

ドフラミンゴがに何か囁くと、から溢れる声が心なし大きくなった。

「ッあ、ん、んっ、ドフィ、だめ、激しくしないで、ぁあっ・・・!」

ゾッとするほど甘い声色に背筋が泡立つ。

ドフラミンゴのサングラスを外した目が嘲るように細められた。
ヴィオラが居ることには気づいているらしく、
ヴィオラにの姿がよく見えるように体勢を変える。

の顔が見えるようになると、挿抜に合わせて縛られていた目のリボンが徐々に緩んで、
ついにシーツの上に滑り落ちた。

の目はそれでも何かに耐えるようにきつく閉じられていたが、やがて瞬いて緩やかに開いた。
ドフラミンゴの手がの腰を撫でる。
はその手に促されるまま自らドフラミンゴのそれを受け入れようと腰をおろそうとした、その時だった。
ふと、の顔が扉に向いた。

ヴィオラは口元を押さえたまま、動けなかった。
みるみるの目が大きく見開かれ、唇がわなないた。

「ヴィ、オラ・・・?」

瞬間、ドフラミンゴの手がの腰を掴み、叩きつけるように動き始める。

「えっ、ぅあっ!?」

激しく揺さぶられ声を上げ始めたに、ヴィオラは耐えきれずに部屋の前から走り去った。



「・・・ヴィオラを呼びましたね」
「さぁ? 偶然通りがかっただけだろ」

ことを終えて、はドフラミンゴに恨めしいと言わんばかりの声をあげたが、
ドフラミンゴはしらばっくれた。

わずかに目を眇めたの前髪を払い、ドフラミンゴは口角を上げる。

「それともなんだ? 中断して招き入れてやれば良かったか?」
「・・・悪趣味な人ですね、あなたは。
 あの子はああいったことに免疫がありませんのに」

はため息をついたがそれ以上ドフラミンゴを咎めることはしない。

ドフラミンゴが思っていたよりは反応が薄い。

ドフラミンゴはのことを無感動と思ったことはなかったが、
それに近しいとは思っていた。
だからこそ、夜に見せる感情の片鱗が鮮やかに見えるのかもしれないが。

「お前自身は、ロクに気にするそぶりもねェか」

つまらなそうに言うドフラミンゴに、は2、3瞬きをした。

「気にする・・・? 私が? ・・・そうですね」

は考えるそぶりを見せると、淡々と答える。

「王族の中には王子が王妃の腹から出たと証明するために、
 出産を国民の前で行う国もありますので」
「・・・」

ドフラミンゴは虚を突かれ黙り込んだ。
は度々、ドフラミンゴの想定を超えた話をすることがある。

「王の伴侶というのはそういうものです」

淡々と述べた後、は瞼を閉じた。

ドフラミンゴと比べ、はるかに寝付きの良い妻が寝入るのを、
ドフラミンゴはどこか腑に落ちないまま見つめていた。



「そんな訳ないでしょう。普通に嫌ですよ。
 次に妹とどんな顔をして顔を合わせればいいんですか。
 最悪、最悪、最悪です」

のかつての自室にお菓子とお茶を持ち込んでのお茶会。
レモンティーをかき混ぜながら、暗澹とした眼差しでカップの底を眺め、
昨晩の出来事を感想を交えて語るに、モネは額に手を当ててため息を零した。

いつからか日課となったこの”お茶会”ではの本心を聞くことができる。

清々しいほどに夫に対して憎悪しか持っておらず、それなのに表面上は至って平然としていると、
泰然としている妻から感情を引き出そうと様々な手を使っているドフラミンゴのやり取りは
側で聞いていると複雑なものがあった。

に対しては同情を禁じ得ない部分もあり、しかしどこかで羨望も覚えている。
ドフラミンゴへの敬愛と忠信は変わらないが、その行動には些かの失望があった。

しかし、モネが言うべきことは一つだった。

「・・・、あなた演劇で賞が取れるわ」
「自分でもそう思います」

何をされても平然としていられると言うのは普通のことではない。
は小さく笑みを浮かべた。

「それにしても、人に営みを見せるなんて変態のすることです。・・・気色が悪い」

表情には何の感情も表れないのに、その声は明らかに嫌悪感で歪んでいる。

「そこまで嫌がっているのに、よく若様が気づかないわね」

モネは呆れたように言う。

がドフラミンゴと接するときはかなり神経を使っているから、
モネと話すときのように感情が声や仕草に現れることはないのだろうが、
それにしたってドフラミンゴがの胸に滾る憎悪に気づかないと言うのは不自然だ。

