小さな船医の幸福と航海


診察をして、レコードを回した。優しい音楽が部屋に響く。
がふざけてローの手を取った。

「ワルツの一曲も踊れなくては、ダメよ」と言って。

ローは簡単なステップを教わった。
は意外にも踊りは得意なようだ。

「お前、全然運動してねェくせに」
「ウフフ、ずっと昔に習ったの。4歳くらいの時だったかしら。
 多分兄さんたちも踊れるわよ。ロシー兄さんは転ぶけどね!」

「・・・どこまで予想通りなんだコラソンのやつ」

ローは悪態を吐きながら、のわがままに付き合ってやることにする。
そのうちくるくる回っていたが目を回してベッドに倒れこんだ。
ローは呆れてその顔を覗き込む。

は肩を揺らして笑っていた。

「ロー先生」

蜂蜜よりもずっと甘い声色で名前を呼ばれる。

「次は、何をする?」

本を朗読して、その声をずっと聞いても良い。

絵画の解説や解釈を聞いて、
わざと見当違いな事を言ってを呆れさせても良い。

一緒にピアノを弾いたって良い。
ローはそんなに上手く弾けないけれど。それでも。

流れる時間が何より幸福だった。
別れ際には触れるだけのキスをする。
白いあざに蝕まれた手と、細く、冷ややかな指先が絡む。

あと何時間、側に居られるのかわからない。
ローはきっと、1年持つかどうかわからない命だ。

は、もう少しだけ長く生きるだろう。

できれば、幸せに生きて欲しい。
そして、自分のことを覚えて居て欲しいとローは思った。
例え意味なんかなくても、の記憶に、
つかの間でもローという人間がそばに居たことを、
幸せだったことを刻みつけたかったのだ。

何もかもを壊したいと、思ったことは嘘じゃない。
今だって世界政府が憎い。家族や友達や、
好きだった人たちが殺されたことは許せない。
それなのに、と居る時だけは、
その人の病を治し、幸福であるようにと祈るのだ。

踊り疲れては寝台に入った。
上半身だけを起こし、新しくドフラミンゴが寄越した絵画を指差してみせる。

「新しい絵が増えたの。あの絵はまだ完成してないのよ」

それは美しく微笑む貴婦人を描いた絵画だった。
レプリカだとドフラミンゴは言っていたが、
間違いなく本物だろうとは見定めている。

ベッドの横の椅子に腰掛けたローは、腕を組んで首を傾げた。

「完成してないのに表に出てくるものなのか?」

「ウフフ、絵画は筆を入れようと思えば、いくらでも入れられるものだから。
 要するに、完成しているように見えればそこで”完成”にしても良いの。
 この絵画の作者はずっと、出来栄えに満足することがなかったと聞いているわ。
 他にもいろんな説があるのよ。
 依頼人がお金を払ってくれなかったとか、画家が途中で病気になったとか・・・」

は色々な定説をローに教えてから、自分の考えを口にする。

「私はね、この絵を描いた画家はモデルの女性を、
 ずっと見ていたかったのかもしれないって思うの」
「・・・」

そう言われて笑う貴婦人の顔を見ると、その表情は穏やかで愛情深く、
こちらを慈しむように見えてくる。

の言葉から絵画の登場人物に人格が生まれ、額縁の外の世界が広がり出す。
そして、物語が生まれるのだ。

「ウフフフフッ!」

しばらくローが絵画を見ていると、が笑い出した。

「・・・何笑ってんだよ」
「ウフフ、あなたがあんまり真剣に絵を眺めているものだから」

ローは唇をへの字に曲げる。

「バカにしてるだろ」
「バカになんかしてないわ」

は首を横に振り、優しく眦を緩めた。

「あなたを見てると飽きないなぁって、そう思ってただけよ」

ローは、自分には憎悪しか残っていないと思っていた。
それなのにまだ湧き上がる思いがある。
まだ、生きていたいと思い知らされて、
残り少ない命がますます惜しくてたまらなくなるのに、
どうしてもを手放したくはなかった。

