フラミンゴの欠点


ドフラミンゴは日課となった朝食の席でこめかみを押さえていた。
はしれっとした表情でレモンの浮かんだカップを上品に傾けている。

ドフラミンゴが頭痛を覚えているのは、昨夜「7時に起こせ」と告げ、
指定の時間になって揺り起こそうとするに狸寝入りを仕掛けたところ、
使用人にフライパンとおたまを持って来させたがドフラミンゴの耳元で
それを盛大に打ち鳴らしたからである。

『7時ですよ、陛下ー、起きてください、陛下ー、へーいーかー』

カンカンカンカン、と一定のリズムかつ大音量で叩かれるフライパンと
どこか平坦な調子のの声に、無論ドフラミンゴは飛び起きた。

唖然としてサングラスをかけることすらままならず、の顔を一瞥すると、
はフライパンとおたまを持ったまま、どこか満足げに頷いている。

『・・・』
『おはようございます。爽やかで良い朝ですよ』

ドフラミンゴは打ち鳴らされたフライパンの音に
脳みそを半ば揺らされた心地のままの頰を片手で掴んだ。
はドフラミンゴの突然の暴挙にパチパチと目を瞬いている。

『あのなァ、お前・・・、今のは何だ? えェ?
 何が爽やかな朝だ。おい、ふざけてるのか?』

『起こせと言われたものですから確実に起きる方法を考えたのですけど。
 あの、・・・もしかしてお気に障りました?』

は困惑したように眉を寄せる。

の表情からはそれがわざとなのか、それとも本気なのかは判断ができないが、
とにかくドフラミンゴはきつく言い聞かせた。

『”もしかしなくても”だ。いいか、二度とするな・・・!』
『わかりました。ええ。気をつけます』

は真顔で答えていた。
それから当然のようにドフラミンゴが身支度を整えるのを待ち、
またドフラミンゴを連れ出して庭園で朝食をとっている。

「あなたは朝が苦手なのですね。当然です。
 睡眠時間が短すぎます」

はカップをソーサーに置きながらそんな風に世間話を振ってくる。
ドフラミンゴは額に手を当てながらを睨めつけた。
は憎らしいほど寝つきが良い上に朝に強い。

「フッフッフッ、誰にでも欠点はあるもんだろう。お前にはあるのか?」

暗に人形めいたを揶揄すると、は瞬いていた。

「欠点、苦手なもの、ですか・・・。・・・」

沈黙の後、わずかに顔を曇らせたにドフラミンゴは眉を上げた。

「おい、心当たりがあっただろ、話せ」

は観念したように息を吐いた。

「強いていうのなら料理ができません。いえ、やれと言われればやれるのですけど。
 どうしても人が作ったものの方が美味しいと思うので、やる気にならないというか・・・」

