mimosa


    「・・・ロシナンテ少佐。あんた何してる」
    「お、スモーカー。調子どうだ?」

    かなり大柄なはずのロシナンテが、上半身が埋もれるくらいのミモザの花束をもって、
    マリンフォードを闊歩するのを見て、スモーカーは目を見張る。

    ロシナンテはミモザの花束からひょっこりと顔をだしている。
    その顔がどことなく煤けて見えるのは、前が見えずに何度か転んだからだろうか。

    「おれはいつも通りですけど、・・・前から花束が歩いて来るから何事かと」
    「あっ、そんな風に見えるか。
     アハハ、いや、巡回した島で見事に咲いてたから買って来たんだよ」
    「はぁ・・・転ばねェように気ィつけてくださいよ」
    「ああ、・・・もう2回くらい転んでるんだ実は」

    遠い目をするロシナンテを見て、
    スモーカーは内心でコイツ良く少佐が勤まってるな・・・と呆れながら次の訓練に急ぐ。
    後ろでズルッという音と「痛ェ!」と言う声が聞こえて来てスモーカーは思わず額に手を当てた。

    あれで任務はそれなりにこなすのだから分からないものである。
    ・・・部下や補佐になるのは苦労しそうでゴメンだが。



    マリンフォードにある喫煙所。
    葉巻に火をつけたスモーカーに同期が声をかけた。

    「スモーカー君、久しぶりね」
    「ヒナ」

    上司からの覚えめでたい優等生のヒナだが、その顔色は優れない。
    遠征帰りなら無理も無いだろう。
    ヒナはスモーカーの横に腰掛ける。

    「最近どう?また反省文沙汰とか起こしてないでしょうね」
    「関係ねェだろ」

    明後日の方向を見ながら悪態をつくスモーカーに、
    ヒナは呆れたように頬杖をついた。

    「・・・その様子じゃあ、相変わらずみたいじゃないの。ヒナ失望」
    「ほっとけ」

    スモーカーが白煙を吐くと、ヒナはそう言えば、と話題を変える。

    「さっきロシナンテ少佐と会ったんだけど」

    それでヒナが何を言いたいのかは大体察しがついた。

    「おれも見た。でけェ花束が前から歩いてきやがるから何事かと思ったよ」
    「転ぶわよね、確実に」
    「3回は転んでたみてェだ」
    「・・・相変わらずか、あの人も」

    ヒナは苦笑する。スモーカーは少し首を傾げた。

    「あんなもんどうすんだかな」

    スモーカーの言葉に、ヒナは少し驚いた様子を見せたが
    すぐに一人納得したそぶりを見せた。

    「鈍いわね。贈り物に決まってるでしょ?」
    「・・・そりゃそうか」

    ヒナの言葉に思い当たらなかった、とスモーカーが言えば、
    ヒナは「失礼なこと言ってるわよ」とスモーカーを嗜める。

    「まぁ、意外なのは否定しないけど。今まで浮いた噂も無かったし」
    「お前も大概失礼だろ・・・」
    「おっと、ヒナ失言」

    口元に手を当てクスクス笑うヒナに、
    世渡りが上手い人間の本音のようなものを嗅ぎ取って、スモーカーは息を吐いた。



    医療棟、備品室。

    きりりとした声がその場に響く。

    「・・・最近雰囲気が柔らかくなったね、軍医」
    「!」

    遠征のために備品を確認していると後ろから声をかけられて、
    はどきりとして振り返る。
    そこにいたのは、の乗る軍艦を統括する上役。
    ”大参謀”つるだ。
    は胸に手を当てて、深呼吸してみせる。

    「驚かせないでください、つる中将」
    「ふふ、聞いたよ。恋人が出来たんだって?」
    「え!?あ、はい、その・・・お恥ずかしい」

    スカートの端を持って視線をさまよわせるを見て、
    微笑ましそうにつるは眦を緩める。

    「少し、安心したよ」
    「え?」
    「配属されてからとても良く働いてくれてたが、誰とも距離を取っていただろう?」

    瞬いたに、つるは言った。

    「若い娘が危険度の高い戦場にばかり遠征を志願するのも、何か訳があるとは思っていたが、
     あまり詮索するのもどうかと思っていてね。最近はそういうのも減ったようだし」
    「・・・ご心配を、おかけしていたのですね。申し訳ありません」

