私のお姫様


船室に備え付けられた秒針は狂いなく、正確に時間を刻み続ける。
はパンクハザードへ向かう船の中、紅茶のカップを前に静かに考え込んでいた。

 今から行うのは、危険な賭けだ。

何しろパンクハザードにはモネがいる。

の狙いはおそらく見破られるだろうが、
もしも、本当にモネがを好いていてくれるのなら、
の魂胆を阻止できないだろう。
シーザーもそれを後押ししてくれるはずだ。
問題はトラファルガー・ローだけである。

 耐え難い苦痛に10年耐えた。
 ならば、何食わぬ顔で”もう10年”過ごすことなど容易いことだ。

秒針がてっぺんを回った頃、
は静かに笑みをたたえ、懐に忍ばせた粉末を口に含み、
紅茶とともにそれを流し込んだ。

 だが、その前に命を落とそうとも構わない。

は毒薬を飲み干して、微笑む。

全ては胸に燻り続ける憎悪のために。



パンクハザードではが視察に来ると聞いて、シーザーが浮き足立っていた。
心なし白衣もいつもよりノリの利いたものをまとっている。

モネは呆れた様子でめかしこんだシーザーを見遣った。
間違いなくシーザーの浪費を咎めるためにが差し向けられたということに、
シーザーはまるで気づいていない。

モネは深く息を吐く。

懸念すべきことは他にもある。
トラファルガー・ローだ。

ローとを出会わせてもろくなことはないことは分かっていた。

ドフラミンゴ曰く、十中八九敵に回る男。
かつてはドンキホーテ・ファミリーに属していたということだが、
ファミリーを離脱してから10年以上経っている上に、ドフラミンゴに連絡するそぶりもなく、
それでいながらパンクハザードに訪れたローの本当の目的を未だに掴めずにいる。

「政府の残した実験の証跡を洗いたい」という本人の希望の通り、
基本的に島を歩き回っては書類を引っ張り出して与えた部屋に篭っているため、
シーザーやモネと会話することは少なく、
それとなく探りを入れてみてものらりくらりと躱されてしまう。

だが、医師としての腕前は本物だった。

モネは自身の両腕のように動く翼を、腕を組むように交差させる。
実験の後遺症に苦しんでいた海賊たちを、ローは動物の体と接合することで治した。

モネはそれを見て、自分も同じようにできないか、とローに頼み込んだのだ。

『・・・お前は健康体だろう』
『”ケンタウロス”になったあなたの患者、明らかに身体能力が向上しているわ』
『そりゃ、人間の脚力と動物の脚力は違うからな』

『だったら・・・』
『気乗りしねェ』

ローは当初、難色を示した。
だが、モネがしきりに話題にするものだから断るのも面倒になったのか、
ところどころ付箋のつけられたファイルを閉じて、深いため息をこぼしながらも言った。

『だったらお前は何が欲しい? 脚力か、牙か、爪か・・・』
『翼』

モネはローの言葉を遮って答えていた。

『翼が欲しい』

ローはそれに対して深く追求することはなく、しばし考えるそぶりを見せた。

『なら、両腕を失うことになるぞ。それから・・・足もだな』
『あら、そうなの?』

意外そうな顔をするモネに、ローは淡々と答えた。

『飛行するのに、人間の足は重すぎる』

ローはリスクを説明し、モネはそれを厭わなかった。
そうして、両腕と両足を失い、代わりに翼と鳥の脚が手に入ったのだが。

 これを見たら、はどんな顔をするだろうか。

離れてみて、よく分かった。はモネを混乱させる。
ドフラミンゴに命を捨てるほどの忠誠を誓っておきながら、
と過ごす時間をこの上なく大事に思うのは、やはり裏切りに他ならない。

