血みどろ王妃


王宮が揺れている。

は地鳴りのような音にも、振動にも眉ひとつ動かしはしなかった。
護衛としてのそばに侍る男たちが不気味に思うほど、
という女は冷静に、ペンを動かし続けていた。

その表情が変わったのは、遠くで聞こえるドフラミンゴの演説が
不穏な響きを持っての耳に入った頃である。

『別に初めからお前らを、恐怖で支配してもよかったんだ・・・!!!』

その声を皮切りにして、銃声と悲鳴、怒号が王宮の窓を揺さぶった。

「・・・随分騒がしいのですね」

はかけていた眼鏡を外すと、
護衛についていた二人の男の内、一人に目を向けた。

「どのような状況か、お尋ねしても?」
「は、はい、すぐに調べます!」

護衛は仲間にでんでん虫をかけ、外の騒ぎの原因を聞き出した。

シュガーが敵によって気絶させられ、おもちゃが人間に戻ったこと。
そしてそれに怒ったドフラミンゴが麦わらの一味やロー、
リク王家の関係者に懸賞金をかけたということ。

そして今、ドレスローザの国民たちはドフラミンゴの寄生糸に操られ、
王宮の外は地獄絵図と化していること。

話を聞く間もは淡々と書類をさばいていく。
護衛が口を閉じたタイミングで、は顔を上げた。

「なるほど。左様ですか」

は小さく口角を上げたように見えた。

「あなたがたの話ですと、陛下は王宮にいるとか。
 ならばこの城は安全でしょうね、しばらくの間は・・・」

「ええ! もちろんですとも!」

護衛は取り繕うように頷いてみせる。

はおもむろに立ち上がり、窓辺へと向かった。
細い指が窓を撫でる。

「おや、檻が・・・あれが”鳥カゴ”ですね。
 陛下はよほどお怒りになられているようで」

何がおかしいのかは小さく笑う。
そのまま翻って仕事机へと戻るかと思いきや、
の足は机を通り過ぎ、壁に飾られた宝剣を手に取った。

「王妃様? 何を・・・?」

「”稲妻”(トゥルエノ)」

一瞬の出来事だった。

抜かれた鞘が床に落ちる前に、の足は床を蹴っていた。
その姿を捉えきる前に、衝撃が護衛の腹を穿っている。

「重ねて、ひとつ、お尋ねしたいのですけど」

あまりに静かな声が、淡々と響いた。

護衛は信じられない、というように、自身の腹から生えた剣の切っ先が血で汚れていくのを見ていた。
もう一人の護衛は目を見開いて、護衛の腹を突きながら、返り血を浴びるを見ていた。
男たちが何が起きているか飲み込めない間に、は持ち手を捻り、えぐるように剣を引き抜く。

「護衛対象よりも弱い護衛って、何の価値があるのですか?」

そう言うや否や、は剣を抜かれよろめく男を蹴り飛ばした。
応戦しようとしたもう一人の護衛に刺された男の体がぶつかり、転倒する。
は転倒した男の胸を、薙ぐようにして切りつけた。

