爪先の本心


完璧な人間など居るわけがない。

は新しくできた化粧品のサンプルを眺めている。
テーブルの上、小さな小瓶に入ったマニキュアが色相環を作っていた。
速乾性と発色に苦労した新作をぼうっと見ていながら、
頭では別のことを考えている。

どんなに強く屈強な男であろうとも、それが生き物であるならばいずれ死ぬ。
だが、その死に方というのが問題だ。

地獄と言うのは、”死にかけるほど”苦痛の時が永久に続くことだと、は既に知っている。
故には”死”の中に”救済”を見出してさえいる。

皮肉なことに、殺したいほど憎む相手に”復讐”をしたいなら、
そいつ自身を殺すのはあまり効果的でない。
長く苦しめることができないからだ。

復讐したいならすることは一つ。
そいつが胸の内に隠している弱みを暴き、辱め、踏みにじり、
極め付けにそいつが抱えている”大切な何か”を壊してやればいい。

だからこそ、は会話の端々まで気を配った。
ドフラミンゴがそばに置くのはどんな人間か、遠ざけるのはどういうものか、
どのような人生があの人格を形作ったのかを知らなくてはならない。

材料を揃えるべきなのだ。
調香師が一つの香水を作るため、いくつもの香料を用意してから調合するように、
復讐者は一つの復讐を成すために、いくらか準備が必要だった。

注意深くドンキホーテ海賊団の幹部たちを観察するうち、
はあることに気がついた。彼らは各々強い個性の持ち主だったが、
概ね共通しているのは”育ちが悪い”ということだった。

振る舞い、口調、教養の類にそれは現れた。
だが、ドフラミンゴ自身は仲間の無作法を咎めることはしないものの、
自身はかなり、その辺りの挙動に気を遣っている様子を見せた。
特に、やヴィオラ、あるいは取引相手の身分の高い連中と接する時には。

逆に、やヴィオラが作法をかなぐり捨てなければならない状況を、
ドフラミンゴは面白がった。王族の女を踊り子のように躍らせるのは愉快だったのだろう。
ただ、近頃はそれをやらなくなったが。

そう。ある日を境にドフラミンゴのに対する態度が明らかに軟化した。

がいささか誇張して、かつて置かれていた状況の不満を打ち明けてからだ。

ベビー5がやたらに必要とされたがったり、
モネとシュガーが深くドフラミンゴに感謝を示している様子から、
ドンキホーテ海賊団の幹部たちが劣悪な環境からドフラミンゴに拾われたり、
協力するようになったことは察しがついていた。

「地獄を見た人間がお好みとは、いい趣味してますよ、全く」

をお飾りとすることなく、名実ともに妻の役目を求めるのは、
またヴィオラを生かしてドンキホーテ海賊団、”ファミリー”の一員にしたのは、
もヴィオラもまた、ドフラミンゴによって”地獄”を味わっているからだ。

おそらくドフラミンゴ自身が過去に過酷な環境に置かれた人間なのだろう。

が血を恨んだことがあるのかと問い返したとき、
ドフラミンゴは逆鱗に触れられた竜のようだった。

あれは、己に流れる血によって苦しめられたことがある故の反応だ。

「・・・ふふ」

そう考えれば合点が行くことがいくつかある。
ドフラミンゴはを名実ともに妻として扱うくせに、子供を作る気が無い。
せっかく”ドンキホーテ”の末裔としてリク王家の女と結婚したのにだ。