 少しだけ足掻いてみたかったのだ。
 恋に溺れる前に、息ができるうちに。

モネは思案を終え、ローと通じるでんでん虫に目をやった。
今日1日、ローには客人が来るから応接室には来ないようにと言いつけている。

はそう長居しないと言っていたから、
今日を何事もなくやり過ごせば問題はない。

そう思っていた矢先、でんでん虫が泣き出した。
緊急連絡である。
その上泣いているのは研究所直通のでんでん虫だ。

「何かあったのか?!」

シーザーの顔に不安そうな色が浮かぶ。

「もしもし? こちら、モネ、」

モネが受話器を取ると、通話越しの相手が堰を切ったように喋り出した。

『モネ様ですか!? こちらDF102号船! 実は様がお倒れに!!!』

「・・・え?」

モネは耳を疑った。
だが、矢つぎ早に部下の声は切迫した状況をなおも伝えて来る。

『船医が対応してるんですが、応急処置しかできないと・・・、
 毒物か、中毒かはわかりませんが、それらしい症状が出ています!
 手術が必要なようです! パンクハザードに処置室はありますか!?』

横で聞いていたシーザーがモネから受話器を奪い取り、叫ぶように答えた。

「あるぞ、オペ室はある! おい、王妃はそんなに重症なのか?!」
『正直、一刻を争うご容態だと・・・!』
「な・・・!」 

シーザーは絶句していた。
モネは眉を顰め、シーザーから受話器を受け取ると部下に問いかける。

「そこからパンクハザードまで、どれくらいかかるの?!」
『・・・どんなに早くとも30分はかかります! 港から距離もありますが、
 一時間以内に本格的な治療に入らなくては、命が危ぶまれる状況です!』

港から研究所までは距離がある。
その上が未だ海上にいるとあっては、とてもじゃないが間に合わない。

モネもシーザーも、置かれている事態の深刻さをひしひしと感じ取っていた。
だが、先に結論に至ったのはシーザーの方だった。

「・・・ローを使え」
「?!」

モネは思わずシーザーの顔を注視した。
それに構わず、シーザーは苦渋を隠しもせずモネに指示を出す。
 
「モネ、ローに言ってオペをさせろ。
 あいつは瞬間移動能力も持ってるし、手術の腕は確かだろうが」

モネは内心で奥歯を噛んだ。
こんな事態になってしまえば、ローとの接触を避けたいとは言っていられる状況ではない。

「・・・了解。今の状況なら、それが最善でしょうね」

モネは部下との応対をシーザーに任せ、ローに通じるでんでん虫へダイヤルを回す。
さほど待つこともなく、でんでん虫は繋がった。

「ロー、仕事よ」
『なんだ、客人の相手はやけに早く済んだようだな』
「あなたにはその客人のオペをお願いしたいの」

淡々とした声に、疑念が混ざった。

『・・・何?』

モネはなるべく平坦な声になるよう努めながら、現状わかりうる状況を説明する。

「ここに来るはずだったのは”ドンキホーテ・”。・・・ドレスローザの王妃様よ」
『!・・・どういう状況だ?』

ローは驚いていたが、すぐにモネを問いただした。

「詳しくはわからない。彼女はまだ海上で、船医が応急処置に当たってるけど
 一時間以内に本格的な処置に入らなければ命が危ぶまれると。
 中毒か、毒物か、そういう症状が出てると言っていたわ」

短い舌打ちがでんでん虫から聞こえて来た。

『具体的な症状がわからねェなら対処のしようがねェ。
 そっちの船医と話をさせろ』

モネは頷いて、そして、釘を刺す。

「分かった。・・・ひとつ忠告を。あなたに失敗は許されない」 
『・・・』

の手術を失敗すれば、必ずドフラミンゴが動くだろう。
そうなればローにとっても、シーザーにとっても、いいことは何一つない。

「必ず治して。いいわね」

モネの言葉に、ローは了承して見せた。

『手は尽くしてやるさ。下手に騒がれても面倒だからな』

部下にローのでんでん虫の番号を伝え、通話を切ったモネは前髪をつかんだ。

ただの病ならば良い。
だが、中毒症状と船医が判断したのなら、おそらく、は自分で毒を飲んだのだ。

 ドフラミンゴが目を離す機会を伺って自殺を図ったのか、それとも。

モネは眉を顰める。
ローとを接触させるのはあまりに危険だったが、
そうせざるを得なかった。

を死なせたくないのは、モネとて変わらないのだから。



恐ろしい苦痛の中、気絶したのは覚えている。
そのまま泥のような暗闇の中に永遠に横たわっていても良かったのだが、
どうやら生き残ってしまった、と覚醒したは苦笑した。

