潜入

島を一度ぐるりと一周して見たが、その異常気象は雷の降る島に負けずとも劣らない。
島の半分は豪雪、島の半分は灼熱。そんな島だった。

目的地は豪雪地帯にあると調べはついている。
故に、初めから流氷を割って入ると決めていた。
船をつけて、吹雪に髪をなびかせるがシニカルな笑みを浮かべる。

人間のエゴに生態系を崩された島、パンクハザード。

punkには火種の意味もある。hazardは危険と言う意味だ。
その名に相応しい島に成り果てたものである。
その島でローがしでかすことも”危険すぎる火種”となるに違いない。

「改めて見ると凄い島。赤犬も青雉も化け物ねぇ」
「・・・おい、何を惚けている。行くぞ」

防寒着を着込んだローはを振り返る。
全身を白い服で包んだ”白衣の悪魔”は雪の中に入ると見失いそうだ。
何しろ髪まで白いのだ。アタッシュケースを持ったは微笑み、頷いた。

「目的地はシーザーの研究所でしょう。その辺の警備に案内させれば良いのではなくて?」
「ああ、そのつもりだ・・・」

ローは一度大きく息を吸い込み、気配を感じる方に向かって言った。

「お前等、そこにいるのは分かっている。おれは王下七武海、トラファルガー・ロー!
 こちらに攻撃の意思はない!シーザー・クラウンに会わせろ、交渉がしたい!」

特殊な機械を身につけた男達が慌てているのが見える。
ローが雪に溶けるようなささやき声でに釘をさした。

「気を引き締めろ。何があってもおかしくねェ。手はず通りに頼む」
「ええ、ロー船長、仰せの通りに」

が灰色の瞳を細める。計画はすでに始まっているのだ。



しばらくは銃を突きつけられたがシーザーと連絡がとれたころからその銃は下ろされた。
少し歩くと目の前には荒れ果てた島には不釣り合いな立派な建物が見えてくる。

見張りが交代するのを横目で見ながら案内されたのは
天井の高いコンクリートの打ちっぱなしで出来た部屋だ。
配管が張り巡らされており、無骨な雰囲気だった。

不似合いなソファとテーブル、バーカウンターがそこが応接に使われていることをかろうじて思わせる。
カウンターには女が一人座っていた。

一応は客人として扱ってくれるらしい、とは顎に手を当てて思案する。
女がコーヒーを入れている。
ローは案内されたソファに腰掛け、はその背に立った。

ほどなく研究所の主が現れた。
ガスを纏い、その素顔は不明瞭だが、表情は豊かだ。
疑念をありありと浮かべている。

シーザー・クラウンからは警戒の色が見える。当然だろう。
しばし沈黙していたが、やがて口を開いた。

「一応の自己紹介をしておこう。おれはシーザー・クラウン。
 そこに居る女はモネ、おれの秘書だ。
 よもや歓迎されるだなんて思ってないだろうが・・・何の目的で来た?
 王下七武海、トラファルガー・ロー?」
「この島に滞在したい。ここがお前の支配下にあるなら話を通すのが筋だ。挨拶に来た」

簡潔に答えたローに、シーザーが怪訝そうに顔を顰めた。

「・・・パンクハザードに滞在を?」

が軽く周囲を見渡す。
モネはなにか書き物をしているらしい。は軽く眼を細めた。

「記録のとれねェこの島に来るのも苦労した。元政府の秘密施設だからな・・・、
 この研究所内には現在にも続く、世界政府の研究のあらゆる証跡が残ってるハズだ。
 おれは研究所内と島内を自由に歩き回れりゃそれでいい」

シーザーはローの言葉を吟味するように、ガスの身体から人の身体に戻っていく。
角の生えた中年の男だ。その顔色は悪く。眦は釣り上がっていて油断し難い何かを感じる。

「タダとは言わない。こっちもお前の役に立つ何かをする。
 互いにつまらねェ詮索はしない。
 ・・・もちろんおれがここに居ることも他言するな。
 ”JOKER”にもだ」