おかげでは石女と誹りを受けることになったが、別に気にすることもない。
言われなくとも心底憎む男の子供など欲しくなかったから、むしろ好都合でさえあった。

「『血を恨む』か。”家族”に固執しながら新たに血縁を作る気がないのは、
 肉親に嫌な思い出でもあるんでしょうかね。・・・なら、裏をとりたいところですが」

 それを簡単に探らせてくれるような男ならば苦労はない。

「どれほど時間をかけても構いませんがね。・・・私が正気であるうちは」

はマニキュアを箱に詰めた。
色とりどりの羽が飛び散るデザインの小箱に封をすると、部屋の扉を閉める。

なけなしの理性を使って、少しの抵抗をするために。



ヴィオラの監視は緩んだものの、
未だにがヴィオラと直接、二人きりで話すことは許されていない。
だが、第三者を挟んで会話をするのは大目に見られていた。

「わっ、すごい綺麗ね、マニキュア?」

テーブルの上に置かれた色とりどりの小瓶に、ベビー5は目を輝かせている。
の作る化粧品は容器やパッケージが凝ったものが多い。
ベビー5はうっとりと真っ赤なマニキュアを手に取った。

「ええ、ベビー5。新作です。
 こちらのトップコートと合わせると剥がれにくいので、長持ちします」

透明な小瓶を指差したは売り込み用の笑みを浮かべたが、
小さく息を吐いて元の無表情に戻る。

「・・・という触れ込みで商売をしたいのですけど、
 実際に使ってみないとその辺り、わからないでしょう?
 データが欲しいのです。せっかくなので”ファミリー”の皆さんにもお伺いしたく」

「わ、私が必要なのね!」
「はい。そうですとも」

ベビー5はいつものごとく頬を染めてはしゃぎ出した。
淡々と応じるとのテンションの差が激しい。

「メンバーに偏りがあるのは何故?」

モネがに問いかける。
のかつての自室に呼ばれたのはベビー5、モネ、ヴィオラの3人だ。

「ターゲットになるのが10~30代までの若い女性だからです。
 シュガー様にも声をかけたのですが、
 『グレープが食べづらくなるから』と振られてしまいました」

「あの子ったら・・・、でもシュガーの外見はずっと10歳のままよ」
「外見は幼くても興味があるのなら、やってみるのもいいかと思ったのです」

モネは少々呆れた様子で溜息を零す。
シュガーは最初交わした会話が会話だけに、どうもを苦手としているらしく、
遠巻きにして様子を伺っていることが多いのだ。

ベビー5は「でも、」とに顔を向ける。
少々バツの悪そうな顔だった。

「ジョーラに妬かれそうね」
「その辺りは抜かりなく。アンチエイジング系のサンプルに彼女は重宝しています。
 美容液の開発にはかなり付き合わせてしまいました。少し申し訳なかったですね」

「・・・ああ、最近やたらと機嫌が良いと思ったら、どうりで」

ベビー5は窓に映る自身の顔を見て高笑いするジョーラを思い出して微妙な笑みを浮かべた。

ヴィオラはごく自然にファミリーに対して振る舞うに、どこかぎこちない様子を見せたが、
ここは普通に会話をするべきだろうと悟ったらしく、に尋ねた。

「お姉様、試すのはどれでも良いの?」
「もちろん、お好きなものをどうぞ。
 コーディネートの相談も承りますよ。いかがです?」
「お願いするわ」

は各々の服装や好み、仕事の内容などから3人に試作品を渡し、
アンケート用紙を配った。

「今回はマニキュアの”持ち”が課題になった商品なので、
 欠けたり剥がれたりした時に各々アンケートを渡していただけると助かります。
 チェックボックスも用意してますけど、
 何か気づいたことがあれば、できるだけ空欄に細かく書いていただけると嬉しいです」

ベビー5はに必要とされて張り切った様子だ。
モネはざっとアンケートに目を通している。
ヴィオラはチェックボックスのある行に目を留めて小さく瞬いた後、静かに目を伏せて頷いた。



「・・・私よ」

ヴィオラはでんでん虫である番号にかけていた。

さほど間を置かずに取られた受話器へ名前も告げずにいたが、
受話器の先の相手はヴィオラのことを承知のようで満足げな声が返ってくる。

『なんとか上手くいきましたね、ふふ、分かってくれてよかった』

通話の相手はである。

から渡されたアンケートには
”Peacock”、”Crow”など鳥の名前を冠したマニキュアの商品名と品番が綴られていた。
ヴィオラが目を留めたのはその中の一つ。

”Phoneix”の後に10桁の数字。

アンケートに綴られた文字には一つだけ綴りにミスがあった。
その上ヴィオラに渡されたアンケートではiとxに線が引かれていたのだ。
何より、上品な赤いマニキュア”Phoenix”はがヴィオラに勧めたものだった。