夢のような時間だった。
夢のような人だった。

だからだろうか、幸福な時間はあっという間に過ぎ去り、
・・・そして、二度と戻らなかったのだ。



の診察と医学の勉強をしている時以外にも、
ローは訓練に明け暮れていた。
砲術、体術、剣術、ドフラミンゴ直々に戦術も。

「ロー、なんか最近雰囲気変わったよね」

だからその日、取引先の島、橋の上で、
ベビー5とバッファローと話すのも久しぶりだった。
ベビー5がローに言うと、バッファローは「そうか?」と首を傾げている。
ローは思うところがないわけではないが、しらばっくれた。

「別に前と変わらないだろ」
「そんなことないよ。うーん、・・・ちょっと優しくなった?」
「は?」

ローは怪訝そうに眉を上げた。
それを見て、ベビー5は「やっぱり」としたり顔で頷く。

「前だったら『うるせェ、死ね』とか言って睨んでたもん!」
「・・・それおれの真似か? 似てねェよバカ」

丁寧に意地悪そうな声色まで作って見せたベビー5に
ローはにべもなく言い放つ。

「どこが優しいだすやん・・・」

バッファローが呆れている。
「ひどい!」と文句を言うベビー5だったが
ローが相手にしないとわかるとすぐに話題を変えた。

「ねぇ、そういえばローの本名は何?」
「なんで教えてやんなきゃいけねェんだ」

「私たちの本名教えたじゃない!!」
「興味ねェ」

冷たく返したローに、ベビー5は不服そうに唇を尖らせる。

「ノリ悪ーい! 楽しくない!」

ローは片眉を上げた。

「名前一つで楽しくなれりゃ苦労はねェよ。
 教えたところでおれはもうすぐ死ぬし、意味ないだろ」

ベビー5とバッファローはローをじっと見つめた。
ベビー5がポツリと呟く。

「だいぶ白いとこ増えてきたね」
「あと一年持つかな。おれの計算より死期早ェかも。
 ・・・それより早く、」

を治すことはできないだろうか。

思わず目を伏せたローだったが、バッファローは
ローの感傷や寿命については興味がないようだった。

「そんなことより本名あるなら教えろだすやん!
 2年前コラさん刺したの若にチクるぞ!」
「チクるぞ!」

しつこく問いただしてくるベビー5とバッファローに、
ローは辟易したようにため息を吐く。
こんなことなら本名があるだなんて言わなければ良かったと、
内心悪態をつきながら答えた。

「トラファルガー・D・ワーテル・ロー、
 ーー本当は人に教えちゃいけねェ名前なんだ」

もちろんベビー5やバッファローのように、ファミリーに来てから
名付けられた名前ではない。

「お前らみてェにコードネームじゃないから別に変わらねェよ。
 『D』は隠し名。『ワーテル』は忌み名で、ウチの家族は代々、」

詳しく聞かれたので答えてやったが、
ベビー5とバッファローは退屈そうに答えた。

「ーーなんだ、あんまし面白くない」
「ホントだすやん」
「お前らがしつこく聞いたよな!?」

ギロッとベビー5を睨みつけると、
たちまちバッファローに縋ってシクシクと泣きだした。
「いつものことだすやん」とバッファローが嘆いていたが、
その時、ズカズカと近づいてきたコラソンがローの体を掴んだ。

突然の暴挙にローは声を荒げる。

「おい、離せコラソン! 何の用だよ!?」

ローを掴んだままその場を立ち去ったコラソンを呆然と見送って、
ベビー5は「あーあ」と呟いた。

「またイジメられる」
「いつもより恐ェ顔してたぞ、コラさん」

バッファローは険しい顔つきのコラソンを思い出して唾を飲み込んでいた。



「なんだよ、コラソン!喧嘩売ってんのか?!」

路地裏に連れ出され、乱暴に地面に叩きつけられたローはコラソンに食ってかかる。
しかしコラソンは店の裏口、階段に腰掛け、タバコをふかしていた。
まるで自分を落ち着かせるような仕草にも見える。