ジョーカーの名前をだすとシーザーは息を飲んだ。

「・・・訳知りじゃねえか、何故そこまで知ってる!」
「何も知らねェド素人が入ってくるのと、どっちが良い?」

語気を強めるシーザーに、質問を質問で返す不敵なロー。
それまで口をつぐんでいたが笑ってみせた。

「私が教えたのよ、ねぇ、ロー船長」
「お前は・・・そういやどこかで見た顔だな」
「あらそう?お初にお目にかかるけど。
 私は・・・以後よろしくお願いするわ」

ソファに座るローの背後に立ったにシーザーが目をやった。
余計なことを言うな、とローはに目配せするが、は意に介す様子も無い。

、二つ名は”白衣の悪魔”、出身は不明、懸賞金1億ベリー。
 初頭手配以降懸賞金の上昇は無い、夢魔ひいては魔眼使い、元軍医・・・!?」

意外にも、口を開いたのはモネだった。
不完全な手配書。その写真には輝く灰色の瞳だけが写っていて、
目元を除いた顔の半分はたなびいた髪に覆われて見えなかった。
初頭手配以降、懸賞金の変動は無いが、
それはつまり、初頭手配で億越えという異色の経歴の持ち主だと言うことを意味している。
だが、それ以上に驚くべき事実は、注釈にある元軍医と、夢魔であるとの文字。
これは一般に公開されていない、海兵のみに開示されている情報だ。

「あら、随分よく調べてるじゃないお嬢さん」

モネは思わず手を震わせた。の目が鋭くモネの手元を見詰めている。
手元にあるのは手配書リスト、・・・海軍から横流された、最新版だ。

「なるほど。どうりで見た顔なわけだ。
 お前、3年前科学班の船を乗っ取って皆殺しにしただろう・・・。
 あの船にゃ昔の同僚が多かったからなァ」

シーザーがモネをすかさずフォローした。
いつもはモネにフォローされる立場だが、空気を読んだらしい。
は肩を竦めてみせた。

「・・・へぇ、なら、気に食わないかしら?」
「いいや、清々したよ。あいつらは眼の上のたんこぶだった。
 それで?白衣の悪魔、お前あの船から何を奪った?」

が眉を跳ね上げる。ローも同様に訝しむような顔になった。
シーザーは上機嫌だ。
の持っているアタッシュケースに眼をやってニィ、と笑った。

「シュロロロ・・・お前が1億の首になった原因。
 幾ら海軍船に乗り込んで皆殺しにしたくらいで億なんて額にゃなりはしない。
 お前が夢魔とかいう眉唾な種族だということが本当だということを差し置いても、だ。
 お前・・・機密情報に手をだしたな・・・?」
「フフ、随分と察しがいいじゃないの、これが気になる?」

アタッシュケースをが叩く。
シーザーの瞳がぎらりと光った。

「ロー船長と私の滞在を許してくれるなら差し上げるわ」

は油断なく目を細める。チェシャ猫のような笑みだった。
随分脱線してしまった。ローが呆れを滲ませながらを睨む

「・・・話を進めるぞ」
「おっと、長話だったわね、失礼したわ。続けてどうぞ?」

ローの腰掛けるソファの背に腕をかけては大人しく口をつぐんだ。
まるで大型の肉食獣のような動作である。
ローはシーザーとモネの顔を見て意外そうに眉を上げた。
なるほど、の話は牽制になったらしい、
シーザーは何か考えているそぶりをしているし、モネの顔色は心なしか良くはない。

「・・・この島には毒ガスに身体をやられた元囚人達が沢山いるけど、治せる?」
「ああ」
「契約は成立ということでよろしいかしら?」

出された条件にが笑うとシーザーが待ったをかけた。

「いや、少しまて。お前等がここに滞在する・・・その代わりに部下どもを治療する、
 アタッシュケースの中身も寄越す。そりゃあ結構な話だ!・・・だが!」

シーザーが立ち上がり、ローを指差すと大げさに声を張り上げた。

「お前はおれより強い!!!この島のボスはおれだ。
 ここに滞在したけりゃ、お前の立場を弱くしろ」

ローが苦い顔をする。

「別に危害は与えねェ、どうすりゃ気がすむ・・・」
「おれの大切な秘書の『心臓』をお前に預ける。
 その代わりに、ロー、お前の『心臓』をおれに寄越せ!
 それで契約成立だ!いいな、モネ」
「ええ、構わないわ」