「フェニックスがフォニックスになってたから、おかしいと思ったの。
 お姉様は絶対こういう間違いはしない人だから」

”Phoneix”の末尾、iとxを除けば”Phone”。
10桁の数字はそのままでんでん虫の番号だった。

『日頃の行いに感謝しましょう。
 早速なのですが、あなたにお願いがありまして。
 ・・・レベッカとお父様の居場所を知りたいのです』

ヴィオラは息を飲んだ。受話器を持つ手に力を込める。

「どうするつもり?」

『できる限りの援助と、安全な場所への避難を。
 ・・・国外を視野に入れたほうがいいでしょうね。
 何しろ、捕まればろくな目には遭わない』

ヴィオラは固く目を瞑る。
が指摘した通り、今は捜索を打ち切られ、見逃されているレベッカとドルド3世だが、
ドフラミンゴのことだ、何か理由をつけて彼らを罪人に仕立てあげることもあるだろう。

「当てはあるんでしょうね」

は不確定なことを視野に入れはしないだろうが、と思いながらも、尋ねる。

『副社長なら力になってくれるはずです。何とか連絡してみます』

ヴィオラは口元に手を当てて頷いた。
ドレスローズ社のかつての副社長メルシエなら、確かにを支援してくれるだろう。
ヴィオラはしかし、と眉を顰めた。

「お父様はこの国を離れたがらないと思うわ。
 レベッカも子供一人での航海は目立つし、港には監視があるでしょう。
 お姉様の仕事用の船に紛れ込ませるにしても、・・・せめて、12、3にならないと」

ドレスローザを海賊の国にしてしまった責任を、ドルド3世は感じているはずだ。
レベッカは未だ幼く、一人で船旅をさせるには心もとない。
もそれは承知だったらしく、受話器越しにため息をついたようだった。

『あの頑固なお父様を説得するのも、我々が大人の協力者を探すのも難しいですね。
 ただ、匿っている誰かがいるはずです。その方にお願いできればいいのですが』

「ああ、確かに彼女一人ではこれまでの捜索を交わすのは無理ね・・・!」

ドフラミンゴはドルド3世の居場所もレベッカの居場所も掴んではいなかった。
おそらく両者ともに匿っている人間がいるのだろう。
しかしドフラミンゴが彼らを放置しているのにも理由がある。

リク王家の勢力が叛逆しようにもドフラミンゴの手中にはとヴィオラがいる。
ドルド3世やレベッカ、国民がやヴィオラの人質となっているように、
やヴィオラもリク王家の勢力にとっては人質だったのだ。

『とにかく、あなたは居場所の特定を。
 分かり次第、私の方から援助を手配します』

「・・・護衛の目をごまかせる?」

外出の際の周囲にはドフラミンゴや、ファミリーの幹部以上の人間がいつも張り付いていた。
モネやジョーラ、ベビー5とはそれなりに親しげに話している様子も見るが、
いくらとはいえ、彼らの目をごまかせるだろうか。

『反抗的な態度はとっていないので近頃の監視は割合おざなりですし、
 教会に寄付をするとか、公共事業で慰問するとか、
 ドレスローザ国内であってもそういう理由をつけて外出するのは可能ですよ』

相変わらず頭が良く回ることだ。

「さすが。抜かりないわね、お姉様」
『止してください。抜かりがあったからこその、この状況です』

の声には悔しさが滲む。
思わず目を伏せたヴィオラに、は念を押した。
 
『とにかく、頼みますよ。
 通話の時間帯は大体今の時間に、視線を飛ばしてからお願いします』
「ええ、分かったわ」

ヴィオラは受話器を下ろすと、息を吐いた。
こうしてがドフラミンゴに抵抗する策を練っていると知ると安心する。
かつて、ドレスローザの女王となるべく邁進していたは健在なのだと。

