手術

「シーザーのやつ、病気なのか」
「なら、保健室を使え!あと・・・手伝おうか?」

ルフィがまじまじとシーザーを見つめている。
病気は見えないのに、と頭に疑問符を浮かべ、腕を組んで首を傾げていた。
手術と聞いておずおずと申し出たチョッパーにがふ、と目を細める。

「ありがとう。・・・正直助手は必要ないけれど、
 見張りの意味では必要かもね、でしょう?」

ゾロのほうに視線を流すと、ゾロは気分を害したらしく鼻を鳴らしている。
同盟を組んだとはいえ、身内ではない。先ほどから警戒されているのは気づいていた。

は笑みを浮かべ、シーザーの拘束を解き、代わりにモネを拘束した。
モネは何か言いたそうにしていたが、
の目の奥が氷のように冷たいのに気がついて、その肩を震わせ、口を噤んだ。

今、の邪魔をしたら、先ほどの二の舞になりかねない。

そんな不穏な予感に震えたのだ。
今の には、そんな凄みがある。
大人しく拘束されたモネに笑みを一つ作ると、
は白衣を翻し、その背を向けた。

とローはチョッパーに案内されるがまま歩を進める。
シーザーは半ば引きずられるように、に鎖を引かれていた。

案内された保健室は充分過ぎる設備が整っていた。
感心したように褒めるにチョッパーは照れているようだが、
同時にそれらの器具や設備に手を付ける様子も無いに不思議そうな顔をしている。

はローに向き直った。

「ちょっと難しい処置になると思うから、
 私がぶっ倒れたらよろしく頼むわよ、ロー船長」
「あぁ・・・分かってる」
「何をする気だ!?」

シーザーはぎょっとする。
はパンクハザードであくまでもローの副官として、医者としての振る舞いをしていた。
魔眼の力をおおっぴらには発揮はしなかったが、
先ほどモネと現れたときに、自身の記憶を思い出させた時に。
その力の恐ろしさは理解している。

はにっ、と口の端をつり上げて笑う。

「SADの製造方法。その記憶を改竄、一部忘却させるわ」
「!?」

驚きを隠せないチョッパーが声をかけた。

「そんなことができるのか?特定の記憶を消すなんて・・・」
「ええ、出来ないわ。普通ならね。でも私なら出来る」

は右目を抑えた。

「魔眼。その能力の一つに忘却を促進させる作用がある。
 これを利用させてもらう」
「そ、そんなことをしたら、人質の意味がなくなるぞ!いいのか!?」

シーザーが顔を真っ青にして言うが、は微笑みを崩さない。

「いいえ、シーザー、あなたの想像、
 いわゆる・・・痴呆症のような結果にはならないわよ。
 若い夢魔ならいざ知らずね」
「・・・!?
 つまりその危険があるってことじゃねえか、ふざけんな!!!」

シーザーの抗議に、は肩を竦めてみせた。

「私を誰だと思ってるの?そんなつまらないことはしないわよ」

はぐっ、とシーザの顎を掴んだ。
瞳の奥を覗き込む。

「はたから見れば、あなたは至って健康、
 天才科学者シーザークラウンは人質として大切に大切に敵船へ捕われてただけ・・・。
 でも実際、SADの製造方法、その作り方の根幹だけは思い出せなくなる。
 安心して?SADの製造方法以外の実験の記憶は、全部もとのまま。
 だからもし仮に、なんらかの手段であなたがドフラミンゴの元へついたとして
 あなたはすぐには咎められないし殺されもしない。
 ・・・あなたが黙ってさえいればね」

シーザーの顔色がいよいよ悪くなる。
青いを通り越してどす黒くなってしまっていた。

は歌うように言葉を紡ぐ。
その顔には酷薄な笑みが浮かんでいた。

「あなたほどの科学者だもの。
 実験を重ねれば、あなたはまたSADの製造方法を見つけ出すかもしれないわ。
 でもそれにはまた、一からやり直さなくてはならない。
 もう一度莫大な金をかけてコストの高い人体実験を重ね、
 時間をたっぷりかけなくてはいけないわ。
 さて、ドフラミンゴもそうだけど、
 ・・・百獣のカイドウがそれを待てるような、
 気の長い男かしら・・・?」

シーザーが黙り込む。
は喉の奥でくつくつと笑った。

「勿論、やすやすとあなたをドフラミンゴに返す気はないわ。
 七武海の地位を捨ててもらわなくては困るしね。
 ・・・でもその後のことは知らない。
 あなたを返してしまえばそれで契約は成立する。
 気づいた時には・・・あとの祭りよ」

