思わぬ効果

、ごめんなさい、手伝ってもらっても構わないかしら」
「どうしたの、モネ?私に手伝えることなら良いんだけど」

物好きにもローのオペオペの力でその手足を鳥のものに取り替えたモネは
まだその扱いに慣れていないのだと言う。

コーヒーを淹れて欲しいとシーザーに頼まれたのだが、と
カップを前に困った顔をするモネへは愛想良く対応しているようだ。
ローは書類に目を通しながら横目でとモネの様子を伺い、軽くため息をついた。

「あの、お礼にお茶でも一緒にどう・・・?」
「頂くわ、ありがとう」

が笑って頷くとモネは微かに頬を染め、
らしからぬ、とろけるような笑みを浮かべて見せた。

よほど鈍い奴でなければモネがに好意を抱いているのはわかる。
そんな仕草だった。

そもそも、オペオペの力で交換した手足は術後すぐに体に馴染むものだ。
モネだってその気になればその羽でコーヒーを入れることもできるだろう。

実際シーザーに言われて機械の準備をしている時にはその大きな羽で
器用に1センチ前後のネジをつまんでカゴに入れているのをローは目撃している。

ならなぜ1週間もたたないうちにモネが嘘をついてまで
に好意を寄せるのかといえば、の魔眼が関係している。

ドフラミンゴからその痕跡を消すために、はモネに魔眼をかけた。

連絡するなとは言ったが、相手が言葉通りに報告しないでいるとは限らないと
が頑として譲らなかったのだ。
ローに取ってもそう悪い提案ではなかったので、その申し出を飲んだが、
今となってはその判断は間違っていたのではないかとも思う。

の存在はモネやシーザーにとって、脅威や警戒に値しない、
トラファルガー・ローのおまけ程度の存在に成り果てた。
しかし、それは対ドフラミンゴに限った意識であって
むしろモネにとってはローの方がおまけなのだろう。

勝手にお茶会らしきものをはじめた女二人、
に良く眠れるハーブティーのレシピを熱心に聞いているモネは幸せそうだが、
時折棘のある視線がローの後頭部に突き刺さった。
嫉妬心を抱かれているのだ。

このモネの態度にはシーザーでさえ目を丸くしていた。

「モネがあんなに愛想がいいのは珍しいな」と漏らした程だ。

顔を合わせた時には必要以上に近づいてこない、
冷静な女だったはずのモネのその変化を訝しんだローは
与えられた部屋にを呼び出し確認した。

「お前、モネに何をした?」と。

曰く、魔眼の副作用として、
モネはからリラクゼーション効果や、多幸感を得ていると言う。
ローは、なら2週間に一度生気を注いでいる自分はどうなるのだ?
と内心どきりとさせられたものである。

はその内心を読み取って答える。

「ロー船長も勿論、リラクゼーション効果も、多幸感も得ているけど
 ・・・それを凌駕する疲労と倦怠感に襲われてるはずよね?
 それで不思議と差し引きが0になるのよ。
 それとも、どうしても私にキスしたいとか、
 そういう渇望に襲われたことでもある?」
「いや・・・」

魔眼について改めて効果を確認するローに、
は足を組み、書類に目を通しながら言った。

「もし仮に、ロー船長が中毒状態になったとしたら、
 私は恐らくオペオペで生首にされてあなたが死ぬまでキスされるわね。
 中毒患者はそれくらいするのよ。私としては嫌な死に方だわ」
「生首に興奮するような趣味は無いと前も言っただろう」

ローは酷く倒錯した絵面が脳裏に浮かび、首を振った。
こうして考えてみると魔眼というのは凄まじい力だ。

「お前、モネを中毒にする気なのか、端から見てても変化が顕著だ」

咎めるとは肩を落とした。

「私はもう魔眼を使って無いわよ。
 彼女から抜き取れる情報はある程度抜き取ったから。
 最初にアタリを引いたわ。ついてるわね、ロー船長。
 彼女、ドンキホーテ・ファミリーの幹部よ」
「・・・! 情報については後で聞こう」

モネについての扱いを言外に促すとは困った顔をする。

「つまり、モネにとって私は強すぎる薬なのよ。
 普通の人間なら眠らない量でぐっすり眠れる。
 普通の人間なら痺れない量で痺れる。
 ああいう効きやすい人間は稀に居るけど、まさか彼女が”そう”とはね」

「体質の問題か」
「えぇ、おまけに、最初の刷り込みがうまく行き過ぎたわ」
「刷り込み・・・?」

ローの疑問に、は指を立てる。

「”は信頼できる”という確信にも似た感情が芽生えてるの。
 普通の人間なら、対友人関係で構築されるレベルではあるんだけど。
 ・・・彼女はそういうものが希薄な環境で育ったようね。
 結果はあなたもご覧の通りよ」

ローはドフラミンゴファミリーの性質を思い返し、その眉根に深い皺を刻む。
はモネについての話を終え、顎に指を当て、軽く眉を顰めてみせた。

「それにしても、このパンクハザード、ただの”SAD 製造工場”にしては広すぎる。
 シーザーは他にも悪趣味な研究を続けているみたいね」

が書類を幾つか乱暴にテーブルへ放り投げる。

「毒ガス兵器、人体の巨体化計画、人工生物の製造・・・、
 凍結された元政府の実験資料に、引っ張りだした様な痕跡があるわ。
 ・・・胸が悪くなる」

その声色はやや低い。
ローは腕を組んだ。
シーザー・クラウンが非人道的な男であることは、
潜入前から分かりきったことだった。

「あいつの趣味が悪いのは同意するが、あまり余計なことを考えるな。
 SAD製造室の場所は分かったのか?」

ローの指摘に、はここのところ歩き回ってつけていたらしい、
簡易的な見取り図を出して指を指した。

「この研究所はAからD、そしてR棟の5棟で構成されてる。
 この中の、おそらくはD棟にSAD製造室はあるわ。
 セキュリティが尋常じゃないもの。
 指紋認証からパスワードまで、打てる対策は全部打ってるって感じ。
 穏便には行きそうに無いわね。行くわけが無いんだけど。
 ・・・大暴れしてみる?」