だががドフラミンゴの妻として、
傍目から見てもわかるほどに丁重に扱われているにも関わらず、
心を揺り動かされた様子を見せないことに、少々の疑問も覚えている。

ヴィオラがドフラミンゴから情報を引き出そうとした夜、
ドフラミンゴの脳裏に見たものは、迫害を受け、傷ついた哀れな子供だった。

「・・・もし、お姉様があのことを知っていたのなら、」

は同情したり、するのだろうか。
たとえ国を奪い取った憎らしい男であっても、憐憫を覚えたりするのだろうか。

他ならぬ、ヴィオラと同じように。



お茶会は週に数回のペースで続けられている。
紅茶をテーブルに置いたモネに、からかうような声がかかった。

「いじらしいことをするのですね」

桃色に彩られた爪を見て、の目が弓なりに細められている。
モネは眉を顰めた。何を言われるのかはよく分かっている。

「あなたこそ、結婚してからは鳥や羽をモチーフにしてる化粧品ばかり作ってるじゃない」

モネが指摘するとは肩を竦めて見せた。

「ふ、ふ、ふ。茶番に乗ってあげてるんですよ。
 あの馬鹿げたロマンスの主役の姫君なら、こうするだろうと、知恵を絞っているわけです。
 思慮のない周囲は勝手にストーリーを作り上げるのだから」

モネは目を眇めてを見やる。
はモネのもの言いたげな視線にかまわず、マイペースに考えるそぶりを見せた。

「どちらかといえば、あなたはこれとか、あとはこちらの方が似合いますのに」

が差し出したのは玉虫色の”Peacock”と、薄い黄色の”Canaria”だ。

「試すのはどれでもいいって言ったのはでしょう」
「ふふ、もちろんです。あなたが試しているのは手の爪だけ?」
「ええ」

淡々と答えたモネに、は立ち上がった。

「ならまだ10本も残ってる。靴とストッキングを脱ぎなさい。
 塗ってあげるわ」

は無表情のまま、モネを見つめていた。
けぶるようなまつ毛が藤色の瞳に影を落としている。

モネは目を伏せたあと、パンプスを脱いだ。
薄布に覆われていた素足が、徐々に露わになっていく。

はその様を眺めていた。
興味も関心も伺えない無表情のまま、藤色の瞳だけがまっすぐにモネを射抜いている。

はカナリアの瓶を開け、跪いてモネのかかとを手に取った。
薄い黄色がムラなく足の指を彩っていく。

「でも・・・どうしてよりによって”フラミンゴ”なんてつけたの?」

声音ばかりが悪戯めかして響く。
モネは黙り込んだ。は笑っている。

「きっと私は気に入らないだろうって分かってたくせに、ねえ。わざとでしょう」

の手が足首を掴んだ。指の付け根に舌が触れる。

「っ!」
「それとも私とお揃いが良かった?」

モネの足を掴んで笑う、の爪を彩るのもモネと同じ桃色だ。

「何も知らない王侯貴族のお客様にね、惚気話を求められるのです。
 『旦那様のどんなところに惹かれたの?』『新聞の書き立てたことは本当なの?』
 退屈なご婦人たちは不躾に私を質問攻めにする・・・」

の目が苛立ちに細められた。唇がふくらはぎに気まぐれに口付ける。

「だから私のつける色は最初から決まっているのよ。
 根掘り葉掘り聞き出される前に、自分から適当なことを話してしまえば、
 それ以上は聞いて来ないから」

モネはの愛撫に眉を顰める。
表面上ドフラミンゴと歩み寄る姿勢を見せている。
ドフラミンゴもを徐々に丁重に扱うようになって来ている。

思うところがないのか、とモネは口を開いた。

「・・・近頃は、うまく、っ、やってるみたいだけど?」
「ああ・・・わかりますか? わかりますよね、乱暴にされなくなりましたものね」

の答えにモネは沈黙した。
近頃のの手つきは優しく、丁寧だった。

「ふ、ふ。あなたは懸念してるのですね、あの男は私を籠絡するつもりが、
 ミイラ取りがミイラになったのではないかと・・・」

ソファに引き倒したモネの頬を、は優しく撫でた。
その声にはどこか面白がるような色が見える。

「多分それはないでしょう。そんなにことが簡単に運ぶのなら、私は苦労していません。
 そもそもあの男に情なんてものを期待などしていませんけど・・・」
「ん、あなた、若様を、なんだと思って、」

