Past memory
は目を覚ました。
半身を起こし、やけに目覚めが良かったことに首を傾げ、伸びをしようとすると、
手首が少し赤くなっているのに気がついてぎょっとする。
それから横を見ると、眠っているロシナンテが居ては心臓が飛び跳ねそうになった。
思わず脈をとり、生きているのを確認してほっとする。
はそれから記憶を辿り、現状を納得した。
一通りのことは覚えていた。
やたら寝覚めの良い理由も理解する。
夢魔というのは人間を誘惑して生気を啜り取る生き物だが、
その方法は体液を媒介しての摂食になるらしい。
自身はその原理など、詳しいことはよく知らないがそういうものだと理解していた。
具体的に言えば、キスや性行為、あるいは吸血等がそれにあたる。
吸血鬼という化け物が居るが、あれの中には夢魔の亜種も含まれているとは認識していた。
もしかすると原理が異なる、まったくの別種も居るのかもしれないが。
キスが一番手軽な摂食方法だが、夢魔は大抵性行為を好むものだという。
理由はただ一つ。それが一番効率的なのだ。
キスが人間で言うところの間食に当たるなら、性行為は栄養バランスの整った夕食に当たるだろうか。
ただし、その方法に関わらず、吸血や性行為は病気感染のリスクがあり、
またキスに比べると致死率が上昇するため、は今までキスで留めて来た。わけなのだが。
「なんで死んでないのかしら・・・?」
「お、おはよう、、あの、なんの話だ?」
起き抜けに物騒な単語を聞いてか若干青ざめているロシナンテに、は微笑む。
「おはよう、ロシナンテさん」
「あ、うん・・・ん?ちょっと待て!今誤摩化そうとしただろ!?」
一瞬その笑みに絆されかけたロシナンテだが内容が内容だけに流されずに抗議すると、
は眉を八の字にしてちょっと困ったような顔を作り、矢継ぎ早にロシナンテを質問攻めにした。
「ロシナンテさん、体調は大丈夫?疲れてない?怠いとか、身体に痛みとかは・・・?」
「いや、おれは大丈夫だけど、それはこっちのセリフじゃねェのかな・・・?」
首を傾げて疑問符を浮かべるロシナンテの顔をは本当に心配そうに見つめる。
「私、夢魔だから、その、殺したりとか、あり得るので・・・」
「え!?あっ!?」
忘れてた、と言う顔をするロシナンテを、はジト目で睨んだ。
「嫌ですよ。私。不注意であなたを殺すなんて」
「・・・そりゃおれだって嫌だよ。でも、死んでないし、まぁ、いいんじゃないか?」
「良くないですよ、・・・わ?!」
ロシナンテはの腕を引いてシーツの中に引き戻した。
を抱き締めて、ロシナンテは機嫌良く笑う。
「ふふ、今日休みだろ、」
「え?ええ、はい」
「おれも休みなんだよ」
「・・・?知ってます」
「二人で朝寝坊しようぜ」
目尻をくしゃ、と歪ませるロシナンテに、は何か言いかけて、止める。
幸せに、溺れているのはきっとお互い様なのだ。
※
「簡単なもので、というか、昨日の夕飯の残りで申し訳ないんですけど・・・」
「いや、ありがとう!美味いよ、本当に!」
二人で小さなテーブルを囲んだ。
野菜の沢山入ったポトフを心底美味しそうに食べるロシナンテを見て、は唇を緩める。
「・・・もう、がっついて食べるからついてますよ、食べカス」
唇の端についていたジャガイモを摘み、
そのまま自分の口に運んだを見て、ロシナンテは思わず赤面した。
「ロシナンテさん?どうしたの?」
「・・・いや、うん。なんでもない。そのままで居てくれ」
「?」
首を傾げたに、ロシナンテは明後日の方向を向いている。
は窓の外を眺めた。
朝方は晴れていたのに、雨が降り始めている。
「ロシナンテさん、私の話も、聞いてくれますか」
「ん?ああ。どうした?」
は遠くを見つめていた。
それからきちんと、ロシナンテに向き直り、少しばかり硬い声で、呟いた。
「全部打ち明けてくれたあなたに、
私のことを黙ったままでいるのは、フェアではないと思ったの」
※
が物心着いた時に目にしていた景色は、くすんだ壁紙、
鉄格子、子供用の玩具、色鉛筆とスケッチブック。山ほどの本。