「フッフッフッフ! なら作ってくれよ。本当に苦手か試してやる」

目立った欠点の見えないの苦手を知って、ドフラミンゴはどこか愉快に思った。
面白がって告げた言葉に、は胡乱げな声を上げる。

「ええ?・・・度胸がありますね」
「・・・おい、なんだその返答は」

どういう意味だ、と口角を引きつらせたドフラミンゴに、
は淡々と答えた。

「私が壊滅的な腕前の持ち主かもしれないというのに」
「壊滅的なのか?」

会計の仕事をテキパキとこなし、天竜人や王侯貴族を相手に商売を続ける手際を見るに、
そこまで不器用な方ではないと思うが、とドフラミンゴは首をかしげる。

「いえ、何度か挑戦はしましたが、どれも食べられはしました。
 多分普通の範疇だとは思うのですけど、人に出すような代物かと言われると微妙で」

案の定”そこまで”でもないようだった。
ドフラミンゴの脳裏に、誰に似たのか恐ろしく不器用だった弟の姿がよぎって、
思わず安堵のため息を零した。

「なら平気だろう。フフフッ、
 世の中にはな、ヤカンを爆発させる奴も居るんだぜ・・・」

は微かに目を見張っていた。

「ヤカンを・・・? 爆発・・・? 信じられません。その人何したんですか?」
「わからねェ。ただ二度と自分で紅茶を入れるなときつく叱ったが、・・・」

ドフラミンゴは途中で言葉を終えた。
思い出さなくてもいいことを思い出しそうになったのだ。

はドフラミンゴの纏う空気に何か変化を感じ取ったのか、話題を変えた。

「あなたは料理を作らないのですか」
「作るように見えるのか、おれが?」

わかりきったことを聞くに質問を質問で返すと、
は頷いてみせる。

「人には思いも寄らない趣味や才覚があったりするものですよ。
 あなた、割とクリエイティブなことには向いてそうですし。
 それとも一緒に作ってみます?」

ドフラミンゴはサングラスの下で目を瞬いたのち、肩を震わせ笑い出す。

「フッフッフッフ!
 、おれはたまに、お前の頭がイかれてるんじゃねェかと思うことがあるぜ!」

「あら、そうですか? そうすれば多分、妙なことは起こらないと思いますのに。
 例えば・・・あなたの分のスパニッシュオムレツに大量のからしが入っていたりだとか」

ドフラミンゴはぴた、と哄笑を止めた。
先ほどフライパンで叩き起こされただけに笑えなかった。
というか、おそらく、は有言実行の女である。

「・・・」

思わず無言のうちにを睨むと、は珍しく声をあげて笑った。

「ふ、ふ、ふ! 失礼。冗談ですとも、もちろんです」

これほど信用できない答えは他にないと、ドフラミンゴは思った。



休日の朝食のメニューは簡単なものだった。
スパニッシュオムレツと野菜のスープ、焼いたパンと果物。
が料理長にレシピを書かせ、厨房の片隅を借りて作った代物である。

はジャガイモとほうれん草の入ったオムレツにナイフを入れると、
丁寧に切り分けて口に運んだ。

「あなた、本当に器用なのですねぇ。
 美味しいですよ、これ。私だけではこうはいかないでしょう」
「・・・」

ドフラミンゴはどこか釈然としない様子で、
”自らがフライパンを振るった料理”を口に運んでいた。

はどこか満足げに頷いている。

「ほら、人間やっぱり思いも寄らない才覚を持ってるものでしょう?
 ・・・あら? 何か思うところがおありですか」

「口車に乗せられたようで腑に落ちねェ」

ドフラミンゴがぼそりと呟くと、は思わずと言わんばかりに笑った。

「ふ、ふ、ふ!
 でもまあ、様になっていましたよ。
 惜しむらくは調理台が背丈にあっていなかったことでしょうか」

ドフラミンゴは何かおかしな真似をしないよう見張る意味でと厨房に立った。
の手つきはごく普通だった。普段厨房に入らない女なら及第点といったところだろう。

が問題なのは、調理において妥協が一切できないところだった。

いちいち塩だの砂糖だのを量りにかけなければ気が済まない上に、
包丁を持っても、みじん切りすらミリ単位で正確に切ろうとするので恐ろしく手際が悪い。

最初はそのおぼつかなさを笑って見ていたドフラミンゴだったが、
だんだんと見ていて焦ったくなり、最後にはからフライパンを奪い取っていた。

身長が合わないせいで、膝立ちになりながらフライパンを煽ることになったと、
ドフラミンゴはをジト目で睨む。

「しかしお前、塩だの砂糖だのを全部馬鹿正直に量るやつがあるか。
 なんのための計量匙だと思ってんだよ」

ドフラミンゴの言葉には神妙な顔で頷いた。

「『目分量』『適量』どちらも嫌いな言葉です」
「限度があるだろ。そのせいでやたら時間がかかったな・・・」

いつもより日が高いと、よく晴れた空を見上げたドフラミンゴに、
はいつもと同じように紅茶を傾けている。

「あなたが仕上げてくれたおかげで美味しくいただけてるのですから、
 良かったではありませんか」

このどこかトボけたような言動に、
そこまで苛立たないのはどういうことなのだろうか、と
ドフラミンゴはと同じようにカップの中身を飲み干した。



ドフラミンゴは出かける際にをいつも連れ出した。
なんてことはない。新聞が書き立てた嘘をそれらしく見せるためである。

あまり柄の良くない連中との取引があるとき、は時間を潰すために出歩いた。

例えば猥雑とした市場でも、
グラディウスやセニョールあたりのファミリーを付き合わせて出かけては、
掘り出し物を現地の人間同様に値切って手に入れてみたり、
その島の名産だという果物だとか、あるいは屋台で手軽なものを買い食いして歩き回ったりした。