    困ったように笑ったは、以前のような険が取れている。
    もう人形のように、作業のように人を治療する軍医ではない。

    そんなを見て口の端を少し緩めたつるは少しばかりの好奇心を露にする。
    氷のような少女の心を溶かした人物というのが気になっていたのだ。

    「で?どんな男なんだい?海兵なのは知っているんだが」
    「ええと・・・」

    照れが混じるのか言いよどむを見て可愛らしいと思うと同時に、
    つるは脳裏に浮かんだ海兵の男たちを思い、ため息をついた。

    「しかし海兵ってのはデリカシーに欠けてる連中も多いし、
     鈍感だし命知らずの馬鹿共ばかりだ。
     普通に仕事するのでさえ苦労するんだから、
     付き合うとなるとそれは・・・苦労するのは承知の上だろうね。
     ・・・頑張りな」
    「つ、つる中将・・・?」

    妙に実感の籠ったつるの発言には内心で、
    「それは誰か特定の人物のことでは・・・?」
    と疑問符を浮かべながらも、小さく笑った。

    こんな風に、つる中将と話せるようになるだなんて、思っても見なかった。
    自分が変わって行くのが分かる。それもきっと、良い方向に。
    これも全部、ロシナンテのおかげなのだ。



    夕食を共にする約束をしていたから、そろそろ来るだろうと思っていた。
    走るような足音がして、は頬を緩ませる。

    !ただいま!」
    「お帰りなさい。
     ・・・どうしたの!?」

    ロシナンテの声がして振り返ったはずなのに、
    一番に目に入ったのが黄色い花だったのではのけぞった。
    視界一杯に広がるミモザが迫ってくる後ろから、ロシナンテの声がする。
    まるで花束が喋ってるみたいだ。

    「巡回してきた島でちょうど咲いてて。綺麗だったから買って来たんだ」
    「ロシナンテさんの顔が全然見えないんですけど・・・。
     それにしても、随分見事なミモザですね」

    ロシナンテの上半身が埋もれるほどなので、が持つと相当の重量になる。
    思わずふらついたをロシナンテが支えると、ようやく花の中で目が合った。
    瞬いた灰色の瞳が、ゆるゆると解ける。

    「フフフッ。あなたの髪と、同じ色!」
    「そうか?」

    自分の髪を摘んで不思議そうな顔をするロシナンテに、は笑った。

    「ありがとうございます。家中に飾るわ。とっても、綺麗だから・・・」
    「・・・うん。そうしてくれ」

    つられるように微笑んだロシナンテに、は笑みを深めるが、
    ロシナンテの少々煤けたような身なりは気になったらしい。
    ミモザの花束を何束かに分けながら、は首を傾げた。

    「ロシナンテさん、転んだの?」
    「分かるか?」

    ちょっとばつが悪そうな顔に、は苦笑する。

    「見れば分かります」
    「そっか・・・、いや、視界がな・・・」
    「視界・・・?ああ、これだけ大きな花束ですものね」

    前がきっと見えなかったのだろう。
    特にドジではないがこの花束を持って歩いても、転ぶに違いない。

    「後輩には『前から花束が歩いてくる』って言われたよ」

    ロシナンテがそんな風に言うので、はぎょっとした様子で振り返る。

    「海軍本部でもこれを持ってうろうろしてたんですか!?」
    「ああ。なにか不味かったか?」

    首を傾げるロシナンテに、は首を振る。

    「いえ、私は良いんですけど、随分目立ったでしょうね・・・ふ、フフフッ」

    は笑い出した。肩が震えている。

    「多分セルバントさんあたりに、明日揶揄われますよ」
    「・・・ありえる」

    ロシナンテがげんなりとした顔をするので、
    はますます笑いを止められなくなっていた。



    「よォ・・・、花屋のロシナンテ君、ご機嫌麗しゅう。ククッ、ハハハッ!」

    次の日。
    出会い頭に大笑いするセルバントを見て、ロシナンテは苦虫を噛み潰したような顔をする。
    の予想通りだ。

    「・・・ほんっとお前想像通りのことをしてくれるよな!」
    「噂になってるぜ、歩く花束!見たかったなァ・・・!」
    「絶対お前の前でだけはやらねェから」

    拗ねたように口を尖らせるロシナンテに
    セルバントは笑い過ぎて泣いてるのを指で拭い、頼み込んだ。

    「そう言わずに頼むよ」
    「絶ッ対、やらねェ!」

    頑なに言うロシナンテに、セルバントは軽く眉をあげ、
    ニタニタと唇を三日月のようにつり上げてみせる。

    「へー?軍医にお願いされたら?」
    「そりゃやるけど。
     ・・・あ!?お前に頼む気か!?
     卑怯!卑怯だぞそれは!」

    ロシナンテが食って掛かるので、セルバントはニヤニヤ笑いのまま手を振って去って行く。
    ロシナンテはため息を吐いた。

    良いのだ。が喜んでくれるのなら。
    誰かに笑われても構わないと思っている。

    「でも、やっぱり、なにもかも中途半端なのはよくねェよなァ」

    ロシナンテが呟いた言葉を、海風だけが聞いていた。