鮮血が飛び散る。

あっという間に地面に重なった二人の護衛を見遣って、は嘆息した。

「ああ、きっとあの日、お父様はこんな風に、国民を斬り捨てることになっていたのでしょうね。
 結局私、肩代わりしただけじゃないですか。損な役回りだなぁ」

は護衛の腰元にあった拳銃を手に取った。
弾丸の装填されたパーカッション式リボルバーが二丁。

はそれをテーブルに置いてクローゼットへと足を運び、一番端にかけてあったドレスに袖を通す。

羽飾りのついた黒いドレスと同じく黒のレースのグローブ、
鋼鉄を思わせるハイヒールが足元できらびやかな光を躍らせる。

結婚指輪以外のアクセサリーは全てハイヒールと同じくホワイトシルバー。
結い上げた髪を飾る小さなティアラでさえも青白く光っていた。

グローブに隠れた爪先には密やかに玉虫色を忍ばせる。

喪服のような、それでいて贅沢な衣装に身を包んだ後は
血だまりと死体を横に、自分の顔に化粧を施していく。

ブラシが肌に触れるたびに、の顔は鮮やかに彩られていく。
そして数分後、その顔を作り上げた時、は久方ぶりに心から微笑んだ。

 完璧だった。

いつかスカーレットに化粧を施した時と同じくらい、満足いく出来栄えだった。

鮮烈で、強く、印象的。
刃物のような繊細さと強さを併せ持った死化粧だ。

は鏡に映った自分を見つめた後、せっかく着飾ったドレスの上からマントを羽織る。
拳銃をしまい、マントについていたフードを被り、大剣を引きずるように歩き出した。

部屋を出て、空っぽの城内を闊歩し、庭園のあった場所に足を運ぶ。

やはりと言うべきか否か、の目の前に花々の咲き誇る庭園の姿はなかった。
ピーカの地面操作によって、庭園は無残に崩れ去っていたのだ。

温室は骨子が折れ曲がり、ベンチもテーブルもひしゃげ、
枝は折れ、花々や葉が地面に散っている。
池は泥で濁り、かつて過ごした美しい箱庭の影も形も残されてはいない。

は深く息を吐いた。

「全く、あの男とその家族は、
 私が重んじるものをことごとく踏みつけていくのですね」

しかし、そう言いながらもの口元には笑みが浮かんでいた。

「結構。・・・それでこそ、やりがいがあるというもの」

弓なりに持ち上がった唇が、小さく聖書の文句をそらんじる。

「”主はこう仰せになった。
 『今歩み、この民を討ち滅ぼせ、彼らを許すな。
  男を殺せ、女を殺せ、幼子を殺せ、乳飲み子を殺せ、
  老若男女、家畜の一頭も残らず殺せ』”・・・ふ、ふ、ふ!」

汚れていた刃を大きく振って、血と肉片を払い落とす。
その歩みはまるで凱旋のように、高らかな音を立てて始まった。



拳大のトゲのついた鉄球がひまわり畑に散らばっている。
その真ん中に突き立てられた墓標の前、
倒れた男と、血を流しながらもその場を動かない男とが居た。

倒れているのがディアマンテ。
激しい戦いの後に、物思いに耽っているのがキュロスだった。

キュロスの耳に、誰かの足音が聞こえる。
振り返ってみると、マントを着込んだ女がキュロスとディアマンテを見つめていた。
キュロスの視線に気づくと、女はフードを払い、顔を見せる。