挑発するような笑みを浮かべたに、
ローが呆れた様子で息を吐いた。

「バカ言え、そりゃ最終手段だ」
「わかってるわよ。
 建物の全容の把握と、SADについてのレポートの奪取。
 とりあえずこれが終わらない限り次のフェーズには移らない。
 そうでしょう?」

は肩を軽く回す。
そのままイスにその背を預けると軋む様な音が響いた。

「イレギュラーが起きない限りはしばらくこのまま。
 忍耐強く時期を待つ。
 ストレスが溜まるけどしょうがないわ。
 元政府の実験の証跡を洗うのも、
 あながちカモフラージュ以上の意味を持つかもしれないしね」
「分かってるならそれでいい」

頷いたローに、が立ち上がった。
に生気を与えたのは2週間前だ。
その目がうっすらと青白い光を帯びているのを見て、ローが眉を顰める。

「いつも悪いわね」
「・・・そう思うんならさっさとしろ」
「では遠慮なく」

首に回された手は驚く程冷たい。
何度味わっても慣れることは無い夢魔の口づけは、
の腹いせのようにも思える程の恍惚と、倦怠感をローに齎した。



パンクハザードに滞在して数ヶ月間
は胸の悪くなる様な証跡に目を通すのにうんざりとしていた。
与えられた部屋でローと分担した書類に目を通すのが日課になりつつある。
今日はローが物好きにも現れた侵入者の対応へ向かっているため、今は一人だ。

は幾つかの書類をテーブルに置き、伸びをする。
シーザー・クラウンは確かに優れた科学者であることは間違いが無いのだろう。
実験のアプローチは大胆かつ先進的だ。
ただし、その大胆さは人間性に欠けている。

自身、世界政府の非人道的な科学実験の果てに生まれ落ちた経緯がある。
魔眼に目覚めていない振りを続け、世界政府を騙して海軍医にまでなったにとって、
パンクハザードはとても心を落ち着けることのできる場所とは言い難かった。

山積みにされた書類を捲る。

そこには平和主義者の前例とも言うべきサイボーグ化についての記述があった。
ベガパンクはそのサイボーグ技術を義手や義足にも転じているらしいと聞いている。
の脳裏に、かつての教官の姿が浮かぶ。
右腕を海賊に切られ、隻腕となった彼の腕にはスマッシャーと言う銃火器がつけられた。
おそらくはベガパンクの開発した技術を応用してのことであろう。

思索に耽っていたの元に、ノックの音が響いた。

「・・・どうぞ?」
「捗っている?」

モネだった。
すっかりに心を許した様子であるが、
ローの目的について、聞き出そうとするそぶりもあるため、
完全にに心酔している訳では無いらしい。
に取っては厄介でもあり安堵する事態でもあった。
完全な魔眼中毒は治すことができないのだ。

は口元に笑みを作り、モネへ向き直った。

「えぇ、政府もいろいろとやっているのね、交渉の役には立ちそうだわ」
「そう」
「シーザーの相手をしていなくていいの?
 助手の役目もあるのでしょう」
「少し位なら多目にみてくれるはずよ」

モネが肩を竦めてへお茶請けを出した。
バラの花びらのような繊細な見た目のチョコレートにが驚いてみせる。

「ドレスローザのチョコレートね!
 嬉しいわ、調達するの、難しかったのでは?」
「ウフフ、つてがあるのよ。定期船で頼んでおいたの」

モネの言葉に、は軽く目を細めた。

「どうもありがとう、モネ」
「いいえ、どういたしまして」

嬉しそうにはにかんだモネの足元に置かれた袋にが目を留める。
袋詰めにされたそれからはカラフルな包装が見て取れる。
封はすでに切られているようだった。

「それは、キャンディ?」
「!」

モネの表情が強ばった。
が不思議そうに首を傾げる。

「それもお茶請けなの?」
「違うわ!」

彼女にしては珍しい大声だった。
キャンディに何か秘密があるらしいことに気がついたはそっと指を振った。
モネが額に手を当てて、痛みをこらえているらしい仕草を見せているうちに、
はキャンディを一つ、ポケットに忍ばせた。

そして、モネを気遣うようにその背を擦る。

「モネ、大丈夫?頭が痛いの?」
「・・・ごめんなさい、。私、少し疲れてるみたいだわ」
「そう、無理しないで。休んだ方が良いと思うわ」
「ええ、そうする。残念だけど・・・。チョコレートはあなたが食べて?」

モネが軽く首を振って部屋を出て行く。
はその背を見送って、ポケットからカラフルな包装のキャンディを取り出す。

「見た目は普通のキャンディにしか見えないけれど。 
 一体全体何が飛び出すのかしらね」

包み紙を剥ぎ、蛍光灯にキャンディを透かすと、
キャンディはキラキラと輝いてみせた。
まるで夢魔の瞳のように。