それから、世界で一番美しい女性。
金色の髪は艶めき、灰色の瞳はどこまでも澄んでいて、ダイヤモンドのように輝いている。
白い肌は雪のようで、均整の取れた、曲線を描く肢体はいつだってを優しく抱きとめた。
夢のような人だった。
実際に、彼女は夢を司る女性だった。
夢の悪魔、夢魔の一族の女王。
カルミアという名前の夢魔は、の母親だった。
とカルミアは、同じ檻に入れられた。
檻とは言っても、とても広く、調度品は整えられていて、
一見するとごく普通の部屋のように感じたが、
窓やドアには鉄格子が嵌められていて、その部屋の外を自由に出歩くことは禁じられていた。
それでも、そのなかでカルミアは自由に振る舞っているように見えた。
時に色鉛筆で外の世界を描き、時に物語を作り、
絵本を読み聞かせるカルミアのことが、は大好きだった。
時折、カルミアだけ檻の外へ出て行き、数時間経って戻ってくることがある、
その時カルミアは酷く疲れているようだったが、
には弱音を吐くようなことなどは無く、外の世界のことを聞かせてみせた。
「お母様、海って、青いってこっちの本では書いてあるのに、
この本ではオレンジ色になるって書いてあるの。
海は本当は青いの?オレンジなの?」
「そうねぇ、どっちも正解なのよ。海は、色を変えるの。時間によって、天気によって」
「ふぅん。そうなの?綺麗っていう本も、怖いっていう本もあるけど、これも、どっちも正解?」
「そうよ。今度見せてもらいましょうか?」
カルミアは微笑んだ。は頭に疑問符を浮かべる。
口を酸っぱくして、カルミア以外の大人は言うのだ。
外は危険だから、出ては行けない、と。
「・・・私たち、外には出られないんじゃ、ないの?」
「うふふ、良いこと?物事は柔軟に考えなさい、方法はいくらでもあるのよ」
カルミアは悪戯っぽく微笑んだ。
その日、夕食を持って来た白衣の男が来たと思ったら、カルミアはその男に抱きついてみせた。
白衣を纏う男は何人か居て、いつもカルミアやに何事か話したあとすぐに居なくなるけれど、
その男は特に頻繁にカルミアやに顔を出す中の一人だった。
注射や薬を飲ませてはカルテになにか書き付けて帰って行くばかりなので、
は白衣の男達が好きではなかったけれど。
「・・・!?カルミア!やめろ!何だ、いきなり!?」
「ちょーっと融通して欲しいものがあるんだけど良いかしら?」
「止めなさい!が見てるだろう!教育に良くないだろうが!」
白衣の男は黒縁のメガネをカルミアに取られて慌てている。
カルミアは奪ったメガネのつるを噛んで、眉を上げた。
「ふぅん?こんなところに私たちを閉じ込めてる人が、言う言葉じゃないわよねぇ」
「だ、だから、私は、」
「そう。便宜を図ってくれるのでしょう?」
カルミアが目を艶やかに細めて言うと、その男はがっくりと肩を落とした。
「わかった、何が欲しい?」
「ありがと、ローレン」
カルミアはローレンと呼んだ白衣の男の頬にキスをする。
ローレンは可哀想な位真っ赤になっている。
がそれを見つめていると、その視線に気づいたらしいローレンはメガネをカルミアから奪い返し、
咳払いをしてその場を去って行った。
「うふふ、照れ屋よねぇ、ローレンは!」
「・・・お母様、楽しそう」
「あら、わかる?」
カルミアは瞳を煌めかせた。
悔しいけれど、が見る中で、カルミアはこの笑い方が一番綺麗だ。
他の白衣の男達には、見せない微笑み。
どうして自分の自由を奪う相手に、そんな微笑みをみせるのか、には分からなかった。
外の世界を知っているカルミアは、多分ここに居るよりも、外の方が似合うはずだと、
外を知らないでさえそう思っていた。
ローレンは次の日、写真を沢山持って来た。
はそれに、感嘆の声を上げる。
「海!」
「そうよ、海よ」
「青いし!オレンジだし!灰色!」
はしゃぐを見て、カルミアが微笑む。
「そうね、全部正解だったでしょ?」
ローレンが補足するように言った。
「・・・、これは夏の海だ。青いだろう?