シーザーが絞り出すように悪態をつき、を睨んだ。

「あ、悪魔め・・・」
「悪魔で結構」

罵るシーザーには冷たく言う。
しかし、その頬を撫でる手つきはまるで恋人に触れるように優しい。

だからこそ恐ろしいのだ。

「シーザー・クラウン。
 私はお前のような、己の好奇心を満たすために、
 人を簡単に踏みつけにする科学者がそれはもう・・・
 虫唾が走るほど嫌いよ。だから」

は瞳を煌めかせた。
ダイヤモンドのように、日の光を反射する海のように。

「どう足掻いても、あなたはあなたの思うようには生きられない。
 そんな地獄に落としてあげる。・・・”脳内汚染”」

シーザーが目を開けたまま沈黙する。

記憶の改竄手術が、始まった。



はシーザーの瞳を睨んで、時折眉を顰めていた。
時間が経つに連れて徐々に額に汗が滲み、呼吸も荒くなる。
瞬きの回数が増えて来た。時折指を鳴らしたり、
人差し指を振る姿は指揮者のようにも見える。

2時間半を過ぎた頃、は一際大きくバチン!と指を鳴らして、
その処置を終えた。

汗だくで大きく息を吐いたは吐き捨てるように呟いた。

「きっついわね・・・・」


ローがふらついたを支えた。
チョッパーも不安そうにに駆け寄る。

「・・・問題ないわ。製造過程の記憶の一部をロックした。計画通りよ」
「副作用は」

ローが険しい顔をしてに問う。
は苦笑した。
ローの肩に頭をつけて息を整えている。

「それは・・・どっちの?」
「お前のだ」
「ふふ・・・目眩、目のかすみ、貧血、微熱、吐き気、頭痛、手足の痺れって感じね、
 ここまで神経を使う施術はなかなか無いわ」
「この、馬鹿・・・」

ローがを支える手に力を込めたように見えた。
チョッパーはがうっすらと、猫のように目を細めたのを見て、言った。

、寝た方がいい。酷い顔色だ」
「・・・ありがとう」

は保健室のベッドに横たえられる。
ローは小さな声でに問う。

「お前、モネを中毒患者と言ったが、あれは」
「ええ、嘘よ」

間髪入れずに応えられて、ローはしばし沈黙した。

「・・・シーザーの記憶については?」
「極端に思い出しにくくなるだけで、完全な記憶の改竄は出来ないわ、
 それに近いことは、出来たけどね。
 あなたの想像の通り。”魔眼”は、万能じゃない」

ローは何とも言えない表情でを見やる。
は辛そうだが虚勢をはるだけの元気はあるらしい。
微笑んでみせた。

ローはそれを見て手の平をの目に優しく乗せる。
が小さく息を飲んだ。

「寝てろ。時間取らせて悪かった」

その声を最後に、の意識はゆっくりと遠のいて行った。



ローとチョッパーは甲板に戻る。
ルフィがそれを見て声をかけた。

「お、白いのはどうした」
「寝てる。・・・手術でかなり消耗した。
 だが、時間が経てばそのうち起きてくるはずだ」

ローが簡潔に言うと、モネが難しい顔をして黙り込んでいるのに気がついたらしい。
ローはモネに近寄る。

「・・・なに?」
「モネ、お前を守れるな?」

ローの言葉にモネは訝し気な顔をしたが、
やがてその唇に、シニカルな笑みを浮かべる。

「私が、を?本気で言ってるの?
 洗脳が解ければ、すぐにでも私はあなた達を始末するわよ」

モネの言葉に、ローはため息を吐いた。
その声には、呆れとともに、どこか諦観したような響きがあった。

「おめでたい奴だな。
 本気でお前に芽生えた感情の全てが”魔眼”に依るものだと思っているのか」
「なんですって?」

ローの口ぶりに、モネは眉を顰めた。
ローはそれに構わず、言い募る。

「そう思っていたけりゃそのままでいい。
 どちらにせよ、今、お前はを失うような事態を耐えられないはずだ」
「・・・」

モネは沈黙で返す。ほとんど肯定と同じことだった。

「・・・頼むぞ」

小さく呟かれた、ローの懇願とも言える言葉に、モネは息を飲む。
そのまま一味の方へと足を進め、言葉を交わし始めるローの背をモネは見つめていた。