服屋や化粧品店があるなら必ず見て回った。図書館があるなら適当な本を読んでいた。
美術館があるなら絵画だの壺だの彫刻だのを眺めていた。

ドフラミンゴは取引を終えて、美術館へと足を運ぶ。
彫刻を見つめるのことはすぐに見つけることができた。
貸し切った美術館の客人はとドフラミンゴだけだったからだ。

大きな彫刻の前で、は微動だにしていなかった。
今にも動き出しそうな生き生きとした大理石の像だった。
長い髪をくくった女が花束を持ってこちらに微笑みかけている。

天を仰ぐようにはその彫刻を見つめていた。
どうやら鑑賞に夢中になっているらしいが、
そうしているとどちらが人形なのか分からなくなりそうだった。

「欲しいなら手に入れてやろうか」

声をかけたドフラミンゴに、は振り返った。

「・・・いいえ、別に所有したいわけではないのです。
 それに、これはこの場所にあるからこそ映えると思います」

確かに、完璧なライティングと、彫刻の隣にある柱と調和しているからこそ、
この像は華やかに見えるのだろう。

ドフラミンゴは口角を上げた。

「そうか? しかし、芸術にも造詣があるとはな。
 王族の嗜みというわけか?」

揶揄まじりの賞賛にもは眉一つ動かさない。

「有名な方なら知っていますが、
 画家や絵についてはさほど詳しいというわけではありません。
 ただ綺麗なものを眺めるのが好きなだけです。
 あとは半分仕事のようなところもありますね」

は美しいものにインスピレーションを受けて化粧品を作るのだ。

のアイディアはドレスローズ社の社長室の棚にある膨大な資料とスクラップからなり、
それが増えるほどに商品は洗練されていった。

だが、王侯貴族を相手にした商売に分野を絞ると
高級感のあるものしか作らなくなり、7割の資料が廃棄された。

の服装も商品に準じて、豪奢なものに変わっていく。
しかしドフラミンゴと出歩くときは夫を引き立てるためか、さほど目立つような服は着ない。
ドレスローザの踊り子の衣装に、羽織りものをかけた服装をすることが多かった。

はどこまでも自分というものをコントロールしている。
まるで自分自身さえも商品のように扱っていた。

王族であるにもかかわらず、権威とか血筋というものに
自負が見えないのだからドフラミンゴにとっては不可解だった。

それでいながら、自身と民衆とで明確な一線を引いている。
その証拠に、の張り付いたような笑顔は国民の前でだけ作られた。

ドフラミンゴが笑えと言っても「面白くないのに何を笑えと言うのでしょうか」と淡々と返し、
「それとも何か面白い話が・・・グラディウス、ありますか?」
などと、無茶な話の振り方をして、人を狼狽えさせたりするだが、
国民を前にするとよそ行きの笑みを浮かべてみせる。
それはドフラミンゴと結婚する前からそうだったらしい。