「こんにちは、キュロス。
 お久しぶりですね、”兵隊さん”」

、様・・・!」

キュロスは驚愕に息を飲んだ。
着飾った、その姿を見るのはおよそ1年ぶりになるだろうか。

かつてレベッカを助けようと尽力したの手をきちんと取れなかったことを、
キュロスは後悔していた。

あの一件以降、はドフラミンゴから束縛され、監視の目が常に張り巡らされることになり、
キュロスがと接触することは叶わなかった。

様! 私は、娘は、あなたに恩を仇で返すような真似を、」

言い募ろうとしたキュロスを、は首を横に振って制した。
は口角をあげ、珍しくはっきりとした笑みを浮かべている。

「お前がディアマンテを倒したのでしょう?・・・ああ、」

は倒れ伏したディアマンテの後ろにある、
名もなき墓標に気がついて、いっそう眦を緩めた。

「これがお姉様の墓標ですか? きちんと弔ってくれたのですね。
 確かに、スカーレットお姉様はひまわりが大好きだった・・・」

キュロスはなんと声をかければいいか迷っていた。
制されたままだが謝罪を続けるべきか、それとも礼を述べるべきか、
これまでの苦労をいたわるべきか。

しかしは逡巡するキュロスにも、スカーレットの墓にも、もう目もくれなかった。

持っていた剣で倒れたディアマンテの両手首を迷いなく切り落とす。

止める間もなかった。
気絶していた男の手から血だまりが広がっていく。

「!? 何を・・・!?」

立ち上がったキュロスに背を向けたまま、はディアマンテの顔を蹴りつけた。

「この”ゴミ”がお姉様を殺したと知った時から、私はこの時を待っていました」

ディアマンテの顔を、は踏みにじりながら答える。

「王宮でのこの”ゴミ”の言動には私も理性を保つのに苦労したものです。
 意識が無いのが残念ですが、ええ、全くいい気分ですね、靴が汚れますけれど」

ガン、ガン、ガン、と気絶したディアマンテの顔を
執拗に蹴り付け始めたの腕をとり、キュロスは制止する。

「お、おやめください、様!」

はその腕を振り払い、何の表情も浮かべることなく、キュロスを見返した。

「なぜ? 私はこの”ゴミ”をなますにして野良犬に食わせても良いと思っているのですが。
 むしろ、なぜお前はこの”ゴミ”を中途半端に生かして、」

「復讐に理性を失くしてはいけません、様!
 それでは獣と同じだ、リク王様に申し訳が立たない・・・何より!」

キュロスは再びディアマンテの顔を蹴りつけ始めたを止めようとして、
振り払われ、容赦なく打たれながらも、縋るように叫ぶ。

「スカーレットの前ですよ!」

ぴた、とが動きを止めた。

キュロスは冷静になったから距離をとる。

血の滴るハイヒールを地面に下ろし、は顎に手を這わせた。
肩で息をしていたのを落ち着けるように深呼吸して、目を伏せる。

「・・・それは確かに、・・・確かによろしくありませんね。
 ・・・キュロス」

はキュロスに向き直った。

「私はスカーレットお姉様を愛していました」

それが姉妹間の親愛を指す言葉ではないことは、明らかだった。
驚愕に目を見張ったキュロスに、は困ったように微笑む。

「私は初めから、実の姉に懸想した、最低な、人間以下の獣なのです」

は切り落としたディアマンテの手首を無造作に摘み上げると、
キュロスの前から立ち去ろうとした。

「お待ちください!!!」

キュロスはその背に、声をかける。
そうしなければいけない気がした。

このままを歩ませたら何が起こるのか、うっすらとキュロスは悟っていた。

「・・・だったらなぜ、あなたは結婚式まで開いて、私とスカーレットを祝福したのです?
 あなたが一番にリク王を説得したのだと、彼女から聞いています。
 それに私から武芸の指南を、」

