残念
「・・・、いい加減にしろ」ローの不機嫌な声色に、は笑いながらも謝罪する。
「失礼したわ。こういう質なの。
特に他意も悪意もないから気にしないで」
「気にするに決まってるでしょ!?ウチの船長に何してんのよ!?」
「ごめんなさいね」
ナミの突っ込みにも、は気にも止めず堪えた様子も無い。
ローは息を吐いて苛立ちも露に、麦わらの一味と自身の副官へ指示を飛ばす。
「お前ら・・・、いや、わかった、時間もねェ・・・!
侍の方はお前らでなんとかしろ、
ガキ共の薬については、
、お前調べが付いてるんだろう。
成分、薬品の構造について書き出したメモとかねぇのか」
「フフ、流石ロー船長。私のことをよくご存知で」
は懐からメモを取り出す。
ローの予想通り、ドラッグの構造、成分についての覚え書きだ。
「シーザーは一応鎮静剤を用意していたわ。
メイン研究室にあるみたい。
・・・私が対応するなら魔眼で充分だと思っていたけれど、
一仕事残っているのでね。
鎮静剤は麦わらの一味の船医が持っていたほうがいいでしょう」
目配せするに、
ローは難しい顔をしたが、すぐに諦めたように言った。
「・・・しょうがねぇな。
船医はどいつだ、一緒に来い。シーザーの目を盗む必要がある」
寝そべっていたチョッパーが手を上げた。
「船医はおれだ・・・!でも、おれ、動けねェから・・・」
消沈した様子のチョッパーに、ウソップが声をかける。
「よし!ならおれに考えがある!」
ローの帽子にチョッパーを括り付けてウソップは「これでよし!」と紐を縛った。
ローは抵抗する間もなく行われた戯れに呆然としている。
麦わらの一味とはその様子を見てどっと笑っていた。
「かわいいじゃない、フフフッ!」
「何笑ってんだ!?止めろよお前は!」
「振り回されてるわねぇ、ロー船長」
はそう言いながらもローの頭からチョッパーを離した。
麻袋にチョッパーの体を入れ、鬼哭に括り付ける。
「これなら文句は無いでしょう?」
「・・・」
ひとしきり遊ばれたようでどうも腑に落ちないが、
頭に括り付けられるよりはマシだろう、と
ローは憮然としながらも頷いた。
「・・・話を戻すぞ。
さっきの2人組の刺客でわかる通り、
シーザーはお前達と白猟屋のG-5を消し去り、ガキ共を奪い返すつもりだ。
この島はシーザーにとっては絶好の隠れ家であり、
パトロンのもと、好きなだけ研究が出来る場所。
海軍やお前らから外部に情報がバレて、ここを失うのは奴に取って相当の痛手だ。
全力で殺しにくるだろう」
息を飲む麦わらの一味に、ローは続ける。
「おまけに、シーザー自身がただの科学者じゃねェ。
”ガスガスの実”、ロギア系の能力者だ。
殺戮兵器を所持している。懸けられた懸賞金は、3億だ。
覇気を纏えない奴は近づくな」
その忠告に、ルフィは腕を組んだ。
「こっちで覇気使えんのは、おれと、ゾロとサンジ・・・あとお前ら二人か」
「まァ、充分だろう。
おれたちは一足先に研究所へ戻る」
「で、そのマスターをおれたちで”誘拐”すりゃいいんだな?」
「そういうことだ」
ローが頷くと、ナミが首を傾げた。
「誘拐して誰かから身代金取るの?」
「目的はお金じゃないわ。我々の目的は”混乱”。
そうよね?ロー船長」
「ああ」
が艶っぽく目を細めた。
その問いを静かに肯定し、ローは硬い声で言った。
「成功しても居ないのに後のことを話しても意味が無い。
とにかくシーザー・クラウン捕獲に集中しろ。
・・・言っておくが、簡単じゃないぞ」
が麦わらの一味の反応を伺う。
ウソップやナミ、チョッパーはためらいを見せているようにも思えたが、
フランキーとロビンは、船長の決定に従うつもりなのだろう。冷静だった。
「おれたちの計画は、シーザーの誘拐が成功した後、ゆっくり全員に話してやる。
・・・ただし」
ローはルフィへまっすぐ向き直った。
ルフィはローが何を言うか分かっているのか、いないのか、その顔に笑みを浮かべている。
「シーザーの誘拐が成功した時点で、事態は大きく動き出す。
そうなるともう、誰も引き返せねェ・・・!