ドフラミンゴはの横顔に尋ねてみたくなった。

自ら地獄に落とした女に問いかけるのは酷かもしれなかったが、
ドフラミンゴと出会う前、が居たのは
今とは違う様相の地獄だったのかもしれないと思い至ったのだ。

だから、聞いてみることにした。

『お前は血を恨んだことがあるのか』と。



ことを終えた後、未だ弾む息を整えながら問いかけられた言葉に、
はかすかに眉をひそめた。

ドフラミンゴは珍しく思った。
は最中に表情を目まぐるしく動かす反動を受けるように、
終えた後は疲労ゆえか、いつにも増して人形のような無表情になる。

しかし今日はそうではなかった。はドフラミンゴを藤色の瞳で射抜いたのだ。
まるで、闇の中から手探りで物を掴もうとするような視線だった。

「それは、血を恨んだことのある人間の発想ですよね」

一瞬で怒りがドフラミンゴの頭に血を登らせたのがわかった。
ドフラミンゴはの首を片手で掴み上げる。

細い首だ。こんなものはいつでも折れる。

「口の利き方に気をつけろ」

低く唸るような声が滑り出た。
首を掴まれ、締められてもは少し驚いただけで抵抗はしなかった。
文字通り殺されそうな状況になっても悲鳴ひとつあげやしない。

ドフラミンゴはの藤色の瞳を眺めた。
はすでに平坦な眼差しに戻っている。
そうしていると不思議なことに、怒りが徐々に収まっていく。

ドフラミンゴはの前で感情的になることほど、
馬鹿馬鹿しいことはないような気がした。

「ありますよ」

は淡々と答えた。

ドフラミンゴは不機嫌そうに眉を顰め、口を開こうとしたが、
それよりも前にがドフラミンゴの意図を汲んだ。

「あなたと出会う前にもです。そう言う意味で聞いてるのなら。
 ・・・私は父親を軽蔑していました」

ドフラミンゴの手から力が抜けた。
は解放された首を軽く抑え小さく咳き込んだが、
特に怯えもせずドフラミンゴを見返した。

「話してみろ」

の目に訝しむような色が浮かんだが、
ドフラミンゴが沈黙で促すと小さく息を吐き、話を始めた。

「・・・常々思うのです。自分を善人だと思っている人間ほど愚かなものはないと。
 私がドレスローズ社を作る前、この国は緩やかに死んでいました」

生まれた国を、それも曲がりなりにも平和を謳歌した国を、は平然と罵った。

「800年の平和。素晴らしいことだと思います。
 ですが、それがもたらしたのは国民を生かさず殺さずの貧しい暮らしでした。
 この国の地形や立地条件もさることながら、富と引き換えにこの国は平和だったのですから」

は語る。

国民は目の前の仕事のみに尽力した、と。
日照りでも花は咲く。腹を満たすことはないが、花々は美しくドレスローザを彩り、
国民の顔には笑顔が浮かんでいたのだと。

「父や国民は現状に満足していました。私はそうではなかった。
 平和が薄氷の上に成り立っていることを彼らは分かっていなかった」

「時代は刻一刻と変化するのに、
 いつまでも同じ統治のやり方で治安を保てるわけがないと、私は恐れていました」

「人間の善性を鵜呑みにしあてにする上に、
 それが危険だとわからない父を、どう諌めるか知恵を絞らなくてはなりませんでした」

ドフラミンゴは、沈黙し、何も口にしなかったが、
内心ではの言葉が染み渡るように耳に馴染むことを驚いていた。
はるか昔、ドフラミンゴはと似たようなことを思っていたのだ。

「軍事強化を進めたり、海軍に助力を頼むたびに渋い顔をする父を見て、
 大げさだ、様は心配性だと笑う国民を見て、
 私は”これ”に危機感というものをわからせるにはどうすればいいのか頭を悩ませました。
 ・・・ギリギリまで理解してはもらえなかったですが」