「ーーさっきの話は本当か!?」

「・・・え?」

ローは周囲を見回した。
男の声がしたのだ。コラソンは喋れないはずだと言うのに。

「隠し名”D”、それが本当なら出ていけ。
 ドフィから・・・いや、から離れろ」
「・・・!?」

だが、その声は確かにコラソンのものだったのだ。
驚くローの肩を掴み、コラソンは言い聞かせる。

「ロー、お前はあいつらと一緒にいちゃいけねェ人間だ!!!」

ローは唖然とコラソンの顔を見つめていたが、
やがて我に返り、問いただす。

「・・・お前、喋れたのか?!」
「ああ」

コラソンはたやすく肯定した。
ローは眉を顰め、コラソンを睨みつけた。

「ーーずっとドフラミンゴとを、騙してたのか?」
「・・・喋れなくなったと説明した事はない。
 あっちが勝手に決めつけてるだけだ」

「そんなの騙してるのと同じだろ! お前・・・!」

『もう兄さん達の嘘は聞きたくない』そう言っては泣いていたのだ。
は、兄達が海賊なことは知っていた。
コラソンが喋れることには気づいているのだろうか。
しかし、どちらにしても。

「お前、最低だよ」

はっきりと軽蔑を露わにしたローにコラソンは眉を顰める。

「こっちにも事情があるんだ。お前にとやかく言われる筋合いはない。
 ・・・長話になりそうだ。念には念を入れておこう」

コラソンは指を鳴らした。

「”サイレント”」
「!?」

途端に薄いドーム状の壁が広がる。
路地裏とはいえ、大通りはすぐそばにあるのに、
全く人の声や足音が聞こえなくなるのは不自然だ。

ローはキョロキョロとあたりを見渡し、訝しげに眉をあげる。

「街の音が消えた?・・・人は喋ってるハズなのに、何も聞こえねェ」

「”防音壁”を張らせてもらった。
 ここから外の音は聞こえない。外からもおれ達の声は聞こえない。
 ・・・おれは”ナギナギの実”の無音人間。悪魔の実の能力者だ」

コラソンは自分の能力をどこか自慢げに説明した。

「本当に嘘だらけじゃねェか!?
 まさかいつもバカみてェにドジ踏んでるのも・・・!?」

ローがコラソンを見つめると、
コラソンは不敵に口角を上げ、答える。

「ふふ、ーーああ、当然・・・全部演技だ」
「ウソつけ!!! 肩燃えてるよ!!!」

黒いコートにタバコの火が引火して燃えている。
全くいつもと変わらないドジぶりである。

「うおっ、やべっ!?」

コラソンは手慣れた仕草でさっさと消火して見せた。
ふー、と額をぬぐい、再び階段に腰掛けると、
何事もなかったかのようにローに答える。

「ーードジは昔からだ。治らない。おれはドジっ子なんだ」
「ふざけんな!・・・一番信じられねェとこが本当なのかよ」

ローは呆れた様子でコラソンを見た。
目を眇め、問い詰める。

「なんで仲間達にそれ隠してんだ?!」
「仲間なんて思ってねェよ」

コラソンは吐き捨てるように答えた。
それからローに自分の目的を話して聞かせる。

「おれの目的は、弟として兄ドフィの”暴走”を止めることだ。
 心優しい父と母から、なぜあんなバケモノが生まれたのかわからない。
 ・・・あいつは人間じゃない」

コラソンはタバコのフィルターを噛み、険しい表情を浮かべていた。
何か思い出しているらしい。
自分の兄をバケモノと言い切ったのだ。それなりの事情があるのだろう。

「ガキの頃から、いや、生まれながらにして
 怯むことを知らない”悪”の性を持っていた!
 ドフィの真の凶暴性を知るのは、おれを含めた幹部4人と、
 先代『コラソン』のヴェルゴ、
 ・・・そして、妹の。この6人だけだ」

コラソンは嘆くようにため息ごとタバコの煙を吐いた。

はドフィの本性を知っているハズだが、逃げ出せないでいるのか、
 それとも諦めているのか、ドフィのそばから離れない。
 自分から進んで閉じ込められているんだ。
 ・・・おれからしてみれば、も異常だ」

ローはカッと頭に血が昇るのを自覚した。
しかし口を開かずにはいられず、コラソンを怒鳴りつける。

を悪く言うな!」

コラソンの目の下に青筋が浮かんだ。

「ーーおい、クソガキ、随分あいつに懐いたな? えぇ?
  おれは忠告したハズだぞ。『に何かしたら殺す』と」

その剣幕にローは訝しげに眉を顰める。

「お前なんなんだよ、信用してねェくせにが大事なのか」
「当たり前だろ! おれの妹だ! 目の中に入れたって痛くねェ!!!」

高らかに宣言したコラソンに、ローは口をポカンと開けたあと、
その顔を引きつらせた。

「・・・うるせェし気持ち悪い」

コラソンは心外だと怒りだす。

「はァ?! 気持ち悪い!? 妹を大事に思って何が悪いんだ?!」
「シスターコンプレックスって知ってるか?」
「ドフィと一緒にするんじゃねェ! おれは普通だ! これくらいは多分!」