「恋敵からわざわざ指南を受ける必要はなかったと、そう言いたいのですか?
 ふ、ふ。お前、なかなか残酷なことを聞きますね」

皮肉には喉を鳴らすように笑った。
言葉を失うキュロスには振り返り、答える。

「お姉様に幸せになって欲しかったからです」
「・・・え?」

瞬いたキュロスに、は淡々と告げた。

「お前といる時のスカーレットお姉様は、誰よりも美しかった。
 幸福に輝いていました」

は墓標を眺める。
虚ろな藤色の瞳は、墓標を通してここではないどこかを見ているようだった。
眩く、美しいものを見るようには目を細める。

「結婚式の、みんなで縫ったウェディングドレスを着て、
 私の作った紅を差したスカーレットお姉様。
 あの時のお姉様は世界で一番、綺麗だったなぁ・・・」

キュロスはの言葉に、遠い日のことを思い出していた。

今でも目に焼き付いて離れない景色がある。
礼拝堂の扉を開いて、少しはにかんだ笑顔のスカーレットが、
ひまわりのブーケを手にキュロスに笑いかける。

その姿はの言う通り、世界で一番美しかった。

幸せだった。

キュロスの目から、涙が溢れ出した。
永遠に戻ってこないものを、キュロスもも愛していたのだ。

だが、キュロスにはレベッカが残されていた。
体がおもちゃの兵隊になったとしても、
たとえ父親と名乗れなくとも、レベッカを慈しみ、育てることはできた。

はどうだ。
には、何もなかった。

愛する者を奪われただけに止まらず、
それどころか略奪者の伴侶として生きていかねばならなかった。
誇りも愛着も踏みにじられた。

並外れた苦痛の日々に正気など保っていられるわけもなく、
自死を選ぶか復讐か。常にその二択を突きつけられていた。

そしての憎むものは、一つではない。

キュロスは諦観と憎悪をから汲み取った。
その全てが、墓標を眺めるの眼差しに篭っていたからだ。

キュロスは首を垂れる。
涙とともに、言葉が溢れて止まなかった。
拙い言葉が、唇からこぼれていく。

「あなたを、止めることができない・・・! 私は、自分が、恥ずかしい・・・!
 この国の誰が、!」

 誰があなたに、償うことができるというのだろう。

最後まで言葉を告げることもできず、崩れ落ちるように頭を下げたキュロスに、
は喉を震わせ笑うと、そのままためらうことなく歩を進める。

「ふ、ふ、ふ。お前は意外と涙もろい男なんですから、全く」

今度は誰も、の歩みを止めようとしなかった。
どこまでも続く、ひまわりがそよ風に揺れている。

そこには無力に打ちひしがれる、男が一人。



はドフラミンゴの足跡を追っていた。

逃げ惑う国民とは逆走するを見咎め、声をかける者もいたが、耳を貸さなかった。
悲鳴に耳を澄まし、燃え盛る炎を鑑賞し、
まるで踊るように歩くをおいて、周囲は狂乱の只中にいた。

「・・・! 様?! 何でこんなとこに!?」
「え!?」

逃げ惑う国民の誰かがに気付いた。

ドフラミンゴの奥方として10年ドレスローザに君臨したを、
ドレスローザの国民たちは戸惑いながらも見つめている。

は周囲の喧騒の事など耳にも目にも入っていないように、ただひたすらに前を歩む。
その行き先が、ドフラミンゴと麦わらの戦う方面だと気付いた面々の、顔色が変わった。

「ど、どこに行く気だ!? そっちは危ない! 兎にも角にも避難しないと・・・」

一人がの肩を掴もうとした、その時だった。
の剣が声をかけた男の喉元に突きつけられたのだ。

「ひ、!?」

後ずさった男と、遠巻きに引いた群衆を前に、は口を開いた。

「寄るな、愚民共」

鋭く紡がれた言葉に、あたりが静まり返る。

・・・! 何をしている?!」

その沈黙を打ち破ったのは、鳥カゴを押し返そうと外周まで足を運びかけていた、
ドルド3世と護衛隊長タンクだった。

はドルド3世の姿を見て、目を瞬く。

「・・・あぁ、どうも。先ほどは失礼な真似をいたしましたね、お父様。
 先を急いでおりまして、道を開けてくださればと思うのですが」

「ドフラミンゴの元へ向かうのか・・・!?
 そもそも、国民を愚民となじるとはどういう了見だ、!!!」

怒りをあらわにしたドルド3世に、は深くため息を零し、額を抑えた。

「なんでこうなるのでしょうね、」

その声は静かに周囲に響く。

「皆がことごとく私の邪魔をする。とても困りますよ、どうすればいいと言うのです」

俯いたは震えていた。
何か、堪え難い苦しみを耐えようとしているかのように。

「私はこんな無様で見苦しい真似を、本当はしたくはないと言うのに」

ドルド3世はたじろぐが、顔を上げたの顔を見て、目を見開く。

「――だから、あなた方が悪いんですよ?」

は笑っていた。
口角を三日月のように釣り上げたその顔は、不気味な凄みを伴っていた。
は眦を細め、ドルド3世に向き直る。

「ねぇ、お父様。私、皆様方に残念なお知らせをしなくてはなりません。
 ――あなたの娘は10年前に死にました」

息を飲んだ周囲に、はますます笑みを深めた。
眉を下げ、困ったようにも見えるその顔は、何もかもを見下し嘲っていた。

「私は王族であることを放棄します。
 この国にはほとほと愛想が尽きたのです」
「な、にを・・・」

は絶句する父親から目を外し、周囲の国民一人一人の顔を確認するように見て回る。

「お前たちの正体を教えてやりましょう。ドレスローザの愚民共。
 お前たちはね、流血沙汰を手を叩いて喜ぶような残虐さと、
 ただ一人の王に己の生活の責任を問うような依存体質を併せ持つ、”猿”の集まりです」

暴言に唖然として自らを見つめる国民の顔を、は剣の切っ先で指し示した。

「お前も、お前も、お前も・・・どいつも、こいつも・・・!」
様! 何を血迷って・・・っ?!」

の剣が子供を指したのを見て、タンクが間に慌てて入った。
切っ先が頰をかすめ、血が滴るのを見ても、は気に止めることすらせず、愉快そうに笑うばかりだ。

「ええ、ええ、お気持ちはわかりますとも、
 お前たちは自分の生活に支障がないなら、細かいことはどうでも良かったのです。
 王族に政治を任せておけば良いと、自ら考えることをやめたのです。
 刺激的な娯楽に浸ったのです。
 そういう動物をなんというかご存知で? タンク護衛隊長殿?」