体を起こすと、そこは手術室のような場所だった。
の横に、白い帽子をかぶった隈の深い男が腕を組んで腰掛けている。
トラファルガー・ローである。

は目のあったローにしばし瞬いたが、やがてくつくつと肩を震わせ、笑い出した。

他に誰もいないのは、にとって幸いなことだった。

おそらく、ローはの症状に不審を覚えたのだろう。
だから病室に移すこともせず、手術室にを置いた。

まさしくの求める人材であることに、間違いなかった。

「ふ、ふ。こうも・・・上手くいくとは、ああ、でも、二度はごめんですね、」

ローは笑い出したに眉根を寄せただけで何も答えない。
はよそ行きの微笑みを纏うと、ローに手を差し出した。

「初めまして、トラファルガー・ロー。
 私はドレスローザ王妃。ドンキホーテ・です。
 ”死の外科医”殿。私、お前に会いに来たのですよ」

ローは訝しむようにの差し出した手と、本人とを見比べた。
は肩をすくめて差し出した手を引っ込める。

「つれない方ですね。
 それにしても・・・おや、まだこんな時間ですか、
 それなのにもう回復しています。素晴らしい」

壁掛け時計に目をやった後、
痺れていた手足を結び開くに、ローはようやく口を開いた。

「まだ本調子なわけじゃねェだろ。今日1日は安静にしとけ」

「ご忠告どうも。ふふ。ここまで迅速な処置なのは能力あってこそなのでしょうけど、
 噂に違わぬ名医なのですねぇ、えぇ、えぇ、全く感服いたします」

奇妙なほどローを持ち上げて来るに、ローは眉を顰める。

「・・・嘔吐、手足の痺れ、呼吸困難、痙攣、血圧の低下。
 意識も混濁していた。最悪の場合は死んでたぞ。お前、何を食べた?
 植物由来の何かだとは思うが。・・・恨みでも買ってたのか」