さりげなくドフラミンゴを罵倒するコラソンに、ローは深いため息をついた。
やたらムキになって来られたので多少頭も冷えたのだ。

「どうでもいいからさっさと話を進めろよ」

話が脱線している自覚はあったのか、コラソンは小さく咳払いすると、
タバコを持つ手でローを指差した。

「とにかく・・・! 出ていけ、ロー。
 兄のようなバケモノになるな!」

ローは首を横に降る。

「嫌に決まってるだろ。おれはドフラミンゴみてェに全部ぶっ壊したいし、
 の主治医だ! 患者を放り出していけるかよ!」

その言葉を聞いて、コラソンは小さく眉を上げる。
それから何か考えるそぶりを見せた後、ローに言った。

「・・・お前は宿命の種族、Dの一族だ」
「は?」

突然変わった話の展開についていけず、ローは首をかしげる。
コラソンは淡々と呟いた。

「おれの故郷では子供はこう躾けられる。
 『行儀の悪い子は”D”に食われてしまうぞ』
 ーーしばしば世間で名をあげる”D”の名を持つ者達に対し、老人達は眉を顰めて呟く。
 『”D”はまた、必ず嵐を呼ぶ』と」

ローは苛立ちも露わにコラソンに尋ねた。

「なんだよそれ。おれは怪物か何かだって言うのか・・・?!」

「ーーかもな。真相は誰も知らないが、
 世界各地の歴史の裏で、脈々と受け継がれてる名だ。
 そして、ある土地では”D”の一族をこう呼ぶ者達もいる・・・!」

「”神の天敵”」

「神ィ!?」

ローは訳がわからないままコラソンを見た。

「”神”を仮に天竜人とするならば、
 お前達の目的は”この世界の破壊”なのかもしれないが、
 それはドフィの目指すそれとは全く意味が違う。
 ”D”には”神”に相対する思想があるハズだ」

ローはコラソンを睨みつける。

「ごちゃごちゃわけわかんねェこと抜かしやがって!
 おれはどいつもこいつもブチ殺すためにこのファミリーに入ったんだ!」

コラソンは自分の膝に頬杖をついた。

「そんな奴が『患者を放り出していけない』か」
「・・・!」

ローはぐっと言葉に詰まる。
コラソンは手を広げて見せた。

「お前にとっても、はブレーキになっているらしいな。
 だが、こうは思わないのか。お前が手を汚せば、が悲しむ、」

コラソンの言葉に、ローは奥歯を噛んだ。
そんなことはわかっていたし、
杜撰な嘘をついてを泣かしているコラソンに
何も言われる筋合いはないと思った。

「散々あいつに嘘吐いてるお前が、どうこう言えた義理なのかよ! 
 大体、あと1年でおれは死ぬ! ここを出て、どうしろって言うんだ!」

「ここを出て治療法を探せ」
「ねェよ!!!」

ローはすぐにその場を駆け出した。

「お前が『喋れること』『能力』
 ドフラミンゴとに全部喋ってやる!!!」
「なっ!? やめろー!!!」

コラソンは慌てて立ち上がり、ローを追いかける。
ローは振り返り、挑発するような笑みを浮かべた。

「追い出されるだけじゃ済まねェだろうな?!」

「この、クソガキ!!!」

ローは自分を蹴とばそうとしたコラソンの足を取り、投げ飛ばした。
コラソンはゴミ箱に頭から突っ込んでいる。
その上タバコの火がゴミに引火して大惨事になっていた。

ローは捨て台詞を吐く。

「いつまでもやられっぱなしでいると思うな、ザマー見ろ!!!」



『よく考えたら、2年前に刺したのを黙っててもらった”借り”がある。
 今回は黙っててやるよ。これでチャラだ』

先ほどコラソンに告げた言葉を思い出しながら、ローは後悔していた。
最初はドフラミンゴとに洗いざらい話してやろうと思っていたのだが、
2年前、コラソンを刺した件を、コラソンは黙っていた。
その借りを返し、ドフラミンゴには言わないでやろうと
仏心を出したのがローの間違いだったのだ。