こっちは同じ場所で撮っているが、時間がちがう。夏の18時に撮っている。夕焼けで、オレンジ色だ。
これは別の日に撮られたもので、天気が雨だから、灰色に見える。
いいかい?海の色が違って見えるのは、光によるものなんだ。
まず空がなぜ青いのかから話すけど、
空気と言うのは窒素や酸素の粒の集まりで出来ていて、
空気は青や紫の光を散乱しやすく赤や赤に近い光はほとんど通過させてしまう。
そのために・・・」
ローレンは一々話が長かったが、そんなローレンを見るカルミアは楽しそうだった。
たまにうんざりすることもあったがもローレンの話をきちんと聞いた。
ローレンがただ真面目なだけだと気づいていたからだ。
こんな風に、カルミアは白衣の男達からいろいろなものを手配させてはに様々なことを教えた。
「昔は美人女医として一世を風靡したのよ?今も美人だけどね」なんて嘯きながら。
それでもにはそれが嘘だと思えなかった。
手当の仕方、薬の調合法、言葉で人を安心させる方法。
その時ばかりはスパルタで、カルミアはに知識を叩き込んでいた。
きっと知識だけなら、外の世界で何不自由なく暮らす子供達と変わらないどころか、
有り余る程だったのだと思う。
そんな制限された生活に不自由や違和感を感じることもあったけれど、
はカルミアと時間を過ごしているだけで、なんとなく幸せだった。
その時間が、突然終わってしまった日がいつかを、は覚えている。
が10歳の誕生日を迎えた日のことだったから。
その日、カルミアは檻の外へ出て行ったきり、帰ってこなかった。
次の日、白衣の男達に引きずられるようにして帰って来たカルミアを見て、は悲鳴を上げた。
見る影も無かった。
ローレンが写真で見せてくれた月のように、艶やかだった髪はぼろぼろで、
白かった肌は青あざだらけだった。足を引きずっている。が改めて見ると、折れていた。
は、かつて、カルミアに教わった通りにカルミアを治療し、身体を拭いた。
衣服の下も痣や傷だらけで、は嗚咽しながら、カルミアを介抱した。
いつもなら、優しい声で褒めてくれるはずだったカルミアは、
うつろな目でぶつぶつとなにか呟いているばかりで、
に治療されていることさえ分からないようだった。
その日、夕食を運んで来たローレンは、そんな状態のカルミアを見て愕然としていた。
がローレンに食って掛かって、やっと我に返る程に。
「お母様に何をしたの!?」
「・・・」
「白衣の男達が昨日!お母様を連れて行って、それから帰って来たらあんな風になってた!
わ、私のことも忘れてる!脳にすごいダメージを与えない限りは、あんな風にはならない!」
は泣きわめきながらローレンの膝を叩いた。
「いつも私たちに打つ注射は何なの!?あの薬は!?私たちで何をしようとしてるの!?