皮肉めいた言い回しで尋ねられた最後の言葉に、は首を横に振った。

「いいえ、毒を盛られたというわけではないのです。
 自分でバイケイソウを口にしました」

ローは瞬いた後、ぐっと厳しい表情を浮かべる。

「自殺行為だ。文字通りの」
「ええ、まあ、死ぬなら死ぬで、別に良かったものですから」

は心底どうでも良さそうに答えた。
そのそぶりに興味が湧いたのか、ローの声色に好奇心が混ざる。

「へぇ・・・それで?
 ドレスローザの王妃様が、わざわざ命がけでお越しとは、・・・おれに何の用だ?」

「ふふ、そう怖い顔をしないで」

は目を細める。

「お前の言葉には棘がありますね
 ・・・私が、あるいは”私の夫”が気に入りませんか?」

ローは帽子のつばを抑え、陰に表情を隠そうとしたが、声色は正直だった。

「別に。だが、・・・まさかあいつが女子供の読むような、
 三文小説の主役を張るとは思ってなかった口でな」

ローからはどこか失望さえ感じ取れそうだった、は愉快そうに肩を震わせる。

「ふ、ふ、ふ! 新聞をご覧になったのですね。三文小説とはよく言ったもの!
 まさしく、あれは劣悪な脚本でした」

の言葉に、ローは無言ながらも驚いているようだった。
見開いた眼差しに、は口元ばかりを綻ばせて尋ねる。

「お前はあの与太話を、信じていませんね?」

「・・・やはり、あれは」
「私は王族の女ですよ」

ローの懸念を、は冷たく遮った。

「”ゴロツキ上がりの海賊風情”と恋に落ちるとでもお思いですか?」

ローは眉を顰める。はそれを見て態とらしく口元に手をやった。

「おっと、お前も海賊でしたね。失礼を」
「前置きはいい。要件を言え」

苛立ったローには頷いてみせる。

「わかりました。ただ、一つだけ心構えのほどを聞いておきましょうか。
 おそらくお前は私の思った通りの目的でここに来ているのでしょうが・・・」

はローの腕に手を置いた。
口の端をつり上げ、瞬いた視線を追うように絡ませて、問いかける。

「お前、遂行すべき目的のために、地獄に落ちる覚悟はありますか?」



処置を終えたは応接間でシーザーの歓待を受けていた。

安静にしろとのローの忠告をは聞かなかったらしい。
結局ローを部屋の隅に置いて、容体が急変した時に備えることにしたようだ。

「お見苦しいところをお見せしました。心配をかけましたね、ドクター・シーザー。
 あなたがドクター・ローに処置にあたってくれるよう迅速に指示したのだと聞いていますよ。
 ありがとうございます。あなたは命の恩人ですね」

シーザーはに手放しに褒められて照れたように頭をかいた。

「い、いや・・・! そんな! おれァ、当然のことをしたまでで・・・」
「ふ、ふ、ふ。謙虚なのですね」

は愛想よく微笑むが、やがてその表情をかげらせる。
頰を手のひらで抑え、静かにため息をこぼした。

「・・・実は、私はあなたが心配でしてね、ドクター・シーザー」
「そんな、王妃様に心配していただくようなことはおれには、」

慌てるシーザーに、は心配そうに首を傾げる。

「なんでも、ガールズシップを夜な夜な呼んで、享楽に耽っているとか」

ピシ、とシーザーの表情が固まった。
は頰に手をやってため息をこぼす。

「きっと夫がプレッシャーをかけているのだと思います。
 あなたの頭脳を求める大勢の依頼者があなたを追い詰めているからこそ、
 慰めも必要になるというもの。
 ・・・少々根を詰めすぎなのでは、ドクター?」

淡々と紡がれる言葉に、シーザーはあわあわと口を開いたり閉じたりしている。

「・・・あ、あの、その」

「お仕事を減らしましょうか? その分給金は下がりますが、休息はできますよね。
 モネに調整させればよろしい。彼女は秘書としても優秀ですから」

事実上の減俸を提示されてシーザーの顔から血の気が引いた。

「お、王妃様、大丈夫だ! お、おれは今まで通りあんたがたの期待に応えたい!
 ちょーっと羽目を外しすぎたようだから、これからは控えるよ! シュロロロロ!」

「まぁ、左様ですか? なら、よろしいのですが。ふふ」

はシーザーの笑みに鷹揚に頷いてみせた。
側に控えているローもモネも、
いいようにの手のひらで転がされているシーザーを呆れたように見つめている。

「にしても、王妃様、本当に体調は大丈夫なのか? 原因は、」

「もうすっかり大丈夫ですよ。
 原因は、・・・ああ、お恥ずかしい。食あたりのようです。
 ちょっとうちの船医は大げさに言ったようですが。
 ドクター・ローにもご迷惑をおかけして。彼もあなたの客人だったのでしょう?」

ローは話題に自分の名前が出ても眉一つ動かさず事態を静観している。
シーザーは歯切れ悪く、を伺った。

「・・・そのことなんだが、ローのことはジョーカーには黙っててもらえねェか?」
「ふ、ふ、ふ。実は言われなくとも黙っているつもりでしたよ」
「え?」

面食らった様子のシーザーに、は目を伏せる。

「張り切って視察をしてくると言って出てきたのに、
 食あたりでご迷惑をおかけしただなんて、・・・恥ずかしいではありませんか。
 ・・・今日、私はつつがなく視察を終えた。そういうことにしておきましょう?」