今や縛られ小舟の上、コラソンと二人ほとんどあてもなく航海に出ている。
もうすでにドフラミンゴの船は出航してしまったはずだ。

「コラソン、てめェ、ふざけんなよ!!!
 やっぱり全部ドフラミンゴに喋ってやれば良かった!!!」
「おーおー、よく吠えるなァ、クソガキは」

コラソンは咥えタバコで本を捲っている。
でんでん虫がさっきから鳴っているが一向に出る気配がない。

「でんでん虫出ろよ!!! ドフラミンゴだろ!?
 の診察今日はまだなんだよ!
 薬出してやらなきゃいけねェのに!!!」

「まァ、その辺はドフィがどうにかするだろ」

コラソンはなんでもないように言い放った。
医師としてのローの代わりは、確かにいくらでもいるのだろう。
ローは悔しさに奥歯を噛み、コラソンを問いただす。

「・・・っ、おれを、どうする気だ!?」

「病気を治す。あらゆる病院を回る」
「治らねェっつってんだろ!?」

だがコラソンは聞く耳を持たず、どこかにでんでん虫をかけ始めた。

『お・か・き〜』
「”あられ”。おれです」
『ああ、ロシナンテだな』

声の主はドフラミンゴではなさそうだ。
もう少し歳を重ねた男の声だった。

「少し任務を離れますーーちょっと私用で」
『そうか、わかった。チビッ子達はどうだ?
 イジメてもまだ出て行かんか?』
「3人は無理でしょうね・・・」

どうやらコラソンは通話の相手の指示で子供をイジメていたらしい。

『もうすっかり名の通った海賊団になった。気をつけろよ』
「はい」
『この件はお前に預けてある。好きに動け。また報告を待つ』
「了解。詳細は文書で」

コラソンは通話を切った。
電話の内容からして、相手はコラソンの本当の上司か何かだろう。
ローはコラソンに食ってかかる。

「今どこにでんでん虫してた!?
 『にんむ』とか言って! お前海兵なんじゃねェだろうな!?」
「海兵は嫌いか?」
「政府に関わる奴は吐き気がする」

唾を吐くように呟いたローに、コラソンは淡々と答えた。

「おれは海兵じゃねェよ」

今のローにとっては嘘だろうが本当だろうがどちらでも同じことだった。
しかし、ふつふつとコラソンに対して怒りが湧いてきたのだ。

「・・・お前いっつもそんな風に嘘吐いてたのか、にも」
「なんだって?」

コラソンは眉を上げる。
ローは苛立ちに任せて叫んだ。

「あいつをガキ扱いして、ナメてたんだろ!
 は知ってたぞ! 兄貴が海賊やってることだって!
 あいつは1度聞いた言葉は忘れねェし、頭だって悪くねェ!
 てめェらの嘘なんか全部バレてたんだ!」

コラソンはローの言葉に絶句していた。

がドフラミンゴの嘘に気づいていながら黙っていたことは
コラソンもわかっていた。
そしてコラソン自身、の見て見ぬふりに、甘えていたことも。

「なのにあいつは、『兄さん達は自分のために嘘を吐いてるから』って、我慢してた。
 ほんとは嘘なんか聞きたくないって思ってるのに・・・。
 あいつをバカにしやがって!!!」

だが、はそれをローに打ち明けたのだ。
誰にも心を開くことがなかった、が。

「おれをのところに帰せよ、嘘吐き!!!」

だからこそ、ローの言葉は堪えた。
コラソンはローを見る。
も、おそらくコラソンと同じことを思ったのだろう。

ローは、昔のドフラミンゴによく似ていた。

コラソンは小さく息を吐くと、ローに告げた。
 
「・・・お前の病気を先に治せ」

どうあってもコラソンはローをドフラミンゴとの元には返さないのだろう。
そう気づいて、ローは奥歯を噛んだ。

「・・・ちくしょう!」

こうして、コラソンとローの航海は最悪な状況で始まったのである。