は崩れ落ちかけた平和の国を守るべく奔走した。
時間を惜しみ、追い立てられるように勉強し、国を憂い、行動し続けた。
その結晶が”ドレスローズ”という会社だった。

誰一人の理解者を伴うことなく、は平和を続けるための答えを出した。
つまり、富を持ち武装することで、平和を保とうとしたのだ。

「向上心のかけらもない羊の群れの中にあって、
 私は唯一の羊飼いであるような気さえしました」

はよく見なければ分からぬほど薄く、微笑んでいた。

「全く、所詮は自惚れでしたが」

自嘲を含んだ声に、ドフラミンゴは目を眇めた。

「・・・お前が会社を起こしたのは13の頃だと聞いている。
 外貨を稼ぐためだったんだろう、お前の会社が軌道に乗ってから、
 明らかにドレスローザは豊かになった」

「ええ、早熟な子供でした」

ドフラミンゴがドンキホーテ・ファミリーを本格的に立ち上げたのは15の頃である。
ファミリーの面々はドフラミンゴの家族としての居場所であり、手足だった。
彼らとともにのし上がり、世界を牛耳ることこそがドフラミンゴの幸福であり、
そしてかつて自身に辛酸を舐めさせた世界への復讐でもあった。

では、にとっては何が原動力だったのだろうか。
本来は姉が女王になるべきだった。
押し付けられた王位を期待以上の振る舞いでこなそうと、
研鑽を続けたは、何が欲しかったのか。

「お前はドレスローザの期待を一身に背負い、それに応えた。
 見返りは何だった? 誰がお前の献身に報いたんだ?」

「・・・手をかけて、育てて、成果が出るのを待つ。
 ドレスローザが豊かな国になるのを見るのが見返りでした。その過程が面白かったのです」

豊かになった結果を享受するのではなく、豊かにするまでの過程を楽しむ。
”らしい”答えではあったが、ドフラミンゴはの欠陥に気づいていた。

「フッフッフッ、さっきから聞いてりゃお前、国民を人間扱いしてなかったんだな」

完全無欠の姫君と名高い女の歪みをドフラミンゴは面白がった。
だが、揶揄混じりの指摘に、は淡々と返したのだ。

「ああ、そうですね。その通りです」

なんの躊躇いもなく認めたに、ドフラミンゴは眉を顰めた。
はドフラミンゴの表情の変化を気にも止めず、平坦に告げる。

「国民も私を同じ人間とは思っていなかったでしょうし、お互い様ではないでしょうか」

ドフラミンゴにとって、その答えは意外なものだった。

「・・・お前は海軍には高飛車だと嫌われていたが、
 それ以外は良い評判しか聞かなかったぜ?
 慕われていたんだろう?」

「私が国民からどんな評価を得ていたのかは覚えていますよ。
 ”美貌の賢姫、辣腕の姫、ドレスローザの聡明な次期女王”・・・」

は小さく口角を上げる。どうやら苦笑したようだった。

「まあ、自分で言ってて恥ずかしくなるほどの賞賛をいただいたものです。
 パブリックイメージは完璧な姫君であり指導者ですね。
 どうです? 実物とはだいぶ違いますでしょう?」

ドフラミンゴは黙り込んだ。
は確かに、有能な人間であるが万能の女ではない。
欠点も多い。読めない表情。やや天然気味な行動と言動。
割合欲望に忠実で、強引だ。集中したらそれしか目に入らない部分もある。

「多分、そんな姫君はいちいち塩と砂糖をグラムで量って夫に呆れられたりしませんよ。
 ドレスローザの国民の中で、私の人となりを深く知っている人間はいません。今も、昔も」

は淡々と告げた。まるで取るに足らないことのように。

「国民にとって私は、いえ、王族は”人間”ではありません。
 人の上に君臨するのなら人間ではなく、別の”何か”にならなくては、」



ドフラミンゴはの話を遮る。
のかつて置かれていた境遇はドフラミンゴの胸の内をいたく刺激した。

尊敬できない平和主義者の父親。多くの人の上に立つことを望まれた子供。
自らを”人間であってはならない”とする思想。

ドフラミンゴはの表情の乏しいのは、生来のこともあるが、
その境遇にも原因があるような気がして、僅かばかり眉を顰める。

は名前を呼んだきり沈黙するドフラミンゴに、不思議そうな声をあげた。

「なんでしょう? ドフィ?」
「・・・いや。なんでもねェよ」

会話はそこで打ち切られた。
身を清めてまぶたを閉じたを眺め、ドフラミンゴは自らも目を瞑る。

隣に眠るのが人形ではなく人間だと、改めて意識したのがその日だった。