よそ行きの微笑みで答えたに、異議を唱える者など、誰もいなかった。



帰りの船の補給が済むまで、は部屋で休むことになった。
本来は視察するはずだったが、手術を終えた後である。
なるべく休んでおくのが望ましいとの判断だった。

ソファに体を横たえたを、モネは見下ろした。

、食あたりだなんて嘘でしょう」
「・・・」
「あなたは毒を飲んだんだわ、どうして、」

はモネの質問には応えず、それどころかモネに問いかけた。

「あなた・・・怪我をしたのですか?」
「え?」

は立ち上がると、モネの羽を掴んだ。

「あなたに腕や足を失うような仕事をさせたのですか、あの男は・・・!」

驚くべきことに、の目には涙が浮かんでいた。
モネはそれを見て目を大きく見開いた後、やがて目を伏せ、首を横に振った。

「いいえ、これは私が勝手にしたこと。
 こうすればもっと強くなれると思ったの。あの方のお役に立てると」

「・・・なんてことを、」

はしばし言葉を失い、やがてモネに尋ねる。

「その羽で化粧ができるのですか、」
「ええ、もちろん。案外うまく動くのよ」

は目を眇める。

「あなたの爪を彩る事が出来なくなってしまいました」
「・・・そうね。それは少し、・・・残念だわ」

は苛立った様子で眉根を寄せた。
羽を掴む指先に、力がこもる。

「・・・そこまであの男が大事ですか」

悔しそうに奥歯を噛んだに、モネは笑ってみせる。

「ふふっ、そうね、私はあの方のためなら、命だって惜しくない」

それはずっと変わらないことだった。
を愛するようになっても、変わらないことだった。

「あなたは自由に海を渡っていた頃が、一番素敵だったわ。

出会った頃。
ドレスローズ社の社長にして王女だった頃のを思い出して、モネは言った。

「アイディアとユーモア、才能と自信に溢れた、優しく魅力的なあなた。
 みんなあなたが大好きだった。
 あなたに才能を認められる人たちはみんな幸せそうで、楽しそうで。
 ああ、こんな人が、私の大事な方の伴侶になったなら、と、思った。
 ・・・ひどい勘違いだった」

表情は乏しくとも生き生きと、国を豊かにしようと邁進していたはもうどこにもいない。
は国に失望し、自分を大切にすることもなくなった。
いつも何かに傷つけられて、そして何かを傷つけ続けている。

「あの方はあなたの心を踏みにじって殺してしまった、あなたを摘み取ってしまった」

モネは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「・・・私が代わってあげられたなら、それが一番良かったのにね」
「モネ、」

は息を飲んだ。モネはの頰を両羽で撫で、目を細める。

ローとの会話は聞いていた。
の口にしたのはあまりに残酷な計画だった。

だが、それをに口にさせたのは、
ドンキホーテファミリーと、ドレスローザ王国の全てだった。

「あなたが何をしようとしているのか、私は知ってしまったけれど。
 止めないわ。・・・止められ、ないわ」

の復讐が成就したとしても、ドフラミンゴのドレスローザ支配は続く。
だが、きっとドフラミンゴに報告すれば、命令されれば、モネはを手にかけることになるだろう。
だから今は黙っている。

せめてに死に方くらいは選ばせたかった。
どうあがいても自滅の道を選ぶのであれば、納得のいく最後を与えたかった。

「誰がなんと言っても、私だけはあなたを許してあげる。
 あなたを責める権利なんて、あの国の誰にもないのよ、」

唇が重なる。

モネは足を取り替えたせいで、よりも少しばかり背丈が伸びてしまった。
はいつかと同じように泣いている。

けれど、慰める両手を、モネはもう持ってはいない。

「私を覚えていてね、モネ。私がたとえ、無様で、無惨な最後を迎えたのだとしても、
 今の、・・・いいえ、一番美しかった頃の私を、覚えていてね」

だから、の望みだけは叶えようと思った。

「ええ・・・、覚えているわ。私だけが、覚えているわ」