「まあ、あれも私がぎこちないのは当然だと思っているのでしょう」

は何でもないことのように言い、
しかし気が収まらないのか少しばかり眉を顰め、自分の前髪を掴む。

「というか本当に・・・私がヴィオラに気づいた瞬間声を出させようとするとか
 ・・・最悪にもほどがありませんか?」
、」

信じられない、と目を眇めたに、
思わず気遣わしげに名前を呼んだモネだったが、
がテーブルの上に落としたものを見て顔色を変える。

「というわけで、これがその時私がつけてたリボンなんですけれども」


同じように名前を呼んだが、そこに含まれる感情は違っている。
はモネの声色にあった不安と恐怖を正しく読み取って、
口の端を吊り上げて見せた。

「大丈夫ですよ、モネ。
 私はあの男と違って人に営みを見せるようなことはしません」
「そういう問題じゃないわ・・・」

の藤色の瞳が妖しく光った。

「では何が問題なのでしょう」

テーブルから立ち上がり、ソファに腰掛けるモネの背後に回ったに、
モネは何も返せなかった。

「私があなたとの会話と行為でかろうじて正気を保っていることですか?」

そう、がドンキホーテ・ファミリーを相手取り、平然としていられるのは、
この”お茶会”があってこそだ。

「ああ、違いますね、もうすでに私は正気ではない。正気のフリをしてるだけですね」

実のところ、”ドフラミンゴと大恋愛の末に結ばれた”が、
結婚してすぐに亡くなると言うのは不自然だと、
今のところドフラミンゴはを嬲るつもりがあったとしても殺すつもりはなかった。

だがドフラミンゴは知らない。
にとって与えられる屈辱は致命傷だった。

「ええ、モネ、あなたには感謝しています。あなたがこうして、
 私の浅ましい欲望に付き合ってくれることで、私はなんとか、本当になんとか、息をしている」

だから、いつ命を絶ってもおかしくないと絡み合うことで、
モネはの命綱になろうとしている。

モネはそれがドフラミンゴの円滑な支配のためなのか、
それともの命を惜しんでのことなのかは深く考えないようにしていた。

モネの前に、黒いリボンが垂れ下がる。

「そうでなければとっくに死んでいました」

の声に温度はない。
モネは黒いリボンに視界を塞がれ、小さく息を飲んだ。

「まず最初にキスをしました。その間、あの男は私の服を脱がして、こんな風に、」

はいつも、自分がドフラミンゴに抱かれた手順をそのまま再現しようとしていた。
口付けてから乱暴な手つきでモネに触れる。

視界を塞がれているからか、自分の体を這い回る手のひらが誰のものかを考えずに済んだが、
そのかわりに、の体をモネと同じようにドフラミンゴが弄んだことを思うと、
冷たい体の奥で、どろりとしたものが熱を持った気がした。

は今日もまた、手順の最後にたどり着く。

「こうして腕を取られて、後ろから・・・、
 無理やりねじ込まれて、・・・これをされると、
 いつも内臓がずりあがるような心地がするんです」

「っあ、あ・・・!」

張り型を半ば強引に挿入され、モネは眉を顰める。
が吐息のような笑みをこぼした気配がした。

「・・・ふふ、私もそんな風に喘ぎました。
 ねえ、私、少し閨での具合が良くなったんですって、・・・あなたのおかげですね?」

嘲笑とともに、は手を早めている。
モネは奥歯を噛んだ。

ドフラミンゴの悪趣味を嘆いただが、
自身も人のことを言えないくらいには趣味が良くない。

「あなたの表情とか、仕草とか、そういうのを真似てるんですよ、」
「は、ぁ、だ、だから、あっ、なんだって、いうの・・・?!」
「ふふ、怒らないでよ、モネ」

モネの怒りをは笑い、耳元で囁く。

「だって、私を通してあなたを抱いているのよ、あの男」
「っ!?」

の言葉に、モネの体が強張った。

「喜んだら良いじゃない、ねぇ」
「、ぅ、あっ、あぁ・・・!」

は気づいていた。
ドフラミンゴの”家族”に対しての思い入れの強さを。
モネの、ドフラミンゴに向ける崇拝と忠誠の根源が何に当たるのかを。

黒いリボンが冷たくなっていく。

「あぁ、泣いちゃった・・・かわいそうね、モネ」

 代わってあげられれば良かったのにね。

そう言ったの声は他人事のようで、どこまでも絶望的な響きがあった。