考え直せるのは今だけだが?」
は密かに笑みを深める。
随分とお優しいことだ。選択肢を与えるだなんて。
だがローには分かっているに違いない。ルフィがどちらを選ぶかなど。
「大丈夫だ。お前らと組むよ!」
「・・・なら、おれたちもお前達の希望を汲もう。
残りの仲間もしっかり説得しとけ」
「ああ、わかった!」
※
チョッパーとはお互いに興味を持っていたらしい。
チョッパーはに出身を問われるとドラム王国だと言い、
自身がヒトヒトの実を食べた人間トナカイだと明かした。
「ミンク族ではなかったのね?
ヒトヒトの実か・・・悪魔の実にも色々あるものだわ」
「なぁ、さっきトラ男が言ってた、魔眼てなんだ?
おれ、聞いたことがあるんだけど・・・」
魔眼とは何か聞きたがった勉強熱心な小さな船医に、
は親切にもその能力の一部を明かしている。
チョッパーはの魔眼について知って感嘆の息を漏らした。
「それ、すごいことだぞ!
・・・どれだけ勉強したらそんなに効果を自在にできるんだ?」
「沢山よ。とにかく沢山。磨けば磨くだけ、力になるから」
遠くを見つめるは何を思い返しているのだろうか。
その表情は何かを懐かしむような色が見える。
チョッパーの目には微かに羨望が浮かんでいた。
「・・・いいな、万能薬みたいだ」
「万能薬?」
が首を傾げた。
チョッパーは言う。
「何でも治せる薬だ。どんな怪我でも、どんな病でも。
おれはそういう医者になりてェんだ」
無邪気に言うチョッパーに、が小さく笑った。
その笑みには微かな苦みが混ざっている。
「そうね。私の”魔眼”がそんな力なら、
それならどんなに、良かったでしょうね」
「・・・?」
奥歯に物が挟まったような、の物言いに、
不思議そうな顔をするチョッパー。
2人の会話にローが口を挟んだ。
「・・・お前ら、そろそろ黙れ。
もう研究所裏口だ。
メイン研究室には、恐らくシーザーともう一人、女が居る」
は頷いて、チョッパーに向き直った。
「我々が2人を部屋から連れ出すから、
その間にチョッパー君は鎮静剤を手に入れてちょうだい。
構造については理解出来る?」
「できるよ!
・・・でも、トラ男、お前そんなに簡単にマスターに会えるなら、
強いんだし、マスターを捕まえたらいいじゃねェか」
海軍とシーザーの部下の戦闘の音が徐々に近づく中、
チョッパーはもっともであろう問いかけをする。
は白い息を吐いた。
「それができたら苦労はしないわ・・・。
大体あなたのせいだけどね、ロー船長」
「うるせェよ。
とにかく、トニー屋。
お前らは速やかにシーザーだけ攫ってくれりゃいい。
後はおれがどうにかする」
研究所に足を踏み入れようとした時、交戦中の場所から一際大きい悲鳴が上がる。
ルフィが実に楽しそうに笑っていた。
「マスター出てこーい!!
お前をブッ飛ばして誘拐してやるぞー!!!」
その様子を眼下に捕らえ、ローは引きつった顔をする。
もその様子を伺い、あらあら、と能天気な声を出した。
「・・・!