ねぇ!お父様なんでしょ・・・!どうして・・・!?」
ローレンは何も答えなかった。
何も答えず、ただ、呆然と、縋り付いて泣きわめくをそのままにさせていた。
その日から、カルミアは人では無くなったようだった。
鎖で繋がれ、の目の前で、白衣の男達が連れてくる人間を、口づけでミイラのように変えて見せた。
そのとき一瞬だけ、カルミアはかつての美しさを取り戻したように見えたが、
正気を取り戻すことなどなく、ただ延々と、意味の無い言葉の羅列を綴っていた。
は夢魔と言う生き物が、どのような化け物かを知った。
はまだ、夢魔として目覚めては居なかっただけなのだと、白衣の男達がカルミアを罵る中で悟った。
出来れば一生、目覚めることなど無いと良いと思った。
カルミアが命を啜る様は、酷く恐ろしかったからだ。
それでもカルミアは、に暴虐の矛先を向けることは無かった。
白衣の男達がを別室に移らせようとする時だけ、カルミアは手が付けられない程暴れるので、
はカルミアの面倒を見ながら、ローレンが差し入れる本を慰めに生きていた。
ローレンが差し入れる本は、脳科学、医学書に分野が定められるようになっていた。
その意味も分からないまま、はカルミアを治したいと思っていた。
ひたすらに勉強して、カルミアを元に戻したいと。
でも、それは叶わなかった。
ローレンが、耐えられなかったのだ。
※
「カルミア、、お前たちには本当にすまないことをした・・・。
愛している。愛しているんだ」
やつれ果てたローレンが、涙をたたえて母に言ったのをは驚いて見ていた。
カルミアも驚いたらしい。
ずっと繰り返し呟いていたうわ言が止み、口をつぐんでいる。
ローレンは何を思ったのか、カルミアの鎖の拘束を解いた。
カルミアはゆっくりと立ち上がった。
かつて女性として理想的な曲線を描いていた身体は見る影も無く痩せこけていて、
の好きだった輝く月のような金髪も色あせてぼろぼろだが、
その灰色の瞳は今やダイヤモンドのように煌めいていた。
カルミアはローレンの首に静かに抱きついた。
その時だけ、何の奇跡がおこったのか、カルミアは頭がおかしくなる前の、
美しく聡明で、穏やかな女性に戻ったかのようだった。
ローレンの髪をそっと撫でるカルミアはローレンになにか囁いた。
ローレンは微笑んで、頷く。
次の瞬間、カルミアはローレンの唇を貪っていた。
するとどうだろう。ぼさぼさだった髪が見事な艶をとりもどし、
服同様に擦り傷や青あざの絶えなかった身体が白く輝くようなものに変わる。
その頬が薔薇色に染まっていく。
頬を上気させるカルミアは美しかったが、同時にこの上なくおぞましかった。
カルミアが美しくなっていくのと比例してローレンが枯れおちて行くように、
生命力を無くして行くのが目に見えて分かる。
その黒い髪はみるみる白くなり、その肌に皺が幾つも刻まれ、腕もやせ衰えていく。
やがてローレンがくがくと脚を震わせたのを見て、
カルミアは何を思ったのかその爪でローレンの喉笛を搔き切った。
娘であるの目の前で。
あっけにとられて、目の前の出来事を見ていたと、カルミアの目が合った。
カルミアは今や、凄惨なほどに美しい女だった。
ただ、その瞳に理性の光は灯っていない。は腰を抜かして、後ずさった。
「・・・私たちはこういう生き物なのよ」
久々に聞いた、意味のある言葉に、は目を見開いた。
「かつて、私の母は国王の妃となって、王を堕落させた罪、
その果てに王を殺した罪で処刑された。
私たちが愛した人間の男は皆死んでしまう・・・」
カルミアは倒れ臥したローレンの頬を撫でる。
「私の愛した男はこうして死んだ」
カルミアは涙を流していた。
その瞳の輝きようと来たら、その微笑みの煌めきときたらどうだ。
例えようも無いほど美しかった。
それから、何を思ったのか、カルミアはの唇に噛み付いた。
その瞬間、は自らも魔物であることを悟る。
カルミアから口づけを通して全てを教わるように、カルミアの命が、自らに流れ込んでくる。
瞳の奥で火花が弾けていた。どうすれば魔眼が人間に作用するのか、その全てが理解出来る。
今まで受けていたのが、夢魔を利用したい政府が行った、人体実験だったのだと言うことも。
そして、カルミアがに何をしてほしがっているのかも。
は首を振った。それに構わず、カルミアは懇願する。
「ねえ、私がどうして欲しいか、分かるでしょう?」
「いや・・・」