タンクはの眼差しを見て、思わず腰の得物に手をかけていた。
一触即発の空気に、こめかみに汗を流したドルド3世が声を荒げる。

、もう、・・・! 止めなさい。
 お前の過ごした10年を思うと、私は胸が張り裂けそうだ・・・!
 だが、・・・だが、国民に罪はないだろう!」

「・・・あっはっ、はははははっ!」

は口元に手をやることもせず、高らかに笑っていた。
ドルド3世はその時、が剣を持つ手とは逆に持っているものに気がついた。

 あれは手首だ。人間の。切り落とした、手のひらだった。

「お父様! ”人間”であることを誰よりも尊んだお父様!!!
 そのあなたが言うに事欠いて『国民に罪はない』ですって?
 ふふふっ、なんとも度し難いではありませんか!」

青ざめるドルド3世に、は腕を広げてみせる。
剣と、誰かの手のひらを振り回しながら、はドルド3世に尋ねた。

「この国のどこに、”人間”がいるのですか、ねぇ?!
 流血試合に疑問を呈した者は!? 働かずに済むことに疑問を呈した者は!?
 私を面と向かって諫めようとする者は!?
 国を奪い取った海賊を”王”と讃えることを、恥知らずと罵った者は!?」

その場にいた誰も言葉を返せなかった。
は肩を震わせ、腹を抱えて笑っている。

「私と妹に庇われて命を繋いでいた分際で!
 獣に堕ちた人間に生きる価値は無いと説いたあなたが!
 よりによって彼らの罪を無きものにするとはね! 笑わせないでくださいよ!
 ふ、ふ! あっはっはっは!!!」

誰も、誰も何も答えない。かつてのを知る者ほど、目の前で国民と父親を嘲笑する着飾った女が、
リク・であることが信じられなかった。

かつて国に全てを捧げていた王女のなれの果てがそこにあるのだと、信じたくなかったのだ。

は剣を持つ手をすくめて、諧謔味を帯びた口調でドルド3世に忠告する。

「その猿共は、今までドフラミンゴ政権の恩恵を受けていたことを棚にあげてね、
『戦争するくらいなら滅んだほうがいい』とかのたまったりしますよ、きっと。
 それでいながら、あなたが適当な大義名分を掲げれば 
 どうせ『リク王様が言うのだから武器を手に取ろう』とか言い出すのです。ふ、ふ、ふっ!」

ひとしきり笑い終えた後、は深く息を吐いて、顔を上げた。
そこには哄笑の残り香のかけらもなく、常の無表情に戻っている。

「まあ、本当に、ここまで色々申しましたけど、
 実のところ、この国の進退のことなんて、全くどうでもいいのです。
 生きようが死のうが、勝手にしてください」

はすべての興味を失ったように、ドルド3世から視線を外し、
瓦礫が崩れる音に耳を澄ました。

「私のことは、ドフラミンゴの失政に失望して海に身を投げた、とか、
 そういうことにしてくださいませ。お好きに物語を作ればよろしいかと。
 ・・・なんにせよ」

は一歩、また一歩と歩き出す。
その度に国民は一歩引き、から遠ざかった。

「ドレスローザ王国のために生きたリク・は死んだのです。
 愛着も、良心も、誇りも、備わっていた善性のあらゆるものが、10年をかけて砂となった。
 ここにいるのは成れの果て・・・人間以下の獣ですとも」

その言葉に一筋の悲哀を見て取って、
ドルド3世はわななく唇で呼びかけようとした。
長く苦しんできた娘に、何を言いかけたのかは定かではない。

なぜなら、は聞く耳を持たず、先へ行くことのみを望んでいたからだ。

「私の歩みを邪魔立てするなら、弱った者から殺します。
 人質を取れば放って置いてくださるのならそうします。
 そうですね・・・例えばそこの怪我をした幼子とか」

が目を向けたのは涙を零す子供だった。
足を怪我しているのか、膝から血が滲んでいる。
子供はと目があうと、尻もちをついて、必死に後ずさった。

は道を開けた国民たちを威嚇するように剣で距離を取りながら、前へと進む。

「さぁ、道を開けなさい。私は夫に会いに行かねばなりませんので」