あのバカ、誰が全軍相手にしろと言った!?」
「・・・あーあ、すっごい暴れてるわね。チョッパー君。
あなたの船長いつもあんな感じなの?」
「うん」
端的に頷いたチョッパーにはクスクス笑っている。
「いつものことなんですって。
ロー船長、先を急ぎましょう。多分どうにかなるわよ。
彼ら、”そういう一味”でしょう?」
ローは呆れを隠しもせず、息を吐いた。
ローは自身の直感に従ったことを後悔はしていないが、苦労はしそうだと思った。
前途多難である。
※
メイン研究室へと足を運ぶと、そこにはモネが居るだけだった。
いつものように書きものを続けている。
「マスターなら居ないわよ?」
ローはチョッパーの入った麻袋をソファの上に乗せると、鬼哭の紐を解いた。
これでモネを部屋から移動させれば、チョッパーは鎮静剤を奪うことが出来るだろう。
がすでに薬品の構造についてのメモを渡している。
それで子供達は問題なく治療出来るはずだ。
「そうか。どこへ行った?」
「さァ・・・、趣味の悪い人だから。
表の戦闘の見物でもしているんじゃない?」
ローは微かに目を眇め、静かに言った。
「この島で見たいものは、色々と見て回った・・・。
おれたちはそろそろこの島を出るつもりだ」
「・・・そう。ねぇ、。
あなたはあの話、少し真剣に考えてはくれた?」
モネが振り返り、にその眼差しを向けた。
熱が籠っている。
不自然なまでに切実なその視線を受けて、
は怪訝そうに眉を上げた。
「・・・あの話って?」
「シーザーがあなたを助手にしたがっていたけれど、
あれは、冗談ではないのよ」
モネの縋るような表情に、ローが苦い顔をする。
魔眼と言うのはここまで人を虜にするのか。
ローの懸念もよそに、はモネに微笑みかけてやる。
「ごめんなさいね。モネ。
私はハートの海賊団客員海賊。
シーザーの助手になるわけにはいかないわ」
「・・・残念ね、寂しくなるわ」
ローは僅かに眉根を顰める。
まるで恋人を失ったかのような悲痛な声にも、は動じた様子はない。
「ところで、モネ、
少し頼み事があるのだけれど、良いかしら?」
「・・・ええ、いいわ。
・・・なに?」
「行けば分かるわ」
とローは研究室から廊下へと移動する。
その後を、羽をはためかせたモネが追った。
※
研究所内の廊下を歩く。メイン研究室からしばらく行くと、
モネが静かにへと声をかけた。
「・・・、私、本当に残念に思っているのよ」
「モネ?」
「私たち、とても仲良くなれたと思うのに。
この数ヶ月間、あなたと居る時間が楽しかったの。
そう、今までにないくらい・・・。
こんなに心を弾ませて話せる相手はそうは居ないと思った。
だから、”こんなことになって”・・・とっても残念」
突然の、告白めいた言葉には口を開きかける。
しかしが何か言うよりも早く、ローが左胸を抑えて膝を着いた。
「ロー船長!?」
がすぐに跪いて症状を確認する。
ローの息は荒く、胸に痛みを感じているようだ。
その症状には覚えがあった。
短く舌打ちをしたは、すぐにモネに向き直る。
「モネ・・・ロー船長の心臓、今、誰が持っているの?」
「うふふ・・・さぁ、誰だと思う?」
思わせぶりに笑うモネを、は睨んだ。
対応が余りに早過ぎる。
モネには海賊同盟を組んだところを見られていたのだろう。
研究所の廊下に足音が響く。
ローが近づいて来た男を見て、苛立ちも露にその名前を叫ぶ。
「ヴェルゴ・・・!」
「何年振りだろうな、大きくなったな、ロー」
その人物にはも見覚えがある。
海軍本部中将であり、二つ名は”鬼竹”
G-5基地長を務めるその男はヴェルゴ。
ドンキホーテファミリーの最高幹部にして、
ドフラミンゴが”相棒”と呼ぶ男だった。