「おねがいよ、」
「嫌!絶対、嫌!」
「・・・私は別に、構わないのよ」
「・・・え?」
カルミアはの頬を掴んだ。
優しい手つきで、決して抵抗出来ない強さで。
「あなたを連れて行っても」
そう言ってカルミアはもう一度に口づけた。
は懸命に抵抗するがみるみる力が抜けて行く。
やがて腹の底が熱くなるような、震えるような感覚を覚えて軽いパニックに陥った。
やがてカルミアの瞳が爛々と己を見詰めているのを見て本気で殺す気なのだと悟り、そして。
「!」
は逆にカルミアから吸い取ったのだ。
カルミアはあっさりとに全ての生命力を明け渡した。
「、弱いお母さんで、ごめんね。
あなたを、守るどころか、こんな仕打ちを・・・」
その目が、宝石のように煌めく瞳が、涙で潤む瞬間を、は覚えている。
「何も教えてあげられなかった。
言葉で海や、森や、月について教えても、あなたはそれを実際に見ていない。
あなたはまだ何も知らない・・・”生きて”。
。あなたは生きて、世界を知るの。
風を肌で感じ、海の匂いを嗅いで、色鮮やかな世界をその目で見るの。
世界がどれほど美しいのか、あなたは生きて、感じるの。
あなただけは・・・」
それが最期だった。
は息絶えたカルミアの亡骸を見て嘔吐する。
ミイラのように萎れたカルミアは醜かった。
は泣きながら、自分の運命を呪う。
これが必要なことなのだと知ってしまった。
生きるために、必要なことだと。
※
ロシナンテは言葉を失っていた。
は淡々と全てを語ったが、かえってそれが痛々しかった。
「私はその後、魔眼を使って白衣の男達を騙し通したんです。
母は自殺。父は母に殺され、娘である私は魔眼の兆候が見られないと。
・・・母がある程度、そのシナリオを描いていて、私はその通りに行動しただけでしたけど。
私の身柄はサイファー・ポールに移され、諜報部員としての訓練を受けました。
母譲りの医療知識、話術、それからほんの僅かな、魔眼開眼の可能性を買われてのことでしたが、
体術の方が期待していたよりも良い成績が残せなかったので、
慢性的な人手不足である”軍医”になることを勧められ、私はそれを承諾しました」
「・・・もう、いいよ。充分だ。」
「・・・私は、母が”生きて”って言ったから、ずっと生きていただけで、
この世界も、何もかも、美しいだなんて、思えなかった。だって、」
泣き出してしまったに駆け寄った、ロシナンテの手がの背中を擦る。
「私普通じゃないんだもの・・・!
もう二度と、誰かの命を奪いたくない!
誰かを殺してしまうかもしれないのが怖い・・・!」
「!大丈夫だ。大丈夫だから!」
ロシナンテは涙に濡れた、の顔に、宥めるように唇を落とした。
は息を吐いて、呟く。
「きっと、ずっと一人で生きて行くんだって、思ってた。
そうしなくちゃって。でも、あなたが私に、お礼を言ったの」
「・・・おれが?」
「私のおかげで、死なずに済んだって」
ロシナンテの脳裏に、心底嬉しそうに微笑んだ、の顔が浮かぶ。
その時と、同じ顔をしている。
「こんな私でも、誰かの命をつなげることが誇らしかった。
命を啜り取るだけでなく、誰かを助けるために、生きることが出来るって、
それをあなたが、あなたの言葉で認めてくれたのが、嬉しくて。だから、」
はにかむの頬を、ロシナンテは撫でる。
「・・・やっぱり、お前は夢魔である前に、人で、医者なんだな、」
「え?」
「ずっと、辛かったよな、何もかも隠し通して生きるのは。
でも大丈夫だ。おれが居るよ。」
ロシナンテは涙ぐんでいた。はそれに目を瞬く。
「もう、誰かから命を盗みとる必要なんかないんだ」
同じ痛みを知っていて、同じように苦しんで来て、
だからきっと、お互いに欲しい言葉がわかるのかもしれない。
「昨日、一緒に、幸せになろうって言っただろ、」
「・・・はい」
「だったら、色んなものを、二人で見ようぜ!
見つけて行こう、お前が綺麗だって思えるものを」
ロシナンテはの頭を撫でて、混ぜっ返して、優しく言った。
「きっと見つけられる」
もう、見つけてる。
はそう言う代わりに、微笑んだ。
「ロシナンテさん」
「ん?」
「大好き」
それだけで、真っ赤になる顔。夕焼けの、海みたいな瞳。
は、傷の舐め合いで構わないから、ロシナンテと一緒に居たいのだ。
ずっと。その命の許す限り。
は母のようにはならないと決めた。
きっと、愛した人を、殺すような生き方はしまいと。