モネは簡単に了承する。ローは黙り込んだ。

「・・・」
「互いに首根っこをつかみ合ってりゃ、お前は妙な気を起こせねェ、おれも安心だ・・・!」

苦い顔で了承するローを確認した瞬間、が背筋を伸ばした。
このタイミングだと判断したらしい、
ローは眼を閉じた。の甘さを含んだハスキーな声が、微かな悪意を内包して響いた。

「さて、シーザー・クラウン。アタッシュケースの中身を説明させてちょうだい」
「ああ、なんだ先にローの心臓を・・・!?」

が突然シーザーの顎を掴んだ。
優しく、しかしそれでいて有無を言わせない強さで顔を固定されたシーザーは
必然的にの瞳を間近で見ることになる。
息を飲んだきりなにも話さないシーザーを訝しみ、書き物をしていたモネが振り返る。

「・・・シーザー!?」

モネが目にしたシーザーの眼は虚ろ、口を開けたまま動かない。明らかに異様な状態だった。
その前に居るが何かしたのだろう。

「お嬢さん、モネと言ったかしら・・・あなた、運がないわね」

シーザーの顎を掴んだまま振り返る、の眼は青白い光を帯びている。
目が合った瞬間、モネの身体の自由が奪われた。モネの眼に浮かぶのは恐怖と疑問だ。

「幸いあなた達、魔眼についてさほどの知識はないようだから、
 まぁ、私の仕事は、すぐにすむでしょう。どうやらあなた”効きやすい”ようだし」
「何を言って・・・」
「睡眠導入”スリープ”」

モネの意識は、そこで一度途絶えた。



意識を失った2人を前に、が小さく息を吐いた。

「さて。エピソード記憶の改竄はそこまで難しくはないけど、どうする?ロー船長。
 流石になんの条件も無しに滞在を許可した、なんて風に改竄はできないわ。
 ”思い込ませる”にはそれらしく、いくらかの真実は織り交ぜる必要がある。
 どこまで改竄する?」
「ああ、・・・心臓の交換の条件まではそのままで構わない。
 おまえが居ればさほど苦労も無くおれの心臓はとりもどせるだろう。
 コイツに心臓の区別がつくとは思えねェ」
「・・・それ本気?」

が訝し気に眉を跳ね上げる。ローはじっとの眼を見詰める。
何も言わないローに、がため息を零した。

「・・・相変わらずイかれてるわ。あなたがいいならそれで良いけど」

は指を立てて、改めて情報を整理した。

「なら当初の予定通り”私”についての認識を甘くするわ。
 ジョーカーに連絡する場合はロー船長、あなたのことを優先させる。
 恐らく、ジョーカーのことだから様子を見るでしょう
 決定的なことが起きない限りはこちらに手を出してこないはず。
 私のことは、まあ、一回報告したけど放置して良いと言われたとでもいうことにしときましょう。
 良い?」
「ああ、時間をかけよう。焦ることはねェさ・・・」

不敵に笑ったローに頷いて、がシーザー、モネの目蓋を開き、
およそ一人3分ほどかけて暗示をかけると、指を大きく鳴らしてみせる。
まるで止まっていた時が動き出したように、シーザーがたたらを踏んだ。
それを見るローの演技も板についている。に至っては役者そのものだ。
シーザーの顔を心配そうに覗き込むような仕草さえ見せている。

「ドクター・シーザー・・・?」
「ハッ!?」
「随分顔色が悪いけれど、どうかしたかしら」

シーザー・クラウンがの顔を見詰める。
頭痛がしてきたらしい、額を軽く抑え、首を振った。

「・・・いや、なんでもない。ケースの中身については後にしろ。今は心臓の交換が先だ!」
「あら、そう」

はあっさりと引き下がる。
モネの方に視線をなげると、モネはシーザーと同じように額を抑えていた。
と目が合うと、眼を伏せる。

ローは微かに笑みを浮かべた。まず、計画の第一段階は成功だ。
能力は使い方次第。戦闘でも対処出来ないことは無いが、今回はこの方が効果的だ。

もうすぐドフラミンゴの喉元に手が届く。
今は慎重に、時間をかけて、リスクを潰し、そして最後にあの首を薙ぎ払うのだ。