モネが咎めるように言うと、の声が一瞬で冷え切ったものに変わった。

「”女衒上がりの海賊風情”、”自惚れにのぼせ上がったクソ野郎”」
「っ!」

モネは怒りにを睨んだ。
は弓なりに口角を上げてクスクスと笑いだす。

「あら、怖い。聞いたのはあなたですよ。
 私があの男に、好感を持つはずがないでしょうに」

「だったら、あなたは、っ、なんだっていうの、!?」

モネの苛立ち混じりの問いに、はモネの耳元に顔を寄せた。

「”人間になり損ねた獣”」

囁かれた言葉に、モネは目を見開いた。
は顔を上げて、モネに微笑みかける。

「あるいは”半壊のお人形”とかでも言い得ているのではと思います。
 必死に”まとも”なフリをしてたのに、できなくなった”お人形”が私です」

モネはとっさに反論しようとして、途中で口を噤んだ。
ずっと自分を偽り続けていたに、何を言っても無駄なことだ。

かつて自分を気に入っていると言ったのは本心だろうが、
それ以上には自虐的だ。

実の姉に恋をしてしまったことが、女性しか愛せないことが、
求められた王族としての役割が、に強烈な自己嫌悪を植え付けた。

それをモネは理解してしまっている。
だからこそ、冗談めかして、あるいは露悪的に告げられる、
の自虐をモネは詰ることも無視することもできなかった。

複雑な表情を浮かべたモネに、はため息を零した。
がモネにやらせたがるのは”ロールプレイ”だ。
”誰かを憎みながらも逆らえずに屈服する女”という役目をはモネに押し付ける。

実際に最初はうまくいっていた。けれど、モネはとは違う。
に対して鋼鉄の憎悪など持ち続けることができなかった。
国を憂い奔走し続けた、誰かのために完璧な姫君を演じ続けたを知っていたからだ。
誰もの献身に報いず、その上心から愛したものを踏みにじられたことを知っているからだ。

それなのに。

「・・・モネ、あなたは私を憎めば良いのですよ。
 憎らしい女に弱みを握られて、こうして歪んだ欲望をぶつけられて喘ぐのは苦痛でしょう?」

首を傾げる姿は本当に何もわかっていない。
憎ませてもくれないくせに。

「どうしてあなた、私に同情なんてするんでしょうね」
「・・・だったら、同情なんか、できないようにしてよ!」

叫ぶような掠れた言葉に、は瞬いた。

「モネ、あなた、」
「何も、」

モネはの腕を掴み、首を横に振る。

「もう何も、考えたくないのよ・・・! 、・・・!」

一拍の間を置いて、藤色の瞳が眇められたように見えた。
哀れんでいるようにも蔑んでいるようにも見えた。

「・・・あなたは進んで檻に入りたがるのですね。バカバカしいことですよ。でも、」

はモネの前髪を払い、額に優しく口付けた。
唇には小さく笑みが浮かんでいる。どちらかといえば、苦笑に近い表情に見えた。

「あなたがいなければ生きていけない私は、・・・あなたよりもずっと愚かですね。モネ」

そのあとモネが味わったのは恋人にするようなキスだった。
は口付けの最中に左手の薬指に嵌った指輪を乱暴に外すと、テーブルの上に放るようにして置いた。

同じ色に彩られた指を絡み合わせて、互いに眼差しを潤ませる。
涙が浮かぶ理由など知りたくもなかった。
今はただ、衝動にのみ従っていたい。

モネは雨のように降ってくるキスに応えるために、の背に腕を回した。